最悪の誕生日


─────どうして、自分の生誕を祝われる筈の日に、大嫌いな男と肩を並べていなければならないのだろう。
隣にいる銀髪の男をちらりと一瞥して、クラウドは深々と溜息を吐いた。


「帰りたい……」
「それは此方の台詞だ」


ぽつりと呟いたクラウドに、銀髪の男────セフィロスが苦虫を噛み潰すような表情で言った。

鶏冠のように逆立った金髪の青年と、膝下にまで届くほどの長く冷たい金属のような光沢をした銀髪の青年。
二人が顔を突き合わせているのは、静かな雰囲気で人気を博している喫茶店の一角だった。
見るからに整った顔立ちの男が、二人揃って静かに茶を飲んでいる光景に、通りすがりや店の客である女性達がちらちらと振り返って、彼らを遠巻きに眺めている。
芸能人かな、モデルとかじゃない?と囁き合う彼女達の声は、二人の男には全く聞こえておらず、それよりも何よりも、彼らは目の前の人物の存在が不快でならなかった。

クラウドは鬱々とした気分で、テーブルに乗せていた手の人差し指で、コツコツとテーブルの表面を叩く。
苛々とした様子を隠そうともしないクラウドは、今直ぐにでもこの場を立ち去って、家に帰りたいと思っていた。
どうもセフィロスとは昔から反りが合わない上、同僚の青年を挟んで一悶着も二悶着もあり、且つ未だにその決着も着いていない(クラウドは白黒はっきりついたと思っているのだが、セフィロスがそれを認めようとしない)為、本音を言えば、仕事場でさえ出来るだけ顔を合わせたくない相手であった。
セフィロスの方もそれは同じ気持ちである筈なのだが、何故か彼は、今日に限ってクラウドを茶に誘い(罠かと思った)、サンドイッチセットを驕り(毒でも仕込まれているのかと思った)、その後大切な話があると言って、クラウドを解放しようとしない。
一応、職場の上下関係としては、セフィロスの方が先輩に当たる為、後輩であるクラウドは彼の言葉を無視する事が出来なかった。
が、いつまでも“大切な話”を始めようともせず、苛々とテーブルの下で爪先をコツコツと鳴らしている男を見ると、「やっぱり無視すれば良かった」と心の底から思う。

それでいて、先の台詞に対して、あの返し。
クラウドの元々短い堪忍袋の緒は、限界に達していた。


「なんなんだ、あんた。俺に話があるなら、さっさと喋ってくれないか」
「………」
「俺は今日は忙しいんだ。あんたの相手をしている暇はない」


─────今日は、クラウドの誕生日だった。
クラウドは、今日の仕事が終わったら、一年に一度のこの記念日を、存分に堪能するつもりだったのだ。
ノルマを終えたら真っ先に家に帰って、自分の帰宅を待っていてくれているであろう二人の恋人に、存分に祝って貰って。

クラウドには、二人の男の同居人がおり、彼らは両方とも、クラウドの恋人であった。
一人は年上で大学時代からの先輩で、もう一人は年下で、まだ成人もしていない高校生。
この二人はれっきとした兄弟関係で、クラウドはそんな二人を両手に抱くと言う、所謂“ふたまた”をかけている関係だった。
現在に至るまでの経緯には、色々と問題があった(今も問題は山積みだと年上の恋人は言うが、クラウドは気にしていない)ものの、現在は円満な関係に落ち付いており、幸せな日々を送っている。

二人の恋人は、先日から何かこそこそと計画を立てているようだった。
クラウドが職場で電話している彼らの会話を盗み聞きした限りでは、甘いものがどうの、欲しいものがどうのと言う会話が聞こえてきた。
この断片的な情報に加え、クラウド自身の誕生日が近い事に気付いて以来、クラウドは今日と言う日を今か今かと待ち望んでいた。

……だと言うのに、当日になったらこれだ。


(くそっ。くそっ。やっぱり無視すれば良かった。さっさと帰って、レオンの手作りケーキ食べて、スコールからプレゼント貰って、それから……)


いつも素っ気ない態度ばかりの年上の恋人だが、実はとても甲斐甲斐しく、世話焼きだ。
押しに弱い所があるので、クラウドが粘ってお願いすれば、「はい、あーん」位はしてくれるかも知れない。
常ならば絶対に受け入れられないお願いでも、今日がクラウドの“誕生日”である事を念押しすれば、きっと応じてくれるだろう。

気難しくて恥ずかしがり屋の年下の恋人は、本当はとても心優しく、甘えたがりだ。
プレゼントを渡す時、きっともじもじして中々差し出す事が出来ず、最後には真っ赤な顔で「つ、ついでに買っただけだ!」と自分の趣味のシルバーアクセサリーの話を持ち出して、照れくささを誤魔化しながらプレゼントを押し付けるに違いない。
それを受け取って、彼を抱き締めて「ありがとう」とキスをすれば、きっと彼は林檎のように真っ赤になるのだろう。

想像したら、余計に苛立ってきた。
早く帰れば、可愛い恋人達に囲まれて幸せな誕生日を贈れるのに、何が悲しくて大嫌いな男と並んでお茶をしなければならないのか。
大事な話とやらも一向に切り出そうとしないし、本当に時間を無駄にしている気がする。

