見つめていたい


じっ、と此方を見詰める藤色の瞳が、如何にも何かを言いたそうで、しかし何を言わんとしているのか判らなくて、スコールはいつも目を反らす。

ウォーリア・オブ・ライトのような、穴を開けそうな強い視線とは違う、クラウドのように茫洋とただ眺めているだけと言うものとも違う、バッツやジタンのように好奇心を満たす為に下らない謀をしているものとも違う。
きっと悪い意味で見詰めている訳ではないのだろう、と言う事は、彼女の性格上、判るつもりだった。
苦手に思われている事はあるかも知れないが、そう言う相手をまじまじと見詰めていられる程、彼女は大胆ではない筈だ───少なくとも、スコールが知っている限りでは。
そう思えば思う程、彼女に自分を見詰められる理由と、その眼が映している感情が読めなくて、スコールは目を反らしてしまう。

そうやってスコールは、内々の疑問を胸の内に留めていたのだが、ジタンとバッツはそうではなかった。
特に、秩序で唯一の女性であるティナを愛して已まないジタンは、彼女の視線を独占状態にしているスコールに、度々嫉妬していた。
ティナちゃんに何をしたんだよ、と詰め寄るジタンに、スコールは俺が知りたい、と無言と眉間の皺で答えた。
胸倉を掴み、羨ましい羨ましいと揺さぶる彼をバッツが宥め、じゃあ聞いてみよう、と言った。
彼の言はそのまま実行へと移され、彼女と面と向かう事に気が進まなかったスコールも、「このままだとスコールだって落ち着かないだろ?」と言うバッツの一言に押され───と同時に、問答無用で彼に手を引かれ───、ティナの下へと向かい、


「スコールを見てる理由?」


聖域の屋敷のリビングで、モーグリのぬいぐるみをふかふかしていたティナを見付けると、バッツは直球で訊ねた。
藪から棒にも思える突然の質問に、ティナはどうして突然そんな事を聞くんだろう、と首を傾げる。


「最近、ティナってスコールの事よく見てる気がしてさ。自覚、なかった?」
「んー……ううん」


自覚の有無には、ティナは少し考えた後、首を横に振った。
柔らかな亜麻色の髪と、ポニーテールを結ぶリボンがふわふわと揺れる。


「意識してる見てるつもりじゃなかったけど……あ、私、またスコールの事見てるって、そう言うのは思った事があるよ」
「スコールぅうう!お前ティナちゃんに何したんだよ!」
(だから、それを聞きに来たんだろう…!)


半ば無意識化で行われていた行為だと聞いて、ジタンが血の涙でも流しそうな形相でスコールの身体を揺さぶる。
何をしたのか思い出せ、そして教えろいや教えて下さい、と言うジタンに、スコールは心底迷惑な顔を返して見せていた。

そんな年下達を気にせず、バッツはティナとの会話を続ける。


「なんかスコールの事で、気になる事とかあったのか?」
「うん、ちょっと。…ひょっとして、迷惑だった?」
「全然。ただ、やっぱり見詰められてると、なんでかなって思うからさ」


特に疾しい所がなくとも、熱烈な視線を長い時間受ければ、誰でも少しは気になるものだろう。
バッツなら視線を感じて直ぐに「何?」と問う事も出来るし、ジタンなら相手がティナなら───明らかに負の感情を宿した視線でなければ───理由は判らなくとも喜んだ所だろうが、スコールはそうではない。
スコールは、他者の視線と言うものを気にし、人一倍気配に敏感で、他人から寄せられるプラスの感情に疎い上に免疫がない。
そんな彼にとって、理由不明のティナの視線は、どうして良いのか判らない。

とは言え、迷惑や嫌な気持ちがあった訳ではない。
ティナの視線に対し、彼の中にあったのは、純粋な戸惑いであった。

ティナは、スコールが迷惑がっていた訳ではないと言うバッツの言葉に、ほっと安堵する。
しかし、見つめ続けていた事で、彼を混乱させた事は申し訳なく思い、ぬいぐるみを抱き締めてスコールを見上げ、


