特別講義延長申込み



自分の周囲にたゆたう空気が、重く厚くなって行くのを感じながら、掌に意識を集中させる。
空の手の中に熱が生まれ、灯と言う形を作り出した直後、それは一気に燃え上がった。
振り被った腕を一凪すれば、炎は押しポンプから排出されるかのような勢いで、空気を焼いて閃を描く。
直線を飛んだその先には、ぎこちない動きをするイミテーションがいた。
イミテーションの表面は、何度も燻されたように黒く焦げており、罅割れも起きている。
其処に新たな炎が着地して、ぼうぼうと燃えて表面を焼いたが、それは十秒ほどで鎮火した。

炎を放ったのは、スコールである。
偽物の魔法で創った炎は、やはり、何度やっても、本物の魔法の威力には遠く及ばない。
しかし、一ヶ月前に比べれば、魔力の集約速度は飛躍的に早くなり、延焼時間も長くなった。
近接戦闘を自分の縄張りとし、決して魔法を得手とはしないスコールだが、この変化のお陰で、自身の苦手分野を大分克服する事が出来た。

スコールの魔法修行の監督を務めているのは、シャントットだ。
元の世界でも魔法の研究に携わり、学院で生徒も持っていたと言う経験に違わず、彼女は実に教えるのが上手い。
少々突拍子な事も指示するが、それは全て的を射ており、スコールの魔法レベルを上げるのに効果的なものばかりだった。

今日はシャントット曰く“テストの日”で、スコールはこの一ヶ月で彼女に教わった事、その成果を見せていた。
魔力の集約から発動までの時間ロスの軽減と、威力の底上げと言う課題を、何処までクリアする事が出来たのか。
相対をするイミテーションは下位レベルで、戦う相手としては片手間で終わらせる事が出来るが、魔法のみで戦えと言われると、スコールには些か厳しいものがある。
何度も繰り返し練習、イミテーション相手の実践も熟して来たとは言え、テストを見守るシャントットの目は厳しく、スコールも一瞬とて気が抜けない。

距離を測りながら、ファイアバレット、ブリザドバレット、サンダーバレットを順に放ち、近付いて来れば魔法連弾で牽制する。
イミテーションは動きが鈍い為、当てる事に労は感じなかった。
それよりも、防御用のみと言う条件で握っているガンブレードが、いつもの癖で刃が出ないようにする事の方が大変だった。

サンダーバレットで動きを止めたイミテーションに肉迫し、冷たい腹に掌を当てる。
手の中に集まった力が炎になり、炎弾がゼロ距離で放たれ、イミテーションの身体が吹っ飛んだ。
イミテーションは空中を浮いている間に、身体の構造を保てなくなり、歪な悲鳴を上げて粉々に散る。


「────まあ、合格ラインには足りますわね」


テストを監視していたシャントットが言った。
スコールは滲む汗を拭って、最後の一発で少し焦げた手袋を見下ろす。


「……さっきの一発、少し逆流した」
「言われなくても見えていますわ。真面目な生徒だこと」


評価のマイナス点になるであろう事を、自ら白状するスコールに、シャントットは微かに笑う。

見せて御覧なさい、と言うシャントットに、スコールは焦げた掌を見せる。
焦げているのは手袋の表面だけで、少し燻されたような痕があるのみ。
革に守られた皮膚に影響はなく、何度か握り開きを繰り返しても、痛みを訴える事はなかった。


「これ位なら、マイナス2点かしら」
「……総合点は?」
「68点」
「………」
「ご不満?」


露骨な赤点ではないが、色好いとも言えない微妙な点数に、スコールは眉根を寄せた。


「…一応聞いておきたいんだが、満点は何点になる?」
「200とでも言うと思いまして?其処まで意地の悪い事は言いませんわ。きっちり、100点満点で計算していますわよ」


それを聞いて、スコールは少しだけ安堵した。
辛い点数ではあるが、満点から半分を切った点数だったら、少し落ち込みそうだった。
テストと名のつくものは、スコールにとって、決して軽視は出来ないものだったから。

歩き出したシャントットの後を、スコールはゆっくりとついて行く。
向かうのは、彼女がこの世界で研究所兼住居としている洞窟である。

シャントットは歩を進めながら、後ろを振り返らずに言う。


「貴方の心配の通り、本来なら200点から計算する所ですけれど、貴方は魔法で戦いたい訳ではないのでしょう?」
「ああ」
「貴方の言う“疑似魔法”とやらの仕組みも判っていないし、大甘の判定であるのは確かですわ。けれど、魔法使いではなく、戦士である貴方にとっては、これ位で十分。思っていたよりも魔法の威力が上がらなかったのは残念だったけど」
「……それで68点か」
「ええ」


