その言の葉を聞くだけで



鈍い鈍いと言われていても、それに多少なりとも自覚があろうとも、此処まで来れば嫌でも判る。
真っ赤になって「す」「…す、」「……す…っ!」等とどもり続けられていれば。



こうなる前から、感じ取ってはいたのだ。
赤い瞳とぶつかる度、真っ赤になって逸らされたり、かと思えば背中を見詰められていたり。
幼年の頃から訓練されているのだから、人の気配や視線には敏感な方だと思う。
じろじろと不躾な程に熱い視線を送られれば尚更で、気付くなと言う方が無理だろう。
その癖、熱視線を長らく放置する形になったのは、赤い瞳が抱く感情の正体が掴めなくて、掴めた後も何を返せば良いのか判らなくて、気付かない振りを続けるしかなかったからだ。

戸惑いが戸惑いを呼ぶように、此方からは目を合せないようにする事が増えた。
あちらもそれは感じ取っていたようで、嫌われているのかも知れない、と落ち込んだ事もあったと言う。
それはジタンとバッツが間に入る形で、あっちへこっちへと駆け回っている間に解決したようだが、スコールは詳しい事は聞いていない。
ただ、自分が知り得ない所で、ジタンとバッツに迷惑をかけていた事は理解出来たので、短い言葉で詫びた。
すると二人は「オレ達への詫びは良いから、ちょっと二人で話して来な?」と言ったのだ。

それからは─────とんとん拍子と言えば、そうだったのだろう。
あちらは既にそう言う感情を抱いていて、此方はよく判らなかったものの、その事に対して、然程悪い印象は抱いていなかった。
後々になって思い返すと、スコールが抱いていたのは、不慣れと無自覚から来る感情の芽生えへの不安だったのかも知れない。
慣れないものには回避行動を取ろうとする所為で、感情の正体を知らないまま、スコールは右往左往とするしかなく、その感情を呼び込む原因から逃げていたに過ぎない。
けれど、向き合ってしまえば、意外と簡単な事だった。
感情を隠せない赤い瞳が、明け透けに伝える心に、またしても戸惑いは生まれたが、それは決して嫌な感覚ではなかった。
その事に気付く頃には、スコールの内にも、彼と同じ感情が宿っていた。

─────が、話は其処まで。

お互いの気持ちが、お互いを向いている事は判った。
そうと言う話があった訳ではないが、互いの顔を見ていれば、それは判る───そう思う程に、二人の気持ちは真っ直ぐに向かい合い、交じり合っている。
だが、“其処まで”なのだ。
気持ちが交じり合っている事が判っていても、二人ともそれを口に出す事をしない。
共に多弁とは言い難い性格な上、片や究極の初心、片や対人スキルが赤点以下の組み合わせだ。
色の沙汰となれば尚更、容易に進む事はないだろうと、仲間達も予想してはいたが、此処までとは思わなかった。
何せ二人と来たら、目を合わせるだけで真っ赤になったり、そんな相手を見て嬉しそうに口元を綻ばせたり、ようやく二人きりになったと思ったら、隣合って座っているだけで幸せそうに顔を合わせたりと言う具合なのだ。
口付ける訳でもない、手を繋ぐ訳でもない、ただ相手が自分の傍にいてくれるだけで、満足だと言う表情で。

彼等が自分の気持ちをはっきりと口にしない理由については、仲間達も直ぐに察する事が出来た。
神々の闘争の世界と言う、不安定なこの世界に置いて、強い情は必ずしも良い物とは言えない。
特にスコールは、初めの頃、この世界で出逢った仲間達とは、遅かれ早かれ別れが来ると言う事もあって、頑なな態度を取っていた。
今ではその態度も軟化しているが、根底にある別れへの意識は拭えず、特別な繋がりを持つ事に強い忌避感を抱いているようだった。
それは二人の間で少なからず共感できる事なのか、どちらともなく、この感情は口にはするまいと、暗黙のルールになっていた。

だから彼等は、いつまで経っても、友達以上恋人未満の関係だ。
それを非難するつもりはないし、悪い事だと指摘する者はいない。
しかし、余りにも味気なくはないか、とも思う。
人と人との繋がりの形は多種多様で、何が間違いで何が正解とも言えないから、彼等が納得した上で今の関係を築いているのなら、それで良いのかも知れない。
だが、いつか別れてしまうからこそ、目の前に在る幸せを目一杯抱き締めても良いのではないか、とも思うのだ。



────そんな調子で、お節介な仲間達に背中を押されたのだろう。
真っ赤になって、がちがちと歯の根を鳴らしているフリオニールを見て、スコールはそう分析していた。

放って置いてくれたら良いのに。
真っ赤になってどもり続けているフリオニールを見ながら、頭の隅でそんな事を思う。
だが、お節介にはそれなりに理由がある事も判っているし、スコールの性格を理解している上で、仲間達がお節介を焼いている事も判るつもりだ。
以前ならそれを「余計なお世話だ」とはねつけたスコールだが、今は少し違う。
目の前の人物が、一杯一杯になりながら、それでも言おうとしている言葉が判るから、此処で背を向けたら、彼の気持ちにも背を向ける事になる。
それは嫌だ、と思う程に、スコールも目の前の人物に気持ちを傾けていた。


(……でも、いつまでこの状態でいればいいんだ?)


