たまにはこんな退屈な日々


木の上に上ったまま、降りられなくなっていた仔猫を助け、着地に失敗して足の骨を骨折したのが、今から一週間前。
回復力の早いと自負しているとは言え、切り傷や打ち身と違い、折れた骨は簡単にはくっついてくれない。
そんな訳で、バッツはしばらくの間、入院を余儀なくされてしまった。

入院生活はとても退屈である。
基本的に、じっとしている事が余り好きではないので、ベッドの上で淡々と時間の経過を待つしかないのが辛い。
ギプスで固定された足を、天井から釣っている為、尚の事身動きは自由にならなかった。
仕様のない事、且つ自分のミスによる、云わば自業自得と言われれば返す言葉もない。
止む無くバッツは、計画していた冒険と言う名の散策や遠出をキャンセルし、退院日を待つのだった。

バッツが入った病室は大部屋となっており、全部でベッドが六つ、その内の半分が既に埋まっていた。
飾らない性格のバッツは、直ぐに病室の雰囲気に馴染み、入院初日から同室者達とは親しくなった。
風に誘われる如く、ふらりとあちこちに足を運んだ時の土産話等、話題には事欠かない。
身振り手振りで面白おかしく、時に愉快な事件に巻き込まれるバッツの土産話は、バッツと同じく暇を持て余す入院患者には非常に受けが良く、回診に来た看護士も交えて、話に花が咲く。

しかし、やはりバッツはじっとしているのが苦手だった。
早く足を治して、次の冒険に行きたい────と、思いつつ。


「バッツ」


呼ぶ声に、うつらうつらと舟をこいでいたバッツの意識は、一気に覚醒に向かった。
眠りかけていた事など忘れたように、ぱっちりと開いた褐色の目に、深い蒼が映る。


「スコール!」
「煩い。病院だろ、静かにしろ」


両手を広げて、よく来たと言わんばかりに喜色満面のバッツに対し、蒼───スコールは至って冷静に言った。
おっと、と両手で口を塞ぐバッツに、スコールは呆れたと溜息を吐く。

スコールは学校帰りのまま此処に来たのだろう、制服に学生鞄を携えていた。
いつもきっちりと着崩さないスコールは、今日も通例に則り、服装に乱れはなく、優等生然としている。
そろそろ暑くなってきたと言うのに、辛くないのだろうか、と思ったバッツは、その矢先に、彼の首筋が酷く赤くなっているのを見付ける。
珠になった汗まで浮いているので、きっと暑くない訳ではないのだろう。
しかし、白い肌の彼は日向に出ると直ぐに皮膚を赤らめてしまう為、迂闊に肌を露出する事も出来ないのだ。
早く制服の衣替えが出来れば良いな、と思いつつ、バッツは身体を伸ばして、ベッド横の備付冷蔵庫の蓋を開けた。


「スコール、冷えてるジュースあるぜ」
「……貰う」
「はいよ」


冷蔵庫の中に入れてあるペットボトルを取り出して、スコールに差し出す。
スコールは冷蔵庫の上のトレイに伏せられていたコップを借り、オレンジ色の液体を其処に注いだ。
────彼が使うそのコップが、スコール専用に用意されたものであると、彼は知らない。


「……ふう」
「外、今日も暑いのか?」
「……ああ」


冷たいジュースをちびちびと飲みながら、スコールは一息吐いた。
ベッド下に収められていた丸椅子を出して腰を下ろすと、鞄からタオルを取り出す。
柔らかな布を額に、首筋に押し付けるスコールに、バッツは眉尻を下げて言った。


「もう上着も脱いじゃえよ。学校じゃないんだし、此処は日も当たんないしさ」
「……そうだな」


体の中に篭る熱も鬱陶しかったのだろう、スコールは素直に頷いた。
春用の上着を脱いで、きちんと締めていたネクタイも解き、ワイシャツの袖も捲り上げる。
終いにはシャツの第一、第二ボタンも外し、襟下を広げてぱたぱたと服の内側に風を送る。

病院内の温度は基本的に一定に保たれており、ずっと此処にいるバッツには涼しくも温かくもない。
しかし、日射に焼かれた外を歩いて来たバッツには、涼しく感じられるのだろう。


