ここは帰り道の途中


大学での授業を終え、アルバイトの配送業務を終えると、体力に自信があるクラウドと言えど、襲い来る疲労感からは逃れられない。
必要最低限の教材や、財布やタオルを入れた、然程大きくはない鞄が、無性に重く感じられる。
此処から当然乍ら、帰宅しなければならないのが、また体を重くする。
テレポートってどうやったら出来るようになるんだ、等と考えながら、愛車の大型バイクへ向かう。

社員用駐車場がある裏口へと向かう途中、これから夜勤に入るのであろうザックスと擦れ違った。
ザックスは気合を入れるようにジャケットの腕捲りをしながら、横切る友人を振り返り、


「クラウド。来てるぞ」
「……ああ」
「お熱いね〜」


判り易く揶揄うザックスに、クラウドは何とも言えない貌をしていた。
怒るような事ではないが、照れる程の事でもないし、しかし浮かれた顔をするのも違う気がして、結局無表情になる。
が、ザックスはクラウドの無表情にも何か意味を読み取るらしく、茶化すように口笛を吹いた。

ザックスと別れ、突き当りの裏口ドアを開ける。
すっかり暗くなった駐車場の端にある、自転車置き場へと向かう。
自転車置き場には、資材庫から都合させて貰ったハロゲンライトが備えられており、今日も明々と照っている。
その光の陰となる、自転車置き場を囲う壁のすぐ外側に、ぽつんと寄り掛かる人影があった。

ハロゲンランプは熱を持ち、この時期だと誘蛾灯にもなる。
人影は、恐らくその両方を避けたのだろうが、暗い場所は危険も多い。


「こっちで待っていて良いって、いつも言ってるだろう」


クラウドが人影の名を呼べば、影はゆっくりと動いた。
光の世界を嫌うように、のろのろと灯りの下に現れたのは、進学校の制服姿の恋人───スコールだ。

夕方を過ぎ、夜と言って過言のない時間にあって、学生がこんな場所にいるのは感心される事ではないだろう。
しかし、スコールは週の半分は此処に来て、クラウドが仕事を終えるのを待っている。
難関の進学校に通いつつ、進学塾にまで通っているスコールは、こんな時でなければ自由な時間がないのだ。
つまりスコールは、恋人との一時の逢瀬の為に、塾終わりに、家とは反対方向にあるクラウドの仕事場まで足を運ぶのだ。

バイクを自転車置き場から運び出すクラウドの下に、スコールはのろのろと近付いた。
その足取りに、少し様子が可笑しいな、とクラウドは気付く。
彼の性格上、嬉しそうに駆け寄って来てくれる事は先ずないが、こうまで判り易く足が重そうなのも初めてだ。


「何かあったか?スコール」
「……別に……」


落ち込むような事でもあったのかと訊ねてみたクラウドだったが、スコールの反応は捗々しくない。
これも予想の範疇なので、クラウドはスコールの返事の瞬間、じっと彼の表情を観察した。
が、スコールはその視線を察したか、ふいっとそっぽを向いてしまう。

すたすたと歩き出したスコールを追って、クラウドはバイクを押しながら帰路に着く。
足の長いスコールは、その歩幅を存分に生かし、クラウドを置いて行かんばかりの早さで歩いている。
平時のクラウドならば特に苦も無くついて行く所だが、今はバイクを押している上、体も疲れ切っている。
ちょっと待ってくれ、と言えばスコールは歩く速度を落とすかも知れないが、前を歩く背中には若干の拒絶の色が見えて、その一言すらクラウドは言い辛かった。

どうしたものかと逡巡している間に、二人の間は距離が開いていた。
クラウドはバイクを押しながら歩調を速めるが、途端、スコールはそれを察したように更に早く歩く。
一向に縮まらない所か、開いて行く距離に、流石にこれは不味い、とクラウドは声を大きくした。


「スコール、ちょっと待ってくれ。少しで良いから」
「………」


クラウドの声に、スコールは数歩進んでから、足を止めた。
振り返らないスコールの背中が、狭い路地の中にぽつんと光る街灯の下に映し出されている。

クラウドは、光と闇の境界線の手前で足を止めた。


「スコール?」
「………」


名を呼んでみると、スコールの肩が僅かに跳ねた。
クラウドは首を傾げ、少し逡巡したが、ゆっくりとスコールへと近付く。


「スコール」
「………」


もう一度呼ぶと、スコールはゆっくりと振り返る。
俯いたままの彼の貌は、クラウドからはまだ見えない。
しかし、街灯に照らされたスコールの耳は、ほんの少し、赤らんでいるように見える。

