誰にも見せない


フルアーマーと言う程ではないが、ウォーリアの装備は重装備系である。
その為、彼は普段、殆ど肌を露出させる事がない。
あれは真夏は死ぬ奴だ、とスコールは時々思う。

しかし、秩序の聖域にいる時や、野営でも眠る時は軽装になる。
流石に休息には不向きだと彼も思っているようで、聖域の屋敷や、テントの中で兜を脱ぐのは抵抗がないようだ。
火の番や、テントが張れないような場所では、兜だけを脱いでいる姿が見られていた。
休息の形ではあるが、異常があれば直ぐに反応、応戦する為に、気を抜き切らないようにしているのだろう。

そんな彼が、何もかも無防備になる瞬間を、スコールは知っている。
秩序の聖域に誂えられた彼の部屋で、恋仲であるスコールと、二人きりの時間を過ごしている時だ。
閨での事は勿論だが、それ以外でも、彼はスコールの前でいつもの固さを忘れたような姿を晒す事があった。

────今が正にそれだ。
ウォーリアは、鎧兜は疎か、小手もグリーブも何もかも外し、ベッドに座るスコールの膝に頭を乗せて寝転んでいる。
スコールがウォーリアに膝枕をしている状態だ。


(……いつもの事だけど、これ、何が良いんだ…?)


自分の足に頭を乗せ、目を閉じて沈黙している男を見下ろして、スコールは思う。

ウォーリアは、つい一時間ほど前に、セシルと共に斥候から帰還した。
四日に渡る往復は流石の彼でも疲れたようで、戻って来た時にはいつもの眩しさと言うか、覇気と言ったものが感じられなかった。
どうやら、後少しで秩序陣営の側に辿り着くと言う所で、大量のイミテーションと出くわしたらしい。
然程レベルが高くはなかった為、蹴散らすのは難しくはなかったが、辟易したのはその数だ。
共に近距離で突破口を切り開く役目を持つ二人で、湧き出るイミテーションを駆除するのは、中々労のいる作業である。
帰還時の二人の疲労した顔は、その所為だった。

二人はルーネスとティナに促され、帰還後は直ぐに風呂に入った。
筋肉と気持ちのリフレッシュが終わると、ウォーリアはリビングにいたスコールを捕まえ、有無を言わさず自室へと連れて行った。
突然の事にスコールは目を丸くしたが、手を引く力は強く、引っ張られるままに部屋に連れ込まれ、今に至る。

こうした場面は、折々に見られる事であった。
疲れ切った時や、何かがウォーリアの琴線を震わせた時、彼はスコールを連れて部屋に篭る。
いつも凛と背を伸ばし、真っ直ぐに前だけを見つめているウォーリアが、こんな姿を晒す事があるなどと、恋仲になる前は決して思わなかっただろう。
苦手意識も含めて、スコールは、ウォーリアを休息の要らないロボットのように思っていた事もあった。
しかし、彼は確かに人間であって、疲労もするし、精神的な苦痛を知らない訳ではない。


(……だから、こんな事をするんだろうか)


ベッドに横になり、じっと目を閉じる男。
癒しでも欲しいんだろうか、とスコールは思ったが、それならこう言う事はティナでも頼めば良いのに、と思う。
思ってから、ティナがウォーリアに膝枕する場面を想像して、眉間に皺が寄る。


(………)


想像した図は、まるで名画のように美しく映えるものだったが、スコールはなんとも微妙な気分になった。
直ぐにジタンがが飛んできて、羨ましい俺にもやってとティナにせがみ、続いてルーネスが飛んできて騒がしくなる図が浮かんだので、微妙な気分は然程続かなかったが、スコールの中に蟠りは居座ってしまった。

その感情の名前を、スコールは直ぐに悟った。
嫉妬だ。


(……馬鹿か、俺は。自分で想像しておいて……)


己の狭量さに嫌気が差して、スコールの眉間の皺が深くなる。
もやもやとした気分を抱えたまま、スコールは膝の上の男の顔を見つめていた。

────と、銀色を帯びた睫毛が震え、瞼が持ち上がる。
薄く紫色を帯びた水の瞳に、スコールの顔が映り込んだ。


「……どうした?」
「……?」


藪から棒にも聞こえるウォーリアの問いに、スコールは首を傾げた。
何が、と無言で問い返すスコールに、ウォーリアの手が伸び、白い頬に長い指が触れた。


「何か思いつめた顔をしている」
「……してない」
「………」


ウォーリアの言葉を否定したスコールだったが、見詰める澄んだ水色が、無言でスコールを責める。
無論、ウォーリアに責めているつもりはなく、そう感じるのは自分の勝手な被害者意識であると、スコールも判っているつもりだ。
だが、恋仲になった今でも、彼の真っ直ぐ過ぎる眼差しは、スコールは少し受け止め難い所がある。

なんでもない、と言って、スコールは視線を逸らした。
すると、頬から離れた指が、後を追うようにしてまた伸びて来て、


「……すまない」
「は?」


微かに指先が顎のラインに触れると同時に零れたウォーリアの言葉に、スコールは目を丸くした。
謝られる必要があっただろうか、と視線を落として問えば、ウォーリアは体を起こして、スコールの隣に座った。