「楽になった……」
「だろうなー。ほい、ジュースお代わり」
「…ん」


空になっていたグラスに再度ジュースを注ぎ、バッツはグラスを差し出した。
それを受け取るスコールの眉間の皺は、いつもよりも少し和らいでいる。

バッツは、グラスを傾けるスコールの横顔を眺めていた。
こく、こく、と音を鳴らしながら、喉が上下する。
その喉は汗は多少落ち着いたが、未だ赤みは引いていない。


「大変だなあ、スコールは。日焼けすると直ぐ赤くなっちゃって」
「…それだけじゃない。ヒリヒリするんだ」
「じゃあ、体育とか辛いだろ」
「……最悪だ。おまけに、来月になったら体育がプール授業になる」
「へー、良いじゃん、プール!高校でプールとか羨ましいなあ。おれはなかったぞ」


真夏の暑い時期、釜茹でされるような炎天下のグラウンドでマラソンを敢行された時の辛さと言ったら。
絶対にあの体育教師は頭が可笑しい、と高校時代のバッツとその友人の間では持ち切りだった。
そんな経験を持つバッツにしてみると、水の恩恵にあやかれるプール授業と言うのは、羨ましい限りだ。

しかし、スコールにとっては違うらしい。


「プール授業なんか、日焼けしに行けって言ってるようなものだろ」
「…まあ、そう考えると、スコールには辛いかぁ」


肌の一切が守れないプール授業は、皮膚の炎症を起こし易い体質のスコールにとって、出来れば参加したくないものだった。
しかし、体調不良でもない限り、単位の為にも授業を欠席する訳には行かない。
出来れば一時間目が良い、日差しがまだ強くはないから、と呟くスコールに、バッツは眉尻を下げて苦笑した。


「こればっかりはし仕様がないよなあ。頑張れ、スコール」
「………」


慰めようにも慰められず、バッツはなけなしの激励をスコールを励ましてみるが、効果はない。
グラスに口をつけたスコールの眉間には、いつもと同じ深さの皺が刻まれている。

グラスをもう一度空にして、スコールは鞄を開けた。
取り出したのはA4サイズの茶封筒で、表に"バッツ用"と走り書きされている。
見覚えのある走らせ方は、バッツの大学での友人であるセシルのものだ。


「校門でセシルに渡された。あんたに届けてくれと」
「おっ、助かるー!ありがとな、スコール!」
「…礼はセシルに言ってくれ。俺は持って来ただけだ」


持って来ただけだと言うスコールだが、バッツには緩む頬が押さえられない。
わざわざ届けに来てやったんだぞ、と言う恩すら感じさせないスコールは、自分がこの病院に、バッツの見舞いに来る事を当然と考えているようだった。
それが判るから、バッツの頬はにやけてしまうのだ。

バッツが骨折して入院してから、友人達は入れ替わり立ち代わりに見舞いに来てくれた。
大学の友人であるセシルは勿論、バイト先で親しくなったクラウドやティナも。
スコールの同級生であるティーダも、部活のない日は此処に来て、一日の事をあれこれと報告してくれる。
きっとバッツは退屈しているだろうから、気分を紛らわす為に、彼等は気を遣ってくれているのだ。
とは言え、彼等も暇ではない訳で、毎日バッツの様子を見に来るのは難しい。

そんな中で、スコールだけが毎日病室へやって来る。
彼も暇な訳ではなく、特待生らしく勉強に追われており、学校では学年代表として生徒会にも所属している為、教員に呼ばれてあれこれと手伝いをさせられる事も多いと言う。
定期テストが一段落した後とは言え、毎日バッツの下に来て、他愛のない話で時間を浪費すると言うのは、スコールにとって決して有益な事とは言えまい。


(でも、来てくれるんだよなあ)


丸椅子に座ったスコールは、其処から動く気はないらしい。
明日は小テストがある、と言ったスコールに、頑張れよ、とバッツは言った。
スコールからは特に返事はなかったが、彼の眉間からは皺が一本減った。

────病院生活は、バッツには退屈だ。
入院の原因が足の骨折であるだけに、ベッドから降りて、院内を探検する事も出来ない。
早く治ってくれないだろうか、と思うのは一度や二度ではなかった。

けれど、こうして彼が毎日会いに来てくれるのなら、もう少しだけこの生活を続けるのも悪くない。



……そんなバッツの傍らで、足の怪我の所為でバッツが何処にも行かない事を、スコールが密かに嬉しく思っている事を、彼は知らない。




2015/05/08

5月8日なのでバツスコ!
思った以上に健全なバツスコになった気がする。友達以上恋人未満かな?

皆が毎日来ないのは、二人に気を遣ってると言う所もある。
ティーダ辺りは早くくっつけば良いのにとか思ってそう。