寒い夜の過ごし方


なあ、と言う声に、スコールは閉じていた目を開けた。
テントに入った頃に手招きしていた眠気は、何度も呼ぶその声の所為で、何処かに行ってしまった。
自分が大概寝入り難い人間である事を、スコールは自覚している。
だからこそ、スムーズに眠れそうな時は、さっさと眠ってしまいたかったのだが、反応するまで呼び続けられては、神経質なスコールにはとても眠れる環境ではない。

渋々瞼は持ち上げたスコールだったが、横を向いた姿勢のまま、動く事はしなかった。
声の主に背中を向けた格好のまま、スコールはこれみよがしに溜息を吐いてやる。


「……なんだよ」
「やっぱり起きてた」
「…お前が起こしたんだ」


スコールの後ろには、薄手の毛布に包まっているヴァンがいる。
此方もテントに入った時には、スコールと同じように眠気のある目を擦っていた筈なのだが、今はその瞳はぱっちりと開いていた。

ヴァンは毛布に包まった体を、ずりずりとスコールへと寄せながら、


「そっち行って良いか?」
「…来ながら聞くな」
「今日、なんか寒くってさ」


スコールからの反応を、ヴァンは気にしていない。
会話をしてくれ、とスコールは思う。

毛布ごしに、二人の背中がぴったりと添う。
近過ぎる、とスコールは眉根を寄せるが、触れた場所から伝わる温もりは、冷え込んだ今夜には良い湯たんぽだ。
ヴァンがスコールに身を寄せて来たのも、それが目的だったのだろう。
ふう、とヴァンが安堵したような息を漏らした。


「なんか今日は寒くてさ。寝られなかったんだ」
「……そうか」
「スコールも寝られなかった?」
「……俺は……」


あんたの所為で寝られなかった、と思ったが、それを言うのは面倒だった。
黙っていると、ヴァンは自分で好きに想像して納得したようで、そっか、とだけ言った。
何がそっか、なのかはスコールにも判らないが、掘り返すのもやはり面倒なので、好きにさせて置く。

今日のテントの中の温度は、お世辞にも快適とは良い難い。
風もないので、冷気の原因の大半は、只管空気の冷え込みと足元からの底冷えだ。
こうなると、焚火を焚いている見張の方が、暖を取れる分過ごし易いのではないだろうか、とも思えてくる。
しかし、見張のバッツとジタンの「寒いよな」「なー」と言う声が聞こえるので、隣の芝かも知れない。

そんな夜に、湯たんぽになってくれる存在があるのはありがたい。
背中越しのぽかぽかとした熱に、今日はこれで良いか、とスコールは改めて睡魔を待つ事にする───が、


「なあ、スコール」
「……なんだ」


折の悪い所で呼ばれ、無視しようかと思ったが、また反応するまで呼ばれると面倒だったので、直ぐに返事をした。


「あのさ、そっち向いても良いか?」
「……断る」


背中越しだから、この密着度でも良いか、と思ったのだ。
これ以上の譲歩はしない、とスコールは固い声で返した。

が、背中の気配がごそごそと身動ぎし、スコールの体に後ろから伸びて来た腕が絡み付く。


「おい!」
「あー、やっぱり温かい」
「離せ!断るって言っただろう!」
「うん、そうだけど。やっぱり寒いんだよ。俺、もうちょっと温かくなりたい」


じたばたと暴れるスコールを意に介さず、存外と力持ちなヴァンは、スコールに抱き付いたまま離れない。
首の後ろに吐息がかかるのを感じて、スコールは顔を顰めた。

しばらくもがいていたスコールだったが、腹に回されたヴァンの腕は離れない。
ジタンやバッツとは別の意味で、ヴァンも中々頑固───スコールにしてみれば、しつこいと言うべきか───である。
実力行使で引き剥がせないとなると、スコールが諦めるまで、それ程時間はかからなかった。
……背中から伝わる温もりが、先程よりも高い温度で、スコールの抵抗意識を少なからず削いだのも功を副うした、かも知れない。

結局今日も、スコールの方が諦めて、スコールは腕を投げ出してヴァンの好きにさせた。
そんなスコールの首筋に、ヴァンは顔を寄せて、猫か犬のようにふんふんと鼻を鳴らす。


「……それ、止めろ」
「ん?」
「…嗅ぐな」
「でもスコールってさ、なんか良い匂いがするんだ」
「はあ?」


何を言っているんだ、とスコールが顔を顰めて肩越しに睨むと、鶸色の瞳とぶつかった。
その余りにも近い距離感と、真っ直ぐに見詰める瞳に、スコールの喉が詰まる。
結局、ふい、と顔を背けて、スコールは手繰り寄せた毛布に顔を半分埋めた。

スコールの項に、ちくちくと硬い質の髪の毛が当たる。
また嗅いでるのか、とスコールは眉根を寄せたが、鼻を鳴らす音は聞こえず、規則正しい静かな鼻息意外は当たらない。


「スコールの匂いって、なんか落ち着くんだよな」
「……だからって嗅ぐなよ」
「そんなに嫌か?」
「あんただって、俺があんたの匂いを嗅いだら嫌だろ」
「別に嫌じゃないし、嗅いでもいいぞ。スコールと違って良い匂いはしないと思うけど」
「………」


ヴァンの返事に、そもそも物事の考え方、感じ方が違う相手であった事を思い出し、スコールは閉口した。

マイペースを崩さないヴァンに、いつまでも構っていても仕方がない。
夜半を過ぎれば見張を交代するのだから、今の内に眠って体を休めて置かなければ。
そう思い直して、スコールは背中の引っ付き虫は好きにさせ、改めて入眠の体勢を取る。

一度散った睡魔は、いつになったら戻って来るかと思っていたが、存外と早かった。
一人で冷気に宛てられていた時と違い、背中はヴァンが覆っているお陰で、ぽかぽかと暖かい。
抱き締める腕が、少しばかり邪魔に思えたが、暴れる事を止めた所為か、大した力は入っておらず、ただ添えられているだけだった。
首筋にかかる呼吸の気配は、やはりくすぐったかったが、不思議と気にならない。
それよりも、温もりから手招きされるようにやって来る睡魔で、意識がふわふわと水面に浮いたように心地良い。


「やっぱりこうしてると暖かいな」
「……ん」


ヴァンの声は独り言のようであったが、スコールは素直に同意した。
返事があるとは思っていなかったヴァンは、ぱちりと目を丸くする。
が、直ぐにすぅ、すぅ、と静かな寝息を立て始めたスコールに唇を緩めて、一つ欠伸を零して、目を閉じた。




2016/12/08

12月8日と言う事でヴァンスコ。
この二人は、毛色の違う猫がにゃごにゃごしてるイメージがある。