魔法の発動の時間ロスを減らせたのなら、スコールにとっては十分な収穫だ。
しかし、一ヶ月前ならそれで良いと思えたスコールも、今となっては少し考え方も変わっている。
威力が上がれば、足止めとしても、より良い効果が期待出来る。
スコールにとって相対する敵が“魔女”である事も含め、魔法の威力や扱いは、決して軽んじられるものではなかった。

シャントットの中で、威力の底上げを何処までに想定していたのか、スコールには判らない。
だが、彼女が少しでも納得できるレベルまで叩き上げる事が出来れば、十分に戦闘に活かせる力を身に付けられたと思えただろう。
其処まで行き付けなかった自分に悔しさを覚えつつ、スコールはシャントットの住居へと足を踏み入れた。

シャントットの住居は、研究施設としても備えているからか、色々なもので溢れている。
生活に必要なものは勿論、衣食住に欠かせない水や食料もある。
これらの確保は、魔法を使って創っているものと、モーグリから仕入れて来たものと半々らしい。
“疑似魔法”しか知らないスコールには、到底考えられないような事まで、シャントットは自分の魔法で片付けてしまっているようだった。


「適当にしていなさいな。本はもう一通り読んでしまいましたの?」
「…あんたに薦められたものは読んだ」
「なら、復習するか……もう少し魔法の仕組みを詳しく知りたいなら、三番の本棚の下から三段目かしら。基礎よりも少し深く掘り下げてあるものがありますわ。“疑似魔法”の本もあれば良いのだけど」


中々見付からないものですわね、と呟いて、シャントットは洞窟の奥へ向かう。
その後に続こうとしたスコールだったが、あちらへ、と言うようにシャントットが本棚を指したので、大人しく踵を返す。
スコールは、床に散らばっている本の山を踏まないように気を付けながら、シャントットの示した本棚へ向かった。

洞窟の中にあるものの殆どは、シャントットが集めて来た本と、この世界で得られる魔物の牙や骨、革、毛皮などである。
生活に必要なものと言えば、ベッドとテーブルと椅子が精々で、後は研究資料や機材ばかりだ。
そんな景色も、一ヶ月の間、魔法の修行で彼女の下に通うようになって、すっかり見慣れた光景になっている。

スコールは本棚から適当に本を取り、パラパラとページを捲る。
これらの本の内容が、スコールの扱う疑似魔法の理屈と合うかは判らない。
しかし、知らない知識を得られる事に苦を感じる事はなく、新たな観点・発見を模索するにも、新しい知識は必要不可欠なものとして、スコールは水を得るように吸収して行った。

何冊かの本を流し見した所で、シャントットがキッチンから戻って来る。


「此方にいらっしゃいな。紅茶を淹れましたわ」
「……あんたが淹れたのか?」
「今この場に、私と貴方以外に人がいまして?」


シャントットの返しに、それはそうだが、とスコールは真似を寄せる。

いつもなら、修行の後に紅茶を淹れるのは、スコールの役目だった。
師匠への礼節、修行に付き合って貰っている礼として、両者合意で決まった事だ。

カチャ、と陶器が小さな音を立てる。
スコールが本を棚に戻してテーブルに向かうと、柔らかな甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「さ、どうぞ」
「……いいのか?」
「私の紅茶が飲めないと?」
「…そうは言ってない」
「なら、素直に受け取りなさい。テスト明けの一服ですわ」


薄いオレンジ色の紅茶が入ったティーカップが、スコールの前に置かれる。
スコールは小さく「…いただきます」と言って、カップを口に運んだ。

しつこくはない甘さが、スコールの舌を撫でて、喉へと流れて行く。
随分と昔、何処かで飲んだ事があるような味だったが、スコールがそれを詳しく思い出す事はなかった。
ただ、胸の奥が少し暖かくなったような気がして、知らず口元が綻ぶ。


「……美味いな」
「良い茶葉が手に入りましたの。一人で飲んでも詰まらないから、貴方に分けて差し上げたんですのよ」


感謝しなさい、と言うシャントットに、「……どうも」とスコールは言った。

シャントットとこうして紅茶を飲むのは、修行の後では通例になっていた事だ。
が、飲んでいる紅茶が、自分の淹れたものではなく、シャントットの用意したものだと言う違いの所為か、スコールは少し落ち着かない気分になっていた。
予定にない事に弱い性質もあって、スコールの戸惑いは中々拭えない。
出来るだけそれを表情に出すまいとはするものの、手許のカップを見る度に、スコールはことんと首を傾げていた。

