雨音の夢


毎週の土日は、恋人であるスコールの家に行くのが、クラウドの習慣だった。
スコールは高校生であり、クラウドはアルバイトをしながらの大学生生活で、平日は中々会う暇がない。
メールや電話の遣り取りは───基本的に寡黙な性質である二人の事を鑑みれば───頻繁に行ってはいるものの、やはり好いた相手の顔を見て話したいと思う事は多々ある。
だからこそクラウドは、本来なら給金も大きくなる土日にアルバイトを入れず、意識して逢瀬の時間を作るように努めていた。

金曜日の夜、クラウドは必ずスコールにメールを送る。
『明日行っても良いか』と問うメールに対し、スコールは『良い』とシンプルな返答。
文面だけを見れば酷く素っ気無いと言う者もいるが、彼がその二文字を打つ時、真っ赤になっているのは想像に難くなかった。

そして土曜日の朝、天気は生憎の雨であったが、クラウドは気にせずにアパートを出た。
幸い、雨脚はそれ程強くはなく、あまり速度を出さずに走れば、雨合羽で凌げる程度だ。
とは言え、今の時期の天候は崩れ易いものだから、雨粒が大きくならない内にと、いつもは通らない裏道を通って近道し、スコールの住むマンション前へと到着する。
バイクを止め、メールで『着いたぞ』と送ってみるも、返信はなし。
クラウドは特に気にせず、マンションの中へと入り、エレベーターへと乗り込んだ。

7階で止まったエレベーターを降り、少し通路を進んだ先に、目当ての扉がある。
インターフォンを鳴らすと、少しの間を置いた後、携帯電話のメールが着信音を鳴らした。


『開いてる』


それだけの内容を見て、クラウドは無防備な、と呆れた。
同時に、背中で降り頻る雨が少し激しさを増したのを見て、無理もないか、と思い直す。

ドアノブを捻ると、抵抗なく扉は開いた。
お邪魔しますと形式の挨拶を述べて、後ろ手で閉めたドアの鍵をかける。
家主の出迎えはなく、少しそれが寂しかったが、止むを得ない事も判っていた。
靴を脱いでリビングを通り過ぎ、奥にある扉をノックをしてから開ける。


「邪魔するぞ、スコール。大丈夫か?」


扉を開けながら声をかけるも、やはり返事はない。
物が少ない寝室の中、一角を占拠するベッドを見れば、其処に寝転んでいる恋人の姿があった。

肩にかけていた鞄を下ろして、クラウドはベッドへ近付く。
気配と音、声を聞いて、スコールは閉じていた目をゆっくりと開けた。
ぼんやりとした蒼灰色の瞳がクラウドを見付け、少し安堵したように眦が柔らかく綻ぶ。


「……クラウド……」
「頭痛か?」
「………ん」


ベッドの傍に膝をつき、顔を近付けて確かめるクラウドに、スコールは小さく頷いた。

スコールは昔から気圧の変化に弱い。
気圧が低い時は、頭痛や腹痛、目眩に見舞われる事が多く、酷い時には吐き気もあって、動く事も億劫になるのだと言う。
これが平日であれば、学校を休む訳には行かないと、薬の助けを借りながら登校するのだが、今日は土曜日だ。
クラウドが来ると判っているのだから、薬を飲んで誤魔化す手もあったが、恐らく、対策を取る前に頭痛に見舞われたのだろう。
そして完全に動けなくなる前に、玄関の施錠だけを外して、ベッドに沈んだに違いない。

眉間に皺を寄せ、うんざりとした様子のスコール。
クラウドはそんなスコールの頬にかかった髪を避け、常より僅かに青白く見える頬を撫でた。


「薬、持って来ようか」
「……う……でも、飯、食ってない……」
「ああ、何か食べてからの方が良いんだったか。何かあるか?ないなら買ってくるぞ」
「………」


クラウドの質問に、スコールは冷蔵庫の中身を思い出そうとするが、思うように思考が回らない。
うう、と唸る声を零すスコールに、クラウドは濃茶色の髪をぽんぽんと撫でて、腰を上げた。

恋人関係となってから、スコールの家には何度も来ている。
勝手知ったる恋人の家と、クラウドはキッチンに向かい、冷蔵庫の蓋を開けた。
食に関心の薄いスコールの家の冷蔵庫は、その大きさに反してあまり物が入っていないのだが、幸い、今日はゼリーがあった。
普段は滅多にそんなものを食べないのに、冷蔵庫の一角を占拠するように敷き詰められていたので、恐らく昨日の天気予報を見て、動けなくなった時の為にと学校帰りに買い貯めしていたのだろう。

