花咲く音は聞こえない


学校帰りに、仕事帰りの兄と、電車の中で鉢合わせた。

今日は随分早い、とスコールが言うと、話が早い内にまとまったからな、とレオンは言った。
詳しい事はスコールの知る由ではないが、まとまったのなら良い事なのだろう、と思う。
いつも忙殺させるように奔走しているレオンが、平日夕方の電車で帰宅の徒につけているのだから、これは恐らく、相当良い事だ、と。

スコールはと言うと、放課後にティーダ達とゲームセンターなり、何なりと行く予定も組めたのだが、なんとなく帰ろうと思った。
ティーダ達は随分と渋っていたが、直にテストも始まるぞ、とスコールが釘を差すと、黙り込んだ。
忘れていたかったのだろう学生生活のボスバトルに、言うなよぉ、としおしおと泣き顔を浮かべていたクラスメイト達に手を振って、スコールは帰路へ。
いつもよりも少し早い電車に乗って、家の最寄駅まで向かっている所へ、兄が同じ車両に乗り込んで来たのであった。

兄弟揃って電車に乗り、家に帰るなんて、何年振りだろうか。
そもそも、年が離れているので、兄が学生の頃でも、こうやって一緒に帰る事は少なかった。
スコールが幼く、保育園に通っていた頃は、レオンが学校への行き帰りで保育園に足を運んでスコールを送り迎えしていたが、小学校に上がるとそれもなくなった。
現在、スコールが通っている高校に在籍していたレオンに対し、小学校は街からバス一本で行ける場所にあったから、どうしても生活は別々にならざるを得なかったのだ。
今ではスコールが高校生、レオンは社会人となっており、子供の頃よりも、更に生活時間がズレている。
一緒に電車で帰宅など、余程のタイミングが合わなければ、先ず起きない事だったのだ。

そのタイミングに初めて逢ったものだから、スコールは些か動揺していた。
背広は脱いで、腕をまくって、ネクタイだけはきちんと締めた兄が、隣に立っている────そう思うだけで、吊革に掴まる手に、なんとなく汗を掻いているような気がする。
窓の向こうで通り過ぎる景色は、いつも見ているものと変わりないのに、何かが違うと思わせる。

そんな動揺心を精一杯隠して、いつも通りの顔で停止した駅の景色を見ていると、気の所為ではなく、街の様子がいつもと違う事に気付いた。


「……?」


首を傾げて窓の向こうを見ていると、向かいのホームにやけに人が多いのだと判った。
その中には、ちらほらと浴衣を着ている者の姿もある。


「夏祭りか」
「……ああ」


隣から聞こえた声に、スコールも納得した。
向かいのホームから乗り換えの電車で、夏祭りが催される地区に行ける。
毎年の光景だったのだが、スコールは人込みに興味がないので、イベントにアンテナも立てておらず、夏祭りなんてものは、知らない間に始まって終わっているものだった。
それに今年は偶然気付いた、それだけの事。

ただでさえ人が集合し易い駅で、いつもの倍以上の人影。
近寄るのは嫌だな、と思うと、どんなに盛況な祭りであっても、スコールは行く気になれない。
賑やかし事が好きな父なら、うきうきと息子達を誘った所だろうが、今日の彼は夜遅くまで帰って来ない。
今年も夏祭りとは無縁なまま、夏を過ごして行くのだろう───とスコールは思っていたのだが、


「行ってみるか」
「え?お、おい」


レオンが一言呟いたかと思うと、スコールは彼に引かれて、電車を降りた。
あれよあれよと言う内に、改札口を抜けて、駅の外へと連れて行かれる。

スコールはしばらくしてから、レオンが「祭りに行ってみるか」と言った事を理解した。
が、それなら、何故駅から離れて行くのだろう。
今日催されている夏祭りに行くのなら、今の駅で改札を出るのではなく、ホームを変えて電車に乗る必要がある。


