境界線の消えた夜


見ていてじれったい、まだるっこしい、とよく言われる。

両想いだと判っていながら、中々縮まらなかった距離。
それぞれ仲間に背を押され、ようやく思いが実ったら、今度は意識し過ぎてお互いに顔が見れない。
仲間達が気を遣ってくれて、二人きりになんてされようものなら、身動ぎ一つも出来ないまま時間が過ぎて行く。
それを隠れ見ていたティーダに「中学生のお付き合いじゃないんだから!」と突っ込まれた。

どんな関係で、それがどんな形であろうと、間違いと言うつもりはない、と皆は言う。
けれども、そうした微妙な距離感の付き合い方の理由の大半が、決して前向きな理由ではない事が、仲間達には少し見過ごせなかったらしい。
この原因は多分にスコールの方に理由があり、いつか終わる関係───別たれる事が判っているなら、いっそ、と言う気持ちが根底にあった。
それを察したジタンとバッツは、終わるからこそ大事にするべき時間もある筈だ、とスコールを宥めた。
実際に、スコールの心にフリオニールを求める気持ちは確かに在り、彼が別れる日の傷に怯える事さえなければ、彼に応えるのはフリオニールも吝かではなかったのだ。
フリオニールはスコールの望みに準じる気持ちを持ちつつも、自身が彼を求めていた事は、ずっと以前から判っていた事だったから。

スコールがジタンとバッツに宥められ、フリオニールはフリオニールで、もっと積極的になるべきだ、と言うティーダとクラウドに発破をかけられた。
そしてセシルが気を回し、二人をさり気無く一緒のテント割にした。
駄目押しに、僕らの事は気にしないで良いから、とセシルに言われて、これで準備は整った。

────が、こうやって二人きりで向かい合うと、フリオニールは未だに緊張してしまう。
今夜の“これから”を思うと、尚の事、フリオニールは血が沸騰してしまいそうだった。


(ど……どうすれば……)


広くはないテントの中、二人きりで一枚のブランケットを挟んで向かい合っている。
やれと言われた訳でもないのに、フリオニールは正座をしていた。
スコールは胡坐で崩したスタイルだが、視線は右斜め下に向けられたまま、フリオニールを見ていない。
白い頬が赤らむと判り易いスコールは、それを隠すように、何度か顔に手を当てては鼻頭を擦る仕種を見せていた。

お互いに、お互いの存在を意識し過ぎて、動けなくなっているのが判る。
せめて何か動ける切っ掛けがあれば良いのに、と事態が動く“何か”を期待して、既にどれ程の時間が流れたか。
このままでは、いつの間にか朝になっていても可笑しくない程、動きがない。


(この状況が嫌な訳じゃない。でも……スコールはどうなんだろう)


これからの事を思うと、フリオニールは緊張するが、それには期待も混じっている。
恋人同士と言うものが、こう言う状況になって、この後何をするのか、経験はないが判らない程子供ではない。
そして恐らく、それはスコールも同じ事だと思うのだが、問題はスコールの胸中であった。

押し流されつつも、自分の意思でテントに入ったフリオニールと違い、スコールは最後まで抵抗していた。
一部の仲間達の露骨な気遣いに、余計に意地になった所も否めないが、元々スコールは、フリオニールとの仲に大きな進展性を求めていない節があった。
だから、二人の付き合いは今まで清いものであった訳で。
それを、仲間達の助言の下とは言え、こんな状況に押し込められて、外には見張の仲間達の声がしていて、逃げ場を塞がれたような状態。
果たして彼は、本当に納得してくれた上で、此処にいるのだろうか。
それが判らない事が、フリオニールの体をいつも以上に強張らせている。


(……聞いてみようか。良いのかって。進んで、良いのかって)


フリオニールの胸中は、しっかりと気持ちが固まっていた。
第一に、スコールが本心から望まない事は、したくない。
そして、スコールが心から望んでいる事なら、フリオニールはどんな事でも応えようと思う。

だから先ずは、ちゃんとスコールの口から、彼の答えを聞かなければ────と思った時だった。


「……あんた……」
「!」


フリオニールが口を開ける一歩手前で、スコールが口を開いた。
相変わらず視線は斜め下に落ちたまま、赤い横顔を此方に向けて、小さな声で言う。


「……あんた、良いのか」
「い、いいって…?」
「………」


出鼻を挫かれたのと、予期していなかったスコールからの問いに、フリオニールは思わず問い返してしまった。
それが良くなかったのだろう、スコールは眉間に深い皺を寄せて、唇を噛んで黙ってしまう。
その仕種を見て、フリオニールも遅蒔きにスコールが“何”を指しているのか気付き、


「お、俺は。良い、と思ってる」
「……」
「と、言うか、その……あの……」


良いか悪いか、言い表すのはそんな味気のない言葉ではない、とフリオニールは思った。
どくどくと煩い自分の心臓の音を聞きながら、フリオニールは、からからとした喉で無理矢理唾液を飲み下して、改めて口を開いた。


「俺は、スコールと、もっと一緒にいたい。もっとスコールを知りたい」
「……っ…!」


何も隠さないフリオニールの言葉に、スコールの顔が更に赤くなった。
沸騰したみたいだ、とフリオニールが頭の隅で思っていると、蒼灰色がゆっくりと此方へ向けられる。

スコールはしばらくの間、真っ赤な顔でフリオニールを見詰めていた。
泣き出しそうにも、怒り出しそうにも見える蒼色に、フリオニールは緊張で息が詰まって行く。
────と、スコールの足が胡坐を解いて、四つ這いで恐る恐るフリオニールへと近付く。

