微睡の誘い


秩序の聖域全体が、常よりもずっと静か────のような気がする。

昨晩、ジタンとバッツとティーダの襲撃を受け、夜遅くまでカードゲームに没頭していた所為で、寝付いたのは朝方になってからだった。
緊急時以外で寝汚い一面のあるスコールが、そんな状態で朝食の時間などに起きられる訳もなく、スコールは遅くまで睡眠を貪っていた。
朝昼の食事を抜いた事で、流石に空腹感を覚えたのが覚醒の切っ掛けになり、昼過ぎになってようやく目覚め、リビングへ向かうべく階段を降りたのだが、


(……誰もいない?)


いつもなら、リビングや外から聞こえて来る筈の、仲間達の声や気配が感じられない。
ウォーリアやセシルやクラウドといった面子は基本的に静かなので、声が聞こえない事も珍しくはないのだが、気配まで殺すような習慣はなかった筈。
探索や斥候、素材集めで出払ったのかとも思ったが、ホームベースを無人にするのは不用心だ。
スコールは残っていたが、深く眠っていたし、あの状態で控えとして数に入れる事はしないだろう。

少し集中してコスモスの気配を探ると、リビングに気配が一つ残っていた。
その気配が誰のものであるのか、ぼんやりと把握して、スコールはリビングの扉を開ける。
ぱっと見て無人に見える広いリビングの中で、仲間達の憩の場になっている窓辺のソファへと歩み寄ってみると、三人掛けのソファから長い脚が食み出ているのを見付けた。


「レオ、」


ソファに回り込んで、其処にいる人物の名を呼ぼうとして、スコールは口を噤んだ。

スコールとよく似たダークブラウンの長い髪と、額に走る大きな傷。
今は閉じられた瞼の裏側には、やはりスコールとよく似た青灰色の瞳があって、それはいつもスコールの事を柔らかな眼差しで見詰めているのだが、今は見られそうにない。


(────寝てる?)


薄く開いた淡色の唇から、すぅ、すぅ、と静かな寝息。
微かに上下する腹の上には、読んでいる最中だったのだろう文庫本が開いたままで置かれている。

スコールは膝を折って、眠るレオンの顔を覗き込んだ。


(……レオンの寝顔って、見るの、初めてだ)


スコールと同じように、幼い頃から傭兵として教育されてきたと言うレオンは、滅多に人前で眠らない。
パーティを組んで野宿をする時など、仮眠程度に意識を落として休息を取る習慣はついているそうだが、ティーダのようにぐっすりと眠れる訳ではないので、何か異質な気配を察知すると直ぐに反応する。
ホームである屋敷にいる時は、平時に比べて肩の力は抜けているようだが、それ程深い眠りにつく事は少ないそうだ。

スコールは、時折レオンと共に眠る事があるのだが、その時、必ずスコールの方が先に眠ってしまい、レオンの方が先に目を覚ましている。
幾らスコールの方が負担がかかっているとは言え、レオンも疲れていない筈がないのに────


(…って、俺は何を考えているんだ…!)


赤らんだ顔をごしごしと擦って誤魔化す。
誰もいなくて良かった、そしてレオンが眠っていて良かったと心の底から思う。

それにしても、とスコール改めてレオンの寝顔を観察する。
レオンは度々「スコールの寝顔は可愛いな」と言うのだが、レオンの寝顔も可愛い、とスコールは思った。
常に凛として落ち着きのある瞳が隠れているからか、常よりも随分と雰囲気が柔らかくなっているような気がする。
そっと手を伸ばして、指先を前髪に絡めて見ても目覚める様子がなかったので、随分と深い夢の中にいるらしい。

……レオンは、どんな夢を見ているのだろうか。
寝顔は穏やかなものだから、きっと悲しい夢や辛い夢ではないのだろうけれど、ジタンやバッツやティーダのような楽しげな、且つテンションの高い夢を見るようなイメージが浮かばない。
ではどんな夢を見そうなのかと言われると、スコールもあまりそれらしいものは思い付かなかった。
ただただ、夢を見ない程の深い眠りの中にいるような、思い付くのはそれ位のものだ。


「………、」


ふ、と零れたレオンの吐息に、スコールは慌てて彼の髪に絡めていた手を引っ込めた。

レオンは居心地の良い場所を探すようにごそごそと身動ぎしていたが、ソファの上でまともに寝返りが出来る訳もない。
結局、仰向けから横向きになっただけだったが、一応落ち着く事は出来たらしく、腕枕にしてまたすぅすぅと寝息を立てる。


「……あ、……」


レオンは、スコールのいる方へと体を向けて眠っていた。
それだけで、仰向けになっている時と大して距離は変わっていないのに、スコールは心臓が煩く鼓動し始めるのを感じた。

─────褥を共にした翌朝、目覚めて一番に、自分を覗き込むレオンと目を合わせる事がある。
青灰色がじっと自分を見ていると気付いたら、寝起きの悪い筈のスコールの睡魔はあっと言う間に吹き飛んでしまう。
あまりに近い距離に、何をしているのかと聞いたら、「寝顔を見てた」と彼は言った。
その時は恥ずかしさで沸騰したスコールだったが、こうしてレオンの寝顔を見ていると、少しだけ、彼の気持ちが判るような気がする。

起こさないように、起こさないように、息を殺して。
ゆっくりと顔を近づけていくと、ぴく、とレオンの瞼が微かに震えて、スコールは慌てて背中を伸ばして距離を取る。


「……………」
(………起き、ない)


瞼は持ちあがらない、青灰色も見えない。
唇からは、小さな寝息が零れるだけ。

逃がした頭をもう一度近付けて行く。
自分が何をしているのか、判っているようで、判らないようで、そんな事を考えていられるような余裕もなく。
ただ誘われるようにゆっくりと、そっと、──────唇を重ねる。


「………ん、…」
「───────………っ!」


ばっ!とスコールはレオンから顔を話して、掌で唇を抑えた。
ほんのりと残る柔らかな感触に、スコールの顔が沸騰したように赤くなって行く。

唐突にその場にいる事が出来なくなって、スコールは立ち上がると、足早にキッチンへと駆け込んだ。


誰もいなくて良かった。
誰も見ていなくて良かった。
レオンが寝ていて、良かった。

煩い鼓動と、熱くなった体は、また当分、元に戻ってくれそうにない。



同じ頃、ソファの上で同じように赤くなっている青年がいた事を、彼は知らない。




2012/08/11

8月8日でレオスコ!
何やってんだ俺って自分の行動に後で赤くなってるスコールと、実はずっと起きてて、何あの子びっくりした可愛いって悶えてるレオンでした。
寝顔にちゅーって可愛いな。きっとレオンも同じことやってると思うよ、スコール。

レオスコだけど、うちの二人はゆりっぷるです。