掠める指先、その距離に


欲しいものは、と聞かれたら、幾らでも思いつくような気がしていた。
新しい服、それに似合うアクセサリーは勿論、新刊の文庫本や、流行りの漫画、雑誌、食べ物も。
お金も時間も、幾らあっても足りない位に、欲しいものは沢山ある。

スコールに「誕生日に何が欲しいか」と聞かれた時も、そんな気持ちを持っていた。
先ずはそんな言葉を投げてきたスコールに驚いた(何せ彼は、そう言う事には全般的に疎い人だから)ものだが、それはともかく、恋人が何かプレゼントしてくれると言うのなら、リノアが嬉しくない訳がない。
その内容が何であれ、スコールがくれるなら、リノアは飛び跳ねて喜んだだろう。
だから「なんでもいいよ」と言ったのだが、スコールは判り易く困った顔をした。
女子の流行り云々は勿論、きっと今までそんな経験もせずに生きてきたのだろう彼に、自由お題と言うものは酷く難しい課題だったのだろう。
何だって良いのに、彼の好きなシルバーアクセサリーや、カードゲームだって一緒にやってみると面白かったので、新しいブースパックだって構わない。
“誰に”貰ったのかが、リノアにとっては重要だった。
けれども、スコールを困らせたい訳ではなかったし、きっとこんな事に悩むのは子供の頃以来なのだろう彼に、リノアもどうせ貰うのなら特別な何かが良い、と思った。
消費してしまえば消えてしまうようなものや、ありきたり───何をもってして“ありきたり”とするのかは諸説あろうが───のものではなく、唯一無二のものが良い。
密かな我儘を胸に抱きつつ、リノアは悩むスコールに、一つ提案をした。

3月3日、リノアの誕生日。
その日、一緒に欲しいものを探して欲しい、と。

祝いたいと思っていても、どう祝えば良いのか判らないスコールには、渡りに船であった。
それで良いなら、とスコールは頷いて、すぐにその日のスケジュールを開けるように調整した。
キスティスやサイファーも心得たもので、指揮官周りの仕事をちゃくちゃくと片付けさせ、代理の立てられるものは代わりを務めた。
その様子を見てから、思っていた以上の我儘を押し付けてしまったような気がしたリノアだったが、当日、一緒にデリングシティを歩いている今、あの時言って良かった、と思う。

朝の内にバラムガーデンを発ち、昼前にデリングシティに到着した後、まずは腹拵えをした。
デリングシティではあちこちにあるファーストフード店で、手早く腹を膨らませて、少しだけお喋りをしてからウィンドーショッピング。
魔女戦争の後、ガルバディアは色々と不穏な匂いも滲んではいるが、住み暮らす一般人はいつも通りだ。
大きな通りに車がひしめき合い、立ち並ぶ店々は煌びやかな光とウィンドーで客を誘う。
色々と近道になる裏通りは、今は危ないから近寄るな、とスコールに言われた。
通り慣れた道もあるのに、とリノアは思ったが、今のガルバディアの情勢を思えば無理もない。
トラブルを産んでスコールの迷惑にはなりたくなかったので、彼の言う通りにした。

表通りにある店だけでも、かなりの数が軒を連ねている。
二人は、それを端から端までのんびりと歩きながら眺めていた。


「あっ、これ可愛い」


小さなジュエリーショップのウィンドーに光る石を見て、リノアは足を止めた。
並んでスコールも足を止め、恋人の視線を奪っているものを見る。

リノアが見ていたのは、淡いピンク色の宝石を抱いた、小さなイヤリング。
普段は清廉とした青色や、中間色の緑と言ったパステルカラーを身にまとう事が多いリノアだが、彼女はドレスアップ用に白や淡色の服も持っている。
スコールの頭にも、パーティ会場で出会った時のリノアの姿が浮かんでいた。
あの服なら、この可愛らしいイヤリングも似合いそうだ。


