局地的オーバーヒート


サイファーは頗る不機嫌だった。
原因は、連日続く猛暑と、肝心な時に壊れてしまった冷房機器にある。

元々、夏になると気温が上昇し易いバラム島であるが、今年は近年でも稀に見る猛暑に襲われている。
ガーデン内では至る所で冷房がフル活用され、教員・生徒の生活を守っていたのだが、毎日の酷使に機械が根を上げた。
ガーデン本校舎の電気が活動を停止、校舎内は猛暑を通り越した酷暑となった。
夏休みに入った今、寮や食堂、保健室、保健室と言った各施設は無事なのは良かったが、補習授業に明け暮れる生徒・教師には溜まったものではない。
今まで当たり前のよう肖っていた冷房機器の恩恵の有難さを噛み締めながら、皆汗だくになって補習授業をこなしている。

そして本校舎の冷房機器停止の被害は、教室だけではなく、その上層フロアに誂られた指揮官室にも及んでいた。
保護観察中につき、一日の大半をほぼ其処に拘束されているサイファーが不機嫌になるのも、無理からん事であった。


「くそ暑い……最悪だ」
「そうだな」


来客用ソファに寝そべり、背凭れに足を乗せた、非常に行儀の悪い格好で呟いたサイファーに、デスクについて書類を捲っていたスコールが短い反応を投げた。

来客用のソファには、革張りの上質なものが備えられている。
室温が適温であれば、革はほんのりと冷えて心地が良いのだが、この熱空間では蒸し暑さが増すだけだ。


「あークソっ。クソったれ。畜生」
「煩い」
「仕方ねえだろ、暑いんだから!」


がばっとソファから体を起こして声を荒げるサイファーに、スコールは判り易く溜息を吐いた。


「暑いのはお前だけじゃないんだ。機械が直るまでは我慢しろよ」
「いつ直るんだよ?」
「さっき業者が着いた。今見て貰ってるから、状態の報告と見積もりが上がって、それから…」
「今直ぐやらせろよ。どうせ直すんだから、そんなモン後で良いだろ」
「……同じ事、キスティスに言って来い」
「ンなもん俺が死ぬに決まってんじゃねーか」


機械の恩恵を失い、ストレスを募らせているのはサイファーだけではない。
スコールも勿論そうだし、キスティスも同様だった。
業者が来るまで、この指揮官室で、暑い筈なのに寒い空気に晒されていたのを、サイファーもまだ忘れてはいない。
彼女は現在、ようやく到着した業者と共に配電室に行き、状況検分を行っている。
業者の方も、バラムの街で同様の案件を複数抱えており、ガーデンだけが特別扱いされる事はないから、機械故障の連絡から到着まで時間が空いたのは仕方がないのだが、今のガーデン生徒にはそれを慮る余裕もなかった。

クソったれ、と何度目か判らない悪態を吐き捨てて、サイファーはソファを立った。
いつも着ているお気に入りの白コートは、自分のデスクに投げている。
脱いだ時には少し楽になった気がしていたが、時間が経つと、やはりまだまだ暑いと実感させられる。
頭から水を被れば少しは楽になるだろうか、と思いながら、サイファーはデスクから動かないスコールの下へ向かう。

黙々と書類処理を続けるスコールの横顔には、汗一つ流れていなかった。
表情も常と変らない仏頂面で、眉間の皺は熱さよりも終わらない書類に対する愚痴だろう。
そこまで観察して───平時なら其処まで時間を要さずとも判る事だが、暑さの所為で頭が回らないのだ───、サイファーは違和感に気付く。


「……お前、随分平気そうだな」
「…なんだよ、突然」


仕事の邪魔を意図して、デスクに寄り掛かって言ったサイファーに、スコールは顔を上げた。

正面から見たスコールの顔には、やはり汗一つ流れていない。
これだけ蒸し暑い部屋の中にいるのに、熱に弱い筈の白い皮膚は、火照った様子もなかった。


「何仕込んでやがるんだ?」
「何の話だ」
「暑いのも寒いのも嫌いなお前が、こんな状況でフツーに平然としてられる訳ねえだろうが。おら、吐け。洗いざらい吐け!」
「ちょっ…!重い!暑い!退け!!」


サイファーは椅子に座るスコールの上から覆い被さった。
ずしりと、まるで岩かと思う重さに襲われて、スコールは慌てて振り払おうとするが、サイファーはスコールの頭をがっしりとホールドして逃がさない。


「暑い!おまけにあんた、汗臭い!気持ち悪い!」
「お前はなんでンな涼しい面してんだよ!?つーかなんで実際冷たいんだ、お前!いつもと変わらねえ格好してる癖に!」


じたばたと暴れて逃げようとするスコールを、サイファーは潰さんばかりの力で捕まえていた。
体格差、純粋な腕力の差諸々の所為で、こうなるとスコールは逃げられない。
くそ、と今度はスコールの口から悪態が漏れた。

サイファーは茹った頭で冷静に分析していた。
ぴったりと密着して判った事だが、奇妙な事に、スコールから仄かな冷気が感じられる。
触れていれば直ぐに温くなってしまうような冷気であるが、この状況で、僅かでも涼の元があるだけでも段違いだ。
何処からそんな恩恵を手に入れたのか、これは聞き出さなければなるまい。
ついでに、自分がこんなに参っているのに、涼を一人占めしていた恋人への嫌がらせに、たっぷり熱の篭った体温を押し付けてやる。


「暑い…!暑いし重いし鬱陶しい…!離れろって言ってるだろ!」
「だったら白状しやがれ。なんでテメェはこの状況で涼しい面してやがんだ?あ?」
「……判った。言うから離れろ!」


