衣に隠した内側の


SeeD服を着ている時のスコールは、近付き難い。

華美にならない程度に、しかしパーティのような場面でもそのままの格好で出席できるようにとデザインされた服は、軍人に似た重厚な雰囲気を醸し出している。
セルフィやゼルが着ると、本人の持つ空気故か、式典用の学校制服に見えなくもないのだが、スコールが着るとまた違う。
元々の大人びた雰囲気も相俟って、屹然とした空気を滲ませた。
其処には、魔女戦争を経てスコールがバラムガーデンの指揮官と言う立場になった事も、理由として有るのだろう。

元々、正SeeDのみが着用を許される服である事から、SeeDを目指すバラムガーデンの生徒にとっては、憧れの対象であったと言う。
魔女戦争後、指揮官として矢面に立つことが増えたスコールが、頻繁に着るようになってから、一層憧れの視線は増えたそうだ。
スコールにとっても、SeeDとなる事は自分の目標であり、それを果たした暁に手渡されたSeeD服は、着る度に密かな高揚を齎すものであった。
とは言え、何度も何度も着ていれば、段々とそうした気持ちは薄れ、最近では完全に仕事着としての役目となり、着る事が面倒になる日もあるらしい。

それを小さな声で零したスコールに、判るなあ、とラグナは言った。
ラグナも記者会見など、公的な場ではスーツを着なければならないが、普段はもっと楽な格好をしていたい。
元々スーツのようなカッチリとした格好が苦手なのもあるが、それを着ると、きちんとしなければ、と言う気持ちが働くのだ。
仕事に置いてその意識は良い事なのだろうが、それが何度も、延々と続くと、やはり疲れてしまうものである。

今も、少し疲れているのだろうか。
記者会見に応じるラグナの直ぐ後ろで、硬い表情で記者団を睨んでいるスコールをちらりと見て、ラグナは思う。

今日は朝から忙しく、ラグナはあちこちで取材記者団に囲まれていた。
取材の内容は政治的なものから、割とどうでも良さそうな雑事まで、様々である。
一通り終われば次の視察へ向かい、それを終えると、出口でまた報道陣に囲まれる。
こうした生活はエスタで暮らす内に何度か経験していた事だったが、最近はその頻度と、囲む報道陣の数が増えて来ていた。
と言うのも、以前はエスタ国内の報道関係者のみで完結していたのが、エスタが開国した事で、外国からも記者団がやって来るようになったからだ。
中には強引なやり方で───他国ならば普通の方法なのかも知れないが、少なくとも、エスタの感覚では───取材をしようとするパパラッチもいるので、最近の記者会見では、警備レベルが引き上げられている。
警備任務を依頼したバラムガーデンから、“伝説のSeeD”がわざわざ派遣されて来たのは、そうした事情も加味されていた。

“伝説のSeeD”と言う言葉は、本人の自覚以上に重い文鎮の役割を果たしている。
世界に混沌を齎した魔女を屠った者の睨む眼には、流石に報道陣も尻込みする所があるらしい。
特にデリングシティから来たと言う記者団は、魔女戦争の際の魔女心棒を少なからず記事にして旨味を啜った後ろめたさがあるようで、スコールがいるだけで妙な質問をしてくる輩は格段に減った。
これは副次効果であったが、エスタの大統領府関係者にとっては、有難い事である。

報道陣に応えている間に、時間は刻々と過ぎてゆく。
執政官として後ろに控えていたキロスが、そろそろお時間です、と促すのを聞いて、ラグナは小さく頷いた。


「では、次の仕事の時間がありますので、これで失礼します」


形式ばった言葉で会見を締め括りにし、ラグナは記者団に背を向けた。
まだまだ聞きたい事があるのだろう、槍投げのようにしつこく質問を飛ばして来る記者達を、警備員とSeeD達が止める。
スコールはハンドサインで部下に指示を残すと、ラグナについてその場を後にした。