「……これにするか?」
「ん、んー。待って、もうちょっと見たい。お店に入ってもいい?」
「ああ」


スコールが頷くと、リノアは嬉しそうに、スコールの腕を引いて店の玄関を開ける。

店はこじんまりとしたものであったが、真ん中に大きなテーブルを据え、其処に敷き詰めるようにジュエリーアクセサリーが並んでいる。
壁にも様々なアクセサリーが並べられており、使えるスペースを全て陳列に利用しているようだった。
高い店ではなさそうだ、とスコールが思いながら値札を見遣れば、思った通りだ。
安価なものよりもゼロが一桁多かったが、それでも一般的な学生が買える程度の金額設定である。
恐らく、使われている宝石もイミテーションが多いのだろうが、代わりに種類も色も豊富と言うのが強味だろう。

まるで宝石箱のように並ぶアクセサリーを、リノアは目を皿のようにして眺めている。


「触ってもいいかなあ……」


呟くリノアの声を聞いて、スコールはレジカウンターにいる店員を見た。
女性店員と目が合って、にこり、と笑顔を向けられる。


「……大丈夫だろう。其処に鏡もあるから、合わせてみれば良い」
「うん」


スコールの言葉に、リノアも鏡の存在に気付いて安堵した。
白い指がそろそろと伸びて、軒先で見ていたものと同じ、薄桃色のイヤリングを手に取る。

リノアはテーブルの上の鏡の前で、横髪を後ろに流して、イヤリングを耳に当てた。
ひら、ひら、と宝石が柔らかな光を反射させる。
それをしばらく見た後、リノアは色違いのイヤリングを手に取って、交互に宛がって見比べ始めた。


「白の方が可愛いかな」
「……」
「あっ、このネックレスも可愛い」


リノアはイヤリングを元の場所に戻すと、花をモチーフにしたネックレスを手に取った。

ネックレスを試そうとして、リノアは既に身に着けているネックレスを思い出した。
一旦手に取ったものをテーブルに置いて、首にかけているネックレスのチェーンを外そうとする────が、


「んん〜……」


リノアのネックレスの金具は、デザインとして、金具そのものが目立たないように小さなものが使われている。
お陰で髪をアップにしても、金具が目立たず、好きな服が着れるのだが、代わりに止め外しが少し煩わしい。

首の後ろで留め具を外そうと四苦八苦しているリノアの指。
その指が、決して器用な性質ではない事を、スコールは知っている。
やれやれ、と言う気持ちで、スコールは奮闘しているリノアの指をやんわり止めた。


「ふえ?」
「じっとしてろ」
「はいっ」


背中に回ったスコールの言葉に、リノアは背筋を伸ばして、気を付けの姿勢でピシッと止まる。
其処までしろとは言っていない、とスコールは思ったが、まあ良いか、と流して、いつも嵌めている手袋を外した。

スコールの指先が、ネックレスのチェーンを引っ掛ける。
後ろに引っ張ってしまわないように気を付けながら、スコールは留め具に爪先を当てた。
僅かに引っかかる突起を押して、カンの穴を開け、噛みあっていた金具を外す。


「いいぞ」
「あ、ありがとう」
「俺が持っていた方が良いか」
「う、うん」


スコールの気遣いに、リノアは赤い顔をしながら頷いた。
いそいそとその顔を反らすリノアに、スコールは気付かない。

赤らんだ顔を手団扇で冷ましながら、リノアは改めて、花のネックレスを手に取った。
チェーンの金具はこれも小さなものだったが、見ながらであれば、なんとか外せる。
早速それを試してみようと、首元にかかる髪を後ろへ流した時、


「リノア」
「ん?」
「…貸せ」
「これ?」


頷くスコールに、リノアはきょとんとした顔で、花のネックレスを差し出す。
スコールはリノアを鏡に向くように言って、ネックレスのチェーンを開いた。

まさか、とリノアが思っている間に、肩口から伸びてきたスコールの手が、リノアの首にネックレスを宛がう。

リノアは思わず大きな声を上げそうになって、慌てて口を噤んだ。
鏡の中に、真っ赤になった自分の顔と、そんな自分を見ているスコールの顔が映っている。
スコールの視線は、リノアの首下で光る花に向けられていて、赤い顔には気付いていないようだった。


「……良いんじゃないか」
「そ、そっかな?似合う?」
「……ああ」


スコールの言葉を聞いて、リノアはようやく鏡に映る自分を見た。

ほんのりと薄い水色を帯びた、小さな花の宝石。
髪の流れをいつもの形に整えてみると、流れる黒髪と相俟って、その光が引き立つ。
今日のカジュアルコーディネートと合わせても、違和感はない。

