熱が呼ぶもの


「……暑い」


出迎えたウォーリアを見たスコールの第一声は、その三文字だった。
そのままぐらりと傾いた体を反射的に受け止めて、晒された項が驚くほど真っ赤になっている事に目を瞠る。

気温が真夏日を越えて猛暑日へ、若しかしたら酷暑まで到達するかも知れないと、天気予報で言っていた。
それを見てから、迎えに行こう、とウォーリアは言ったのだが、スコールが要らないと言った。
彼が一人暮らしをしている家から、ウォーリアの住むアパートまでは、徒歩で十分もかからない。
道中には路なりに木があるし、日陰を通りながら行けば大した事はない、何よりどうせあんたの家に行くんだから迎えなんて手間になるだけだろう、とスコールが言ったのだが、それに根負けした自分を、ウォーリアは遅蒔きに後悔した。

普段、スコールは外で過ごす事がなく、その所為か、肌も白い。
元々日焼けする性質ではない事もあり、痩せ型の体躯も相俟って、華奢に見える事もあった。
それでも、運動神経も良いし、スポーツマンには及ばないでも、平均的な体力筋力はある。
だから、きっと大丈夫だろう、とウォーリアは彼が家に来るまで大人しく待っていたのだが、コンクリートジャングルが齎す熱は、数字で見る以上に人体に負荷を齎す。


「スコール、大丈夫か?」
「……ん……」


呼びかけるウォーリアに、スコールは小さな声で返事をした。
しかし、それは問いかけへの返事と言うよりも、声が聞こえたので反応した、と言う程度だ。

ウォーリアはスコールを抱き上げると、リビングへと運び、ソファの上に寝かせた。
リビングは空調のお陰で快適な温度となっており、スコールは火照った肌に触れるひんやりとした涼風に、ほっと安堵の息を吐く。

ウォーリアは冷蔵庫を開け、冷やしていた麦茶を取り出した。
水出しの麦茶をグラスに注ぎ、氷を二つ入れてリビングへと運ぶ。
汗の滲む額に手を当て、ぼんやりとしているスコールに見えるように差し出すと、スコールはちらりとそれお見遣って、ゆっくりと起き上がる。


「……悪い…」
「構わない。ゆっくり飲むと良い」
「……ん」


グラスを傾け、こく、こく、と少しずつの麦茶を喉に通して行くスコール。
肌の赤味は中々消えないが、蒼の瞳には明瞭な意識が戻って来ているのが判って、ウォーリアは胸を撫で下ろした。


「すまない、スコール。やはり迎えに行くべきだった」
「…別に、そんなの要らないって言っただろう」


詫びるウォーリアに、スコールは眉根を寄せて言った。
中身を半分まで減らしたグラスの中で、小さくなった氷がカランと音を立てる。


「だが、私が車を出していれば、こんなにも辛い思いはしなかっただろう」
「……それは、まあ……そうだけど」
「すまない」
「……だからって、あんたが謝るものでもないだろ…」


断って歩いて行くと言ったのは自分だ、とスコールは言って、もう一口麦茶を飲む。

確かに、ウォーリアが迎えに来てくれていれば、炎天下を歩く事はなく、コンクリートジャングルの熱に焼かれる事はなかった。
しかし、彼の申し出を断った時点で、あとは自分の責任だとスコールは思う。
鉄板の如く熱くなった地面と、ビルの窓ガラスから乱反射して落ちて来る陽光熱、更に無風状態により滞留するばかりの熱された空気。
それらを侮った自分が悪いのだ、とスコールは思うのだが、


「いや、私が気付くべきだったのだ」
「……あんたな……」


あくまでも自分に責があるのだと言うウォーリアに、スコールは呆れるしかない。
甘過ぎる、と呟いて、反論したい気持ちに駆られつつも、じっと見詰めるアイスブルーの瞳に後悔の念が強く滲んでいるのを見て、閉口した。
こう言う時は、ウォーリアが納得できるように好きにさせるのが良いと、短くない付き合いで学んでいる。

スコールがじっと静かに冷茶を飲んでいると、ウォーリアがおもむろに立ち上がる。


「冷やしたタオルを持って来よう。肌も冷やした方が良い」
「……ああ。ありがとう」


炎天を歩いて来たお陰で、スコールの肌はすっかり焼けて赤くなっている。
家の中に入った今でも、ヒリヒリとした感覚は続いていた。

ウォーリアは洗面所から清潔なタオルを持ち出すと、キッチンの水道でしっかりと濡らした。
軽く絞って水滴が出ない程度まで水気を抜いて、リビングにいるスコールの下へ戻る。
タオルを差し出せば、スコールは「…ありがとう」と小さな声で言って、タオルを受け取り、未だ汗の止まらない顔に押し付ける。


