甘いのだあれ


貌だけで言えば、甘味よりも、苦味の強いものの方が好きそうなイメージだ。
それは自分も同じようだが、彼の方が一層その印象が強い事だろう。

常に眉間に皺を寄せて、厳しい顔をしている少年。
その大人びた雰囲気から、年齢相応に見えないとよく言われているが、中身は存外と幼く青い。
些細な事を強く根に持ったり、仕返しをしてやると心密かに決意していたり、それを実行に移したり、と言う具合に。
見た目ほど彼が大人でない事を知るまで、それ程時間はかからなかったように思う。

恋人同士ともなると尚更で、彼は少し判り難い所はあるものの、やはり幼い一面が多分にある。
その幼さを周りに悟らせるのが嫌で、鉄面皮を被っていると思うと、尚更彼の内面が未成熟である事が判るだろう。

そんな彼でも、疲れている時は、やはり仮面が剥がれるもの。
前日、ジタン、バッツと共に希少な素材を回収する為、アース洞窟へと赴いていた彼は、洞窟内のトラップの所為で少々道に迷う羽目になり、予定を大幅に遅れての帰還となった。
バッツの動物的勘のお陰でなんとか帰って来れたのは良かったが、帰還したのは既に深夜。
疲労の所為だろう、キープされていた食事を食べる気力もなく、三人は先ずは睡眠、と言って自室に引っ込んだらしい。
それを見た見張り役のフリオニールは、今朝方、自分が寝る前に三人の食事を改めて揃えてから、就寝した。
仲間達がそれぞれ目を覚まし、朝食を終えてからも、バッツ、スコール、ジタンの三人は起きて来なかった。
取り敢えず、帰還した事だけはフリオニールから聞き及んでいたので、疲れているならゆっくり休ませてやろう、と暗黙の了解で、皆それぞれにいつもの生活を始めた。

不寝番だったフリオニールを含め、仲間達が眠っている屋敷を襲撃されては大変なので、クラウドが待機番で残る事になった。
そうして、そろそろ時刻が昼を迎えようかと言う頃、リビングのドアが開く。
入って来たのは、しっとりと頭を濡らし、タオルを肩にかけたスコールだった。


「おはよう、スコール」
「……ん」
「それと、お帰り」
「……ただいま」


遅れに遅れた起床と帰宅の挨拶に、スコールは言葉少なに応える。

のろのろとした足取りでテーブルに近付くスコールは、どうやらシャワーを浴びてから此処に来たようだった。
猫っ毛の柔らかな濃茶色の髪が、適度に水分を含んでいる。
スコールはそれをタオルでわしわしと拭きながら椅子につくと、力を失ったようにテーブルに突っ伏した。


「昨日は大変だったようだな」
「……ああ」
「怪我はしていないと聞いたが、本当に大丈夫か?」
「……ああ」


芳しくない返事ではあったが、言葉の通り、確かに何ともないらしい。
歩いている時に部位を庇うような偏りもなかったし、剥き出しの腕や、無防備な襟下から覗く肌も、いつも通りの色だ。
変色している所と言えば、目の下の隈だろうか。
寝るには寝たが、まだまだ休養が十分とは言い難いようだ。

取り敢えず、起きたのなら栄養をつけるべきだろう。
フリオニールの話のままなら、スコール達は昨晩は夕食も取らずに眠ってしまったと言う。
体力の回復の為にも、栄養摂取は大事だ。

テーブルに突っ伏して動かなくなったスコールをそのままにして、クラウドはキッチンに向かった。
冷蔵庫の中に、綺麗にラップをして、盛り付けまで綺麗にキープされている食事が三皿。
きっと腹が減っているだろうから、と言うフリオニールの気遣いで、中々スタミナのあるメニューになっている。
電子レンジでそれらを一気に温めると、サラダが温野菜になってしまったが、まあ良いか、とクラウドは思う事にした。
それから、鍋ごと冷蔵庫に入れられていたスープを取り出し、火にかけて温め、スープ皿に注ぐ。
一通りトレイに乗せてリビングへと運ぶと、香る匂いにつられて、スコールがのろのろと顔を上げた。


