初めての朝


体にじんわりとした重みがまとわりついているのを感じながら、フリオニールは目を開けた。
少し肌寒さが滑り込んでくる中で、最初に見たのは天幕の天井だ。
明かりとりの窓から白んだ光が零れ落ちているのを見付けて、朝が来た事を知る。

今日の食事当番は誰だっただろう。
そんな事を考えながら、フリオニールはのろのろと起き上がった。
心なしか腰が痛いような気がして、寝違えでもしたか、誰かに蹴られたのだろうか、と寝惚けた頭で考える。
よく一緒のテントで過ごすティーダ等は、寝ている時も元気が良いので、フリオニールはよく蹴られる。
しかし、ティーダの鼾と言うものも聞こえず、辺りはとても静かなものだ。
テントの外から鳥の囀りが聞こえると言う事は、このテントの中にティーダはいない。
食事当番かな、と思いながら、フリオニールは取り敢えず布団から出ようと起き上がった。

その時だ。


「……ん……」


微かに聞こえた小さな声。
ああ、誰か他にも此処にいたのか、と声のした方を見て、


「────!!」


直ぐ隣───正しく傍らに寄り添うように蹲っていた少年を見て、フリオニールの眠気は吹き飛んだ。

濃茶色の髪、白い肌、色の薄い小さな唇、見紛う事のない額の傷。
戦士と言うにはやや華奢な印象を与える身体つきと、少し力を入れて握れば折れてしまいそうな首。
その首下に、細いシルバーチェーンが絡み付き、鎖骨の上を通っているのが扇情的に映る。
チェーンに通された銀細工が、窓からの光を柔らかく反射させていた。
銀細工を抱いた肌は、日焼けを知らないかのように白く透き通り、少し体温は低いけれど、だからこそ熱を持つと判り易く赤くなる。
その様子をフリオニールは、つい数時間前まで見ていた。

固まるフリオニールの傍らで、寒さを嫌う猫のように丸くなっていたのは、スコールだった。
細い躯には一糸と身に着けてはおらず、フリオニールが起き上がって毛布を攫ってしまった所為で、彼の白肌は冷たい朝の冷気に晒されている。


「……んぅ……」
「!」


眼を閉じたまま、ふるりと肩を震わせたスコールに、フリオニールは我に返った。
慌てて毛布をスコールの体にかけ、裸身を隠すように包み込む。
暖が戻って来た事に安心したのか、スコールの眉間の皺がふにゃりと解け、すうすうと穏やかな寝息が聞こえ始めた。

起きる様子のないスコールに、ほうっと胸を撫で下ろしたフリオニールだったが、今度は自分が寒くなった。
ぶるりと身震いした体を自分の腕で抱き慰めて、自分も裸であった事を思い出す。


(そうだ、昨日……)


自分の有様と、スコールの格好と。
それぞれの認識をして、ようやく、フリオニールは昨夜の事を思い出した。

昨晩、フリオニールとスコールは、初めて閨を共にした。
想いを遂げても長らく清い仲であった二人だが、仲間達の後押し───スコールは要らない世話だと言っていた───のお陰で、昨晩、ようやく身も心をも繋げるに至った。
どちらも経験がある訳ではなかった上、ぼんやりと聞いていた知識とも違う状況に、初めは探り探りで覚束なかった。
どうしても受け入れる側のスコールの負担は否めないし、フリオニールはそれを和らげてやる術もよく知らない。
それでも、なんとか体を繋げることが出来ると、頭の中が真っ白になる位に満ち足りた。
後は少しずつ、少しずつ……と思っていられたのは、途中まで。
何度目の口付けだったか、その時にスコールが「……来てくれ」と言った瞬間、フリオニールの理性は完全に焼き切れた。
其処から先は無我夢中で、細い躯を掻き抱いて、やがて精も根も尽きて眠りに落ちた。

融け合った時の熱を思い出して、フリオニールは顔と言わず体と言わず真っ赤になる。
頭の中に走馬灯のように駆け巡る恋人の痴態に、鼻の奥から何かが競り上がって来た。
思わず鼻頭を抑えて、フリオニールは毛布に包まっているスコールから目を逸らす。


(あんな、に……なるなんて……)


姿形から言動から、スコールはストイックであった。
同い年であると言うティーダや、よく一緒に行動するジタンやバッツと並んでいると、尚の事それが強調される。
だからと言う訳でもなかったが、フリオニールは、スコールがあんなにも乱れるとは想像もしていなかった。
普段が禁欲的な雰囲気がある分、ギャップはかなりのもので、それがフリオニールの理性を吹き飛ばす原因にもなったのは間違いない。