やっぱり何かあったんだな、とクラウドは確信した。
同時に、それは決して単純に嫌なものをスコールに齎した訳ではない事も察する事が出来た。
可愛いな、と言う気持ちが貌に滲みそうになるのを、クラウドは無表情に押し隠して、小さな光の下で佇む恋人の頬に手を伸ばす。


「ザックスに、何か言われたか?」
「……!」


クラウドの指先に、ぴくっ、とスコールの震えが伝わった。

濃茶色の長い前髪を、そっと退けてやると、相変わらず地面を睨んだままの蒼灰色が覗く。
其処に映っているのは拒絶ではなく、戸惑いに似ていて、困惑も混じっている。
白い筈の頬は、耳と同じように赤くなり、噛んだ唇は音と一緒に自分の本心を隠そうとしているようだった。

全く、何を言ってくれたのだろう───と、気の良い友人を思い出して苦笑する。
彼の事だから、決して悪意のある事は言っていないと思うが、スコールはとても神経質で繊細だ。
ザックスやクラウドにとっては軽く流せる程度の事でも、間に受けていつまでも覚えている。

クラウドはくしゃくしゃとチョコレート色の猫毛を撫でた。


「何を言われたんだ?」
「……別に」
「そうは見えないんだが」


クラウドがそう言った所で、スコールは自身の頭を撫でている手を振り払う。
ようやく此方を見た蒼が、じろりとクラウドを睨んだが、頬が赤い所為で迫力も何もない。

睨む恋人を、クラウドはじっと見詰めていた。
スコールは意地を張るように、しばらくの間クラウドを睨み続けていたが、先に目を反らしたのはスコールだった。
他人と目を合わせる事が苦手なスコールにとって、自分が本当に頭に来ている時以外、睨み合いを続けるのは無理がある。
その上、頑固ではあるが押しに弱い所があるスコールは、見詰める碧眼に根負けしたように、ぼそぼそと口を開いた。


「……あんたの友達……何なんだ」


スコールは明確な名前を出さなかったが、ザックスの事を言っているのは直ぐに判った。
何なんだと言われてもな、とクラウドは苦笑いする。


「良い奴だぞ」
「……知ってる。でも、……バカじゃないのか…あんなの……」


スコールは言葉少なであるが、口に出す言葉についてはかなり吟味する方だ。
そんな彼が、恋人の友人について、ぼやかしつつではあるが「バカ」と称するのは、それなりに理由がある時だろう。

何を言われたんだ、とクラウドは重ねて訊いた。
スコールは肩にかけていたスクールバッグの肩紐を握って、うう、と小さく唸る。
赤らんでいた顔や耳が、益々赤くなって、蒼灰色が八つ当たり気味にクラウドを睨んだ。


「毎日お迎え、とか……あ、熱々、とか……」
「間違ってないだろう」
「毎日なんか来てないし、あ、熱々なんかでもない!」


言われた時の恥ずかしさと、改めて思い出して羞恥心が振り切ったか、スコールは声を大きくした。
噛み付くように叫んだスコールに、クラウドは零れそうになる笑みを堪える。


「あそこに行くのは週の半分だ、塾が終わってついでに…」
「家は反対方向なのにな」
「ら、ラブラブ、とか、熱々とか、そんなのじゃ…」
「俺はそのつもりでいるんだが」
「あ、あんたもバカなのか!」
「当然だろう。俺はスコールバカなんだ」
「……!」


真顔できっぱりと言い切ったクラウドに、スコールの顔は沸騰したように真っ赤になった。
今日が真冬なら、頭の天辺から勢いよく湯気が噴き出しそうな程の赤面ぶりだ。


「やっぱり、あんたも、あんたの友達もバカだ!」
「怒ったか?」
「知らない!帰る!ついて来るな!」
「そう言われても、俺の帰り道もこっちだ」


バイクを押して後をついて来るクラウドに、スコールは喚くように追い払おうとしたが、意味のない事だ。
そして、バイクがある所為で早くは走れないクラウドを、置いて行く程に彼の歩調も速くはならない。
自分の言動の矛盾に、果たして彼は気付いているだろうか、とクラウドは喉の奥でくつくつと笑う。

細い道を通り抜けると、国道沿いに出た。
片道四車線の反対側の歩道に渡ろうと、横断歩道に向かったスコールだが、タイミング悪く信号が赤に変わる。
くそ、と毒づく彼の隣にクラウドが並び、バイクの座席ボックスからヘルメットを取り出す。


