折り目一つ、祈り一つ


リビングのテーブルで、子供と大人が一緒に折り紙を折っている。
参考にしている折り紙の本は、七年前に長男レオンの為に買ったものだ。

本に載っているのは少ない工程で簡単に折れるものから、複数の紙を使って組み合わせるものまで様々。
レオンは一つの事に熱中する傾向があったから、これを手に入れてからしばらくは、暇さえあれば折り紙をしていたものだった。
その後、長男が折り紙を卒業すると、次は妹のエルオーネが本を受け継いだのだが、彼女は外遊びやイタズラの方が楽しかったようで、余り折り紙に熱中する事はなかった。
そして今度は、末っ子スコールが本を受け継ぎ、此方は外遊びが苦手と言う事も相俟って、近頃はずっと折り紙をして遊んでいる。

五歳になった末っ子は、大人が思うよりも案外器用なのだが、かと言って余りに複雑な工程が出来る程、慣れてはいない。
几帳面な性格なので、作業が一つ進む度、本を見て手順を確認しているので、間違える事は少ないのだが、立体的な作業は難しいらしく、それを父に手伝って貰っている。
しかし、残念ながら父ラグナは、器用か不器用かと言われると、後者になる。
それでも息子の為にと頭を悩ませ、二人一緒に正しい折り方を模索し、ようやく完成させた花や鳥を見せ合っては笑顔を見せ合っている。

今日の父子は、鯉を折っていた。
印につけた折り目に合わせ、紙を折り、引っ繰り返し、半分を拡げて、そのまた半分を折る。
此処しばらく、すっかり折り紙に夢中になったお陰が、スコールの折り紙の腕はかなり上達した。
父の見本を真似て、小さな手で丁寧に折り進めている内、何度も登場する特殊な折り方も覚えたようで、スコールの方がラグナに「こうやるんだよ」と教えたりもしている。
ラグナはそれに対し、判っているよとは言わず、「そうか、そうやるのか」と感心して見せて、スコールは折り紙が上手になったなあ、と褒めてやった。


「んと……こっちに裏返しして、それから…」
「あ、この線だ。此処に合わせて折って」
「あっ、ズレちゃった。んん、キレイになんない…」


几帳面なのか真面目なのか、スコールは折り目から少しでも食み出たりすると、直ぐに折り直している。
揃えて隠れる筈の場所から、裏地の白が見えるのも我慢が出来ないようで、何度も何度もやり直していた。
そんな努力の甲斐あって、スコールの紙は細かなシワが端々に見えるものの、形は本の通りに綺麗なものが出来上がりつつある。

初めは、これは何の為に折ったのだろう、と思うような工程だったものが、最後に近付くに連れ、背鰭になり、胸鰭になりと、魚らしいパーツに整えられて行く。
段々と形が目標に近付いているのが判って、スコールの瞳が輝いていた。
あとちょっと、と最後の一折を終わらせると、赤色と蒼色の二匹の鯉がテーブルに浮かんだ。


「できたぁー!」
「出来たー!」


万歳をして喜ぶスコールに、ラグナも同じように喜ぶ。

スコールは二匹の鯉を手に持って、キッチンで夕飯の用意をしている母の下へ駆ける。
転んじゃうぞ〜、と言いながら、ラグナがそれを追った。


「おかあさん、おかあさん。見て見て、おさかなさん!」
「あら。綺麗に折れたのねえ。こっちがスコールが折ったのかな」
「うん!」


少し草臥れた鯉を指差して言うレインに、スコールがこくこくと頷く。
どうしてわかるの、お母さんすごい、と目を輝かせるスコールに、レインはくすくすと笑った。

スコールが作る折り紙は、綺麗に折れるまで何度もやり直すので、細かい折り目が沢山ついている。
形を確認する為に、裏返したり表返したりと忙しないので、紙も段々と疲れてしまう事が多いのだ。
だから完成した時には、ピンと張っている筈の一辺が柔らかくなっている事も儘あった。
そしてラグナが作る折り紙はと言うと、色と色の隙間に白が見えていたり、折り間違いの後があちこちに残っていたり、膨らませる段階で失敗したのか、皺が寄っている所もある。
大人なので容量は良いものの、スコールのものに比べると、やや雑さが見えるので、レインにはどちらが誰に作られた物なのか、一目瞭然であった。

母にもっと褒めて欲しいのだろう、スコールは「見て見て」と言って鯉を差し出す。
レインは料理を作る手を止めて、スコールの手の中にいる魚を覗き込み、


「あら、スコール。このお魚さんに目はないの?」
「め?」
「お目めよ。お目めがないと、お魚さんは泳いだ時に壁にぶつかっちゃうわよ」
「おめめ!お父さん、おさかなさんのおめめ!」


レインの言葉にはっとなって、スコールはラグナの下へ駆け戻る。

お魚さんに目がない、と言う息子に、ラグナは大変だ!と言って、スコールを連れてテーブルへ戻る。
ラグナはスコールを椅子に座らせると、テーブル横のシェルフの上に置かれていたペンスタンドを取った。


