幸福の朝


朝食と言うものは大事だ。
その事をウォーリア・オブ・ライトが知ったのは、ごく最近の事である。

元々ウォーリアは健啖家の類であり、痩せの大食いと言われる事もあるのだが、その癖、彼自身は食事と言うものに無頓着な所があった。
一日を過ごすエネルギー源と言う意味での摂取は怠らないが、その内容であるとか、それらを揃える為に必要となる金額であるとか、そう言ったものは全く気にしていなかった。
ついでに言うと、時間がないのであれば食事時間を削るも已む無しと考えるタイプなので、一日一食しか食べない、と言う事もざらに起こる事だった。
流石に丸一日何も食べない、と言うのは仕事の効率が落ちるのでいけないと思うが、健康補助食品や、湯に溶かしたインスタントスープであるとか、場合によっては糖分の補充のみを目的としたチョコレート一欠けらを食事と見做して過ごす事もある。

根本的に仕事人間なのだ。
だから物事の最優先事項は仕事の完遂であり、食事はそれを求める過程に必要不可欠なプロセスであるから行う、と言う程度の感覚だった。

しかし、此処数ヶ月のウォーリアの食事は、中々充実している。
毎日が、と言う訳ではないが、平日に職場で食べる弁当と、土曜日の夜と、日曜日の朝は理想的な品目が揃う。
そう言う暮らしをするようになってから、ウォーリアは食事の時間と言うものが楽しみになって来た。
其処には、食事を作ってくれる人がいる、と言う幸福感もある。
いや、その人の存在があるからこそ、ウォーリアは日々の幸福と言うものを知る事が出来たのだろう。

幼い頃から面倒を見ていた少年が、昨年高校生になり、恋人になった。
その時にはウォーリアは既に社会人となっており、都内で一人暮らしを始めていた。

少年はウォーリアを追うように、都内の私立高校を受験し、無事に合格。
家から通うのは遠いと言う事と、彼自身が一人暮らしを強く望んだ事もあり、彼は過保護な父親を説き伏せて、その年の春に一人暮らしを始めた。
因みに父親を説得する材料として、父が指定したマンションに住む、と言うものがある。
お陰で少年は、高校生にしては高級なマンションに入る事が出来、セキュリティも完備されているので父もウォーリアも安心しているのだが、彼自身はその事を若干不満に思っているらしい。
だが、過保護で知られた父が、大事な大事な一人息子の一人暮らしを許すのであれば、それも致し方のない事である。
ついでに彼が住む事になったマンションは、ウォーリアが住んでいるアパートに程近い距離にある為、何かあれば直ぐにウォーリアを頼る事が出来る、と言うのも、父が息子の一人暮らしを許容した理由の一つとなっている。

そんな訳で、少年───スコールは頻繁にウォーリアの家にやって来る。
付き合い始めて一年目は、思春期特有の色々な事が気になって、トラブル事でさえ頼るのを躊躇ってあまり近付かなかったスコールだったが、二年目ともなれば彼も流石に慣れたようだった。
一年目のうち、ぽつぽつと訪れていた時に見たウォーリアの生活ぶりを見て、思う所があったらしく、今年の春から週に一度は必ずウォーリアの下を訪れるようになった。
そして一週間分の食事を作り置きし、平日の弁当用のおかずも作って行く。
と言った生活をしている内に、二人の恋人としての距離も近付き、土日を跨ぐ際には泊まって行く事も増えていた。

昨夜が土曜日だったので、今回もスコールはウォーリアの家に泊まっている。
彼を腕に抱いて眠れる事が、最近のウォーリアの密やかな楽しみであった。

だが、日曜日の朝に目を覚ました時、スコールがウォーリアの腕の中に治まっている事は少ない。
いつも通りの時間にウォーリアが目覚めると、彼は必ずキッチンに立っていた。
今日もまた、目覚めたウォーリアの耳に、トントントン、と包丁の小気味良い音が聞こえる。


(……良い匂いだな)


トースターでパンが焼ける匂いがする。
バターを塗ってから焼いているのだろう、ほんのりと香ばしい。

ウォーリアは起き上がってベッドを抜けると、タートルネックのシャツとジーンズに着替えた。
銀色の髪があちこち寝癖をつけていたが、ウォーリアは気にせずにダイニングへ向かう。