ウォードがドアを開けて待っていた車に乗り込む。
記者団の塊を避けて、張り込んでいた新しい記者が、今がチャンスと駆け寄ってきたが、スコールがじろりと睨むと足を竦ませた。
記者の足が止まった隙に、スコールはラグナの隣に乗り込み、ウォードが車のドアを閉める。
運転席にはピエットが待機しており、出しますね、と断り一つを入れて、発進させた。


「ふい〜……」


記者団の影が遠退いて、ラグナはようやく詰めていた息を吐いた。
首元を締め付けているネクタイを引っ張って緩め、近い位置にある天井を仰ぐ。


「はあ、疲れた……」
「お疲れ様です、ラグナさん」
「んー」


車を運転しながら労うピエットの言葉に、ラグナは浦々とした声で返事をした。
この後は官邸に帰って書類仕事をする予定なので、着いたら着替えて良いかなあ、とラグナは考える。

と、隣できっちりと着込んだ服は愚か、姿勢すら崩そうとせずに窓の外を睨んでいる少年に気付く。


「スコール、もう楽にして良いぜ。後は帰るだけなんだし」
「……いえ、お構いなく。任務中ですので」


固い言葉遣いに、完全に仕事モードである事が判る。
その反応にラグナは少し寂しくなったが、いつもの事と言えばいつもの事だし、スコールが“大統領警護”と言う任務中である事も確かであった。

大統領官邸前には、また別の報道陣が待機していたが、それは官邸の敷地外で事。
どうしましょうか、と判断を仰ぐピエットに、スコールが「そのまま奥まで行って下さい」と言った。
官邸前でのインタビューは仕事の予定に入っていない。
無視して行けと言うスコールに頷いて、ピエットは車に積んでいる通信機で官邸内のスタッフへ連絡を取り、車から降りる事なく、官邸の門を開けさせた。

飯の種を逃がしてなるかとカメラマン達が仕事道具を掲げて、インタビューやらフラッシュ撮影やらと忙しない。
ラグナはカメラ向けに笑顔で手を振る仕草だけを見せ、彼らの前をすーっと通り過ぎて行った。
どうにかして追いかけようとする者は、警備員と門に阻まれる。
後ろで門が閉まる音を聞きながら、車は路なりに進み、官邸玄関へと到着した。

車を降りると、もう騒がしさはなく、いつもの静かな官邸だ。


「今日はもう外には出ないんだっけ」
「そうですね。予定されていた物は終わりましたから」


ラグナの問に答えたのはスコールだ。
そっか、と言って開いた玄関の中へとラグナが入り、スコールも続く。

きょろきょろと辺りを見回したラグナは、記者会見の場に残して来た友人達がまだ帰っていない事に気付く。
何処かで捕まっているのか、彼等を撒く為に適当に時間を潰しているのか。
何れにしろ、心配する必要はないだろうと、特に気にせずに官邸奥へと進んだ。


「書類、何が残ってたっけなあ……」
「……」
「うーん、腹減ったから何か食ってからにしようかな」


ラグナの呟きは、声ばかりが大きい独り言だ。
スコールもそれを判っているようで、半歩後ろを黙ってついて行くのみであった。

17年ですっかり通い慣れた廊下を進み、一番奥の執務室に到着する。
扉を開けると、やはり其処は無人であった。
念の為にとスコールが先に中に入り、室内の安全を一通り確認してから、ラグナに入室を促す。


「お待たせしました。問題ありません。どうぞ」
「うん、ありがとな」


ラグナが執務机を覗いてみると、書類は数枚が重ねられているだけだった。
今日の午前は机につけないからと、昨日の内に殆どの書類を終わらせていたお陰だろうか。

机に座り、書類の内容を確認して、サインと判を押して行く。
キロス達が帰ってきたら、追加の書類を持って来られるかも知れないが、この分ならそれも然程多くはないだろう───希望的観測であるが。
そんなことを考えている間に、少ない書類は片付けられる。

ラグナが書類に視線を落とした時から、スコールは執務机から二メートルの位置にある壁際に立って待機していた。
執務室で警護をしている時のスコールのお決まりの立ち位置だ。
其処なら、仕事をしているラグナの姿も、人の出入りがある扉も一目で確認できる配置になる。
この為、スコールはこの場に立つと、用事がなければ自分から動き出す事はない。
時には数時間に渡って直立不動を貫く時があるので、ラグナは時々、このままスコールがマネキン人形にでもなってしまうのではないかと思う事がある。