目線がずっと近い距離になって、触れそうな程の場所にある眩しい瞳に、どきりとスコールの心臓が跳ねる。
そんな事は露知らず、ウォーリアは近い距離のまま、スコールを真っ直ぐに見詰めて言った。


「君の都合も考えず、私の我儘に付き合わせてしまった」
「それは……別に」


初めて有無を言わさず部屋に連れ込まれた時は、色々と身構えたし、ただただ眠る彼に膝を貸していた事に戸惑っていた頃もあったが、今ではもう慣れてしまった。
時折、足の痺れや、持て余す退屈に溜息が漏れる事もあるが、最近のスコールは、ウォーリアの顔を見て暇を潰している。
そうしていると、以前は知る由もなく、今でも仲間達が知らないであろう彼の特徴を知る事が出来るので、存外とこの時間は嫌いではなくなっていた。
膝枕については、未だに戸惑いはあるものの、こうしていると誰も部屋を強襲する事もなく、人目も気にする事もないので、ウォーリアの気が済むまでは好きにさせようとも思っている。

しかしウォーリアは、自身でこの状況を作りつつも、少なからず気まずさもあったらしい。
この男にそう言う感情もあうのだと言う事を、スコールは彼と恋仲になってから知った。
自分が言えた話ではないが、ウォーリアは感情の起伏が薄く、その殆どが鉄面皮の下で埋もれてしまう。
こうして二人きりで、ゆっくりと向き合う時間がなければ、知り得なかった事は数知れないだろう。

ウォーリアの手がもう一度スコールの頬に触れる。
指はスコールの顔の形を確かめるように、ゆっくりと肌を滑って行く。
どうにもむず痒さを感じる触れ方が、スコールは苦手なのだが、これはウォーリアなりにスコールを気遣ってのものらしい。
根本的に剣以外を握る事について、どうにも不慣れなウォーリアは、スコールを可惜に傷付けない為にと、まるで怯えるような優しい触れ方をするのだ。


(……やっぱり、くすぐったい)


早く触れる事に慣れてくれ、と何度思っただろう。
けれども、自分も触れられる事に慣れなければいけない事も、判っているつもりだ。
だとすれば、今はこれ位で丁度良いのかも知れない────くすぐったさには閉口するが。

しばらくの間、ウォーリアはスコールの顔を撫で続けた。
その間も二人の距離は近く、スコールは目を開けていられず、瞼を下ろしてウォーリアの気が済むのを待つ。
この距離感にも慣れない……とスコールが胸中で零していると、


「…君といると、胸の奥が穏やかな気持ちになる」
「……?」


零れた呟きに片目を開けると、透明な水色に射抜かれる。
反射的に固まったスコールに、ウォーリアは気付かないまま、頬を撫でながら続けた。


「戦いの中で……こうした感情が、どう言う意味を持つのか、私には判らない」
「……っ」
「だが、君とこうして過ごしていると、満たされる様な気がするのだ」
「……ちょ…、近い……っ」
「だからつい、君の都合も考えず、こんな事をしてしまう」


ウォーリアの両手がスコールの頬を包み込む。
掬い上げるように顔が上げられると、スコールはもう水色の瞳から逃げる事は出来なかった。


「君にも予定はあったのだろうにな」
「…それは、…別に。今日は大した用事は…」
「だが、思いつめた顔をしていた。何か気掛かりがあったのではないのか?」


どうやらウォーリアは、スコールが眉間に皺を寄せていた事を気にしているようだった。
それに気付いて、「あれは、」とスコールは言いかけて、止める。

嫉妬していたなんて、言えない。
それはスコールの意味のない意地であった。
赤い貌で開きかけた口を閉じるスコールに、ウォーリアが首を傾げる。


「あれは……別に……」
「スコール。何かあるのなら教えてくれないか。君を困らせたくはないんだ」


目線を逸らして言い澱むスコールに、ウォーリアは真摯な眼差しで言った。
そう言うのなら黙ってくれ、とスコールは思うが、それを言った所で、ウォーリアは追求を止めるまい。

いつまでも逸らされる気配のない眼差しに、スコールの限界は早かった。
くそ、と誰に対してでもなく毒づいて、頬を包むウォーリアの手を掴む。
力任せにそれを離した後は、スコールの方がウォーリアの頭を捕まえて、膝の上に落としてやった。


「俺の事は良いから、あんたはもう少し休んでろ」
「しかし────」
「俺は何の予定もない。少しどうでも良い事を考えてただけだ。あんたの事は、関係ない」


だから休め。
寝ろ、寝てくれ。

半ば懇願するような言い方をして、スコールはウォーリアを沈黙させた。
ウォーリアの口が開きかけたが、スコールは彼の目を手で覆って遮る。


「寝ろって言ってる」
「……判った。だが、その手は離して欲しい」


このままでは、君の顔が見えない。

そう言ったウォーリアに、寝るんだから見えなくて良いだろう、と言ったスコールの耳は、端まで真っ赤になっていた。




2016/01/26

オフ本作業で18の日を完全にスルーしてしまったので、リベンジ!

スコールの存在に癒されてるウォルさんが書きたかった。
スコールもスコールで、なんだかんだ言ってウォルの事が大好きな感じ。