「レオン、あんた何処に行く気だ」
「夏祭りだ」
「だったら電車に乗らないと…」
「電車なんかに乗ったら、人込みで酔うだろう」


確かに、駅のホームにこれでもかと並んでいた人のなかに交れば、スコールは人酔いするに違いない。
その点で兄の気遣いは有難いものだったが、そもそも俺は祭りに行きたいなんて言ってない、とスコールは思う。
それでも腕を引く兄の手を振り払えないのは、惚れた欲目か。

電車に乗らないのなら、バスにでも乗るのか。
そう思っていたら、レオンは駅前のバス停もさっさと素通りし、その向こうのタクシープールへ。
タクシーの自動ドアが開くと、レオンに乗るように促された。
まあバスも人が多かったし……と大人しく乗り込み、隣にレオンも座った所で、スコールはもう一度首を傾げる事になる。

レオンが運転手に告げた行き先は、祭りが催されている地区ではなかった。


「レオン、場所が違う……」
「良いんだ。穴場がある」
「穴場?」


毎年、それなりに人が集まっている祭りの穴場。
そんなものがあったのか、と思うと同時に、どうしてレオンはそんな事を知っているのだろう、と疑問に思う。

そうしている間に、存外と近かった“穴場”に到着した。
人や車の流れが、夏祭りを目当てに専ら駅へ集中している所へ、逆に走行したお陰で、渋滞に巻き込まれる事もなかった。
反対車線が人と車でぎっちりと埋まっているのを見たスコールは、益々夏祭りと言うものに気分が遠くなっていたのだが、“穴場”には見事に人の姿がない。


「此処は……」
「古い神社だ。土日は子供が遊んでいるものらしいが、流石に今日は静かだな」


皆祭りに行ってるんだろうな、と言って、レオンは鳥居へ伸びる石段を上る。
スコールもそれを追って、いつ作られたのか、隙間から苔や雑草を生やしている階段を上って行った。

登り切って鳥居を潜ると、広い境内がある。
境内に比べると、些かこぢんまりとした社が立っており、これも随分と古い建物だ。
レオンが言った通り、境内は普段は子供の遊び場になっているらしく、地面に石で描いた落書きの後があったり、持ち寄られたお菓子を棄てたゴミ箱が設置されていた。
しかし、これもレオンの言う通り、今日は人っ子一人いない。
社の下で猫が涼み夕寝をしている位だった。

レオンが境内を横切って行くので、スコールはそれについて行った。
この神社は少々高台に位置しており、境内の端まで行くと、近隣の街を一望する事が出来る。
夕焼け色に染まった街を、レオンがぐるりと見渡して、


「やっぱり少し早かったか」
「何かあるのか」


レオンが見ているものを探して、スコールがきょろきょろと辺りを見回すが、変わったものは何もない。
と、レオンが、展望できる近い距離にある川を指差す。


「毎年、あそこから花火が上がる」
「花火?」
「あそこで打ち上げれば、夏祭りをしている場所から、丁度良い距離で花火の全体像が見れるんだろうな。でも、此処ならもっと近くて、全部見える。特等席だそうだ」


夏祭りには、最後にいつも花火が上がる。
八月中頃に行われる花火大祭に比べると、数は劣るものの、やはり夏祭りに花火は付き物とでも言うのか、かなり力が入っており、好評らしい。
スコールも、幼い時分、この花火だけは何処かで見たような記憶がある。
幼かったので、いつ何処で見たかと言われると、いまいち判然としないのだが。

それにしても、レオンは何処でこの“穴場”を知ったのだろう。
スコールと同じく、自ら賑やかな祭りの類には余り興味を持ちそうにない男の、情報源が気になった。


「レオン。こんな所、なんで知ってるんだ」
「父さんに教えて貰った事がある。二、三年前だったかな」


出て来た名前を聞いて、成程、とスコールは納得した。
が、同時にまた疑問が浮かぶ。


「なんでラグナがこんな場所を知ってるんだ?」
「さあ……俺も聞いたけど、苦笑いでかわされたからな。あの人の事だから、道に迷って偶然辿り着いた、って所じゃないか?」


