あんたがやれって言ったから


自分の誕生日は忘れても、サイファーの誕生日だけは忘れた事がない。
と言うよりも、忘れようがなかった。
何せ、当日が近付くと、必ず本人が自分の誕生日が近い事を主張しに来るからだ。
流石に今年は其処まで露骨な事はなかったが、いつの間にかスコールの部屋のカレンダーに、これ見よがしに二重丸が書かれていた所を見るに、暗に「忘れるな」と言われているのは間違いない。

カレンダーに二重丸が記された日から、スコールは彼の誕生祝の為のプレゼントを探していた。
しかし、これと言うものは中々見付からない。
元々、こうした行事事にスコールは疎いし、人との繋がりを避けてきたので、何を渡せば他人が喜ぶのかが判らなかった。
自分ならシルバーアクセサリーや、カードのパックを貰えたら嬉しいが、サイファーはそうではあるまい。
アクセサリーの類は嫌な顔はしないと思うものの、ああした部類は、選ぶ者と受け取る者のセンスが合わないと悲劇を起こす。
第一、落ち着きのないサイファーは、リングでもネックレスでも、ふとした時に落として失くしそうだ。
悩みに悩んで渡した物を、故意ではなくとも失くされるのは少々哀しいものがある。
況してサイファーとスコールの間柄だ、失くしたと知ったらスコールは憎まれ口の一つも出るだろうし、其処から口喧嘩になるのも想像できる。
身に付けるものは無しにして、消費することを前提のものにした方が良い、とスコールは思った。

が、それはそれで悩みが増える。
食べ物なら幾らあっても困らないとは言うが、誕生日プレゼントに相応しい食べ物とは何だろう。
ケーキはセルフィが用意すると言っていたし、売店で売っている物を渡すのは、幾らなんでもやっつけ感が強い気がする。
流石にそれはスコールも気が退けるので、デリングシティやエスタに赴いた時など、彼が喜びそうな食べ物を探してみたのだが、これも難しかった。
彼の趣向は知っているので、幾らかアンテナは立ったものの、これだと言うものが見付からない。

悩みに悩んだ結果、スコールは考える事を放棄した。
プレゼントをする事を止めた訳ではないが、サプライズのように隠れて準備するのを止めたのだ。
一応、当日までには用意して置きたかったので、一週間前に任務から帰って来たサイファーを捕まえ、来週の誕生日に欲しいものはあるかと訊ねた。
サイファーは、「特に欲しいモンはねえが、一つだけあるな」と言って、それを口にした。




サイファーから“欲しいもの”を聞いてから、スコールは悩んでいた。
悩む事を止めた筈なのに、悩んでいた。

サイファーへの誕生日プレゼントを何にするか、と言う点は、本人に訊ねる事で解決した。
しかし、それにより新たな悩みがスコールを襲う事になる。
悩んでいるのは、先ず、それを叶えるか、聞かなかった事にして別のプレゼントを用意するかと言う事。
後者については既にギブアップしていた為、選べるのは前者しかない(一応、後者も考えては見たが、結局は同じ結論に行き着いた)。
次に、どうやってサイファーの願いを叶えるか、と言う事だ。
彼が欲しいと言った物は、店で購入する事が出来ないもので、しかしスコールが一つ努力をすれば叶えられると言うもの。
だが、その努力が、スコールにとって相当のハードルとなる事を、サイファーは判っていた筈だ。
だからこそ、誕生日プレゼントにそれを寄越せ、と言ったのだろう。

結局、スコールが抵抗の壁を越えられないまま、サイファーの誕生日はやって来た。
日付が変わる直前から、二人は寮のサイファーの部屋にいたのだが、スコールはいつにない緊張感で体を強張らせている。
そんなスコールの気配を感じながら、サイファーはいつも通りに夜を過ごしていたのだが、


「お。12時越えたな」
「!」


ベッドヘッドに置いていた目覚まし時計の針が、頂上を過ぎている。
それを見たサイファーの言葉に、雑誌を読んでいたスコールの肩がビクッと跳ねた。

スコールの胸の中で、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
まだ決心が固まっていないのに、と雑誌を握る手に力が篭った。
決して目を合わせようとしない恋人から醸し出される緊張感に、其処まで構えるもんじゃねえだろ、とサイファーは苦笑する。

サイファーはスコールの肩を掴むと、自分の下へと引き寄せた。
うわ、とスコールの口から引っ繰り返った声が聞こえて、サイファーはくつくつと笑う。


「おい、スコール。待ちに待った俺様の誕生日だぜ」
「…あんた、もうそんな年じゃないだろ」


自分の誕生日を、指折り数えて待ち遠しがるような年齢は、とっくの昔に過ぎている。
サイファーもその自覚はあったが、それでも今年は待ち遠しかったのだ。
腕の中の恋人が、顔を合わせる度、真っ赤になって睨んで来る位に、自分の誕生日プレゼントを考えていてくれたのだから。

