あまりに無防備なものだから


秩序の戦士達の半分は、鎧を着ている。
それは形状も重さも様々ではあるが、やはり軽装を基本とする他のメンバーに比べると、やや鈍重なきらいがあった。
この場合、小柄で機動力を売りとするルーネスも鎧を着ているに入るが、彼は計算しないものとする。
だから主にこの物差しは、ウォーリア・オブ・ライト、フリオニール、セシルを指す。

この内、フリオニールは見るからに筋肉があり、彼自身の見た目も野性味がある事もあってか、その体躯の頑丈さは見ずとも判る。
ウォーリアは全身を鎧具足で固めながらも、重みに負ける事なく、確りと背筋を伸ばして歩く為、体幹が如何に完成されているかが判ると言うものだろう。
そんな二人に比べると、セシルはあまり筋肉量と言うものが読めない顔をしている。
暗黒騎士として、顔が見えない兜を身に着けている時はともかく、パラディンの姿になると、柔和な物腰と整った面立ちの所為か、見る者に華奢な印象を与える事もあるだろう。
無論、それは印象のみの話であって、セシルの肉体は騎士として、軍隊の団長として鍛え上げられており、ウォーリアやフリオニールと比べても、全く劣らない体付きをしている。

最初にその事に食いついたのは、ティーダだった。
秩序の聖域に設けられた屋敷にて、風呂で初めて裸を見せたセシルに、ティーダが判り易く感心して飛びついた。
騎士と言う存在や、彼らが身に着けている装備そのものがファンタジーでしかなかったティーダにとって、それらの重みや経歴と言うものは、どうにも想像し難い所があった。
スコールも同じである。
軍属と言う経歴の意味や、鎧の重みと言う理屈は判っていたものの、それを目の当たりにしたのは、この世界に来てからが初めての事だったのだから無理もない。
「すげー!セシルすげー!ムキムキっスー!」とはしゃいだティーダ程ではないが、綺麗な顔からは想像のつかない───少なくとも、スコールにとってはそうだった───仕上がった体付きに、目を丸くしたものであった。

……だからスコールは、彼の隣に並ぶのが嫌だ。
彼と並ぶと、自分の躯が如何に肉が足りないのか、浮彫になる気がする。
同様の理由でウォーリアやフリオニール、クラウドと並ぶのも好きではないのだが、セシルは常の雰囲気と脱いだ時のギャップもあってか、余計に気になる。

秩序の聖域の館には、戦士達の疲れを癒してくれる風呂が備えられている。
其処はいつ使っても良い事にはなっているのだが、湯の節約を考えると、入れる者は皆一斉に入る事になる。
館の水源が何処であるのか、それが尽きる事があるのかは判らない話であったが、節制と言うものは身に着けておいて損はない。
幸い、風呂場はちょっとした銭湯程度の広さはあるので、男数人が一緒に入っても、狭いと思う事はなかった。
だがスコールは、ウォーリア、フリオニール、セシル、クラウド、時によりティーダが一緒に入っている所には行きたくない、と思う。
筋肉が齎す圧力と言うものは、決して物理的な意味だけではないのだ────と、これにはジタンとルーネスも同意してくれた(ティーダは何故かテンションが上がるらしい)。

スコールは、出来れば風呂は一人で入りたい、と思う。
しかし、共同生活の中ではそんな我儘ばかりは言えないので、誰かと風呂の時間が被るのは仕方がない、と割り切ってもいる。
幸い、スコールはそう言った“共同生活”には慣れていた。
しかし、バッツとジタンは遊び出すし、ティーダは泳ぎ出すので、この辺りと一緒になるのは勘弁願いたい。
気が楽なのはフリオニールとルーネス、クラウド辺りだろうか。
ただし、クラウドは急に子供のような悪戯を仕掛けてくるので、妙な気配を察知した直ぐに引き上げるのが良い。
ウォーリアは特に話をする事も少ないので、そう言う意味では楽なのかも知れないが、如何せん、スコールが彼を苦手としている。
そしてセシルは、前記の通り、普段は雰囲気も含めて隠されている彼の完成された肉体と、自分の足りない肉付きに気付かされるのが嫌だった。

だが、そんな事はお構いなしに、風呂の時間が被るのは儘ある事だった。


「ああ、スコール。今から入るのかい?」
「……ああ」
「そうか、君もさっき戻ってきた所なんだったね」


脱衣所で服を脱いでいるスコールの下へ、インナー姿のセシルが現れた。

スコール、セシル共に、それぞれ単騎での見回りを終え、戻ってきた所である。
どちらも幾つかの歪を解放しつつも、特に問題視するような出来事はなく、無事に帰還したのが約五分前。
ウォーリアはフリオニールと共に出ている為、待機番のクラウドに報告を済ませ、スコールは脱衣所へと直行した。
セシルも似たようなもので、彼は三階の部屋で鎧具足を外してから此処へ来たのだ。

セシルは服を脱ぎながら、スコールに今日一日の様子について尋ねる。


「見回りはどうだった?怪我はなさそうだけど」
「…特に問題はない。モーグリがセールをしていた位だ」
「フリオニールが帰ってきたら伝えると良い。喜ぶよ」


タダと言う言葉に敏感に反応していたフリオニールを思い出し、そうだな、と返して、スコールはバスルームへ向かう。

汗を洗い流して、湯船に身を沈めると、疲労して強張っていた筋肉が緩んでいく。
ふう、と大きな息を吐いた所で、脱衣所の扉の開く音がした。
ちら、と見てから、無駄なく引き締まり盛り上がった筋肉を見て、見るんじゃなかったと眉根を寄せる。