そんな事を考えながら、取り敢えず服を着よう、とフリオニールは思った。
昨夜、始める前に脱いだ服は、テントの隅に丸めてまとめられている。
取りに行こうと腰を上げた時、


「……フリオ……?」
「あ……」


身動ぎする気配を感じ取ったか、スコールがぼんやりと目を開けていた。

スコールは毛布に包められていた身をもぞもぞと捩らせて、毛布の中から這い出た。
白くしなやかな背中が現れるのを見て、ごくり、とフリオニールの喉が鳴る。


「んん……っ」


体に違和感があるのか、スコールは腰に手を遣っている。
摩るように細い指が自分の腰を撫でて、楽な姿勢を探して、何度も足を組み替えた。
昨夜、その足が自分の体に絡み付いて来たのを思い出して、フリオニールの顔がまた赤くなる。

毛布から出たスコールは、ぺたりと座り込んだまま、猫手で目を擦っていた。


「…さむ……」
「ほ、ほら。ちゃんと毛布被らないと、風邪を引くから」


フリオニールはスコールの下へ戻って、彼の足下に塊になっている毛布を拾った。
拡げたそれでスコールの体を包み直すと、まだぼんやりとした蒼灰色がフリオニールを見上げる。


「……フリオニール……?」
「あ、ああ」


名を呼ばれて、フリオニールはどぎまぎと返事をした。

心臓の音が煩い。
恋人が自分を見ていると言うだけで、こんなにも緊張するなんて知らなかった。
いや、スコールと恋仲になって以来、二人きりになる度に似たような緊張感を抱いてはいたが、こんなにもガチガチになった事はない筈だ。
────昨夜は事の直前まで、今以上の緊張に見舞われたのだが、今のフリオニールに其処まで思い出す余裕はない。

眠気の所為だろう、いつもよりも幼い雰囲気を宿す蒼の瞳が、じっとフリオニールを見ている。
それを見ていると、なんだか小さな子供を見ているような気がしたが、毛布の隙間から覗く鎖骨や白い足は、間違いなく昨夜フリオニールが具に見ていたもので。


「………!」
「……?」


真っ赤になって目を逸らすフリオニールに、スコールはことんと首を傾げる。
蒼灰色の瞳は、じっとフリオニールの顔を見ていたが、ふとその視線が下へと落ち、


「……フリオニール」
「なっ、なんだ?」


名前を呼ばれて、今度の返事は思い切り裏返った。
どうにも平静には戻れないフリオニールに、スコールの白い手が伸びる。

ぐっ、とフリオニールの腕が強い力で引っ張られ、不意を突かれた形になったフリオニールの体は簡単に傾いた。
膝から落ちたフリオニールの体が、毛布をまとったスコールの腕に受け止められる。
重みに負けて、二人の体が諸共に床に倒れたが、スコールは目を白黒させるフリオニールに構わず、自分より一回り大きな体を毛布で自分ごと包み込んだ。


「え、ちょ、スコール、」
「あんたも、風邪引く……」


スコールはフリオニールの胸に頬を寄せ、また丸くなってしまった。
濃茶色の髪が、フリオニールの胸板や鎖骨をくすぐっている。
ぴったりと密着する肌の温もりに、フリオニールはスコールの耳元で自分の心臓が煩く鳴っているのを自覚していた。
しかしスコールはそんな音は露とも聞こえていないようで、猫のように目を細めると、そのまますぅすぅと寝息を再開させてしまった。

呆然としていたフリオニールが現実に戻って来たのは、それから一分後。
今までの、触れ合う事すら避けるような頑なさが、まるで嘘のような恋人の姿に驚く。
その傍ら、安心し切ったスコールの寝顔が嬉しい。
これはやはり、身も心も繋げ合う事が出来たからこそ、見る事が出来るものなのだろう。



テントの外から、朝食を思わせる匂いがする。
起きなければと思いつつ、腕の中の温もりが心地良くて、フリオニールはまた目を閉じた。




2017/02/08

2月8日と言う事でフリスコ。
いつも周りがやきもきするようなフリスコばかり書いてる気がしたので、ド直球(の翌朝)を書いてみた。

仲間達は空気を読んでいるので、起こしには行かない。
そんで二人は、お膳立てされてるので事はバレバレなんだけど、必死にいつも通りの顔で起きて来ようとするんだと思います。意味ないけど。