重ねる、溶ける、零れ落ちる


微かに浮上した意識を、更に上へと押し上げるように、差し込む光。
重い体はまだ睡眠を欲していたが、理性は目覚めなければならないと言う。

結局、理性が勝って、レオンはのろのろと瞼を開けた。
起き上がって散らばった髪を手櫛で掻きながら、閉めたカーテンの隙間を見遣る。
目を開ける前に感じていたよりも、光はそれ程強くはなく、陽光と言うには足りない外光が零れている。
伸ばした腕で一番近い位置にある窓のカーテンを開けると、曇天が空を覆っている。


「……雨か……」


光の弱さの理由を知って、レオンは納得し、興味を失った。
カーテンを摘んでいた手を離せば、腕はぱたりと落ちる。

起き上がった時にシーツが体から剥がれ落ちたので、レオンは裸身を空気に晒していた。
雨で気温が下がっているのだろう、微かに冷えた隙間風がレオンの肌を撫でる。
ふる、と冷気を嫌った躯が震えて、レオンは熱を蓄えられるものを探して寝返りを打った。

────そうして目の前にあった背中を見て、眉根を寄せる。

起き上がって見れば、その背中の向こうに広がっていた情景が見える。
脱ぎ散らかした服が床に散らばっているのを見て、溜息が漏れる。
重い体の理由も、気分にまで及ぶ気怠さも、理由は全て判っている事であったが、それを具現化させたような部屋の有様は、レオンの落ちた気分に更に追い打ちをかけるには十分であった。

部屋の惨状に助長されたように、レオンは服を着るのも面倒になっていた。
裸のまま、レオンは傍の窓にもう一度手を伸ばし、カーテンの隙間から鍵に手をかけた。
カチン、と音を立ててロックが外れ、カラカラと車輪の音を立てて、軋んだ窓が開けられる。


(……激しくはないが……止みそうには、ないな)


空から落ちる雫粒は、大きさこそないものの、復興途中の街全体を余すところなく濡らしている。
この分では、今日は復興作業など出来ないだろう。
街の人々が外を出歩く事も減るので、ハートレスによる被害を防ぐ為のパトロールも、しなくて良い。
それでも何も起こらないとは言い切れないので、寝倒している訳には行かないが、慌てて城に向かう必要がないのも確かであった。

開けた窓の桟に腕を乗せて、その上に頭を乗せる。
風はないので、降る雨が部屋の中に吹き込んでくる事はなかった。

目が覚めたのだから、朝飯を食べなければ。
そう思いながら、レオンは自分が空腹を感じていない事を自覚していた。
昨日の夜はきちんと食べたから、今は食べなくても良いか、とぼんやりと雨雲に覆われた空を見ていると、


「どうした」


背中にかけられた声に、レオンはちらりと瞳を動かしたが、直ぐに視線は空へと帰る。
声の主もレオンの反応を予測していたのか、咎める声はなく、代わりにするりと腰骨を撫でられる。

触れる手を好きにさせていると、きしり、とベッドの軋む音がした。
背中を大きなものに覆われ、腹に回された腕が、閉じ込めるように力を籠める。
さらりと長い銀糸がレオンの肩をくすぐりながら流れ落ちて行った。


「雨か」
「……ああ」
「それなら、今日は急く事もないな」


低く通りの良い声が、レオンの耳元で囁くように紡がれる。
その声に、ねっとりと絡み付くような何かを感じるのは、果たしてレオンの思い過ごしだろうか。

腹を抱いていた腕が、滑らかな肌を撫でるように探る。
耳朶の裏側に吐息が掛かるのを感じて、レオンは頭を振ってそれを嫌った。
すると、肌を撫でていた手が上がって来て、レオンの顎を捕らえて後ろへと振り向かせる。
抵抗が面倒で従ってやれば、よく知る色とは微妙に違う光彩を宿した瞳が間近にあって、呼吸が塞がれた。

初めの頃こそ、何も言わずとも抵抗を感じていた口付けであったが、何度も繰り返されている内に、拒否する事が面倒になった。
そうして受け入れてしまってからは、段々と抵抗感も消えて行き、今では重ねられても何も思う事はない。


「ん……」
「……ふ、」
「んんっ……!」


顎にかけられた指に力が入って、口を開けるように促された。
されるがままに唇を割れば、熱い肉の塊が滑り込んできて、レオンのそれを絡め取る。

昨夜の熱を思い起こさせんとするように、男の舌は執拗にレオンの咥内を舐る。
それを受ける事に抵抗は辞めたが、眉間の皺だけは無意識に寄るようで、レオンの表情は毎回厳しいものになった。
だが、男はそんなレオンの表情すらも愉しむような表情を浮かべて、瞬きすらせずに、嬲られるレオンの顔を至近距離で眺めている。