進軍の休憩として設けられた、僅かな時間の隙間。
いつの間にか、一人、また一人と席が外され、残されたのはスコールとフリオニールの二人。
仲間達がそれとなく気を遣ってくれた事は明らかであったが、だからと言って、甘い睦言を囁くような仲ではない。
仲間達からすれば、「何を今更!」と言うかも知れないが、それで良いのだとスコールは思っていた。

だが、フリオニールはそうではなかったらしい。

真っ赤になって、視線を忙しなく彷徨わせながら、「……話があるんだ」と言ったフリオニール。
深刻さを帯びた表情に、スコールが真っ先に考えたのは、現在の関係の終焉であった。
飽きられたか、とマイナスに思考が向いたのは、スコールの性格上、仕方のない事だ。
しかし、予想は覆され、フリオニールは“あの言葉”をスコールに告げようとしている。

……しているのだが、


「………ス、スコール……」
「………」
「………………」
「………」


スコールの名前を呼んでは、黙り込んで俯く。
そのまま視線を彷徨わせたり、何かに助けを求めるように後ろを振り返ったり。
フリオニールは、拳を握ったり解いたり、唇を開いては引き結び、えっと、その、とはっきりしない言の葉ばかりを繰り返している。

時折、スコールの名前を呼ぶのとは違うイントネーションで、「す、」と音を零す。
其処から先に続く言葉を、スコールも既に判っていた。
そんなスコールの前で、フリオニールは、何度目かの吐露に失敗して、また俯いている。


(……もう俺から言った方が良いのか?)


声をかけて来たのはフリオニールだったので、スコールは自分は受け止める側だと思っていた。
元々、こうした事に積極的な性格ではないし、自分の気持ちを口にする事に対し、上手く伝わる試しがないと言う思考もあって、己から口にする事はあるまいとも考えていた。

だが、此処までじれったい時間が続くと、流石にそろそろ待ち草臥れる。
目の前の人物が、どれ程の気持ちで「話がある」と言ったか、決して判らない訳ではない───自分だったら、呼び止める時点で止めてしまう自信がある───だけに、待とうと思ってはいたが、そろそろ忍耐力も限界だ。

あと一分待って、状況が変わらなければ、自分で言おう。
そう思って、ひっそりと胸中でカウントダウンを始めた時だった。


「スコール!」
「!」


いきなり強い声で名前を呼ばれて、思わず肩が跳ねた。
かと思ったら、ぐいっと強い力で腕を引っ張られ、固い胸にぶつかる。
背中に回された腕に力が篭ったと気付いた時には、彼の腕の中に閉じ込められていた。


「……好き、だ……っ!」
「……!」


絞り出すように紡がれた言葉が、耳元をくすぐって、鼓膜を震わせる。
途端、どくん、と心臓が大きく音を鳴らした。

抱き締める青年の顔は、スコールには見えない。
バンダナの隙間から覗く銀色が、陽の光を受けてきらきらと光っている。
尻尾のように伸びた後ろ髪が、戦闘の度に躍動するように踊るのを見るのが好きだった。
だが、今のスコールに、その綺麗な銀色を見詰める余裕はない。


(心を言葉で正確に表すなんて、無理だと思っていた)


人間の心は厄介で面倒で、複雑に折り重なって出来ている。
それを言葉で全てを現すのは非常に難しく、口にした傍から、これは意味が違う、と思う事も多い。
特にスコールはその感覚が顕著で、尚且つ、折り重なる自分の感情の形を綺麗に整える作業が苦手だった。
この考え方は、そのまま周囲の人間に対しても向けられており、使い手と受け取り手で齟齬が起きやすい事から、“他人の考えなんて判る訳がない”と言う結論にも行き着く理由となっている。

だが、今のフリオニールの言葉は、何よりも真っ直ぐに、彼の気持ちを表している。
その彼の心が、言葉のまま、真っ直ぐに自分に向けられている事が、無性に─────


(……嬉しい)


いつか別れてしまうのだから、要らない言葉だと思っていた。
聞けば、後の別れを想像して、辛くなるだけだと思っていた。
だから告げる必要はなく、聞く必要もないと、割り切っていた。

けれど、緊張の所為か、微かに震えながら紡がれた言葉は、とても温かいものだった。
たった二文字の言葉が、こんなにも心を満たしてくれるなんて、知らなかった。

銀の髪から覗く耳が、真っ赤になっている。
背中を抱き締める腕が震えているのが伝わって、スコールは微かに口元を緩め、


「……フリオニール」
「な、なんだ?」


名前を呼ぶと、フリオニールはがばっと顔を上げて、抱き締めていた体を離す。
赤い顔が蒼灰色に映り込み、スコールはその頬に、手袋を外した手で触れる。

赤い頬は、その色に違わず、熱かった。
その体温を確かめるように頬を撫でていると、フリオニールの顔が益々赤くなって行く。
このまま沸騰して倒れそうだな、と思いながら、スコールは小さく口を開き、



「俺も、あんたの事が─────」




たった二文字。
それを伝えるだけで、こんなにも。





2016/02/08

2月8日と言う事で、フリスコの日!

告白させてみたら、じれったいったらありゃしない。
この後は正式にお付き合いが始まりますが、やっぱり進みは遅いと思います。
しばらくは意識し過ぎて逆に一緒にいられなくなったりするんじゃないかな。本当に手がかかる。