きらい、きらい、きらい


ラグナがメールを送信して間もなく、バッツからの折り返しのメールが届いた。
首輪はやはり今後を思えば必要である事、バッツ達との訓練でも課題として行く旨が綴られている他、気に入った首輪があればそれを持って来て欲しいとも書かれていた。

ラグナは早速、首輪を探して歩き回った。
レオンとスコールは、留守番ならば二人だけで熟せるようになったので、食事の時間等に気を付ければ、ラグナ一人の外出は難しくはなくなっている。
とは言え、やはり彼等を残して出掛けるのはラグナの気持ちが落ち着かない為、ラグナが日々出掛けるのは、ほんの二、三時間程度だ。
セフィロスから獣人用に揃える道具を売っている店を幾つか教えて貰い、車で梯子して、ようやく似合いそうな色の首輪を見付ける事が出来た。

ラグナが買って来た首輪は、彼等の瞳の色に似た、深い紺色の首輪。
上等な革製のものに少々惹かれたが、それなりに重さがあった事や、将来的に成長すれば更に大きな首輪を用意する必要がある為、先ずは安価な合成繊維で編まれた布製から始めてみる事にした。
太さも各種あったが、まだ幼い事、首輪そのものに慣れていない事を鑑みて、圧迫感の少なそうな細いものに決めた。
身に付ける習慣が着くまでは、着脱が簡単なワンタッチのものにして、苦しそうにしていたら直ぐに外せるようにする。

────が、このチョイスが悪かったのか、そもそも彼等に首輪の習慣がない為か。
ラグナが兄弟の揃いで買って来た首輪は、当人達には頗る不評であった。


「あ〜……また……」


床に落ちていた千切れた布の切れ端を見て、ラグナは溜息を吐く。
屈んで拾うと、直ぐ傍にあったソファの後ろから、ガタッと音が鳴る。
顔を上げれば、ソファの陰から飛び出した四足の陰が、寝室のドア向こうへと滑り込んで行った。


「今のは、スコールかな……」


呟いて手元の布きれに視線を落とすと、布の端にワンタッチ式の留め具と、『Squall』と文字の入ったタグがついている。
やっぱり今のはスコールだな、とラグナは確信した。

セフィロスの注意と助言に従い、獣人の兄弟に首輪を付けさせるよう努めているラグナだったが、中々これが捗らない。
元より、首は生き物の急所に当たる上、食事や呼吸に重要な場所で、此処に何か身に付けるとなると、多少圧迫される感覚は避けられない。
つい最近まで野生の世界で生きていたレオンとスコールも、首が自身にとって守らなければならない場所である事は判っているのだろう。
其処に食い付かれれば自分は死ぬ、と言う事を身を以て知っている為か、其処を支配される事への恐怖が強いようで、何度試しても直ぐに千切り破ってしまうのだ。
バッツに因れば、野生から保護された獣人にはよく見られる傾向であるらしく、とにかく着けては外しを繰り返す反復訓練をするのが一番だと言う。
根気との勝負なのだ、とバッツに言われ、ラグナも辛抱強く向き合うつもりでいる。

しかし、理屈で判ってはいても、目に見えて状況が進まないのは、苦いものがある。
特にスコールの首輪への嫌がり振りは顕著で、最近はラグナが首輪を持って来るだけで威嚇する程だった。
なんとか着けさせても、ワンタッチのものは自力で外せる事を覚えた為、ラグナが見ていないと直ぐに外してしまう。
おまけに、外したそれを仇の如く噛むので、“ライオン”モデルの発達した犬歯に齧られた布製の首輪は、あっと言う間にボロ切れと化してしまうのであった。

ラグナはボロボロになった首輪をゴミ箱に捨てた。
三つ四つに千切られていては、もう修復は不可能だ。
安価なので懐には痛くないのだが、既に何度も買い直している事を考えると、多寡が首輪とは言えない金額になりつつある。


「もうちょっと頑丈な奴に……いや、そもそも着けるのに慣れるのが先決だもんなぁ。どうしたもんか……」


溜息を漏らしながら、ラグナは寝室の扉を開けた。

ラグナの寝室には、生活に必要な収納用品とローテーブルの他、大きなベッドが置かれている。
ベッドはラグナと兄弟が一緒に寝ても十分に広い大きさだ。
いつか三人で一緒の布団で眠れたら、と言う願いで買ったベッドは、最近ようやくその役目を担えるようになった。