舌を外へと導き出しながら、口付けから解放されると、レオンははぁっと熱を孕んだ呼気を漏らした。
唾液の落ちる顎を手の甲で拭っている間に、腰を抱かれて強い力で引き寄せられる。
窓に寄り掛かっていた体が離れて、代わりに背後にいる男の胸に体を預けた。


「そう恨めしい顔を向けてくれるな」
「……」
「…また泣かせてやりたくなる」


薄い笑みを浮かべて囁く男の言葉に、レオンははっきりと顔を顰めた。
覗き込んでくる男の顔が腹立たしくて、肩にかかる長い銀糸すら鬱陶しく、レオンは手で払う仕草をして見せた。
先の言葉に対し、お断りだ、と無言で示すレオンに、男はくつくつと笑う。


「そうは言うが、お前の躯は感じ易いからな。昨日もよく泣いたのを覚えているぞ」
「……っ」


厚みのある胸を、節の長い指が這う。
それだけで躯が震えてしまう程、自分が背後の男に侵入されている事を自覚して、レオンの顔に朱が走った。

唇を噛んで悔しげに眉を顰めるレオンに、男は宥めるように赤らんだ頬を撫でて言った。


「お前の所為ではない。その体は一人では持て余すものだからな」
「……そうさせたのは、あんただろう」
「ああ、俺にも責任はある。だが、そもそも、お前にそんな想いをさせたのは────」


其処から先の男の言葉はなかった。
射殺さんばかりに睨む蒼灰色が、それ以上の言葉を禁じている。

銀糸の男は、睨むレオンの表情を見て、益々愉快そうに哂った。
独特の仄昏い光を宿した碧眼は、まるで魂の檻のようで、それに見詰められていると、心の奥底に隠したものが暴かれてしまう気がする。
だからレオンはその目を見るのが嫌いなのだが、よく似た色と長らく向き合っていない事を思うと、どうしても目が離せなくなる瞬間があった。
……それを見抜かれてしまったから、この爛れた関係は始まった。

抱き締める腕を解かせ、レオンは男の腕から抜け出した。
しかし、ベッドを下りようと背を向けた所をまた捕まえられ、シーツの波へと引き倒される。
レオンの体重を受け止めたベッドが抗議の音を上げた後、レオンの上に大きな影が覆い被さった。


「おい」
「なんだ?」
「もうしない」
「飽きたか」
「疲れてるんだ」
「激しくしたからな」


何を、と男は言わなかったが、昨夜の事を指しているのは明らかだ。
お前が泣くから、と囁く男に、レオンは触れたもの───枕を掴んで、目の前の男の顔面に叩き投げてやった。

くつくつと喉を震わせる声がする。
枕を奪われ、ベッドの下へと放り投げられて、レオンの気分はまた下がった。
開かされた足の間に男の躯が割り込めば、レオンは馬乗りになった男から逃げる事も、彼を蹴り飛ばす事も出来ない。


「しないと言ってる」
「どうせする事もないんだろう。あれも来る気配はない」
「……言うなと言った」
「誰とは言っていない」
「言ったようなものだろう」


レオンが何を言っても、目の前の男には暖簾に腕押しであった。
最初からこうなのだ。
レオンが何を思うと、何を考えようと、この男は自分のしたいようにしか行動しない。

だから本当にレオンが今の関係を否定する気があるのであれば、レオンが本気で抵抗する以外に方法はない。
ガンブレードでも魔法でも───この男に通用するのかは甚だ謎だが───使って、殺すつもりの意思でも示さない限り、男はレオンを抱く腕を離そうとはするまい。
レオン自身が、預か一片でも、この歪な温もりを求める心がある限り、二人の関係が終わる事はない。

顎に指が掛かり、見ろ、と無言で命令された。
従うつもりはなかったが、抗うのもやはり面倒で、顔を上げてやれば、唇が重ねられる。
視界の端に見えるのは、ちらちらと光る銀色ばかりで、レオンの世界は銀一色に閉じ込められていた。


(俺は、)
(俺は、いつまで、)


こんな事を続けているのか。
こんな関係を、続けていれば良いのか。

問うてみた所で、レオンが望む答えを返してくれる者は此処にはなく、目の前にいるのは、爪を失った猫を薄笑いを浮かべながら可愛がっている狂人だけ。



……帰って来ないお前が悪い。

もう長く見ていない金糸の翳に、レオンはそれだけを吐き捨てて、目を閉じた。





2017/08/08

『セフィレオで寝取られてる感じ』のリクエストを頂きました。
クラレオを前提に。

ぼんやりと諦めの混じったレオンは、投げ槍感と危うい雰囲気がありそうで好き。