非睡眠学習法


ヴァンは授業中は殆ど寝ている。
隣に座っているスコールが、いっそ清々しくなる程、すやすやと寝ている。
それでいてテストは無難な点数を取っているのだから、スコールは色々と腑に落ちない気分だった。

勉強しなくてもある程度出来る、と言う人間はいるものだ。
何をするにも自然と要領の良い判断が出来ていて、課題を卒なく熟せる。
ヴァンは正にそのタイプで、スコールは逆にてんで要領の悪いタイプだった。
必要なる情報を自然と取捨選択しているヴァンに対し、スコールは大量の情報を一つ一つ理解し、整理する事で理解に至る。
どちらが良いとは言い切れない───何せ、ヴァンは半分は本能的な部分で物事を判断しているので、理詰めの計算となるとショートを起こすのだ。
その為、ヴァンは応用問題や引っ掛け問題と言った類を苦手としており、テストが終わると、必ずスコールの下に来て「教えて」とねだっていた。

ヴァンは決して馬鹿ではない、とスコールは思っている。
得意分野と苦手分野が真っ二つになっているので、テストは問題の作り方によって点にバラつきが出るが、大抵の事はきちんと説明すれば理解する。
だからスコールは、授業中も起きていれば良いのに、と思う事は少なくなかった。
しかし、それを言っても暖簾に腕押しで、授業が始まるとヴァンは寝ている。


(……それで、なんでこう言う点が取れるんだ?)


スコールの前に並べられているのは、ヴァンのテストの答案用紙だ。

ヴァンのテストの答案は、得意分野と苦手分野が点数を折半したようになっている。
一番点数の悪いものでも赤点には届いていないので、成績としては問題ないのだが、スコールにはやはり腑に落ちなかった。
授業中の殆どを寝て過ごし、提出物も忘れ物が多いヴァンが、どうしてこんな点数を維持できるのかと言う事が。


(…赤点なら良いのかって訳じゃないが……)


それはそれで憂慮すべき事となるので、ヴァンのこの成績には文句を言うつもりはない。
寧ろ、この点数を維持できている事は、よくやっていると褒めるべきなのだろう。

───そんなスコールの胸中など知らず、ヴァンは「此処なんだけどさ」と数学のテストを取り出して、設問の一つを指差した。


「この問題って、このやり方じゃなかったっけ?スコールに教えて貰った通りにやったと思うんだけど」
「……此処から解き方が違う」


問題の基礎的な部分は出来ていたヴァンだが、発展させた数式に間違いがあった。
此処までは教えていなかった、と思いつつ、スコールはノートを出して問題を解く為に必要な情報を書き抜いて行く。
ヴァンが間違えた式と照らし合わせながら、スコールは努めて判り易いように問題を解説した。

一つの問題が終わると、ヴァンは次の問題を指差す。
これは、これは、とヴァンが示す問題は、殆どが応用や引っ掻けを使った問題で、彼の苦手としている所だった。
スコール自身も決して得意ではない為、判り易く説明する事に苦労する。
そもそも、スコールは決して口が回る性分ではないので、解説にしろ説明にしろ、自分には不向きな事だと思っている。
だからヴァンにも、訊くのなら教師や他の奴に頼め、と言っているのだが、ヴァンは聞かなかった。
スコールに教えて貰うのが一番判り易い、と言って、彼は必ずスコールに聞いて来るのである。


(なんで俺なんだ……)


そんな事を頭の隅で考えながら、スコールは最後の問題の説明を終えた。


「それで……今回は数学だけか?」
「古文も。いまいち訳判んないんだよなぁ、古文って」


言いながら、ヴァンは答案用紙の山の中から、古文のテストを取り出した。
国語科目はスコールにとっても苦手分野である。
ただでさえ、言葉と言うものに対して、その多様性による伝わり辛さに辟易しているスコールにとって、国語科目は鬼門である。
スコールは判り易く顔を顰めて、持っていたシャーペンを転がした。


「古文と現国は、他の奴に聞いてくれ。俺も苦手なんだ」
「じゃあ一緒に勉強しようぜ」
「判らない奴が二人で勉強したって、意味ないだろ」
「ない事ないって。1足す1は2も3にもなるんだから」
「……意味不明だ」
「ラグナがそう言ってたぞ」
「……あいつの言う事を額面通りに受け取るな」


突然出てきた父の名に、スコールは深々と溜息を吐いた。
ヴァンはそんなスコールを気にする事なく、見付けた古文の答案用紙を広げる。

完全にやる気を失くしているスコールだったが、ヴァンは勉強する気があるようだった。
動かないスコールの代わりに、自分の鞄から古文の教科書とノートを取り出して広げる。
ノートに書かれている内容は、スコールが授業中に板書したものと全く同じだ。
彼は古文の授業も殆ど寝ており、起きていても余り板書をしないので、ノート提出が促される直前になって、スコールからノートを借りるのがお決まりになっている。

勉強を教えて貰う時と同様に、ヴァンはいつもスコールのノートを借りていた。
スコールは出来れば早い内に提出してしまいたいのだが、決まってヴァンが「貸して欲しい」と言うので、いつも二人揃ってギリギリに提出する羽目になっている。
何度か「他の奴のを借りろ」と言った事があるのだが、これもヴァンは嫌だと言った。
スコールのノートは、板書した内容と、教師の話した内容とが、それぞれ綺麗にまとめられている。
一番見易くて判り易いんだと言われると、褒められ慣れていないスコールは、むず痒くなりながらノートを貸してしまうのであった。