「ごめんね、スコール。困らせちゃって…」
「……いや…」
「気にしなくて良いって、ティナちゃん。で、なんでスコールを見てたんだい?」


言葉少ないスコールに代わり、ジタンが改めて訊ねると、ティナはぬいぐるみに顎を埋めて、上目遣いでスコールを見る。
柔らかな藤色の瞳の中で、小さな星がきらきらと揺れていた。

彼女の瞳は、まるで生まれたての赤子のようだと、スコールは思う。
未だ善も悪もないような、真っ白なイメージだ。
その真っ白なキャンバスに、自分が映り込むと、自分の奥底に隠した苦いものが見透かされそうで、それがスコールの苦手意識を震わせる。

しかし、今ばかりは目を反らす訳には行かないだろう。
じっと見詰める藤色を受けつつ、早く何か言ってくれ、とスコールは無表情の下で切実に願う。


「うん……」


スコールを見詰めたまま、ティナは何かを確認するように呟いた。
まじまじとスコールを見ていた瞳が細められ、ティナの貌は柔らかな微笑みに変わる。


「スコールって、いつも凄く落ち着いてるでしょう?」
「……」
「まあ、そうだな」
「バッツに少し分けてやりたい位になー」


尻尾を揺らして言ったジタンに、なんだよー、とバッツが拗ねた顔をする。
スコールはそんなバッツを、胡乱な眼で見た。
ティナは三人の表情を見てくすくすと笑い、


「凄く頼りになるし、色んな事も知ってるし」
「うんうん」
「でも、時々、凄く可愛い」
「うんうん」
「……は?」


ティナの言葉に、ジタンとバッツは快く頷くが、スコールには聞き捨てならない一言が聞こえた。
ちょっと待て、と言いかけたスコールだったが、サイドに控えた二人が素早くスコールの口を塞ぐ。

ティナは更に続けた。


「朝が早かった時、寝癖がついてて気付いていなかったりとか。ご飯を食べてる時、とっても丁寧に食べてるとか。カードをしてる時、凄く嬉しそうだったり、凄く悔しそうにしてたり」
「うんうん」
「判る判る」
「カードの時って、凄く判り易いんだよね。勝った時、目がキラキラしてるの。あと、剣を磨いてる時とか、真剣で、夢中になってる時も」


頬を赤らめて語るティナは、どうやら随分と興奮しているらしい。
どちらかといえば大人しい印象の彼女が、そんな様子を見せる事は、滅多に見られるものではなかった。
バッツはそんなティナを微笑ましそうに見詰め、ジタンはティナの笑顔に見惚れている。
が、スコールだけは、そんな悠長な事は言えなかった。

ティナがつらつらと挙げる、自分に関する事。
自分が夢中になっている所や、カードでムキになった所まで見られていたと知って、彼の顔はティナとは別の意味で赤く染まっていた。
それを語るのがティナだと言うのが、また思春期真っ只中の彼には辛い。
バッツやジタンやティーダを相手にするように、力尽くで黙らせると言う事も出来ないから、彼はどんどん赤くなるしかない。


「あとね。寝顔、可愛いの。眉間のシワも取れてて、子供みたい」
「こど……」
「私、スコールの寝顔、好きだな」
「……!」


モーグリのぬいぐるみを抱き締め、頬を赤くして笑うティナの言葉に、スコールは真っ赤になった。
その言葉が、恋愛の意味のないものだとしても、親愛の情であるとしても、年頃の少年が異性に正面から“好き”と言われて平静でいられる訳がない。

真っ赤になって固まったスコールを見上げて、ふふ、とティナは笑う。
彼女の前で、スコールは、バッツにわしゃわしゃと髪を掻き撫ぜられ、ジタンにずるい!代われ!とせっつかれていた。



音を失って、ぱくぱくと唇を開閉させるだけの少年を見ながら、やっぱり可愛い、とティナは思った。




2015/06/08

6月8日と言う事でティナスコ!

可愛いものは、ずっと見ていたくなるよねって言う。