スコールは白い頬を林檎のように紅潮させ、間近から覗き込んでくるサイファーから目を逸らす。
サイファーはそんなスコールの顎を捉えて、色の薄い唇に指を当てる。


「で、してくれねぇの?」
「……」
「簡単な事だろ」
「……あんたにとってはそうでも、俺はそうじゃない」


唇に触れるサイファーの指を振り払って、スコールは碧眼を睨んだ。
サイファーは猫のように尖った恋人の眦を、緩んだ目で見下ろしている。


「良いじゃねえか。いつもやってる事だし」
「……」
「ま、やってるのは俺からであって、お前からは滅多にねえけど」


だから嫌なんだ、とスコールは苦い物を噛むように、顔を顰める。

サイファーとスコールの仲と言うものは、普段、専らサイファーが能動的である。
訓練と称した手合わせを除けば、コールは受動的なタイプであるから、無理もないだろう。
デートに誘うのは勿論、その後のプランも殆どサイファーが決め、スコールはそれについて行く。
スコールも自分の意見がない訳ではないので、寛容できない事は遠慮なく言うが、それ以外はサイファー任せにしている事が多かった。
その方がスコールも悩まなくて済むし、サイファーも自分について来るスコールを見るのは、決して悪い気はしない。

が、これだけは、偶にはスコールの方からして欲しい、と思うのだ。
そしてスコールも、時には自分の方からした方が良いのではないか、と思う事もある。
だから、サイファーから“欲しい物”を告げられた時、馬鹿を言うなと拒否出来なかったのだ。

サイファーはスコールを後ろから抱き、腕の中に閉じ込める。
厚みのある胸板に背中を預け、スコールは、自分の口元をくすぐって遊ぶサイファーの指を摘む。
指の関節の皮膚に爪を立てて、鬱陶しい、と言外に叱るが、サイファーは全く意に介さない。


「……サイファー、止めろ」
「良いじゃねえか」
「鬱陶しいんだ」
「だったらどうすりゃ良いか、判ってんだろ?」


にやにやと笑う男を見上げて、スコールは眉間に皺を寄せる。

仕方ねえな、とサイファーは、傷の奔るスコールの眉間にキスを落とした。
柔らかく触れた感触に、スコールの眉間の皺は更に深くなる。
可愛げのねえ、と胸中で呟くサイファーであったが、それとは裏腹に、サイファーの口元は緩んでいた。

スコールの額に、瞼に、鼻先に、キスの雨が降る。
厳つい見た目をしている癖に、触れ方はとても優しい。
くすぐったさを感じさせる感触に、スコールはむず痒さを感じて、逃げるように顔を背けた。
しかしそれは駄目だと言わんばかりに、サイファーはスコールの両頬を捕えて固定すると、またキスの雨を降らせていく。


「…サイファー」
「ん?」
「……犬みたいだ」


サイファーが嫌う言葉だと判っていながら言ってやれば、案の定、サイファーの眉間に皺が寄る。
てめぇな、と睨むサイファーだが、だって似ているんだとスコールは思った。
サイファーにしてみれば、少しでもスコールの方からやり易い空気に持って行ってるつもりなのだろうが、スコールにはそんなサイファーが、遊びたがってじゃれてくる犬に見えてならない。
この前、アンジェロに同じように顔を舐められたと言ったら、一体どんな顔をするだろう。

犬にするものと思えば、少しは抵抗感も消える。
自分のそう言い聞かせながら、スコールはサイファーの顔へと手を伸ばす。
白い指がするりとサイファーの頬を撫でると、碧眼が驚いたように丸く見開かれた。
スコールはその貌を見ないように目を閉じて、首を逸らし、サイファーの唇に己のそれを押し付ける。

時間にして、それはほんの一瞬だった。
筈なのに、酷く長い時間のように感じられたのは、煩く鳴る鼓動の所為だろうか。



ゆっくりと離れて、目を開けた時に見たのは、酷く赤くなった男の顔。
自分から言って置いてその反応はなんだ、と顔を顰めるスコールの頬も、伝染したように真っ赤に染まっていた。




2015/12/23

サイファー誕生日おめでとう!

プレゼントは「お前からキスしてくれ」でした。
でもスコールの事だから、努力はしても無理なんだろうなーと思ってたサイファー。
まさかの展開に思わず赤くなって、なんであんたが照れるんだ、ってスコールも赤くなったようです。