観念したスコールに、サイファーはぱっと体を離してやった。
負けを認めた形になったのが悔しいのだろう、スコールは頗る不機嫌な顔でサイファーを睨む。

じっとりと汗を滲ませた首を拭って、スコールは言った。


「…シヴァの力を借りてる。ごく僅かだが冷気を出して貰ってるんだ」
「ンな事にG.F使ってんのかよ」
「仕方がないだろ。こんな状況でも、俺は此処にいなきゃいけないんだ。少しぐらいズルしたって良いだろ」


指揮官と言う立場の所為で、スコールは一日の殆どを指揮官室に拘束される。
勿論、食事や睡眠などは自由に取れるので、全く外に出られない訳ではないが、任務から帰還したSeeDからの報告等を聞く為や、刻一刻と溜まって行く書類の事を思うと、長く席を空けられないのも事実。
ガーデンと言う建物の構造上、上層部に位置する指揮官室は、教室やグラウンドよりも太陽に近い位置にある。
お陰で下層よりも余計に暑くなり、冷房機器の回復を待たずに此処にいなければならない身としては、何かしらの対策は必要不可欠だった。
幸い、スコールはG.Fと親和性が高いお陰か、ちょっとした程度なら、召喚を行わなくても力を借りる事が出来る。
其処で、特に懐いてくれているシヴァに頼んで、微弱な冷気で熱から体をガードしていたのである。

────成程、どうりで冷たい筈だと、サイファーは納得した。
サイファーが触れた時、彼の体がひんやりと冷たく感じられたのは、シヴァの生み出した冷気だったのだ。
皮膚に張り付く熱を冷気のカーテンで遮断すれば、体感温度はぐっと下がるし、熱が体内に篭る事もない。
熱にも弱いが、人工的な風にも些か弱いきらいのあるスコールにしてみれば、一番体にあった涼の採り方かも知れない。


「機械が直ったら、もう止める。G.Fの問題も、まだちゃんと解決していないし…」
「そうしとけ。ま、それまでは仕様がねえか……」


些細なものとは言え、G.Fの力に頼り切るのも良くない事は、スコールも実体験から理解している。
全ては機械が直るまでと決めて、頭の中で響くノイズに感謝した。

脳内の存在を意識してか、スコールの視線が少しの間、宙を揺れる。
それを見るともなしに見ていたサイファーだったが、ふと、既に汗の様子をなくしたスコールの首に目が行った。
途端、俄かに浮かぶ悪戯心。


「にしても、お前ばっかズリィだろ。幾らG.Fに気に入られてるからってよ」
「別に良いだろ。悔しいならあんたもやればいい」
「おお。じゃあそうさせて貰うわ」
「ああ────っ!?」


改めて書類に向き直ろうとしたスコールだったが、再度襲ってきた大きなものに押し潰されそうになった。
何事かと現状を理解しようとする前に、暑いものが頬に押し付けられる。
更には頭部を囲むように抱えられて、熱の盛った固い胸板に顔を埋められる羽目となった。


「んぐっ、ううっ!?」
「おー、こりゃ涼しいわ。てめぇ、こんな良いモン一人占めしやがって」
「うっく…!は、離せサイファー!暑苦しい!」


サイファーは全身で以てスコールを抱き締めていた。
スコールは暴れ、サイファーの胸や腹を殴り付けるが、まるで効果はない。

密着したスコールの躯を覆う冷気が、保冷剤のようにサイファーに涼を齎している。
指揮官室に入って以来、初めて手に入れた冷気に、サイファーの機嫌は鰻登りだ。
反対に、サイファーの熱を全身で吸収させられるスコールは、溜まったものではない。
彼を覆うシヴァの冷気は、本当に微弱で、言わば薄いレースカーテン程度の厚みしかない為、密着した男の熱までは遮断できないらしい。
折角の貴重な涼を奪われる状態に、スコールの機嫌は直滑降の勢いで下がっていく。

デスクをがたがたと蹴って、スコールはサイファーを振り払おうとする。
しかし、サイファーはスコールの背中に腕を回して持ち上げると、代わりにチェアに座ってスコー
ルを膝上に乗せた。
一瞬、何が起こったのか判らなかったのだろう、スコールがぽかんとした表情でサイファーを見上げる。
が、直ぐに状況を理解すると、真っ赤な顔でサイファーの髪を掴んで引っ張り始めた。


「いててててっ、痛ぇよテメェ!」
「下ろせ!離せ!其処を退け!」
「ぜってーヤだね!」


より激しく暴れはじめるスコールを、サイファーは体格差に物を言わせて封じ込んだ。
髪やら頬やらを引っ張られて、痛みには腹が立つが、密着した場所から伝わる冷気は手放せない。

サイファーは頭皮の痛みに片眉を顰めつつ、真っ赤な顔で睨む恋人を見た。
離せよ、と声を荒げるスコールに、やだね、と言ってやれば、益々スコールの顔が赤くなる。
怒り一色のその額に、サイファーは唇を押し付けた。
途端、スコールは暴れるのをぴたりと止めて、豆鉄砲を喰らったような顔でサイファーを見る。

────アルテマジャンクションの右アッパーがサイファーの顎を打ち上げるまで、あと三秒。



2015/08/08

『夏で暑いのにひっついてるサイスコ』のリクを頂きました。

G.Fにそんな使い方があるのかは判りませんが、属性耐性とかあるし、その辺の影響と言う感じで。
あとアルテマでアッパーはやばい。顎砕ける。でもサイファーだからきっと大丈夫だ!