「ほら、スコール」
「……」
「送ってやるから」
「……要らない」


銀のライオンのステッカーが貼られた、スコール専用のヘルメット。
スコールはそれをちらりと見遣った後、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
そうして此方に向けられたスコールの耳は、茹でたように赤い。

クラウドはくすりと笑って、ほら、と言ってヘルメットを放った。
スコールは反射的にそれをキャッチするが、手にしたそれを睨んだまま、中々被ろうとしない。

クラウドはバイクに跨り、エンジンをかけて、スコールを後座席に促す。


「遠いんだから、無理するな」
「してない」
「密着するのが恥ずかしいか?」
「このっ!」


クラウドの一言に、スコールはヘルメットを投げつけた。
確りとそれをキャッチして、クラウドはくつくつと笑う。


「別に誰に見られる事もないんだから、今更恥ずかしがる必要はないだろ?」
「見られてるんだよ!あんたの友達にも、ティーダにも!」
「その面子なら気にする事はないだろう」
「俺が気にするんだ!」
「じゃあ、次の時にはフルフェイスを買って置くか。それなら顔が見えないから、誰かに見られても安心だろ」
「そう言う問題じゃない!」


スコールにしてみれば、クラウドの背中にぴったりと密着している場面を、他人に見られているのが問題なのだ。
ただでさえ触れ合いが苦手で、それでもクラウドには触れたいと思う気持ちもあり、板挟みで葛藤した末に、最近ようやくクラウドのバイクに乗る事に慣れて来た所に、友人達からの目撃報告。
クラスメイトのティーダに「あんなにくっついちゃって、熱々っスね〜」等と言われた日には、スコールは恥ずかしさで爆発しそうだった。
その上に、今日のザックスの「毎日お迎えご苦労さん、ラブラブだねー」の一言。
ティーダにもザックスにも、決して悪意があってスコールを揶揄った訳ではないが、思春期真っ只中で人一倍人目を気にするスコールには、死刑宣告も同然だったのだ。
そんな事があった日に、クラウドのバイクに同乗する気にはならない。

が、クラウドも譲るつもりはなかった。
彼にとって、スコールを乗せて夜の街を走るのは、大切な時間だったのだ。
生活リズムの擦れ違いや、そろそろ受験シーズンに入る年下の恋人と、誰に邪魔をされる事もない、数少ない二人きりの時間なのだから。


「良いから乗れ、スコール。これ以上遅くなったら、親父さんがまた煩いんだろう?」


スコールの父は、一人息子を目に入れても痛くない程に溺愛している。
塾の時間はとっくに終わっている筈なのに、中々帰って来ない息子をきっと心配しているに違いない。
以前、クラウドの仕事が押してしまい、スコールの帰りが遅くなった時は、息子が事故か、ひょっとして人攫いに遭ったのではと心配し、警察沙汰になる所であった。
父の友人は勿論、ティーダやヴァンと言ったスコールのクラスメイトにまで連絡していた為、ティーダ達からも盛大に心配された。
あの大騒ぎは二度と御免だ、とスコールは思っている。

この時間から歩いて家まで帰るとなると、相当の時間がかかる。
スコールは苦い顔を浮かべていたが、クラウドがもう一度ヘルメットを差し出すと、素直に受け取った。
スクールバッグを後ろの座席ボックスに入れ、バイクに跨る。


「ちゃんと掴まっていろよ」
「……判ってる」


後ろから回されたスコールの腕が、ぎゅ、とクラウドの腹を締め付けた。
背中にヘルメットの堅い感触が当たったのを感じて、クラウドはバイクを発進させるる。

走っている最中、背中で小さく、くそ、と毒づくのが聞こえた。
クラウドは運転に集中しつつ、視認を兼ねて、バックミラーで背中の少年を覗く。
しかし、見えるのは赤くなった耳だけで、顔が見れないのが残念だ。
それでも、あれだけ渋って見せた割に、掴まる手はしっかりと力が込められているのが、いじらしくて愛らしい。
バイクから落ちない為と言えば理はあるが、それだけで耳まで赤い理由にはならないだろう。

明日もスコールは塾がある。
今日の明日で、彼はまた迎えに来てくれるだろうか。
来てくれると良いな、と背中の温もりを確かめながら、クラウドはハンドルを握り直した。




2015/07/08

7月8日なのでクラスコ!

うちのクラウドは、何かとスコールを迎えに行ってる気がするので、スコールの方からに迎えに行かせてみた。
恥ずかしいとか言うけど、多分このスコールは、クラウドのバイクに乗るのを嫌がってない。
そんで明日は絶対来ない、とか思ってるけど、気付いたら足がそっちに向かってる。