きみにうたう


酒宴の席と言う者は、往々にして何処かしら破綻してゆくものだ。
終始厳かと言うのも無い訳では無いが、うっかり飲み過ぎて許容量をオーバーする者がいれば、其処から綻び始める。
自分の酒量を弁えている者であっても、周りの盛り上がりに流されたり、自分自身の体調が良くなかったりすると、少ない量でも回って来る事もある。

ジタンは自分が飲める酒量を理解していた。
16歳なのに、と言ったのはティーダだっただろうか。
彼の世界では、20歳以下の飲酒は法で禁じられており、他にもスコールやクラウドも同様の制限があるらしい。
ジタンの世界でも、そうした制限がない訳ではなかったが、ティーダ達よりもずっと緩かった。
何より、ジタンが身を置いていた環境からして、一般的な法からは若干外れた位置にある。
職業柄、そしてボスの性格から、酒宴の席は比較的頻繁に行われており、お陰でジタンが酒の味を覚えるのも、そこそこ早かった。
無茶な飲み比べなんてものも少なくはないので、そんな生活の中で酒への耐性を鍛えられると同時に、自分の許容量と言うのも否応なく把握した。

だからこの異世界でも、ジタンは余り酒に因る失敗と言うものをした事がない。
そもそも、飲み潰れるまで酔わない事の方が多かった。
酒が手に入るタイミングと言うのも限られているので、飲む機会も少ないし、手に入っても量は知れている。
秩序の戦士達の内、約半分が飲酒が出来る訳だが、このメンバーが全員揃って飲むとなると、一本のビンはあっと言う間に消費されてしまう。

そんな闘争の世界にあって、ごく稀に、大量の酒が手に入る事がある。
秩序の聖域から最寄のモーグリショップで、安値で売られている時が主にそれだ。
タダ及び安値に弱いフリオニールや、大荷物が苦ではないクラウド、楽しむ時は目一杯楽しみたいバッツ等がこれを見付けると、大量に買い込んでくる。
今回もそれで、さらに三人が揃っている時に酒のセールを見付けたものだから、6樽分(一人一つずつ両脇に抱えて帰って来た。荷台車があればもっと買っていたかも知れない)の酒が屋敷に運び込まれてきた。
三人は後でセシルから「買い過ぎだよ」とお叱りを受けていたが、セシルも量は飲めないものの、酒自体は嫌いではないようだ。

いつもなら少ない酒を勿体ぶって飲む所だが、これだけあれば大盤振る舞いが出来る。
其処で秩序の戦士達は、飲みたい者は集まって飲み放題、と言う酒宴を開いた。
父親の影響で酒嫌いのティーダは、きっぱりと不参加を表明していたので、見張は彼等に託した。
ルーネスは最初は行く気はなかったようだが、ティナが飲んでみたいと言ったので、一緒に参加する事になり、ウォーリア・オブ・ライトは日課の夜の見回りを終えてから参加する事になった。
スコールは、バッツが誘ったものの、見張をティーダ一人にやらせる訳にはいかないだろう、と言って不参加になった。

──────筈だったのだが。




安酒だからか、久しぶりの酒で読み違えたか、ジタンはいつの間にか寝潰れていた。
起きた時には身体のあちこちが悲鳴を上げて、特に固い床に押し付け、下敷きにしていた左肩が痛い。


「あいててて……」


ぎしぎしと軋む身体をどうにか起こして、ジタンは辺りを見回した。

煌々とした電灯に、部屋の中は明々と照らされている。
其処に広がっていた光景を見て、うわあ、とジタンは顔を引き攣らせた。

安酒ながら甘味のある飲み易い酒だったので、皆ついつい杯が進んだ。
クラウドはもっと辛い酒の方が好みだと言っていたが、飲み易さは気に入ったらしく、結構なハイペースで飲んでいたように思う。
フリオニールは摘まみを作り終えてから、酒の席に参加したのだが、その頃にはバッツがすっかり出来上がっていた。
彼の手でどんどん注がれる酒を、フリオニールは促されるままに飲んで行き、フリオニールも段々と酔いが回って行った。
ティナも果実酒に似た味が気に入り、ルーネスと一緒に少しずつ飲んでいたか。
その頃に見回りを終えたウォーリアが参加した筈だが、ジタンの記憶はその頃から飛んでいる。
心地良い酔いの中で、一人舞台を演じたり、バッツと踊ったり(ティナを誘おうとしたらルーネスに睨まれた気がする)したと思うが、他にも色々やったような気がする────思い出せないが。

そうして集まったメンバーが、死屍累々と床に転がっている。
男達が全員床に転がる中、ティナだけはソファでブランケットに包まって眠っていた。
酒乱の気がある者は今の所確認されていないので、流血沙汰や物が壊れた痕跡がないのは幸いか。