そのベッドの上に、レオンが座っている。
隣にはスコールも丸くなっていたのだが、ラグナが入って来た事に気付くと、脱兎のように逃げ出して、窓辺のカーテンの奥に隠れてしまった。


(やっちゃいけない事をしたって自覚はあるんだなあ)


カーテンの向こうでもそもそと動いている影を目で追いつつ、ラグナはレオンの隣に腰を下ろした。
レオンはラグナが来た事には気付いているようだが、尻尾をぷんっと振っただけで、顔を上げる事はない。

レオンは、自分の首にあるものを頻りに気にしていた。
其処には、スコールが千切ったものと同じ、紺色の首輪がある。
レオンは丸い指先から爪を出して、カリカリ、カリカリと首輪を引っ掻いていた。


「こら、レオン。傷になっちゃうだろ」
「……ぐぅ……」


ラグナがやんわりとレオンの両手を捕まえると、レオンの鼻先に皺が寄った。
ぐるぐると喉を鳴らし、不満を隠さないレオンに、ラグナは弱ったもんだと頭を掻く。

首輪を見るのも嫌と言わんばかりのスコールに比べると、レオンは比較的大人しかった。
しかし、首輪を許容できている訳ではなく、鬱陶しそうにいつも爪を立てている。
爪切りをするようになって、レオンもスコールも爪で人を傷付ける事はなくなったが、それでも何度も何度も同じ場所を引っ掻いていれば、布は解れて千切れるし、皮膚も負けて傷になる。

ラグナはレオンの頬をくすぐりながら宥め、彼の首を覗き込んだ。
心配した通り、レオンの首には細かい引っ掻き傷が残っており、薄らと血を滲ませている。
首輪をつける度、レオンはこうなってしまうので、これならスコールのように外される方が良いかも知れない、とラグナは思う。


「……しょうがない、外すか……」
「ぐぅ……」


ラグナの言葉に、早く、と急かすようにレオンの喉が鳴る。
ワンタッチの留め具のボタンを押さえると、パチン、と音がして、布の輪が解けた。

と、思った瞬間、素早い影がラグナの手を掠めて通り過ぎる。
遅れてそれを目で追うと、スコールが床に押さえ付けた首輪紐を噛んでいた。


「こら、スコール!」
「ふーっ!ぎーっ!」
「駄目だって言ってるだろ〜っ」


この首輪が兄を苦しめていた事を、スコールは理解していた。
伏せの姿勢で、爪を立てた両手で端と端を押さえ付け、解れていた布に歯を立ててぎりぎりと引っ張る。

ラグナが慌てて首輪紐を取り上げようと掴むと、スコールは全力で抵抗した。
顎に力を入れて歯を食いしばり、引っ張り奪おうとしている。
既に解れていた首輪には耐久力など残っておらず、ぶちぶちぶちっ、と裂け千切れた。


「あーっ!」
「ぎゃうううううう!」
「スコール!」
「!!」


ラグナが声を大きくして名を呼ぶと、ビクッ!とスコールの体が硬くなった。
開いた瞳孔で、眉尻を吊り上げているラグナを見たスコールは、千切り取った布を放って逃げ出す。
スコールは、フローリングの床でつるっつるっと足を滑らせながら、ベッドの上へ飛び乗ると、まだ首を気にして丸めた手を当てているレオンの陰へと身を隠した。

ラグナはボロボロになった布切れを見て、何度目か判らない溜息を吐く。
ちらりと兄弟を見遣ると、怯えきって丸くなっているスコールを、レオンが舐めて宥めていた。
切れ長の眦に、大きな雫を浮かべているスコールに、ラグナの胸がずきずきと痛む。


(あ〜、怒っちまった……でも、今のはなぁ……)


キロスやウォードに、兄弟に対して大甘だと言われるラグナだが、躾はするべきだと言う事は判っている。
人を噛んだ時や引っ掻いた時は勿論、故意ではなくとも物を壊してしまった時など、人間の子供に対する時と同じように叱っていた。

スコールが首輪紐を千切り壊してしまう度、ラグナは彼を叱った。
これは玩具ではない事も教え、バッツに借りた写真を見せて、身に付けるものだと言う事も教えている。
持って遊ぶ様子がないので、玩具ではない事は早い内に理解したのだろう。
それは良いが、身に付けると言う事が受け入れ難いスコールは、こんなものは要らないんだと全力の抵抗で訴えている。
しかし、彼等の今後の生活を思うと、その我儘を許す訳にも行かない。
だから根気強く教えよう、慣れて貰おうと思っているのだが、此処まで攻撃的に出られると、上から押さえ付ける行為にも出なくてはならなかった。