外すぞ、とスコールが言うので、リノアは小さく頷いた。
邪魔にならないように後ろ髪を前に流すと、項にスコールの指が触れる。
ほんの一瞬、掠めるだけだったそれにも、リノアは顔が熱くなるのを感じていた。
その傍ら、ちらりと卓上の鏡を見ると、ネックレスを外そうと、蒼い瞳が真剣に自分の後ろ首を見つめているのが見える。
シミとかないよね、変じゃないよね、と朝出かける時に確認して来なかった自分を恨んだ。

ちゃり、と小さな音と共に、スコールの手が離れる。


「……他も見るか?」
「ん、うー……」


言外に、まだ探すのを付き合ってくれると言うスコールの言葉は嬉しかった。
普段、中々二人で出掛けられない事もあり、今日は本当に久しぶりの二人きりの時間だったのだ。
だから欲しい物を決めずに歩いていた、と言う訳ではないが、結果的には久しぶりのデートであった事を、リノアは密かに喜んでいた。

だからもう少しこの時間を楽しみたい気持ちもある。
けれども、


「ううん。これにする」
「そうか」


リノアの答えに、スコールは短い言葉だけを返して、ネックレスを持ってレジカウンターへ向かう。
リノアはその後ろをヒヨコのようについて行った。

若者たちのやり取りを、女性店員も見ていたのだろう。
スコールが支払いを済ませると、店員は、


「このまま身に着けて行かれますか?無料でラッピングも致しますよ」
「あ……えーと、」
「………」


どちらでもどうぞ、と言う店員に、リノアはスコールを見た。
スコールは黙ったままで、リノアが決めて良い、と言う。


「じゃあ、ラッピングで…」
「お色が青とピンクと御座いまして……」


見本を見せる店員に、リノアはこっちで、と青の包装紙を指差した。

店員が綺麗に手早く、ネックレスを専用のボックスに納め、包装紙で包んで行く。
メッセージカードも奨められたが、スコールが判り易く目を反らしたので、リノアの方から断った。
口では言えない事も文字でなら書ける、と言う理屈はスコールには通じない。
その代わり、スコールは今日という日を一緒に過ごしてくれたから、リノアにはそれで十分だった。

プレゼントボックスを店の袋に入れて貰って、店舗を出る。
冬が終わって陽が長くなったお陰で、空はまだ明るい。


「今日はありがとうね、スコール」
「……別に。大した事じゃないだろ」
「そんな事ないよ」


スコールが今日という日を休みにする為、どれだけ頑張ってくれていたか、リノアは判っている。
そうして取った貴重な一日を、自分の為に費やしてくれた事も、リノアには堪らなく嬉しい事だった。
SeeDの人手不足や、月の涙による魔物の増加など、そうした日々に忙殺されているスコールの事を思えば、贅沢すぎる位だとも思う。


「んじゃ、そろそろ駅に行かなくちゃね」
「……?」


今日はもう十分。
そんな気持ちで、帰宅を促すリノアに、スコールが不思議そうに眉根を寄せる。


「…駅?」
「早く電車に乗らないと、バラムに着く前にガーデンの門が閉まっちゃうよ」


判っている事だとリノアが言うと、ああ、とスコールは合点したように零し、


「今日は帰らなくても良い」
「え?」
「明日も休みだし、外泊許可は取ってある。……リノアの分も」


スコールのその言葉の意味する所を理解するまで、リノアは少しの時間を要した。
ぼんやりとずつ理解していくに連れ、瑪瑙色の瞳が驚きに見開かれる。
それから、熱の収まっていた頬が、またぽっぽっと赤くなった。

ぎゅう、と腕に抱き着く重みから、スコールは顔を背ける。
しかし、その頬と耳が赤くなっているのを見つけて、リノアは胸の中が幸せで満たされるのを感じていた。




2017/03/03

リノア誕生日おめでとう!
唯一無二の思い出とともに。

恋人が格好良くて可愛くて幸せ。
後日、ネックレスを見る度にスコールにして貰った事を思い出して赤くなるリノアでした。