「飯……」
「食ってないんだろう。少しで良いから食べておけ」
「……ああ」
「お前にはちょっと量が多いかも知れないが」
「…いい。食える」


トレイに乗せられたスタミナ料理を見て、スコールはきっぱりと言った。
その言葉の通り、スコールはいつもよりも早いペースで食事を平らげて行く。

黙々と食べていたスコールの食事は、あっと言う間に終わった。
ティーダと張れる位には早かったのではないか、いつもの小食振りがまるで嘘のようだ。
後に聞けば、アース洞窟脱出から延々と歩いて来た上、途中でイミテーションや魔物にも何度も襲われたらしく、疲労も空腹も当然の事と言えた。
帰還後、先ずは体が欲して已まなかった睡眠を補った後は、生物の根源的欲求である空腹を満たしたくなるのも自然な事。
見事な食べっぷりに、この場にフリオニールがいれば、もっと作ろうか、と喜び申し出たのは想像に難くない。

スープまで綺麗に飲み終えて、ふう、とスコールは息を吐く。


「美味かった」
「フリオニールが帰ったら伝えると良い」
「……ん」


口の周りについていたスープの残りをティッシュで拭いて、スコールは膨らんだ腹を撫でる。
スコールでこの調子なら、ジタンとバッツは、同じ一皿では足りないかも知れない。
他に何か残り物があったかな、と考えたクラウドの脳裏に、冷蔵庫の奥に並べられているデザートの存在が浮かぶ。


「ルーネスが作ったデザートがある。それも食べるか?」
「……良いのか」


ルーネスが作ったものと言ったら、基本的にそれはティナの為に用意されたものだ。
作った本人もいないのに、勝手に食べて良いのかと言うスコールに、クラウドは頷く。


「昨日、俺達も食べたからな。残ってるのはお前達三人の分と、後は試しに作った余りみたいなものだ。遠慮しないで良い」
「…じゃあ食べる」


心なしか弾んだ声で、スコールは言った。
クラウドは席を立って、キッチンへ向かう。

冷蔵庫の一番下の奥に、綺麗に並べられたグラスデザートがある。
ティナの為にと見た目も凝って作られたので、苺のシロップを炭酸と混ぜて気泡入りのゼリーにし、その上に泡立てたミルクゼリーを乗せ、スパークリングワイン風にデコレーションされていた。
見た目はルーネスがティナに喜んで貰う為に考えたものだが、数はきちんと人数分が揃えられている。
きちんと作る前に何度か練習もしているので、その分、余分が出るのもあって、当分は戦士達の趣向品として楽しまれる事だろう。

スプーンと一緒にデザートを運ぶと、スコールが心なしか待ち遠しそうな顔をしていた。
自覚がないのであろう、静かに輝いている蒼に笑みを堪えつつ、クラウドはいつもの顔でデザートを差し出す。


「炭酸入りのゼリーだ。少し弾ける感じがするから、面白いぞ」


クラウドの手からデザートを受け取り、スコールは早速スプーンを入れた。
柔らかいゼラチンにするりとスプーンが差し込まれ、掬った泡ゼリーがきらきらと光を反射させる。

炭酸の入ったイチゴゼリーは、口に入れるとしゅわしゅわと気泡の食感が残る。
それとは別に、泡立てミルクを固めた泡ゼリーは、甘く蕩ける味がした。


「……美味い」


ぽつりと小さく呟いて、スコールはまたスプーンを入れる。
黙々と、朝食を食べるよりもゆっくりとしたスピードで、スコールはゼリーを食べ進めて行く。

甘い物を食べている時、スコールは食べるスピードが遅くなる。
クラウドがそれに初めて気付いた時は、甘いものが苦手で、早く食べ進められないのかと思っていた。
が、よくよく見ると、スコールは甘いものをじっくりと舌で味わってから食べており、甘味の類が好きである事が判った。
今日のデザートの他にも、チョコレートやキャンディ、アイスクリーム等、ゆっくりじっくり堪能しながら食べている。

ゼリーを食べるスコールの頬が、ほんのりと赤い。
どうやら、ルーネスが苦労して作ったゼリーは、彼のお気に召したようだ。


(俺もああいうものが作れると良かったんだが)