兄の言葉に、ああそう言う事なら…とスコールは再度納得した。

実際、レオンの予想は当たっている。
兄弟の父ラグナは、中々の方向音痴で、目的地とは全く真逆の場所に辿り着く事も少なくない。
それは持ち前の好奇心の所為だったり、ちょっとした見栄の空回りであったり、理由は様々だが、取り敢えず、父に悪気がない事だけは確かである。
その際、思いもがけない出来事に出逢ったり、細やかな発見をしたりと、悪い事ばかりではないのが幸いと言えるか。
レオンが教わった“穴場”も同じような流れで、若い折、生前の母を夏祭りのデートに誘ったは良かったものの、バス乗り場をうっかり間違え、この神社に辿り着いた。
その頃は、“穴場”とは言われても、今よりも人の気配があって、夜が近付くにつれてぽつりぽつりと増える人影に、此処で何かあるのかと訊ねた所、花火が綺麗に見えるんだと教えて貰った。
それから後、この時期の夏祭りの時は、この神社が二人のデートスポットになったのである。

レオンはラグナから詳しい話を聞いた訳ではなかったが、似たような別の話は何度か聞いている。
そして、母はそんなラグナと一緒にいるのが楽しくて、呆れながらも一緒に寄り添ってくれていたのだと言う事も。


「───でも、まだ花火には早いな。夜にもなっていないし」


まだ橙色の濃い空を見上げて、レオンは言った。
適当に待たせて貰うか、と吸われる場所を探す。

ベンチはちらほらと備えられていたが、何処も西日が当たって暑い。
レオンは少し考えたが、場所を借りよう、と言って社に向かった。

拝殿の下で寝ていた猫が、ピクッと顔を上げる。
レオンとスコールが近付いて来るのを見るものの、二人が自分に近付いて来ないと悟ってか、逃げる事はしなかった。
邪魔をされなければどうでも良い、と丸まり直して、ふくふくと腹を動かしている猫を横目に、二人は賽銭箱の隣を間借りする事にした。


「花火の開始予定は、20時半か」
「結構先だな」
「最近は、それ位にならないと暗くならないからな」


夏真っ盛りの今、夕方の時間は一時のものとは言えど、秋や冬に比べると遥かに長い。
季節が違えば今の時間でも夜になるが、今はまだまだ太陽が高い位置にあった。

それにしても────変な感じだ、とスコールは思う。
学校帰りに、真っ直ぐ家に帰ろうとして、電車で兄と逢って、いつの間にか人気のない神社に来ている。
夕涼みの風が、静森をさわさわと揺らして行く音が、心地良い。
隣にレオンがいると思うと、尚更。


「スコール?」


寄り掛かるように僅かに体重を預けて来た弟に、レオンが名を呼ぶ。
スコールは返事をせず、とす、とレオンの肩に頭を乗せた。

そのまま少しの時間、じっとしていると、形の良い手がスコールの頭を撫でた。
レオンの手だ、と甘受している内に、その指先がスコールの項に触れて、首周りをそっと滑って行く。
くすぐったさに眉間に皺が寄ったが、手が頬に添えられたのを感じて、スコールはじっと大人しくしていた。
力の緩んだスコールの唇に、レオンのそれが重なって、二人の吐息が交じり合う。


「ん……」
「……は……っ」


レオンの舌がスコールの唇を舐めた。
ぶるっ、とスコールが身を震わせると、レオンの唇が離れる。

スコールはほんのりと赤らんだ顔で、レオンを睨むように見て、


「此処、外だぞ……」
「でも誰もいないだろう」


だから気にしなくて良い、とレオンは言った。
花火はどうするんだ、と言うと、まだ時間はある、と答える。

気付いた時には、スコールは鐘が吊るされた天井を見ていた。
花火が始まったら見たい、とだけ言って、スコールは触れる手に身を委ねた。




2016/08/08

レオスコでリクエストを頂きました。
サラリーマンなレオンと、高校生なスコールでした。

それにしても、人気のない神社で何をしているのか。けしからん。もっとやれ。