書類を終わらせてから、ラグナはじぃっとスコールを見ていた。
その視線に気付いていない訳ではないだろうに、スコールは気に留める様子はなく、沈黙して仕事に従事している。
そんな少年を見る度、真面目だなあ、と思う傍ら、ラグナは細やかな悪戯心を刺激された。


「スコール」
「……はい」


名前を呼ぶと、スコールは一拍置いてから返事をした。
蒼の瞳が向けられる事にラグナは表情を緩め、こっちに、と手招きする。
スコールは眉根を寄せつつも、入口の方をちらりと確認だけ済ませて、執務机へと歩き出した。

机を挟んでラグナの正面に立ったスコールだったが、ラグナはにっこりと笑って、椅子の肘掛をぽんぽんと叩く。
その意図する所を読み取って、スコールの眉間には深い皺が寄せられた。
が、睨んでもラグナが表情を変えないのを見ると、判り易い溜息を吐いて見せ、心なしか遅い足取りで机を回り込む。


「何か────」


御用ですか、と言うスコールの言葉を、ラグナは最後まで聞かなかった。
届く距離になったスコールの腕を捕まえて、ぐいっと引き寄せる。
予想していなかった訳でもないだろうに、何処かで油断しているのか、スコールは踏鞴を踏んでラグナの下へと体を傾けた。

とすっ、とラグナの腕の中へ、スコールが落ちて来る。
目を見開いている少年をそのまま抱き寄せ、ラグナは膝の上にスコールを乗せた。


「な……おい!」
「ほらほら、大きな声出したら人が入って来ちゃうぞ」


それまでの鉄面皮が嘘のように、真っ赤になって声を荒げるスコールに、ラグナはくすくすと笑って言った。
スコールは悔しそうに歯を噛んで、じろりとラグナを睨む。


「あんた、仕事中だろう。ふざけてないで真面目に」
「仕事なら終わったよ。書類、大して数がなかったから。だから今日のお仕事はもうお終い」
「あんたはそうでも、俺はまだ任務があるんだ」


スコールにとって、ラグナの傍にいる限りは、仕事は継続しているのだ。
ラグナの仕事が終わったからと言って、睦言に感けられるような時間はない。

しかし、ラグナは構わず、スコールの唇に己のそれを重ねた。


「んぅっ……!」


予告もなく重ねられた口付けに、スコールが目を丸くする。
突発的な出来事に弱いスコールは、驚いた表情のまま、体を硬直させていた。
それを幸いと、ラグナはスコールの腰に腕を回して、まだ青さの残る細い体をしっかりと抱き締める。

絡めた舌をゆっくりと撫でから、ちゅ、と音を立てて唇を離す。
ほう、と心なしか濡れた吐息が、スコールの唇の隙間から漏れた。
微かに上がった呼吸を整えるように、スコールは少しの間肩を揺らした後、


「……人、来ないんだろうな」
「うん」


スコールの問に、ラグナはきっぱりと頷いた。
何の根拠もなく。

ラグナの返答に根拠がない事はスコールも判っていたのだろう、ちらりと蒼の瞳がドアを見る。
今はまだ帰って来る様子のない執政官達だが、記者団への対応が終わったら、順次引き上げて来るに違いない。
早ければ今からでも戻り始めていても可笑しくない頃だ。

だが、スコールの腰を抱く男の手は、確りとしていて離れそうにない。


「……一回だけだ」


赤い顔で、視線を明後日の方向に逸らしたまま、スコールは消え入りそうな声で言った。
うん、とラグナは頷いて、SeeD服の詰襟に指をかける。

制服を脱がせれば、其処にあるのは発展途上の青い果実。
禁断の園を暴くような背徳感を覚えながら、ラグナはその味をゆっくりと味わったのだった




2017/08/08

SeeD服って禁欲的な雰囲気になるのが良いですね。
そしてそれを脱がせたい。

キロスとウォードはその内帰って来るけど、察して中には入って来ないと思います。