料理に関して、クラウドは全く見込みがない。
それに関する知識も少ないし、経験した記憶と言うのも殆どなかったので、恐らく、元々手にかけてはいなかったのだろう。
分量や手順を間違えると失敗し勝ちな菓子類など、尚更だった。
その事を特に悔しく思う事はないが、こうして恋人の幸せそうな横顔を見ていると、自分がそれを引き出す事が出来ないのは残念に思う。

そんな気持ちで、ゼリーを食べるスコールの横顔を見ていたら、蒼灰色が此方を向いた。


「……なんだ?」


甘味に夢中になっていたスコールだったが、まじまじと見つめるクラウドの視線に、流石に気付かずにはいられなかったようだ。
邪魔をしてしまった、とクラウドは視線を外し、


「いや、なんでもない。気にせず食べろ」
「………」


クラウドの言葉に、言われずとも、とスコールは一口ゼリーを食べる。

柔らかなゼラチンが、舌の上でほろりと溶けて行き、ミルクの甘味がとろりと広がる。
それから炭酸のすっきりとした後味が残り、それが消えない内にまた一口、とスコールはゼリーを掬った。
直ぐにゼリーを口に入れようとしたスコールだったが、ふと視線を感じて隣を見れば、碧眼がまた此方を見ている。

スコールは口に入れかけていたゼリーを、改めて運び入れた後、ゼリーを一掬いし、


「ん」
「……ん?」


一言と言うにも足りない声と共に、差し出されたスプーンを見て、クラウドは目を丸くした。
驚いた顔をするクラウドに、スコールは眉間の皺を寄せ、


「あんたも食べたいんだろ」


言えば一口位やる、と言うスコール。
そんなつもりはなかったクラウドは、ぽかんとした顔でスコールを見詰めてしまった。

クラウドはただ、美味そうに食べているな、と思って見ていただけだった。
フリオニールが作った食事にしろ、ルーネスの手作りデザートにしろ、クラウドには到底真似の出来ないものだ。
あいつらが羨ましい────そんな気持ちで見詰めていたのを、スコールは、甘い物を欲しがっていると解釈したようだ。

俺は要らない、と言うのは簡単だったが、なんとなく言い出し難かった。
ほら、ともう一度スプーンを差し出すスコールに、クラウドの口元が緩む。


「なら、一口」
「ん」


顔を寄せるクラウドに、スコールもスプーンを近付ける。
手ずから差し出されたゼリーを口に入れると、ゼラチンが溶けて、しゅわっと爽やかな炭酸の味が舌に残る。

クラウドがゼリーを食べたのを見て気が済んだスコールは、また自分の為にスプーンを差した。
どうやら泡のミルクゼリーが特に気に入ったようで、其方だけ減りが早い。
ついでにクラウドは、スコールの唇の端に、白いミルクの欠片が残っている事に気付き、


「スコール、ついてる」
「ん?」


口の中にゼリーを入れた状態で、スコールが振り返る。
何処だ、とスコールが問う前に、クラウドはスコールの口端を舐めた。

ほんのりとミルクの甘みが、クラウドの舌に残る。


「………!?」
「甘いな」


満足げなクラウドの前で、スコールが絶句して言葉を失っていた。
何が起きたのか一瞬理解が追い付かなかったスコールだが、把握すると、今度は白い頬が一気に赤くなる。
何やってるんだ、馬鹿なのか、と言いたそうにスコールの唇が動いたが、声は声帯が機能を失ったように出て来なかった。

廊下へと繋がるドアの向こうから、二人分の足音が聞こえて、クラウドはキッチンに向かうべく席を立った。


「おはよーっす。腹減ったなー」
「おっ、そのゼリー何?美味そう」
「ん?スコール、どした?」
「顔赤いぞ〜」


仲間達の声に反応する事も出来ず、スコールは赤い貌のまま、しばらく固まっていたと言う。




2016/08/08

『甘めのクラスコ』でリクエストを頂きました。ので二人に甘いもの食べさせてみた(そう言う意味ではない)。

甘いもの好きなスコールは可愛い。
スコールから「あーん」してますが、無意識です。意識したら恥ずかしくて出来なくなる。