行く日も来る日もこのままに


いつもならベッドに入りなさいと怒られる時間になっても、今日だけは怒られない。
子供達の憧れの夜更かしが、公認で許される日だからか、幼い末っ子はわくわくとした様子で夜を待っていた。

しかし、まだ五歳になったばかりの子供の体力は心許ないものである。
午前中によく遊び、昼寝を挟み、また夕飯まで遊んでいれば、夜の8時を迎える頃には舟を漕ぎ出していた。
年末特番のマジックショーがテレビで中継され、それを見ている間は、わくわくどきどきとした顔で液晶画面に釘付けになっていたが、CMを挟むと欠伸が出た。
そんな末っ子と一緒にテレビを見ていた九歳の姉も、同じ頃にうつらうつらとし始めている。
テレビのマジックショーは、最後のの爆発脱出マジックを映していたが、二人とも既に見ているのか怪しい。
今では、子供達と一緒にテレビを見ていた父だけが、マジックの怒涛の展開と、派手な演出に夢中になっていた。

画面の向こうで、どーん、と大爆発が起こる。
うおおおお、と盛り上がっている父の隣で、スコールとエルオーネは寄り添い合って、お互いに体重を預けている。
エルオーネの頭がふらふらと不安定に揺れ、スコールは姉の腕にしがみつくようにして、眠気を我慢するように不機嫌な顔をしていた。


「おおっ、見ろ、スコール、エル!あの人、いつの間にかあんなとこに!」
「んんー……」
「……みゅぅ……」


ラグナの声に、エルオーネがテレビの事を思い出し、ごしごしと目を擦る。
見なくちゃ、と呟くその傍らで、スコールは甘えるように姉に抱き付いた。
ぎゅう、と小さな手で縋るように身を寄せる弟に、エルオーネは目を擦っていた手で、ぽんぽんと濃茶色の髪を撫でる。

あと幾許もなく寝落ちてしまいそうな子供達の姿に、ラグナがくすりと笑みを零す。
テレビの音量を抑え、眠るまいとぷるぷると頭を振るエルオーネと、彼女に抱き付いているスコールを抱き寄せた。


「エル、スコール、眠たかったら寝ちゃって良いんだぞ?」
「……んん……まだ起きてる…」
「おきぇる……」
「そうか〜?でも、二人ともねんねの顔してるぞ〜?」


つんつん、とラグナがエルオーネの頬を突く。
エルオーネは「そんな事ないもん…」と言ったが、くりくりとした黒曜色の瞳は、もう随分前から半分しか顔を出していない。
スコールに至っては、何度も目を閉じては薄く開き、また閉じては開きと言う行為を繰り返していた。

いつ寝てしまっても可笑しくない二人だったが、二人は自分からベッドに入るのは嫌らしい。
今日は遅くまでも起きていて良い日だから、眠ってしまったら勿体ないと言う。
況してや、ダイニングにはラグナだけでなく、兄のレオンや、母のレインも揃っているのだ。
母は夕飯の片付けと、新年に食べる料理の仕込みの為にキッチンに立っており、十三歳の兄はその手伝いをしている。
それが終わったら、皆で一緒にトランプをしようと約束しているから、尚更子供達は眠る訳には行かなかった。

────だが、やはり子供の体力は尽きている。
頑張ろう頑張ろうとする幼子の努力とは裏腹に、二人の意識は飛び飛びになっていた。


「エル〜、スコール〜。ねんねするならお布団入んなきゃ。風邪ひいちゃうぞぅ〜」
「んん……ひかないもん…ねないもん……」
「みんなであそぶぅ……」


二人の努力は可愛いが、そろそろ限界だろうと、ラグナは二人を寝かしつけようとする。
しかし、二人も中々意地が強く、寝ない、遊ぶ、と繰り返す。


「スコール、ほっぺ抓って……」
「こ?」
「うん、それで起きれる…」
「ぼくもぉ……」
「んっ」
「んにゅ」


お互いに顔をむにっむにっ、と摘む二人。
大福のような頬を引っ張って、スコールとエルオーネはお互いを起こし合っていた。


「こらこら、そんなにしたらほっぺ赤くなっちゃうだろ」
「だって眠いんだもん…」
「ねむくないもん。おねえちゃん、ねむくないもん」
「そうだった、眠くない…眠くないもん…」
「ねむねむないもん……」


ぽろりと本音を零したエルオーネと、それを叱るスコール。
エルオーネは直ぐに眠ってはいけない事を思い出し、眠気は気の所為だと自分に言い聞かせる。

ねむくないー、ねむくないー、と輪唱のように繰り返される声。
その声はキッチンに立つ二人にも聞こえており、兄と母は、よく似た顔を見合わせて苦笑した。
行って来て、と無言で頼む母に、レオンは頷いて、キッチンを母に任せて弟達の下へ向かう。


「エル、スコール」
「れおん…」
「おにいちゃ……」
「眠らないなら、それでも良いけど、少し暖かくして置こう。な?」
「あったかくしたら、ねちゃう……」
「大丈夫、寝ない寝ない。眠くないんだろう?」
「うん……」


