その心、彼のみぞ知る


レオンはアルコールに強くはない。
父親が極端に弱い体質なので、これが遺伝したのだろう。
しかし、一杯飲んだだけで目を回してしまう程ではないので、ゆっくりとしたペースであれば、ボトル一本とまでは言わないが、半分程度までは飲める。
ペースを崩さなければ、正体を失くしてしまう事もなく、翌日に二日酔いになって響く事も少ない。

─────が、やはり日々の疲労が蓄積されていたりすると、常よりも早く酔いは回ってくる。


「レオン。レオンったら」


パフォーマンスの時間を終え、小休止のように無人のステージからエスニック調のメロディが流れ出した頃、レオンはバーカウンターの端の席で、テーブルに頭を伏せた格好で眠っていた。
店の其処此処で店員と客の笑い声がしているが、いつも人の気配に敏い筈の青年は、全く起きる様子がない。
アルコールも入って、常よりも深い眠りに入っているようだ。
パフォーマンス前までレオンと話をしていた男が、出番を終えて戻って来た時には、彼は既にこの有様だった。

男が何度呼んでも、肩を揺すって見ても、レオンは目覚めない。
カウンターの向こうでその様子を見ていたママが、どうしたものかしらね、と小さく息を吐いた。


「どうしよう、ママ」
「どうしようってねェ。最近、仕事詰めで疲れてるみたいだったし、あんたからもあんな愚痴を聞かされた後だしね」
「やぁだ、アタシも悪いの?」


拗ねた顔を作る男に、ママは「自覚ないのかい」と呆れた風に言った。


「自分が疲れている時に、人の愚痴なんて聞くものじゃないって言うのに。この子は本当に断るのが下手だね」
「あぁん……ごめんねェ、レオン。でも本当、アナタって優しいわねェ。好・き!」
「こら。寝込みを襲うんじゃない」


レオンの耳元で、ちゅっと男の唇が鳴った。
ママは嗜めるように男を叱ったが、レオンの方は全くの無反応である。

このまま滾々と眠り続けそうな青年に、どうしたものか、と二人はもう一度頭を悩ませ始める。
──────と、


「やっぱり此処にいたか」


聞こえた声にママと男が顔を上げると、金髪を鶏冠のように逆立てた男が立っていた。
すっかり見慣れた男の登場に、ママがほっと安堵の息を漏らす。


「相変わらず良い所に来てくれるね、クラウド。レオン、すっかり眠っちゃってねェ」
「だろうと思ったんだ。最近、忙しかったし、上がぐちぐち煩くなってたからな」


クラウド・ストライフと言う名のこの男は、レオンの仕事場の後輩であった。
大学生時代からの付き合いで、何かとレオンの後をついて来るらしい。
彼がこのオカマバーに来るようになったのも、一人でふらふらと飲みに行くレオンの後をつけての事だった。

クラウドは眠るレオンの顔を覗き込み、耳元で「レオン、おい、」と何度か呼んだ後、溜息を吐いた。
吐息がかりそうに近い程の距離だったのに、レオンはやはり目覚めない。


「スコールが寝ないで待ってるってのに」
「スコールって、レオンの弟だって言う?」
「ああ。そいつから、レオンがまだ帰って来ない、知らないかって俺に連絡が来たんだ」
「優しい弟さんねェ。いつか連れて来てって伝えておいて頂戴」
「言っても良いけど、レオンは多分駄目だって言うぞ。まだ未成年だからな」
「あらァ、残念」


眉尻を下げる男を尻目に、クラウドはポケットから財布を取り出した。


「レオンの分、俺が払う。幾らだ?」
「ボトル一本で3500ギル…だけど、レオンはしょっちゅう来てくれるし、お酒も半分くらいしか飲まないしね。3000ギルにおまけしておいてあげるよ。代わりに、今度はアンタも飲みに来てくれるかい?」
「レオンが一緒に行っても良いって言ったらな」


レオンが同僚や後輩に見付かるのを避けて、この店に足を運んでいる事を、クラウドは知っている。
だからクラウドは、レオンの弟から連絡を貰ったり、自身もレオンの様子が気になった時にしか、この店には訪れないようにしているのだ。

ママに代金を支払って、クラウドは眠るレオンの肩をもう一度揺すった。
やはり彼が起きる様子はなかったので、突っ伏している肩を起こし、店員に手伝って貰いながら、レオンを背負う。
自分より上背のある男を背負っているのに、クラウドは平然とした顔で踵を返す。
店の出口に向かって歩き出すと、その振動が伝わったのか、ふる、とレオンの長い睫が揺れた。


「ん…ぅ…?……クラウド……?」
「寝てていいぞ」
「……なんで、お前が……」
「迎えに来たから。スコールが心配してたぞ」
「……スコー、ル……」
「明日はお説教だな」
「……うん……」


微かに覗いていた青灰色の瞳が、また瞼の裏に隠れる。
すぅすぅと寝息を立て始めたレオンに、クラウドは小さく息を吐き、ずり落ちた体を背負い直した。


「じゃあ、帰る。世話かけたな」
「それはこっちの台詞だよ。またいつでもおいでって伝えておいて」
「ああ」


簡素な挨拶だけをして、クラウドは店を後にする。

カウンター前に残っていた男が、ママへと振り返った。
うきうきとした表情を浮かべているのを見て、ママは今度はなんだい、と面倒臭そうに目を細める。


「ねェ、ママ。彼って、レオンの事、どう思ってるのかしらね?」
「野暮な詮索はしない事だよ」
「それは判ってるわよォ。でも気になるのよ。彼のレオンを見る眼、とっても優しいんだもの」


クラウドを職場の後輩だ、と言って紹介のは、他でもないレオンである。
その時、クラウドのレオンへと向けられる瞳は、“先輩と後輩”と言う仲では括れない気配があった。
レオンの方は純粋に後輩として見ているようだが、クラウドの方はどうなのだろう─────と言うのは、この店の従業員の間で、度々交わされる話題であった。

レオンにこの件について尋ねても、彼はきょとんとして首を傾げるばかりだから、真相について問うのなら、クラウドの方が良いだろう。
それもあって、従業員達は、レオンの来訪とはまた別の意味で、クラウドの来店を心待ちにしている。
しかし今のところ、彼はレオンの迎えに来るか、気紛れに来て短い時間を過ごすばかりで、従業員たちの心を捉えて離さない噂については、一切何も話そうとしない。
それが余計に従業員達の憶測を深めていた。

男はカウンターテーブルに腕を乗せて、ふふ、と笑う。


「レオン、凄く良い男だものね。クラウドも。きっとお似合いよォ」
「勝手に想像を膨らませるんじゃないよ」
「そんな事言って、ママだって気になってる癖にィ」


くすくすと笑う男に、まぁ少しはね、とママは言った。

人に気を遣ってばかりのレオンが、唯一気を遣わない相手がクラウドだ。
逆に、殆ど他人に対して気を使おうとしない、マイペースなクラウドが、唯一、心を配るのがレオンであった。
今のところ、正反対な気質でありながら、二人は上手く噛み合っているようだが、


「上手く行くといいわね、あの二人」




─────今のままでも、いつか二人の関係が変わる時が来るとしても。

変わらない姿で、二人揃って店を出て行く彼らの背中を見ていたいと、思った。





2012/09/13

酔い潰れたレオンをおんぶして連れて帰るクラウドと、知らない所で色々噂されるクラレオが書きたかった。