「どうかした?」
「……別に」


聡く表情に気付いたセシルに、スコールはついっと明後日の方向を向いた。

シャワーの水音を背中に聞きながら、なんて子供っぽいんだ、とスコールは自己嫌悪する。
セシルの体格は、彼が自分の努力で作り上げてきたものに他ならない。
況してや、スコールのように、サプリメントや運動機器と言うものは殆どないだろうから、本当に地道な努力の積み重ねがなければ、あんな風にはなれなかったに違いない。
更に言えば、体格にはある程度の天性的なものが不可欠で、骨格やその太さ、筋肉がつき易いか否かと言ったものも含め、他人を羨み妬んでも仕方のないものである。
そんなものに思いを馳せる暇があるなら、自分を鍛える努力をするのが最も堅実な道である。

とは言え、人の心とは面倒なもので、妬み嫉みをするなと言うのも難しい。
その感情の中には、憎悪もあれば憧れのようなものも含まれるから、全くもって面倒なものであった。

そんな事をつらつらと考えている間に、セシルも体を洗い終わっていた。
ざぷん、と湯船に波が立って、少し水嵩が変わる。
スコールはそれを気にせず、湯船の端で寄りかかっていたのだが、すいー、と近付いてくる気配に気付いて振り返ると、


「はは。やっぱり気付かれた」


そう言って笑うセシルとの距離は、ほんの数十センチ。
笑うセシルの目に、バッツやクラウドに似た悪戯な気配を感じ取り、スコールは判り易く顔を顰めて睨む。


「……何しようとしたんだ、あんた」
「いや、特に何をと言う事はないんだけど」
「………」


セシルは何もしないよと言ったが、スコールは信じていなかった。
何せセシルは、普段は良識と分別ある大人の態度を崩さないのに、急に何かのスイッチが入る事がある。
こう言う時の彼は、下手に触ると何をされるか判らない。

ずりずりと位置を移動して距離を取ろうとするスコール。
しかし、セシルはその移動分を追って、じわじわと広がった距離を詰めてくる。


「なんだよ……」
「何もしないよ」
「…じゃあ来るな」
「冷たいなあ」


露ともそんな事を思っていないような笑顔で、セシルは言う。

これは確実に変なスイッチが入っている。
本気で絡まれる前に逃げた方が良い、とスコールが湯船から出ようとした時だった。
水面から出たスコールの腰を、存外と大きくしっかりとした手が掴む。


「!?」
「うわっ、本当に細いね、スコール。バッツから聞いてはいたけど」
「何処触ってるんだ、あんた!」


掴んだ腰を揉むように指を動かすセシルに、スコールは真っ赤になってセシルの手を振り払う。
妙な感触の残る腰を手で摩り、睨むスコールに、セシルは降参するようにひらひらと両手を振った。


「ごめんごめん。いや、バッツからスコールは細いんだって聞いてたから、どれ位だろうと思って」
「だからっていきなり掴むか。バッツもなんでそんな事……」
「話の流れで、色々ね。僕はスコールだって傭兵なんだから、そんなに言う程じゃないと思ってたんだけど、バッツが余りに言うから確かめてみたくなって」


それなら、見るだけで十分判る事だろう、とか。
それでも触りたいのなら、一言断ってからだろう、あんたそう言う事が出来る奴だろう、とか。
思う事は多々あるのだが、バッツは後で絶対に殴る、とスコールは心に決めた。

それよりスコールは、先のセシルの一言が引っ掛かっている。


「バッツが何をどう言ったのかは知らないが、別に細くはない。……あんたに比べたら、ちっとも足りないんだろうけどな」


スコールの視線は、湯船の中にあるセシルの腰に向けられている。
顔だけを見れば、女のようと言われても違いのないパーツをしているのに、体付きは雄然としていた。
彼と比べたら、普通の体格の男は皆細い部類に入る、とスコールは思う。

スコールとて、出来るならセシルのような体格が欲しかった。
剣士としてはウェイトが足りない自覚はあるし、ガンブレードも持ち始めた頃は重みに振り回されていた記憶がある。
身近にいた誰か───名前も顔も思い出せないが───が悠々と振り回している様を見て、悔しく思った事もあった。

嫌な事を思い出した、と顰めた顔を更に歪ませると、益々怒らせたと思ったか、セシルが眉尻を下げて、


「ごめん、悪かったよ。悪戯が過ぎたね」
「……別に……」
「お詫びに背中を流すよ」
「いや……」


要らない、と言いかけるスコールを待たず、セシルが浴槽を出る。
シャワーの温度を調節して、背中を流す準備を始めるセシルに、スコールはまた断るのも面倒だと腰を上げた。

どうぞ、とばかりにセシルが示す小さなバズチェアに座ると、後ろにセシルが回り込む。
妙な事をされないかと一瞬警戒したが、水圧を緩めたシャワーが背中に当たったので、スコールも意識的に体の力を抜いた。
目の前にある鏡に映し出される自分と、後ろの男の姿は、見ない事にした。



だからスコールは、存外と素直な少年の背中に、微笑ましいなと笑うセシルに気付く事はない。




2017/04/08

4月8日と言う事で、セシスコ。
セシルさん、それはセクハラですよ!って言うのがやりたかった。

脱いだら凄いを地で行くセシル。
ウォーリアよりも雰囲気でギャップが大きいのはセシルの方だと思う。鎧の厳つさも含めて。
スコールも華奢と言う訳ではないですが、やっぱり細いよなーってアケディア見るとつくづく思う。