問題は、その死屍累々の中に、本来いない筈のメンバーが二人加わっていると言う事だ。


「……おーい。スコール?ティーダ?」


猫のように横向きで丸くなって寝ているスコールと、大の字になって寝ているティーダ。
ジタンは二人に近付いて呼びかけてみたが、二人からの反応はゼロだった。

酒嫌いのティーダと、見張交代の為に不参加だった筈のスコール。
二人の顔が赤らんでいるので、彼等も飲んだと言うのは判るが、経緯が謎だ。
飲まない、行かない、と言っていた筈の二人が、どうして此処で転がっているのだろう。
ジタンは記憶を辿って思い出そうとするが、全く欠片も思い出す事は出来なかった。

ジタンはしばらく唸って考えていたが、直に諦めた。
気を取り直して、もう一度ぐるりと辺りを見回して、溜息を吐く。


(……酷い有様だなぁ、これ)


自分も含め、9人の男が床にゴロゴロと転がっている。
食事の皿やグラスは、全てローテーブルの上にあり、皿の上も空になっていたが、食べた残骸はそのままだ。
大量に作ったので洗い物も多いし、皿にこびり付いた脂分を洗い落すのは大変だろう。

こう言うものは、見付けた者が貧乏クジを引くものだ。
ジタンは重い体を起こして、食器をまとめてキッチンへと運んだ。
其処でまた見付けたものに、もう一度溜息を漏らす。


「…ま、そりゃそうか……」


シンクにはフライパンやら鍋やら、摘まみを作るのに使ったのであろう調理器具が、そのまま残されていた。
一応、水に浸してはあるものの、焦げ跡や煮込み物のカスが鍋の周りに付着している。
運んできた食器を洗うには、先ずこれらを片付けて、シンクの場所を空けなければいけない。

ジタンは少し考えた後、鍋とフライパンを洗い始めた。
水に浸されていたお陰で、汚れは比較的簡単に洗い落とせたものの、此処から次に食器を洗う気にはなれなかった。
空いたシンクに食器をまとめて置き、新しい水に浸して、一晩置いておく事にする。
此処から先の片付けは、次の貧乏クジを引いた人に押し付けさせて貰うとしよう。

リビングに戻ると、篭った酒の匂いがした。
その場で寝落ちていたので気付かなかったが、かなりの匂いになっている。
ジタンは対極線の位置にある窓を二つ開けて、風通しを確保してから、皆の下へと向かった。

先ずジタンが向かったのは、ソファで眠るティナだ。


「ティナちゃん。ティナちゃん」


何度か名前を呼んで、肩をぽんぽんと叩いてみたが、ティナの反応はない。
すやすやと眠る彼女は、何か良い夢を見ているらしく、ほんのりと唇が緩んでいる。
これは起こす方が野暮か。

ジタンはティナの身体をブランケットで綺麗に包み、彼女を姫抱きにした。
リビングのドアを尻尾と背中で押し開け、屋敷の三階へ向かう。
一番端にあるティナの部屋には鍵がかかっていなかったので、「ごめんよ」と眠るティナに一言断ってから、入室した。


「よっ、と。それじゃあレディ、良い夢を」


振動で起こさないように、ゆっくりとティナをベッドに下ろし、布団をかけながら囁く。
ベッドの端にティナのお気に入りのモーグリのぬいぐるみがあったので、枕元に寄り添わせると、ティナの細い腕がぎゅっとそれを抱き締めた。
羨ましい、と思いつつ、レディの部屋に長居は無粋と、急ぎ足で部屋を出る。

リビングに戻ると、また死屍累々の光景────と思ったが、少し違った。
転がる男達の中で、濃茶色の髪の少年が起き上がっている。


「スコール、目が覚めたのか」
「………?」


近付きながら声をかけると、スコールはゆっくりと振り向いた。
緩慢な動きに、まだ寝惚けているようだ、と知る。


「大丈夫か?頭痛いとか、気持ち悪いとかないか?」
「………ジタン……?」


声をかける人物を認識するまで、スコールは随分と間が空いた。
頭がふらふらと据わらない赤ん坊のように揺れていて、瞳も潤んで頼りない。
眉間の皺もないので、今の所、頭痛や体の軋みは感じていないようだが、


「……ねむい………」
「ああ、こらこら、ダメだって。寝るなら部屋に帰ろうぜ」
「…………ん」


ジタンの言葉に、スコールが片膝に腕を置いて、立ち上がろうとする。
いつもの俊敏さが欠片もない、緩慢な動作ながらも、一応、此処は寝る場所ではないと言う認識は生きているようだ。


「一人で戻れるか?」
「……もどれる……」
「ほんとかぁ?」
「………なんでも、できる……ひとりで……」


ぼんやりとした表情で、スコールは独り言のように呟いた。
信じらんねえなあ、とジタンは言ったが、それはスコールには聞こえなかったようで、彼はふらふらと歩き出した。
しかし、その足取りは覚束ないもので、寝ているバッツの腕に足を引っ掛けて転んでしまう。
無様に倒れ込む事はなかったものの、蹈鞴を踏んでへたり込んでしまったスコールに、ジタンはやれやれ、と歎息し、