「……つめたい」
「………」
「良いな」


タオルから顔を離したスコールは、頬の赤身が微かに抑えられていた。
そのまま腕を軽く拭き、タオルが温くならない内にと、首に宛がう。
血管の集まっている場所が冷えると、籠っていた体の熱も徐々に逃げて行くような気がする。

そのままじっとしているスコールを見詰めて、ウォーリアが努めて柔らかな声で言う。


「スコール。タオルをもう一つ、冷やしてこようか」
「いや、これで良い」
「では、麦茶を」
「それも良い。あんまり冷たいものばかり飲んだら、腹に来る」


ウォーリアの気遣いを有難くは思いつつも、少し過剰だな、とスコールは思った。
責任を感じている分、何かしなければと思っているのだろうが、スコール自身は玄関から此処まで運んで貰った上に、麦茶も貰って、それで十分だ。

スコールはグラスに申し訳程度に残っていた麦茶を口に入れた。
僅かに残っていた氷が、スコールの口の中に入って、舌の熱で直ぐに溶けて行く。
涼が喉を通って行くのを感じて、スコールは一心地ついた気持ちで、ソファの背凭れに寄り掛かった。


「もう十分だ。……心配させて悪かった」
「構わない。だが、本当にもう大丈夫なのか?」
「問題ない」
「ティーダから、一昨日、体育の授業の時に倒れたと聞いたが」
「……」


ウォーリアの口から紡がれた友人の名に、あいつ、とスコールの眉根が寄る。

確かに、一昨日の体育の授業中、スコールは日射病で気を失いかけた。
幸い、意識を飛ばす程には至らず、グラウンドの隅の木陰で休む程度で済んだが、友人達を酷く心配させた事には変わりない。
それがどうしてティーダの口からウォーリアに伝わったのかは判らないが、何にせよ、口の軽い友人を少々恨む。
妙に過保護なウォーリアに知られたら、きっと過剰に心配して面倒になるだろうから、黙っていようと思っていたのに。

休み明けにティーダには一言言わねばなるまい。
そんな事を考えるスコールの頬に、ひたり、と冷たい手が触れる。


「…まだ少し暑いな」
「……あんたの手が冷たいんだろう」


濡らしたタオルを絞った為に、ウォーリアの手は少し冷たくなっている。
やっぱり過剰な心配なんだ、と思いつつ、スコールはウォーリアの手を振り払う事はしない。
ゆっくりと、労わるように触れる手指の動きに、少し照れ臭いものを感じるけれど、冷たい感触は心地が良かった。

猫のように目を細めるスコールを、ウォーリアはじっと見詰めている。
家に迎えた時よりも、頬の赤味は落ち着いたが、日焼けの名残は未だに残っており、普段の白さと違って微かに肌が紅潮している。


「…日に焼けると、君は痛みを感じるそうだな」
「ああ。だから夏は嫌いだ」
「難儀だな。今は痛くはないのか?」
「……これのお陰で、少し落ち着いた」


これ、と言ってスコールが示したのは、首にかけた濡れタオルだ。
もう大して冷たいと思う程の温度ではないが、水分補給をしたからか、まだじわじわと滲んでいる汗を拭うのに役に立っている。

そのタオルの端から、スコールの浮き上がった鎖骨が隠れては覗く。
じわり、と何かが自分の中から滲み出て来るのを、ウォーリアは感じていた。
微かに赤い頬を撫でる指が滑り、両手でスコールの顔を包み込んで上向かせる。
きょとんとした瞳の蒼灰色がウォーリアを映した後、近付く気配を感じ取って、ウォーリアは己の手の中で、スコールの頬がまた熱を持つのを見た。


「おい、ウォル────」


名を呼ぼうとする唇を、そっと塞ぐ。
スコールはしばらくの間混乱した表情を浮かべていたが、直にそれも消え、躊躇い勝ちに伸ばされた手が、ウォーリアの服の端を握る。
ウォーリアが細腰に腕を回して抱き寄せると、その体は抵抗することなく腕の檻へと閉じ込められた。



熱を帯びた少年の姿は、情欲の時を仄かに匂わせる。
恐らくは無自覚であろう恋人に、ウォーリアはどう言って聞かせれば良いかと考えながら、深い口付けに伝わる熱に酔って行った。




2017/08/08

『スコールが暑いと愚痴ったら、心配されて看病されたかと思ったら、いつの間にかエロに』のリクエストを頂きました。
相手の指定がなかったので、現パロWoLで書かせて頂きました。