シンクの水切りラックにデザートスプーンがあったので、それとゼリーを並べて置いておく。
薬は何処だったか、と食器棚を探ると、薬置き場があった。
風邪薬やら胃腸薬やらと、色々と詰め込まれているのを見て、どれだ、とクラウドは眉根を寄せる。
生憎、薬に世話になる事は少ないので、処方箋も市販薬も詳しくないので、何がどの症状を緩和させるものなのか、全く判らない。
仕方なくクラウドは、薬入れになっている箱ごと持って行く事にした。

寝室に戻ると、スコールが起き上がっていた。


「起きて大丈夫か?」
「…あんまり……でも、食わないと……」
「ゼリーを持ってきた。薬は、どれか判らないから全部持ってきてしまったが…」
「ん……助かる……」
「ああ、水がいるな」


ゼリーとスプーンをスコールに渡し、薬はベッドの端に置いて、クラウドはもう一度キッチンへ向かう。
グラスに水を入れてまた戻ると、スコールはゼリーの蓋を開けてちびちびと食べていた。
食事をする以前に、きっと起き上がっているのも辛いのだろう。
体質で仕方がないとは言え、辛いよな、とゆっくりと食事を進める恋人を眺めながら思う。

なんとかゼリーを食べ切って、スコールは薬を飲んだ。
本来なら対策として、症状が出る前に飲むのが推奨されているものであるから、直ぐに効果が出るような即効性はなく、気怠そうな表情は変わらない。
ベッド端に座り、痛む頭を誤魔化すように蟀谷を摩るスコール。
クラウドはその隣に座って、スコールの体を抱き寄せた。
ぽすん、とスコールの頭がクラウドの肩に乗せられると、いつもは真っ赤になって恥ずかしがる事も忘れ、蒼は視界の端で揺れる金色を見付けると、ほっとしたように体の力を抜く。


「今日はゆっくりするか」
「……あんた、行きたい所があるって言ってた……」
「あるにはあるが、どうせ雨だ。逃げるものじゃないし、今度にしよう」


体調不良の恋人を連れ回す等、クラウドには出来ない。
それよりも今日は、スコールをゆっくり休ませる事が先決だ。

クラウドの言葉に、スコールは少し申し訳ない顔をした。
折角の逢瀬の日なのに、と思っているのだろうが、クラウドはこんな日も悪くはないと思っている。
スコールには辛いだろうが、こんな時のスコールは、いつもの恥ずかしがり屋が形を潜め、生来の甘えん坊が顔を出すので、とても素直で愛らしい。
こう言う時でもなければ、甘やかさせて貰えないので、クラウドは偶の雨の日は嫌いではなかった。


「横になった方が良いか?」
「……ん」


頷くスコールを、クラウドはゆっくりと横たえた。
スコールももぞもぞと身動ぎして、ベッドの中央に身を沈める。

クラウドはスコールの体にタオルケットをかけてやると、食事の跡を片付けようとベッドを離れる────が、くん、とシャツの端を引っ張られた。
振り返れば、ベッドに寝転んだまま、細い腕だけを伸ばしてクラウドを引き留めているスコールがいる。
服に引っ掛かった指先には大した力は入っていなかったが、それだけに、その指先に込められた言葉にない気持ちが伝わる気がした。

クラウドは服に引っ掛かれた腕を取って、ベッドへと下ろしてやる。
僅かに寂しそうな表情を浮かべるスコールの頭を撫でて、ベッドに上がり、スコールの隣へと寝転がる。


「……クラウド……」


ほっとしたように、スコールの頬が緩む。
その頬をそっと撫でながら、唇を重ねると、蒼の瞳が柔らかく細められた。

降り続く雨は、今日は止む事はないだろう。
スコールを苛むそれに、若干の恨みはありつつも、こうして彼が身を委ねてくれるから、嫌いにはなれない。
とは言え、長く降り続くのも望まないので、今夜には上がってくれる事を願いつつ、クラウドは愛しい恋人を腕の檻へと閉じ込めた。




2017/07/08

7月8日と言う事で、クラスコの日。
体調不良のスコールを甘やかすクラウドが浮かんだので、そのまま書いてみた。