「ほら、支えてやるから」
「いい………」
「いーからいーから。はい、手ぇ持って」
「…………ん………」


ジタンが差し出した手を、スコールは意外と素直に握った。

スコールの頼りない足取りは、あっちへふらふら、こっちへふらふらと危なっかしい。
平衡感覚も鈍っているのだろう、自分の体が何処へ向かおうとしているのかも判っていないようだ。
階段は登らせても大丈夫だろうか、と思っていると、玄関前でスコールの足が止まった。


「どした?」
「…………みはり………」
「いや、そんな状態で見張って……ちょ、待て待て。無理だって」
「みはり……しないと………」


止めるジタンの声を余所に、スコールの足は玄関へ向かう。
ジタンは力で止めようとするが、スコールの意志は固く、どうあっても玄関前で見張をしようと言う気持ちでいるようだ。

────スコールが酒宴の席に参加する羽目になったのは、ティーダと見張を交代しようとした時だった。
自室での仮眠を終えて、酒の匂いを嫌って玄関前で見張をしているティーダの下へ行こうとして、リビング前ですっかり酔いが回ったバッツに捕まった。
それだけなら適当に逃げられたのだが、折悪く、眠気に負けたティーダが交代を打診しようと思って、屋敷に入って来たのを見付けた。
その隙にこれもまた酔っ払ったクラウドに羽交い絞めにされ、リビングに引き摺り込まれ、慌てて助けようとしたティーダも巻き込まれたのである。
この時、ジタンは酔いと歌や踊りで疲れて眠っていた為、彼等の一連の流れは知らない。

ジタンの説得に耳を貸さず、スコールは遂に玄関の扉を開けた。
こうなってしまっては、ジタンも諦めるしかない。
屋敷の玄関前の階段に座り、ぼんやりとした表情で夜闇の向こうを見詰めるスコールの様子に、しょうがない、と隣に腰を下ろした。


「真面目だなあ、お前」
「…………」
「眠くなったら、無理しなくていいんだからな」
「…………ん……」


小さく頷くスコールに、素直だな、とジタンは思う。
スコールがこんなにも素直だなんて、やはり酒のお陰なのだろう。

それはそれとして────さて、いつまで持つだろう、とジタンは考えていた。
スコールの目は相変わらず茫洋としていて、瞼も半分落ちており、見るからに眠たげだ。
実際、間を置かずに、スコールは舟を漕ぎ始めた。
視線も前を向いているようで、若干俯き気味になりつつある。

眠らないように、眠らないようにと、スコールは努めているのだろう。
だが、耐えれば耐える分だけ、睡魔は強くなって行き、スコールを絡め取ろうとしている。
今の彼を支えているのは、“見張”と言う“任務”への義務感だけだ。
それも酒の力で蕩かされつつあるので、もう一押しすれば、きっと直ぐに眠ってしまう事だろう。

スコール自身も、少なからずその自覚はあったようで、


「…………ジタン……」
「ん?」
「……なにか、喋れ………」
「え?」
「………ねそう、だから………」


寝りゃあ良いのに、とジタンは思ったが言わなかった。
眉尻を下げて苦笑して、ハイハイ、と言って少し考え、


「一人喋りってちょっと辛いからさ。歌でも良いか?」
「………うた?」


ジタンの申し出に、スコールは少し沈黙した後、なんでもいい、と言った。
とにかく静寂がなくなれば、睡魔は飛んでくれるだろうと思ったようだ。

だが、ジタンが紡ぎ始めたのは、目の覚めるような賑やかな歌ではなかった。
ゆっくりとしたメロディと、静かで耳に心地の良い音。
ハミングから始まった歌は、言葉が連なる所に来ても、やはりその心地良さは失われる事はない。

そんな歌じゃ余計に眠くなる、とスコールは言わなかった。
彼は静かな歌の中で、しばらく夜闇をぼんやりと見つめた後、力を失うように目を閉じた。
ふっと傾いた体が、ジタンの体に寄り掛かって来ると、ジタンは肩でそれを受け止める。
金色の尻尾がスコールの片腕をくるんと捕まえると、其処から伝わる熱い体温に、アルコールで冷えた体が少しずつ温められて行く。
その温もりが酷く心地良くて、それに身を任せている間に、蒼灰色は瞼の裏側に隠れてしまった。



すぅ、すぅ、と聞こえる寝息。
それを守り慈しむように、当分の間、優しい歌声は止まなかった。




2016/09/08

相変わらず、こんなでもジタ×スコだと言い張るよ。
ジタンの包容力に包み込まれるスコールとか好きだなあ。

ジタンが歌ったのはMelodies Of Life(英語)とか。普通の子守唄かも。
後でバッツが起きて来て、スコールをおぶって部屋まで運んで、三人で一緒に寝ると良い。