熱を伝えて


演技力には対して自信はないけれど、電話越しなら多少は相手も騙されてくれる。
普段は真面目に仕事をしていた事も功を奏して、ゆっくりと休んでくれと言われて、ほっとした。
ついでに溜まっている有給も消費しろと言われたので、遠慮なく使わせて貰う事にする。
元々、こんな時の為に使わずに残していたようなものだから、気兼ねする必要もない。

携帯電話の通話を切って、ズボンのポケットに押し込みながら、火にかけていた小さな土鍋の蓋を開ける。
ほこほこと温かな湯気が立ち上るのを確かめて、レオンはコンロの火を消した。
水分を多く含んで柔らかくなった白米の真ん中に、赤い梅干しが一つ。
味見をしてみると、梅干しの仄かな塩気の他は、米の控え目な味が残るのみ。
今の所はこれくらいで良いだろうと、トレイに鍋敷きを敷いて、その上に土鍋と匙を置いた。

トレイを持ってキッチンを出て、リビングを通り過ぎる。
寝室のドアを背中で開けれると、一つだけ置かれたベッドの上で、蹲っている少年がいる。


「スコール、粥が出来たぞ」
「……ん……」


もぞ、と少年が身動ぎして、被っていた布団の端を持ち挙げる。
頬を赤らめ、心持ちぼんやりとした蒼灰色が、レオンを見付けた。

ゆっくりと起き上がる少年────スコールは見るからに体が重そうだった。
それも無理のない話である。
彼は昨夜から熱を出し、深夜にはピークを迎えて、眠っている事も難しい程の高熱に魘されていた。
レオンの夜通しの看病の甲斐あって、明け方から熱は下がり始めたが、それでもまだ38度と言う熱に苛まれている。

レオンはサイドボードにトレイを置いて、起き上がったスコールが楽に座っていられるように、枕をベッドヘッドに立てかけた。
柔かな背凭れにスコールが体重を預けて、汗の滲んだ額を拭う。


「大丈夫か?」
「……なんとか。夜より大分楽になったから…」
「良かった。飯は食えそうか?」
「……多分」
「無理に全部は食べなくても良いからな」


昨夜の意識朦朧としたスコールの姿を思い出しつつ、きちんと会話が出来る位に意識が明瞭としている弟の姿に&しつつ、レオンは土鍋の蓋を開ける。
まだまだ熱の残る粥と梅干しを、匙を使って軽く解す。
一口分を掬い取って、ふー、ふー、と息を吹きかけて軽く冷ましてから、レオンは粥をスコールへと差し出した。


「ほら、スコール」
「え……」


レオンが差し出したのは、匙の柄ではなく、先の方。
つまり、口を開けろとレオンは言っているのだと悟って、スコールの顔が赤くなった。


「い、良い。自分で食べるから」
「そう言うな。こんな時にしか甘やかしてやれないんだ。付き合ってくれ」


世話を焼きたいんだと言うレオンに、スコールは赤い顔を俯けた。
蒼の瞳が恥ずかしそうに右往左往した後、見詰める兄の視線に耐え切れなくなって、そろそろと口を開ける。

小さな口が開いたのを見て、レオンは其処に匙を運んだ。
はく、と匙の先をスコールが咥えたのを確認してから、レオンは匙を引く。
温かく柔らかい米は、顎をそれ程動かさずともほろほろと形が崩していき、とろみと一緒に飲み込む事が出来た。


「美味いか?」
「……ん…多分……」


レオンが作ってくれたのだから、美味くない訳がない、とスコールは思うのだが、どうにも味覚の働きが鈍い。
スコールのそんな様子にも気付いて、レオンは眉尻を下げ、くしゃくしゃとスコールの頭を撫でた。

二口目もレオンが掬い、冷ましてから、スコールに差し出す。
スコールは雛鳥になったような気分で、粥を食べていた。

レオンが作った粥は、いつも食が細いスコールの為に、一般的な一人前よりもずっと少なく作っていたのだが、それでも半分程度が残った。
折角作ってくれたのに、とスコールは思うが、余り食欲が湧かないのも事実。
食べれただけでも十分だ、と言ってくれるレオンの言葉に甘えて、スコールの朝食は終わった。
買い置きしていた風邪薬も飲んで、汗で失われた水分を取り戻す為、白湯をもう一杯飲んでおく。

レオンは中身の残った鍋に蓋をして、トレイを持って立ち上がりながら言った。


「夜の間に随分と汗を掻いただろう。身体を拭いて着替えた方が良いな」
「……ん」
「蒸しタオルと着替えを取ってくるから、少し待っていろ」


レオンの言葉に頷いて、待つ間にスコールは体の熱を逃がさないよう、布団に潜り込んだ。

レオンは残った粥を土鍋から茶碗に移し、ラップをかけて冷蔵庫に入れた。
洗い物は手早く済ませて、洗面所から持ち出したタオルをポットの湯に浸してしっかりと絞る。
着替えにするシャツも、リビングのクローゼットから探し出して、寝室へと戻った。

腹が膨れて眠気が来たのか、スコールは布団の中でうとうとと舟をこいでいた。
無防備な姿に、寝かせてやりたい気持ちはあるが、昨夜から続いた高熱で、夜通し汗を掻き続けていた事を思うと、清潔を保つ為にも、着替えは済ませておかなければならない。


「スコール、着替えよう。もう少しだけ起きていられるか」
「んぅ……」


スコールは眉根を寄せて、むずがる様に布団を手繰り寄せて隠れようとする。
昨晩は決して安眠できた状態ではなく、苦しむばかりの一夜となった為、落ち着いた今になって改めて眠いのだろう。
早く休ませてやりたい気持ちを堪えつつ、レオンはスコールの身体を抱き起した。