ブランケットの垣根を越えた細身の体が、フリオニールの前に迫っていた。
緊張のピークに達したフリオニールが、思わず逃げるように体を仰け反らせると、スコールが更に近付く。
バランスを崩したフリオニールの正座が崩れて、尻もちをつけば、へたり込むように座るフリオニールの胸に、スコールの手が乗った。


「ス、スコール、」


近い、とフリオニールが未だ嘗てない距離感に慄いていると、


「……良いんじゃ、ないのか?」


逃げを見せるフリオニールに、やっぱり嫌になったのか、とスコールの眦が寂しげに細められる。
フリオニールは反射反応に等しい勢いで、首を横に振った。
それを見たスコールの表情が微かに緩み、そうか、と嬉しそうな声が零れる。

フリオニールの震える手が、そろそろとスコールの体に回された。
スコールが嫌がる事はなく、フリオニールの胸に添えられた手が、柔らかな力で服を握る。
どちらともなくキスを交わして、いつものように触れるだけのものではなく、もっと深くまで繋がれるように、舌を絡ませて貪り合う。


「ん、ぅ…んっ……」
「っは……ん…スコール……!」
「ん、ん……っ」


フリオニールの呼ぶ声に、スコールは応える暇も与えられなかった。
それ程激しい口付けは、二人の間では初めてのものだ。
加減を判っていないフリオニールの激しいキスに、スコールは戸惑っていたが、嫌がって逃げようとはしない。

二人とも苦しくなってきた所で、フリオニールはようやくスコールを解放した。
ふあ、と力の入っていない声がスコールの唇から漏れて、赤い貌ではあはあと呼吸を繰り返す恋人の姿に、フリオニールの喉が鳴る。


「スコール……」
「は…はぁ……フ、リオ……」
「……っ」


熱を孕ませた蒼の瞳と共に、濡れた桜色の唇が、フリオニールの名を呼ぶ。
それだけでフリオニールは、自分の熱が一気に暴発しそうになるのを感じた。

尻もちをついてスコールを腹の上に乗せていたフリオニールだったが、スコールの体を掬うように抱き上げると、ブランケットの山に押し倒した。
視界の回転にスコールは目を丸くしていたが、自分の上に覆い被さっている男に気付くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。
その眼にこっちを見て欲しい、と思うと、フリオニールはその感情を止められず、スコールの顎を捉えて上向かせ、もう一度深く口付ける。

碌に自制が効いていない事を、フリオニールは頭の隅で自覚していた。
スコールが嫌がる事はしたくないから、こんな調子ではいけないと思うのに、止められない。
そしてスコールも、何度その表情を見ても、嫌がっている様子はないから、尚更フリオニールは、自分を宥める理由がなくなって行く。


「う…ん、ふっ……」
「……っは、…はぁ……っ」


このまま事を押し進めようとして、フリオニールは我に返った。

酸素不足でくったりとブランケットの波に沈んでいるスコール。
汗を滲ませている顔を、今更ながら優しく撫でると、スコールは心地よさそうに、皮の厚い手に頬を寄せる。


「フリオ……?」


あのまま貪り続けられると思っていたスコールは、フリオニールが急に優しくなった事に、少し戸惑っていた。
けれども、頬を撫でる手は心地良くて、このまま触れられていたいと思う。

そんなスコールに、フリオニールは絞り出すような小さな声で問う。


「……なあ、スコール。本当に、良いのか?」
「……?」
「此処から先、進んで……良いのか?」


嫌ならそう言って欲しい、とフリオニールは続けた。
スコールが本心から望んでいないのなら、それに応えるから、と。
フリオニールの言葉は、芯からスコールを愛しているから出て来た言葉だったと言えるだろう。

しかし、スコールはその言葉に、逆に眉根を寄せる。


「……あんた、やっぱり嫌なのか?」
「そ、そうじゃない!本当だ!」
「バカ、声がでかい…っ!」


反射的に声を大きくしたフリオニールに、スコールは慌てて彼の口を手で塞ぐ。
外に聞こえたらどうするんだ、あいつら絶対飛び込んでくる、と言うスコールに、そうだった、とフリオニールも己の軽率を呪う。

フリオニールは口を押えるスコールの手を退かせると、指を絡めて強く握った。
絡み合う手を見たスコールの顔が赤くなる。
そのまま、スコールの手をブランケットの上に縫い付けて、フリオニールはスコールだけに聞こえる声で囁いた。


「俺は、スコールの全部が好きだ。だから全部、欲しいんだ」


フリオニールの言葉に、スコールの瞳が揺れた。
じわ、と雫を滲ませる蒼が、悲しみや恐怖に因るものではないと判ると、フリオニールは嬉しかった。

フリオニールの首に、細身の腕が絡み付く。
苦しくないようにするから、と言うフリオニールに、期待しないでおく、とスコールは言った。
それでも甘えるように体を寄せるスコールに、フリオニールは抱き締める腕に力を籠めて、キスをした。




余計な言葉は、もういらない。
重なり合う熱に身を委ねて、二人の長い夜が始まった。





2016/08/08

フリスコで『童貞フリオと処女スコールの初えっちのような甘酸っぱいもの』と言うリクを頂きました。
フリオニールががっつき気味なのは、童貞だからです。
スコールが積極的ですが、腹を括ったら先に動けそうなのはスコールだと思って。でも後で引っ繰り返される。

初えっち手前でどうにもぎこちない二人は、「良いから早くしろ!」と言いたくなるけど、書いてるととても楽しい。