そんなスコールを気にせず、シャントットはカップを傾けていた。
一杯目の紅茶が半分まで減った所で、そうそう、と話を始める。


「貴方のテスト結果ですけれど、マイナス点の内の半分は、威力の底上げに関するものですわ」
「ああ。それは、今後も努力を続けて行くつもりだ」
「宜しい。ですが、あなたの実力で言えば、あれに関するイナス点は10点分。後の10点は私の分ですわ」
「……どう言う意味だ?」


思いも寄らないシャントットの言葉と、その意味を図りかねて、スコールは問い返した。


「貴方が魔法向きの戦士ではないとしても、ポテンシャルがあるのは確か。それを期日までに上手く伸ばせなかった、私の落ち度。それでマイナス10点」


それなら、それを自分のテスト結果に反映させなくても良いじゃないか、とスコールは思った。
68点と聞いて微妙な気持ちになった自分を思い出して、スコールはカップに隠して唇を尖らせる。

しかし、ほんのりと甘い紅茶を口にして、スコールは直ぐに考え直した。
まだ伸びしろの可能性があるのに、下手に満足の行く点数を出せば、努力を止めてしまう事を思えば、シャントットの口にした点数は妥当なのかも知れない。
実際、スコールは自分の努力が足りない所為で、威力の底上げが間に合わなかったと思い、これを払拭するにはより一層の修練が必要だと考えた。

────其処まで考えて、じゃあなんで今それをバラすんだ、とスコールは再度首を傾げる。
黙っていれば、スコールは自分の努力不足を補う為に否やはなかったし、シャントットの落ち度と言うものも判らなかっただろうに。


「私としても、今回のテストの結果には、指導者として納得していませんの。私の見立てでは、貴方はもっと上に行ける筈だったから」
「……あんたは十分、色んな事を教えてくれた。俺にはそれで十分だ」


シャントットは魔法の研究をする施設にいた。
しかし、スコールの世界で扱われている“疑似魔法”については、その存在すら知らなかった。
様々な世界が入り交じるこの髪の闘争の世界であっても、スコールの“疑似魔法”は特異なものであるらしい。
だからシャントットも、“疑似魔法”については初心者も同然だった筈だ。
魔法と言えば自分、と言う自負がありつつも、手探りであった事は想像に難くなく、指導するのも自分の経験の通りとは行かなかったに違いない。

それでも、彼女はあらゆる知識を総動員し、スコールの育成に当たった。
お陰でスコールは、当初の課題であった魔法発動への時間ロスを大幅に縮める事が出来たし、瞬間的に威力を上げるやり方も覚えた。
元の世界で魔法の訓練をしたとして、たった一ヶ月と言う短期間で、同じだけの育成が出来る教師がいるかと言われると、スコールは迷う事なく首を横に振るだろう。

だからスコールは、彼女の指導に満足していた。
しかし、それはあくまで、教わる者が望んでいた結果以上を得られたと思うからだ。


「先程も言いましたけど、私が、納得していないのですわ」


自分のプライドが許せないのだと、シャントットは暗に滲ませていた。
ならば、スコールにこれ以上言える事はない。

もう少し、威力を底上げ出来ていれば、彼女をこうも落胆させる事はなかったのだろうか。
スコールがふとそんな事を頭の隅で考えた時、


「もう一ヶ月、お付き合い頂けませんこと?そうすれば、今までの結果も踏まえて、より良い結果が出せると思いますの」
「……それは俺にとっても有難い。魔法の事は、あんたに教わるのが一番良い」
「あら。殊勝なこと」


シャントットの言葉は、スコールには願ったり叶ったりであった。

性格に多大な難有と言われるシャントットだが、この一ヶ月で判ったが、思いの外彼女は優しい。
無茶振りもあるが、理に適っているものが多く、どうしても方法が合わないのなら、他のやり方も考えてくれる。
感覚重視で、いまいち説明に要領を得ないバッツよりは、座学含め理屈付で説明してくれるシャントットの方が、スコールには判り易かった。


「だから、これからも、付き合ってくれると助かる」
「ええ、宜しいですわよ。貴方は意外と育て甲斐があるし。それに────」


色好い返事を寄越した後、シャントットは何かを言おうとして、止めた。

スコールが目を向けると、シャントットはカップを口に運んで、紅茶を飲んでいる。
何を言おうとしたのか、スコールが気にならないではなかったが、シャントットが答える気配がないのは感じ取れる。
藪を突いてフレアを出す必要はあるまいと、スコールも深く気にせず、自分のカップに口をつけた。




(それに私、案外、気に入っていますの。貴方が淹れた紅茶の味を)






2015/11/08

11月8日と言う事で、シャントット×スコール……と言い張る!

相変わらずシャントットが偽物で申し訳ない。
でも、あんまりまともな人がいないFF界の“博士”の中でも、比較的話が出来そうなのはこの人なんじゃないだろうかと言う夢の余り、こんな感じになります。