「おはよう、スコール」
「ん」


卵を混ぜる事に忙しいスコールの返事は、一文字だけの短いもの。
かちゃかちゃと手際よく混ぜ終えると、熱しておいたフライパンに流し込み、菜箸で混ぜながら火を通して行く。
焦げないように火加減を調整しつつ、卵を丸めて行き、最後にぽんっと跳ねさせて、完璧な形のミニオムレツが出来上がった。

スコールは物心を着く前に母を失くし、父と二人暮らしで過ごしてきた。
父は息子の為に一所懸命に家事を担っていたが、父も決して時間に余裕がある訳ではない為、スコールは幼い内に自主的に家事全般を引き受けるようになった。
一人暮らしを始める頃には、それについては全く心配が要らない程に成長している。

ウォーリアが洗面所で顔を洗って戻って来ると、食卓テーブルには朝食が揃っていた。
狐色の焼き目がついたトースト、刻み玉葱入りのコンソメスープ、レタスと胡瓜を添えた黄金色のミニオムレツにとろりと流れるケチャップソースがよく映える。


「朝飯、出来た」
「ああ。頂こう」


席に着けば、スコールが向かい合う席に座って手を合わせる。
頂きます、と言うスコールに倣って、ウォーリアも手を合わせた。

フォークでオムレツの端を切り、口に入れる。
もぐもぐと顎を動かして咀嚼するウォーリアを見て、スコールがパンを齧りながら言った。


「…オムレツ、少し失敗した」
「そうは思えない。とても美味しい」
「……表、もう少し柔らかくしたかったんだ。火を入れ過ぎた」
「……確かに。だが、これも悪くない」


スコールの言う通り、オムレツの表面は少し固かった。
しかし、固めに焼けた表面とは裏腹に、とろりと中から甘い半熟が漏れてくる。
十分に美味しい、と言うウォーリアに、スコールは微かに頬を赤くして、そうか、と言った。

朝食を綺麗に平らげると、スコールがコーヒーを淹れてくれる。
以前はウォーリアが淹れていたのだが、通い見ている内にウォーリアの淹れ方を覚えたらしく、ある日から彼が用意してくれるようになった。
初めは摘出し過ぎて苦味が強かったりした事もあったが、今ではすっかり完璧にウォーリア好みにしてくれる。
ついでにスコールは自分のコーヒーも淹れており、砂糖一本とミルク一杯を入れて飲んでいた。

きちんとした朝食を食べて、食後のコーヒーを飲んで。
朝をコーヒー一杯で済ませ、それを食事と計算していた頃を思えば、想像もつかなかった事だ。
それらを用意してくれるのが、愛しい恋人だと言う事が、無性に嬉しい。

コーヒーの熱を逃がそうと、ふー、ふー、と息を吹きかけているスコール。
程良く冷めたそれに口を付けて、こくりと飲んだ後、スコールはウォーリアを見て言った。


「ウォル。卵と牛乳がない」
「では、買いに行かなくてはな」
「あと……サラダの作り置きがなくなってたな。ポテトサラダ作るから、ジャガイモがいる」
「いつもの所で買えば良いか?」
「…一駅向こうのスーパーの方が安い」
「車を出そう」
「昼で良い。タイムセールがある」


こんな生活間の溢れる会話と言うのも、スコールが此処に来るようになってから。
彼のお陰で、毎日が充実しているのだと、ウォーリアは度々実感している。

そんな気持ちが表に出ていたのだろうか。
スコールが眉根を寄せて、訝しげにウォーリアを見て、


「あんた、なんで笑ってるんだ?」


何か面白い事でもあったのか、と問うスコール。
その時になってウォーリアは、初めて自分の顔が緩んでいる事に気付いた。

ふむ、と顔が緩む理由を探して、直ぐに思い当たる。


「君と一緒にこうして過ごせる事が嬉しくてな」
「……は?」
「幸せとは、こう言う事を言うのだろうと思っていた」
「な……」


唇に笑みを浮かべるウォーリアの言葉に、スコールはぽかんと目を丸くする。
その後、かあああ、と沸騰したように少年の白い頬が真っ赤に染まった。

馬鹿じゃないのか、と言って、スコールは空になったコーヒーカップをシンクへ持って行く。
逃げるような足取りの少年の背を、ウォーリアの目が追った。



かちゃかちゃとやや乱暴ながら、几帳面に食器を洗い始めたスコールは、首まで赤くなっていた。




2017/01/08

1月8日と言う事でウォルスコ。

もう一緒に暮らせばいいのに、的な。
でもスコールが高校を卒業するまでは、同棲もしないんだと思う。ウォルさんのけじめとして。