「これでお魚さんに目を書いて上げよう」
「ぼくがやる、ぼくがやる」
「よぉしよし。よく見えるように、大きな目にしてやろうな」
「うん」


マジックペンの蓋を取って、スコールはきゅきゅっと魚の目を描いた。
それだけでは寂しいだろうと、ウロコも描こうと父が言えば、スコールは直ぐに魚の体に楔状の模様を描いて行く。
その間にラグナがキッチンへやって来て、「爪楊枝あるかな」と言った。
彼の考えを汲んで、レインが爪楊枝入れを差し出すと、ラグナは数本を貰って嬉しそうに息子の下へ戻る。

目と鱗を得た二匹の魚を、ラグナがセロハンテープを使って爪楊枝に貼ってやる。
父が何をしようとしているのか、まだ幼いスコールには判らないようで、きょとんとした蒼がラグナの手元を見詰めた。
作業を終えたラグナが爪楊枝の先を摘まんで持ち上げると、二匹の鯉が宙を泳ぐ。


「ほーらスコール。こいのぼりだぞぅ」
「……!」


ラグナの言葉にことんと首を傾げたスコールだったが、直ぐに保育園で見た大きな鯉のぼりの事を思い出したようだ。
きらきらと蒼灰色の瞳が輝いて、嬉しそうにラグナの手から小さな鯉のぼりを受け取る。


「こいのぼり!」
「そう。スコールが作った、スコールだけの鯉のぼりだぞ」
「ぼくのこいのぼり!」


両手で鯉のぼりをぎゅっと握りしめ、嬉しそうに足をぱたぱたと弾ませるスコール。
可愛いなあ、とラグナが呟いて、ふわふわとしたチョコレート色の髪を撫でる。

ガチャン、と玄関から音がしたのを聞き止めたのは、レインだ。
まな板の上の刻んだ野菜を鍋に入れて、エプロンで手を拭きながら玄関を見に行くと、塾帰りのレオンと、遊びに行っていたエルオーネが帰って来た所だった。


「お帰り、レオン、エル」
「ただいま、母さん」
「ただいま!」
「もう直ぐご飯だから、手を洗って良い子にしてなさいね」
「はーい」


靴を脱いだ二人は、揃って洗面所へ向かう。
レインがキッチンに戻り、鍋の火が沸騰し始めたタイミングで、二人はリビングへと入った。


「ただいまー」
「おう、お帰り!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえりなさい」
「スコール、何してるの?」
「おりがみだよ」


家族が帰宅し、リビングに集まれば、恒例の末っ子構い大会だ。
スコールはラグナの膝に抱かれて、鯉のぼりはテーブルに置き、新しく黄緑色の紙を折り始めている。


「何を作るの?」
「おさかなさん!」
「おさかな?」
「そうだ、お姉ちゃんにもこいのぼり作ってあげる」


良い事を思い付いたと、スコールは張り切って折り紙にしっかりと折跡をつける。
そんな弟の隣に座って、なんで鯉のぼり?とエルオーネが首を傾げていた。
またその傍らで、中学生のレオンは、今日が子供の日である事を思い出していた。

一度完成させた事が自信に繋がっているようで、スコールは楽しそうに折り紙を折っている。
先程は工程を終える度に本の手順を確かめていたのだが、今は其処まで慎重ではない。
が、やはり間違いはしたくないようで、ちらちらと本を見ては、手元の折り紙を本の横に並べて確認している。
紙を筒状に膨らませる工程は、やはりまだスコールには難しいようで、ラグナが少しだけ手伝った。

弟が一心不乱に折り紙に集中しているのを見て、10歳のエルオーネも気持ちが誘われたらしい。
うずうずとした表情で折り紙の束を見ていると、それに気付いたラグナが、山の中から可愛らしいピンク色の折り紙を取った。


「エルも何か折って見てくれよ」
「うーんと……じゃあ、お花にしよっと。えーっと、確か…」
「お姉ちゃん、おてほん見ないで作れるの?すごいなぁ」


記憶を頼りに折り始めた事を、弟にきらきらとした眼差しで見詰められ、エルオーネは照れ臭そうに頬を赤らめる。
赤い顔を隠すように、エルオーネはスコールの視線から逃げながら、いそいそと作業を進めて行った。

ラグナはしばらくの間、一所懸命に奮闘するスコールと、恥ずかしそうに隠れて紙を折るエルオーネを眺めていたが、ふと向かい合う席で妹弟を眺めている兄に気付き、


「レオンもどうだ?折り紙なんて久しぶりだろ。結構楽しいぞ」
「いや、俺は────、」


いつものように、俺は良いよ、と遠慮しようとしたレオンだったが、その言葉が途切れた。
おや、とラグナが首を傾げている間に、レオンは思い立ったように席を立ち、母のいるキッチンへ向かう。
キッチンから聞こえる母子の会話に、どうやら兄は兄で何か思いついたようだ、とラグナは察した。