スコールは仕方なく、ヴァンの広げたノートを見た。
が、其処に書かれた謎の呪文の数々に、直ぐに見るのを止め、自分のノートを取り出す。


「あんた、もう少し読める字で書けよ……」
「読めるぞ?」
「……」


はあ、とスコールは深々と溜息を吐いた。

ヴァンの字は汚い。
酷い癖字で、特徴を捉えていなければ読めない程で、テスト採点の際に教員が何人泣いたか知れない。
平時でさえそんな有様だと言うのに、提出前に大急ぎで書き移したノートは、尚の事見れたものではなかった。
それでも本人は読めると言うので、ヴァン自身が癖字を改善させる気はなく、これからも教員は泣き続ける事だろう。

苦手な科目に気が重いスコールだったが、そんなスコールの前で、ヴァンはうんうん唸りながら答案用紙を睨んでいる。
それだけ真剣に取り組めるのなら、どうして授業中に眠ってしまえるのか、スコールには不思議で仕方がなかった。


「スコール、此処の問題さぁ……」
「………」
「ん?俺の顔、なんかついてる?」


じっと見詰めるスコールの視線を感じ取って、ヴァンがきょとんとした顔で訊ねた。
スコールはいつものように「別に」と言いかけたが、


「……あんた、どうして授業中に寝ていられるんだ」
「眠くなるから」
「………」


躊躇も遠慮もなく答えたヴァンに、スコールは今日何度目かの溜息を吐いた。
少しは悪びれたらどうだ、と思うのだが、ヴァンはだって仕方ないんだよ、と宣う。


「先生たちの授業って、皆退屈でさ」
(そんなものだろ、授業って)
「面白い話をする先生もいるけど、そう言うのってあんまり勉強には関係ないみたいだし」
(大体が脱線した内容だからな)
「あと、体育の後は眠いし。昼飯の後も眠いし」
(あんたいつでも眠いじゃないか……)


一時間目は朝が早くて眠いと言い、体育の授業の後に眠いと言い、昼食を終えた午後の授業も眠いと言う。
これが日によってバラバラに起こる事なら良いのだが───いや、決して良くはないのだが───、ヴァンは一日中こんな調子で過ごしている事が多い。
此処まで来ると、実は本当に睡魔に捕まっている事は少なく、単に口癖になっているだけではないだろうかとも思えてくる。
眠い眠いと言う割に、存外としぶとく起きている事もあるので、スコールのその考えも強ち間違いではないのだろう。

授業中、条件反射のように睡魔に襲われる者はいる。
隣クラスの友人であるティーダも、数学や化学、物理の授業の時は、決まって眠くなると言う。
黒板に並べられた沢山の数字や、教員がつらつらと並べる意味不明の単語、数式の羅列が、催眠術みたいなんだと言っていた。

ヴァンもそうなのだろうか。
ティーダのように理数系の分野に限らず、授業全般に対して催眠術効果が働くのか。
しかし、彼はティーダと違い、補習授業やテスト前後の自主勉強を嫌がる事は少ない。
面倒とは思っているようだが、熟さなければならない課題から目を反らす事はしなかった。
現に、今スコールの前にいる彼も、居眠り症状を発症させる事もなく、真面目な顔でテスト問題を睨んでいる。


(そう言えば……俺と勉強している時に、寝た事はないような)


気の所為かも知れない。
しかし、スコールが思い出せる限りで、彼と二人で勉強をしている時、ヴァンが寝落ちた事はなかったと思う。

暗号みたいなんだよなぁ、とぼやきながら、単語の意味を一つ一つ書き出しているヴァンに、スコールはふと訊ねてみた。


「……あんた」
「んー?」
「…今は眠くないのか?」
「ん?」


スコールの問いに、ヴァンが顔を上げる。

丸みのある鳶色の瞳が、真っ直ぐにスコールを見た。
邪気の類を全く感じさせることのない正直な瞳に見詰められ、スコールは厭うように視線を外す。
変な事を聞いた、と思いながら、今の自分の発言をなかった事にするべく、転がしてたシャーペンを握った時、


「全然眠くないぞ」
「……そうか」
「スコールと一緒に勉強してるのに寝るなんて、勿体ないからな」


そう言って、ヴァンは再びノートに視線を落とした。

黙々と書き出し作業を続けるヴァンの前で、スコールは呆れる。
自分に教わる時間に寝るのが勿体ないのなら、授業中に寝る事だって勿体なくはないだろうか。
教員とて決して適当に授業をしている訳ではなく、生徒に判り易く伝わるようにと工夫を凝らしたりしているのだから。

─────とは思いながらも、自分が特別視されているような気がするのは、決して悪い気ばかりはなく。


「…あんた、次の授業も寝るなよ」
「んー」


生返事をするヴァンが、これからの午後の授業を眠らないとは思えない。
眠らなかったら、放課後にヴァンお気に入りのコロッケ屋で奢ってやろうか。
眠ってしまったら、次のテストの後も、またこうして二人で答案を囲むのだろう。

悪くはない、と思いながら、スコールは昼休憩終了のチャイムの音を聞いていた。




2015/12/08

12月8日と言う事でヴァンスコー!
マイペースなヴァンに振り回されつつ、なんだかんだと付き合ってあげるスコール。
ティスコとはまた違った青春の匂いがする。

ティーダは赤点で補習常連になりそうですが、ヴァンはテストの点数よりも遅刻・居眠り・忘れ物の減点で補習を食らいそうなイメージ。