2人分の苛立つ空気で、カウンターのその部分だけが刺々しい雰囲気に包まれる。
が、それを裂くように、ピリリリリリ、と甲高い携帯電話の着信音が鳴り響く。


「─────私だ」
「…あんた、せめてマナーモードにしろよ」


平然と携帯電話を取り出して通話を始めたセフィロスに、クラウドは棘のある声色で呟いた。
しかしセフィロスはそんな事は気にせず、電話相手と会話を続けている。


「…ああ、そうか。判った。……こういう事は今回限りにしてくれ。お前がどうしてもと言うから引き受けたが、正直間が持たん」
『────…、──……』
「そう思うのなら、今度、食事に誘わせてくれ。勿論、二人きりで。ああ、じゃあな」


食事に、と言う言葉を聞いて、クラウドの耳がぴくん、と反応する。

会社での成績も良く、顔も整っているセフィロスは、社内外問わずによくモテる。
彼に誘いの声をかけられれば、どんな女性でも喜んでついて行くだろう。
しかし、実際に彼が誘いの声をかける人物は決められており、その人は女性ではなく、れっきとした男で、セフィロスの同僚であり、─────クラウドの恋人である青年しかいない。


「あんた!なんでレオンと電話なんかしてるんだ!恋人差し置いてなんで!」
「お前に教えてやる義理はない」
「人を散々無駄な時間に付き合わせておいてなんなんだ、あんた!レオンもなんで俺じゃなくてあんたに電話なんかするんだ!」


そう広くはない喫茶店に、クラウドの悲痛な叫び声が響き渡る。
整然と肩を並べていた(少なくとも女性客にはそう見えていた)筈の男達の、突然の声を大にしての遣り取りに、他の客が目を丸くする。


「話をする気がないなら、俺はもう帰る。限界だ。帰ってスコールにはぐはぐして癒して貰う」


言って、クラウドは床に置いていた荷物を掴むと、すたすたと足早に喫茶店を出て行こうとして、立ち止まる。
くるりと方向転換したクラウドは、席に戻って伝票を取り、レジへと持って行った。
奢ると言われて食べたサンドイッチだったが、やはり天敵に借りを作るのは腹立たしい。

レジでサンドイッチ代を支払うと、クラウドは今度こそ店を出て行った。

また店内に静けさが戻る。
呆然としていた女性客たちが、なんだったんだろう、ひょっとして一人の女を取り合ってたとか?と好き勝手に囁く中、セフィロスは徐に手を上げて店員を呼んだ。


「ホットコーヒーを」
「ホットコーヒーひとつ。以上で宜しいですか?」
「ああ」


先程の騒がしさを気にしていないかのように、ウェイターは淡々と職務をこなす。
中々教育が行き届いた店だな、と感心しつつ、セフィロスは運ばれてきたホットコーヒーに口を付けた。

ほんのりと心地の良い苦味の中に、セフィロスはこの数時間、何度も堪えていた溜息を誤魔化した。

セフィロスとて、理由もなくクラウドと肩を並べていた訳ではない。
全てはセフィロスの片恋の相手であり、クラウドの恋人である男からの頼みがあっての事だ
彼は今朝の仕事始まりの挨拶の後、セフィロスを捉まえて「あいつに渡す誕生日プレゼントが決まらなかったんだ」と言った。
それから、いつも平静としている彼にしては珍しく、弱り切った表情でこうも言った。


『あいつの事だ。絶対に楽しみにしているだろうから、用意してやらないと後でヘソを曲げて面倒な事になる。だからセフィロス、悪いが、準備が出来るまでクラウドが帰って来ないように足止めしておいてくれないか?』


片恋の相手に、頼む、と律儀に頭を下げられて、断れようものか。
セフィロスはもう一度コーヒーに口を付けて、溜息を誤魔化す。

喜びそうなプレゼントが見付かった、と嬉しそうに、安堵していた電話越しの声。
合間に誰かと会話をしている声が聞こえたので、きっと彼の弟だろう────つまり、クラウドのもう一人の恋人だ。
公然と二股をして起きながら、その二人に揃って必死になって貰えている事を、彼の恋人は気付いていない。
それがセフィロスには、また腹立たしい。



(だが、まあ─────これで食事に誘える訳だから、悪い事ばかりでもないかもな)


だから今日だけは、腹は立つが、現恋人である彼に譲る事にする。
その代わり、明日は恋敵の目の前で、堂々と彼を食事に誘わせて貰うとしよう。





2012/08/11

クラウド誕生日でクラレオスコ………んw?

うちのクラレオスコはいつでもクラウドが幸せなので、誕生日くらい逆に絶望送らせて貰いました(酷w)。
そしたら思った以上にセフィレオ要素が全面に。

幸せ甘々クラレオスコを期待した方はすみません(;´Д`)
この後、クラウドはちゃんとレオスコにお誕生日お祝いして貰えますよ!「あーん」とかもやって貰えるよ!
……だったらそっちを書けば良かったものを……(だっていつも幸せだからコイツ……)