雨の翳にて


玄関のドアをノックする音が聞こえて、レオンは横たえていた体を起こした。
そろそろ眠ろうかと言う、間の悪いノック音に眉間の皺が寄ったが、この家を訪れる者は限られている。
シドかユフィか、いずれにしても緊急事態の可能性は否めず、確認しない訳にもいかないだろう。

そんな気持ちで玄関のドアを開けたレオンは、其処に立っていた人物を見て、眉間の皺を増やした。
金色の髪がすっかり濡れて萎れているのを見て、序に溜息も吐いてやる。


「……泊めてくれ」
「……タオルを持って来るから、少し待て」


申し出の是非には答えず、レオンはそう言って踵を返した。
濡れ鼠で洗われたクラウドは、それだけでほっとしたように息を吐く。

今日のレディアントガーデンは、朝から大雨に見舞われていた。
復興作業なんてとても出来たものではなく、それよりも治水が駄目にならないかと冷や冷やした一日となり、レオンはシドと共に、街の水路や橋、川周辺の防波堤の見回りが中心となった。
城周辺の谷底では濁流が起きていたが、幸い、街の方までその影響が及ぶ事はなく、どこそこの川が氾濫したと言う報告もない。
雨雲も夜には通り過ぎると言うので、一先ず安心して家に帰ったのが、今から二時間ほど前の事。
簡素に作った夕飯を終え、雨の中で冷えた体を風呂で温め、疲労を残さない為にも早い就寝に入ろうとした所で、クラウドがやって来た───と言うのが、レオンの今日一日の流れであった。

洗面所からバスタオルを取り出して、レオンは玄関へ向かう。
先と変わらないスタイルで立ち尽くしていたクラウドにタオルを差し出せば、「悪いな」と言って、クラウドはタオルを受け取った。


「他のワールドから戻ったらいきなり降られた。散々だ」
「仕方ないだろう、今日はずっと降っているんだ」
「この辺り一帯か?」
「恐らくな。朝までには止むそうだが、さて……」


クラウドの向こうに見える景色は、まだ雨は止みそうにない。
降らなければ水不足になるが、こうまでしつこく降られると、中々に面倒である。

幸いなのは、これ程の激しい雨になると、ハートレスの活動が著しく鈍くなると言う事だろうか。
あれらが濡れる事を忌避するとは思えないが、しかし外を出歩く人もいない───つまりはあれらが標的とする“心”もないので、街がやや平和である事は強ち間違いではなかった。
その分、雨上がりには治水の問題と並んで、ハートレスの被害が増える事もあるので、明日のパトロールは強化する必要があるだろう。

クラウドがタオルで大方の水気を拭いたのを見て、レオンは家の中へと戻った。
直ぐに後を追ってクラウドが入る。


「風呂の栓はもう抜いたから、シャワーしかないぞ」
「十分だ。借りるぞ」
「服は洗濯機に入れておけ。まとめて洗って、明日乾かす」
「ああ。……着替え、貸して貰って良いか」
「……持ってきておく」


勝手知ったるとクラウドはさっさと風呂場へと向かい、レオンは下着とシャツ、ズボンがあれば十分だろうと、それだけを脱衣所へ持って行き、また寝室へと戻った。

風呂場からシャワーの音が聞こえていたのは、五分にもならなかった。
風邪を引いたらどうする、とは言わない。
小さな子供ではないのだし、十分だと思ったからクラウドもそれで終わりにしたのだろう。
万が一、明日になって彼が風邪を引いても、面倒は見ない、とレオンは決めている。

散った眠気が再来するのを待つ為、本を読んでいたレオンだったが、その視界に陰が落ちた。
影の持ち主を見るまでもなく察して、見辛い、とレオンは影から逃げるように背を向ける。
と、その背中に、のしっ、と重みが乗った。


「おい、邪魔だ」
「連れないな」
「お前と違って暇じゃないからな」
「本を読んでいるだけだろう。あんたのそれは、暇潰しじゃないか」


構えとばかりにまとわりついてくる男に、レオンは溜息を吐いて見せる。
言外に、面倒な、と告げている態度であったが、クラウドは構わずに、レオンの項に鼻先を寄せる。
匂いを嗅ぐクラウドの鼻息が微妙にくすぐったかったが、レオンは好きにさせていた。


「……そう言えば、珍しく窓から入って来なかったな」
「ずぶ濡れになったからな。蹴り出されると思って」
「まあ、間違いなくそうするだろうな。と言うか、そもそも窓から入って来るな」
「楽なんだ」