ラグナは床に座り、立てた片膝に額を押し付けた。
苛々してはいけない、と頭では思っているものの、中々進まない現状には、どうしてもささくれ立ってしまう。


「あー……」


ばたり、とラグナは仰向けに転がった。
電気のついていない電灯を見詰め、どうしたもんかなあ、と何度目かの呟きを零す。

ちらりとベッドを見ると、スコールが兄の首を仕切りに舐めていた。
レオンはくすぐったそうに目を細め、房のついた尻尾をゆらゆらと揺らしている。

────彼等の行動に、悪気と言うものはない。
スコールにしてみれば、つけたくもない首輪を無理やり付けさせられて、嫌だと主張しているだけ。
レオンは判り易く嫌がりはしないものの、つけていると窮屈に感じているのは間違いないだろう。
スコールがレオンの首輪紐まで噛み千切ったのは、そんな兄の気持ちを掬い、彼を助ける為だったに違いない。

それが判るだけに、ラグナは心苦しい。
彼等の嫌がる事はしたくない、けれども、と板挟みになる胸中に、どうするべきか、答えは未だ見えない。


(……明日はまた訓練所だな。幸いなのは、スコールもレオンも、あそこに行くのは嫌がってないって事か……)


首輪の訓練もあり、最近は頻繁にバッツ達の待つ訓練所に通っている。
其処で逢うバッツとジタンにスコールが懐いている為か、レオンも通う事を嫌がる事はなかった。
“猿”モデルであるジタンは、二人の言葉を正確に聞き取る事が出来るので、話し相手に逢えるのが嬉しいのだろうか。
バッツも彼等の運動量に負けない体力を持っているので、彼等は訓練をしていると言うより、遊び相手に会いに行っている、と言う意識の方が強いのかも知れない。

ラグナは、手の中に残っているボロ布を持ち上げた。
怒りに任せて引き千切られたそれが、レオンとスコールを苛んでいるのは確かだ。
彼等を守る為、必要なものとは言え、もっと何か別の方法はないだろうか、と思案していると、


「……がぁう」


控えめな声が聞こえたかと思うと、ラグナの視界に、ひょこり、とレオンが顔を出す。
首輪をしていた時、鼻に寄っていた皺はない。
じぃっと見詰める青灰色の瞳が、心なしか気まずそうに揺れていた。

ラグナが起き上がると、レオンの後ろにはスコールがいた。
兄の背中に隠れて、ちらちらと此方を覗いては、眉間に皺を寄せている。
しかしその表情は、不満と不安が入り交じって見え、また叱られるのを怖がっているのだと判った。


「……レオン」
「がう」
「スコール」
「……」


呼ぶ声に、スコールは返事をしなかったが、代わりに尻尾がぱたりと振られた。

ラグナは布切れを床に置いて、二人の頭を撫でる。
レオンは眩しそうに目を細め、スコールは俯いてされるがままになっていた。
そんなスコールにラグナはくすりと笑みを零し、


「スコール」
「……」
「首輪が嫌なのは判った。でも、これは噛んじゃ駄目なんだ」
「……」
「レオンも窮屈なんだよな」
「……くぅ……」
「ごめんな、二人とも。今日はもう良いから。明日は、ジタンとバッツのとこ行こうな」
「……がう」


ラグナの言葉に、スコールはこくんと頷いた後、すりすりとラグナの胸に頬を寄せる。
悪い事をした時、叱られた後に謝っている時の仕種だった。

ラグナはスコールの背中をぽんぽんと宥めながら、レオンの頬を撫で、


「レオン。首、もう一回見せてご覧」


ラグナに言われて、レオンは素直に上を向いて、首を晒す。
首の皮膚には、薄らと引っ掻き痕は残っているが、滲んでいた血は止まったようだ。


「今日はもうコレ付けないから、もう引っ掻かないようにな」
「がぁう」
「よしよし」


良い子だ、とラグナがレオンの耳の後ろをくすぐる。
レオンは気持ち良さそうに頭を差し出し、ぐりぐりとラグナの胸に頭を押し付けた。





≫[どうしたらいいんだろう]
2016/07/02

言わないけど嫌なレオンと、全力抵抗のスコール。
でもラグナを困らせたい訳ではないのです。