こしこしと何度目か目を擦るエルオーネ。
スコールは兄に向かって両手を伸ばし、抱っこをねだっている。
そんな弟に、ちょっと待ってな、と頭を撫でてやってから、レオンは椅子に置いていた毛布を広げる。

可愛らしい猫のイラストがプリントされたふかふかの毛布は、エルオーネのもの。
その下に重ねていたライオンの毛布は、スコールのものだ。
レオンはエルオーネの毛布をラグナに預け、ライオンの毛布でスコールの小さな体を包んでやる。
ミノムシのように毛布の中に包まれたスコールを抱き上げ、ソファに座って膝の上に乗せてやると、すり、と丸い頬がレオンの胸元に寄せられる。
エルオーネもラグナに毛布で包んで貰い、同じように膝の上に乗せて貰って、天使の輪が光る黒髪をぽんぽんと撫でられていた。


「レオン、お台所、おわった…?」
「もう少し。後は母さんがやってくれるって」
「レインが来たらゲームしようなー」
「んみゅ…にゅぅ……」


ぽんぽん、ぽんぽん、と幼い子供達の背を撫でる父と兄。
その心地良いリズムに、寝ないもん、と言っていた子供達の目が、とろとろと落ちて行く。

限界だった事もあり、素直に睡魔に誘われて行く子供達に、レオンとラグナは顔を見合わせて苦笑する。


(明日になったら、きっと拗ねるんだろうな)
(なんで起こしてくれなかったの〜って)


皆とトランプしたかったのに、と怒る弟と妹の顔が想像出来て、レオンの唇が緩む。
ラグナは、エルオーネを落とさないように片腕で抱いて、空いた手でレオンの頭をくしゃりと撫でた。
虚を突かれたように目を丸くしたレオンだったが、そのまま父の手を甘受する。
少し頬が赤く、我慢するように唇を噤むのは、思春期故だろう。

父と兄の腕の中で、幼子達がすうすうと寝息を立て始めた頃、レインが仕事を終えてやって来た。
手には5つのマグカップを乗せたトレイがあったのだが、


「あら、寝ちゃったの。もうちょっと粘るかと思って、ホットミルク持って来ちゃった」
「俺が冷蔵庫に入れて来るよ。スコールお願い」
「ええ。ラグナは大丈夫?」
「へーきへーき。エルもまだまだちっちゃいからな」


トレイをローテーブルに置いて、レオンの腕からスコールを受け取り、レインはホットカーペットの上に座る。
重みから解放されたレオンは、ホットミルクの入ったマグカップを取って、キッチンへ向かった。
残った3つのマグカップには、コーヒーが二杯と、ミルク入りのカフェオレが一杯入っている。

キッチンから戻って来たレオンは、父と母と向かい合う位置を取って、カーペットに座る。


「エルとスコール、初詣までに起きるかな?」
「どうかしら。お昼寝もしたけど、一杯遊んでたみたいだし」
「ああ、遊んだ遊んだ。羽根つきやって、コマ回しやって、鬼ごっこして」
「貴方も一緒だったでしょう。貴方は眠くないの?」
「んん〜、全然って訳でもないんだけど、そんなに眠くはないかな。まだ十時だろ?大人だからだいじょーぶ」
「レオンは平気?」
「まだ平気」


頷いて言ったレオンの目は、ぱっちりと開いている。
午前中は子供達の遊び相手をし、午後は母の手伝いをしているので、疲れている訳ではない。
ベッドに入ればするりと夢の世界に旅立つような気はするが、睡魔と言う睡魔を感じていないのも確かなので、レオンはもう少し起きていようと思っていた。

幼い妹弟と違い、十三歳のレオンなら、眠くなれば無理をせずに布団に入るだろう。
父と母はそう納得して、テーブルの向こうでじっと此方を見詰める息子の好きにさせる事にした。


「初詣は、明日にしようか。どうせ今行ったって、人が一杯でスコール達危ないだろ?」
「そうね……レオンもそれで良い?」
「うん。行くのは昼?」
「それ位にしようか。朝はエルとスコールが起きられないだろうし」


こんな時間まで起きていたのだから、その分、子供達の睡眠時間もずれ込む事だろう。
ひょっとしたら午前中は起きないかも知れないな、と腕の中で眠る娘を見て呟くラグナに、そうかもね、とレインが頷いた。


「レオンも直に寝なさいね」
「寝坊しちゃうからな〜」
「うん。でも、もう少し」


父と母の言葉に頷きながら、レオンはローテーブルに腕を乗せ、その上に顎を乗せる。
まだベッドには向かう気のない長男の眼は、父と母に抱かれた妹弟に向けられていた。
じいっと見詰める蒼灰色に映る幼子たちの顔は、すやすやと健やかで、幸せな夢の中にいるのが判る。

はい、とレインが息子の前にマグカップを置く。
ミルクの入った温かいカフェオレを飲みながら、レオンは胸の奥がぽかぽかと暖かくなるのを感じていた。




2015/12/31

大晦日の親子でした。
寝ない寝ないと頑張る子供は毎年書いてるような気がしますが、だって可愛いんだもん仕方ない。