スコールが二匹の鯉を作っている間に、エルオーネは色々な花を折った。
家にいる時は、外遊びをしたがって余り折り紙に熱中しなかった彼女だが、保育園や学校では友達と一緒によく遊んだらしい。
記憶を頼りに折った花は一種類ではなく、途中で此処をこうすればこっちに、と思い出し、一輪、二輪とテーブルに色取り取りの花が咲く。

スコールが作った二匹の鯉は、黄緑色と水色の鯉だ。
これらにもマジックペンで目と鱗を描き、ラグナに教わりながら、スコールの手で爪楊枝に貼った。


「はい、お姉ちゃん。こいのぼり!」
「ありがとう、スコール。スコールには、このお花をあげるね」


スコールから鯉のぼりを受け取ったエルオーネは、完成したばかりの朝顔を渡す。
色付の表と、裏地の白を上手く組み合わせて折られた朝顔は、本物そっくりの出来栄えだ。
スコールは姉から貰った朝顔に、きらきらと目を輝かせて、すごいすごいとはしゃぐ。

其処へ、キッチンで母と話をしていたレオンが戻って来た。
スコールはラグナの膝から降りて、レオンの下へ駆け寄り、エルオーネが折った朝顔を見せる。


「見て見て、お兄ちゃん。これね、お姉ちゃんにもらったんだよ」
「さすが、エルは上手だな。スコールの鯉のぼりは、上手く出来たか?」
「うん!」


レオンがエルオーネを見ると、彼女はスコールが作った鯉のぼりを見せた。
パステルカラーの二匹の鯉は、黄緑色の鯉が笑っており、水色の鯉は女の子のつもりなのか、睫毛が描かれている。
鱗は魚鱗ではなく、ハートマークを組み合わせており、姉に贈るものだと言う事を意識して作ったのが判った。

兄に褒められ、頭を撫でられて、スコールはくすぐったそうに笑う。
ぷくぷくとした丸い頬をほんのりと赤らめて、ぴょこぴょこと跳ねる姿は、全身で喜びを表現している。
そんな素直で愛らしい弟に、レオンは後ろ手に隠していたものを見せた。


「上手に折れたスコールには、格好いいカブトをプレゼントだ」
「かぶと?」


かぶとって何?と首を傾げるスコールだったが、レオンは気にせず、隠していたものをスコールの頭に乗せた。
重みのない、けれども確かに何かが頭に乗せられたのを感じて、スコールが頭の上に手を遣る。
その様子を見ていたエルオーネが、弟に負けんばかりに目を輝かせた。


「わあ、良いな、スコール。格好良い!」
「?」


頭の上をを自分で見る事が出来ないスコールは、自分が何を被っているのか判らない。
不思議な顔できょろきょろと兄と姉を見回す息子に、ラグナが携帯電話のカメラ機能を自撮りモードにして映して見せた。

液晶画面に映った自分を見て、ふわぁ、とスコールが感歎の声を漏らす。
頭の上に乗っているのは、大きな広告用紙を折って作られた、兜だった。
普通の折り紙で作っても、入り組んだ形や立体感で趣のある代物だが、ポスターサイズの広告用紙で作った分、大きさもあって迫力もある。
それも自分の頭に被れる程の大きさなのだから、幼いスコールには尚更驚きだろう。
テレビの時代劇や、アクションアニメのヒーローが身に付けているような兜を被っていると知って、スコールの目がきらきらと輝く。


「これ、お兄ちゃんが作ったの?」
「ああ。久しぶりだったから、ちょっと上手く出来なかったけど。ごめんな、スコール」


詫びるレオンに、スコールはふるふると首を横に振る。
振った表紙に頭の上で揺れる兜を落とさないように両手で押さえて、


「お兄ちゃん、すごい!ねえねえ、ぼくのカブト、にあう?」
「似合ってる。格好良いよ、スコール」


姉と兄に格好良いと褒められ、スコールは兎のようにぴょこぴょこと跳ねながら、子供達を見守る父に駆け寄り、


「お父さん、お父さん。ぼく、かっこいい?」
「すっごく格好良くて強そうだぞ、スコール!」
「ほんと?」


“強そう”も“格好良い”も、スコールは中々言われる事がない。
けれども、その言葉が父親や兄に当て嵌まる事は判っているから、スコールにはちょっととした憧れの言葉でもあった。
その言葉を向けられた事が嬉しくて、スコールは嬉しくて堪らない。

お母さんにも見せてくる、と言って、スコールは右手に朝顔を、左手でカブトを押さえながら、キッチンへ走る。
レインは近付く足音に、煮込んでいた鍋の火を消してから振り返った。



小さな頭に、大きなカブトと、朝顔の花。
やっぱり、格好良いより可愛いかな、とこっそりと思いつつ、レインは幼い末息子を抱き上げた。




2016/05/05

子供の日と言う事で、折り紙を兜を被った子スコが浮かびました。

このレオンは、自分が小さい頃にラグナに同じものを作って貰ってる。
多分エルオーネも作って貰った事がある。
いっそ子供達皆で被れば良いと思います。そんで大人も被れば良い。可愛い。