「レオン…ねむい……」
「ああ。だから、着替えが終わるまでの辛抱だ」


終わったらゆっくり寝ていいから、と言うレオンに、スコールは拗ねた唇を見せつつ、小さく頷く。

万歳、とレオンが促すと、スコールは素直に両手を上にあげた。
幼い頃を彷彿とさせる仕草に笑みを零しつつ、レオンはシャツを持ち上げて、すぽんと脱がせてやる。
脱がせた服を畳むのは後回しにして、レオンは蒸しタオルでスコールの身体をゆっくりと拭き始めた。
服の中で籠っていた空気や、汗のベタつきがなくなり、すっきりとした感覚に洗われて行くのを感じながら、スコールは消えない眠気の中で、ゆらゆらと頭を揺らしている。

レオンはスコールの正面から抱き寄せて、自分へと寄り掛からせた。
体重を預けるスコールを受け止めたまま、スコールの背中を拭いていると、スコールが甘えるように肩口に頬を摺り寄せたのが判った。


「ん……」
「気持ち良いか?」
「……うん…」


力の入らない手が、レオンの服の端を握る。
ちょっと弱っているな、と甘える仕草を隠さないスコールに、レオンは眦を緩めた。

身体を拭き終わり、冷えない内にと着替えのシャツを広げるレオンに、スコールが小さな声で尋ねる。


「…そう言えば、レオン。仕事は……」
「ああ。休みにさせて貰った」


さらりと言ったレオンに、スコールは目を丸くして顔を上げる。
それから、気まずそうに俯いて、


「あの……俺、もう平気だから、今からでも……」
「そんなにフラフラしているのに、平気な訳がないだろう?」
「だ、大丈夫だ……後は寝てれば、その内治る……」


寄り掛からせていた身体を離し、平気だと言うスコール。
しかし、レオンはその体をもう一度抱き寄せて、まだ熱の残る細い体を慰めるように撫でる。


「良いんだ、俺が勝手に休んでるんだからな。今から仕事に言った所で、どうせ手につかないし」
「……」
「お前の傍にいたいんだよ。こんな時でもないと、一日中一緒にいるって事も出来ないからな」


平日はレオンは仕事、スコールは学校がある。
レオンが仕事を終えて帰った時には、スコールは明日に備えて眠っている事も多かった。
レオンはあまり家に仕事を持ち帰らないから、土日になれば少しは時間の空きも作れるが、それも毎回と言う訳ではない。
誰かの手伝い、或いは尻拭いで折角の休日を返上する事も少なくないし、スコールもスコールで、誰かと遊ぶ約束をしていたり、食事の準備に買い物に行ったりと、暇とは言い切れない日々である。

だから、こうして朝から家で一緒に過ごせると言うのは、滅多にない事だった。
それを思うと、体調不良でレオンの手を煩わせている後ろめたさの傍ら、兄が傍にいてくれる事を嬉しく思うのも確かであった。

赤くなるスコールの胸中を察しつつ、レオンは広げたシャツを彼に着せて、


「ほら、ズボンを脱いで。下着も替えてしまおう」
「ちょ……ま、待て。自分で脱ぐから……うあっ」


レオンの手がズボンの端を引っ張って、スコールは慌てて前を掴んで抵抗する。
が、レオンの方が一枚上手で、ゴム紐のズボンはあっさり脱げ落ちてしまった。


「レオン!」
「怒るな。判った、向こうを向いててやるから」


真っ赤になって声を荒げるスコールに、レオンは降参と両手を挙げて離れる。
背中を向ける兄を睨みつつ、スコールは上がった体温の所為でくらくらとする頭を叱咤して、自分の手で下着を履きかえた。

脱いだ服をレオンが洗面所へと持って行き、洗濯機の中に入れて、スイッチを押す。
洗濯機を回したまま、レオンはまた寝室へと戻って、ベッドの端に腰を下ろした。
きしりと小さく軋んだベッドの上で、スコールは枕元に座っている兄を見上げる。


「……仕事、本当に大丈夫なのか?」
「ああ。有給も溜まっていたしな。問題ない」
「……そうか」
「だから、今日はずっと一緒にいられる」


そう言ったレオンは、双眸を柔らかく細め、嬉しそうだった。
新しく汗が滲み始めた額を撫でる手は、スコールの体温が上がっている所為だろう、少しひんやりと冷たく感じられる。
その掌の感触が心地良くて、スコールは心臓の鼓動が落ち着いていくのが判った。

食事も終わり、薬も飲んで、着替えも済んだ。
病人であるスコールがやる事を済ませると、また体は休息を求めて、睡魔がやって来る。
意識がうつらうつらとし始めるのを感じて、スコールは目を擦った。
と、擦る手がやんわりと捕まえられて、視線を上げれば、自分と同じチョコレートブラウンの髪が頬をくすぐる。
唇に柔らかいものが触れたのを感じ、スコールは眉を潜めて、目の前の男を見詰め、


「……伝染る……」
「構わない」


伝染ったら、今度はお前に看病して貰うから。
そう言ってもう一度重なる唇に、それならもう一日一緒にいられるかな、とスコールは思った。




2017/08/08

『サラリーマンレオン×学生スコールで、風邪ひきスコールを看病するレオン』のリクエストを頂きました。

スコールが体調不良になったら、迷わず仕事を休んで看病するのがうちのレオン。
どうせ仕事に行っても、気になって仕方がないんだろうな。