良いだろう、と言うクラウドに、良くない、とレオンは肩口から覗く男の顔を睨む。
しかし、クラウドは意に介した様子もなく、レオンの眦に唇を寄せる。

覆い被さっているクラウドの手が、レオンの体を撫でるように滑っている。
匂わせる行為の気配に、レオンは腕でクラウドの体を押し退けた。


「おい、レオン」
「明日も忙しいんだ。疲れる事はしない」
「一回だけ」
「お前のその手の台詞は信用できない」


雨の中を巡回パトロールした今日一日だけでも、レオンは相当疲れていた。
先の眠気で微睡んでいた時も、目を閉じれば五分となく眠ってしまえそうな程だったのだ。
男の生理的な欲求については、レオンも溜まっていない訳ではなかったが、抜かなければ眠れない程の興奮がある訳でもなかったし、明日の為にも余計な消耗は避けたい。
そんな事をしている暇があるなら、さっさと眠り、十分な睡眠時間が欲しかった。

それでもしつこく絡み付いて来るクラウドを、レオンは遂にベッドから蹴り出した。
転がり落ちた男が恨めし気な目を向けてきたが、構わずに布団を手繰り寄せて包まる。


「あまりしつこいと、本当に追い出すぞ」
「……それは勘弁だ」


窓の外は、激しさの増した雨が降っている。
気温の低下は今の所は感じられないが、土砂降りの外界に放り出されるのは、気分の良いものではあるまい。
どうせ過ごすのならば、雨は屋根に、風は壁に遮られている室内が良いに決まっている。

クラウドは渋々と言った様子で、自分の寝床になるソファへと移動した。
布団の代わりにクッションを腹の上に乗せて、体が冷えないように試みる。

ふあ、とレオンの口から欠伸が漏れた。
そろそろ眠れそうか、とレオンは開いていた本を閉じ、寝室の電気を消そうと思ったが、その前にふと思い出し、


「クラウド。お前、明日は此処にいるのか」
「一応、そのつもりだ」
「それなら、明日はハートレス退治を手伝え。雨でセキュリティシステムが何処か不具合を起こしているかも知れないから、人手がいる」


セキュリティシステムの多くは、建物の外に設置されている為、防水対策は施してある。
とは言え、ハートレスの悪戯でセキュリティシステムが破損する事は珍しくなく、破損個所から塵や雨水が入って内部破損まで至る事も多かった。
特にハートレスの数が増え易い場所のシステムは頻繁に不具合が起こり、修復が済むまでは、人の手でハートレスを処理しなければならない。
だが、同じ場所だけの感けていられる事も出来ない為、必然的に人手が欲しくなる。
このタイミングでクラウドが帰って来たのは、レオンにとって幸いであった。

クラウドはソファに寝転がったまま、別に構わないが、と前置きし、


「労働に対する報酬はあるのか?」
「………」


いつもなら口にしない、対価を求める言葉に、レオンは目を細めた。

レイディアントガーデンは、レオンやシドにとっては勿論、クラウドにとっても故郷である。
故郷なのだから復興の為に無償で奉仕しろ、とはレオンも言わない。
復興委員会の主要メンバーは、設立に至るまでの経緯も含め、自主的に街の復興を望んで行動しているが、それでも全てがボランティア精神で片付くものではない事は判っている。
人と言うものは、ある程度の見返りや利益がないと、労働に対する意欲も失われて行くものであった。

今のクラウドが、対価として求めているもの。
考えるまでもなく、先の遣り取りを覚えてみれば、容易に思い至るものがある。
その裏付けのように、碧眼には雄の気配が滲んでいた。

────はあ、とレオンは露骨に大きな溜息を吐く。


「明日の夜なら良い」
「判った」
「晩飯の後にしろよ」
「あんたが作るのか」
「他に誰がいる?それとも、シドに作って貰うか?」


嘗て故郷を失ってから、レオンやエアリスが成人するまで男手一つで子供達を育てただけあって、シドはそこそこ料理が出来る。
彼の作った豪快な鍋の味は、クラウドも覚えていた。
意外と美味いんだよな、と記憶を辿りつつ、


「いや、あんたの作った飯が良い」


その方が邪魔も入らない、と言うクラウド。
隠さない欲求を読み取って、レオンはもう一度溜息を吐いて、部屋の電気を消した。

閉め切ったカーテンの向こうでは、まだ雨の音が続いている。
このまま雨が止まず、明日も一日振り続けた場合、この約束は持ち越しとなるのだろうか。
そんな事を考えながら、レオンは手招きする睡魔に身を任せて、目を閉じた。




2017/07/08

7月8日と言う事で、クラウド×レオン。
クラウドに対して遠慮をしないけど、妙な所で甘いレオンとか。好きです。