重ねる日常


同居生活を始めて以来、先に目が覚めるのは、大抵サイファーの方だった。

スコールは任務の言葉が絡めばスイッチが入り、自分で意識した時間に自動で目覚める機能が付くが、平時はその機能は完全にオフになっている。
この為、平時のスコールと言うのは非常に寝汚く、寝起きも悪い。
それでも、ガーデン寮で一人暮らし同然の生活をしていた間は、朝食の準備をする事があったのだが、サイファーと同居を始めてからは、専ら寝起きの良いサイファーが担うようになった為、起こされるまでベッドの住人になっている事が多い。
他にも、別の理由で起きたくても起きられない時もあるので、朝の準備と言うものは基本的にサイファーが引き受けるようになっていた。

今日のスコールは、目覚める事は目覚めたが、起きる気力がなかった。
腰が痛い、喉が痛い、と不満を呈するスコールを宥めて、サイファーは着替えを済ませて、キッチンへと向かった。
昨夜は少々張り切ってしまったので、サイファーも少々腰に痛みが残る気がするのだが、それでもスコールよりは遥かにマシである。
ふあ、と欠伸を漏らしながら、サイファーはパンをトースターに入れ、昨日の夕飯にスコールが作り置きしていたスープの鍋を冷蔵庫から取り出す。
鍋を火にかけて温めながら、その隣にフライパンを出して、真空保存されたベーコンのパックを開け、油は引かずにフライパンに乗せる。
焦げ付かせない程度に火力を調整し、放置しないように気を付けながら、レタスを千切ってサラダを作った。

ふつふつと鍋の中身が沸騰して来た所で、サイファーは鍋の火を止めた。
流し台のラックから二人分の食器を出していると、ぺたぺたと裸足の足音が聞こえる。


「おう、起きれたのか」
「……一応」


サイファーが振り返ると、腰を僅かに庇う仕草を見せながら、スコールがキッチンの入り口に立っていた。
起きれたんなら何よりだ、とサイファーは言ったが、直後にスコールの格好を見て眉根を寄せる。


「おい、それ俺のパンツじゃねえか」
「落ちてたから借りた」
「お前な」
「……ずり落ちそうだ。あんた、太ったんじゃないか」
「お前が細っこいだけだ」


スコールは部屋着にしている大きめのシャツと、サイファーのトランクスと言う井出達だった。
ズボンは面倒だったのか履いておらず、毛の薄い足が剥き出しになっている。
昨夜、その足に軽く噛み付いてやった時、酷く恥ずかしがって暴れていた癖に、今はその足首に噛み痕が残っている事も気にしていない。
嫌がる基準がいまいち謎だよな、と思いつつ、サイファーは火の通ったベーコンをフライパンから上げた。


「風呂場から自分の服取ってこい。もう乾いてるだろ」
「……ん」


昨日の夜、風呂に入っている間に洗濯機は回した。
それが終わると、脱水の終わった洗濯物は風呂場に干され、換気扇を回すのが毎日の通例である。
換気扇は一晩回り続けているので、余程厚みのある生地でなければ、服は大方乾いている筈だ。

スコールはのろのろとした足取りで風呂場へと向かって行った。
足元がまだ覚束無いのを見るに、腰の痛みは当然として、睡魔もまだ残っているのかも知れない。
ついでに顔洗え、と言うと、スコールは振り返らないままひらひらと片手だけを振って、脱衣所兼洗面所へと消えた。

トーストに良い焼き色が付き、スープをスープ皿に移して、朝食の用意は整った。
その頃にはスコールも服の回収を終えて戻ってきており、着替えを済ませて食卓テーブルについていた。


「ほれ、飯だ」
「ん」
「お前、寝癖ついてんぞ」
「……後で直す」


不自然に跳ねた横髪を指摘してやれば、スコールは眉根を寄せて答え、イチゴジャムに手を伸ばす。

ジャムを塗ったトーストを、スコールは大きく口を開けて齧る。
サイファーもベーコンにフォークを指して、口の中へと持って行った。


「食い終わったら買い物行くけどよ。お前も行くか」
「…何の買い物だ?」
「俺のガンブレ、ジャンクショップに預けてるんだよ。それの引き取りと、本屋と。後は適当にブラついて」
「昼飯、外か?」
「ああ。冷蔵庫の中身が少ねえから。んで、帰りに食糧まとめ買いして帰る」


一日の予定を話すサイファーに、スコールは水の入ったグラスを片手に、ふむ、と考える。

昨日まではお互いに任務があったので、命を削る現場にいた。
それを終えての昨夜であったので、それもあって今朝のスコールが疲れていた事もある。
だから今日は何もせずに家で寝て過ごしたいと言うのがスコールの本音であったが、外を見れば澄み渡った空がある。
どちらかと言えば出不精な気質であるスコールでさえ、少し出掛けてみても良いか、と思う程の気持ちの良い晴れ空であった。


「……昼飯もないなら、そうだな。行く」
「おう」


デートだな、とサイファーが言うと、出掛けるだけだろ、とスコールは言った。
二人で出掛けるんだからデートだ、と言うサイファーに、スコールはふぅんと興味のない様子で返すと、スープに手を伸ばした。

少し遅めになった朝食を終えると、片付けはスコールが担当した。
食事をするとそこそこ目が覚めるようなので、朝食作りをサイファーに任せる代わりに、片付けは彼が引き受ける事になったのだ。
スコールが食器を洗っている間に、サイファーが洗濯物を取り込んで畳んでいく。
自分の物とスコールの物をきっちりと分けつつ、店売りの商品のように綺麗に畳まれて行く服に、几帳面だよなとスコールは思う。
スコールもお気に入りの服は皺にならないように気を付けるが、それ以外は適当に済ませてしまうのが常だ。
サイファーは意外と主夫に向いているのかも知れない、と時々思う。

それぞれの仕事が終わると、着替えて出掛ける支度をした。


「最初はジャンクショップ?」
「ああ」
「……邪魔にならないか?」
「時間指定で取りに行くって言っちまったんだよ」
「…じゃあ、回収したら一回家に戻るか」


面倒だけど、と呟けば、それで頼むわ、とサイファーが言った。

家を出てから大きな道に出て、しばらく真っ直ぐ進んだ後、路地を一本中に入る。
夏本番になって眩く輝く太陽に、スコールはやっぱり家にいれば良かったかも、と早々に後悔していた。
しかし、隣を歩く男は、何処か楽しそうだ。

小さな看板を掲げただけの目立たないジャンクショップは、二人暮らしを始めてから、行き付けになった場所だった。
恰幅の良い男が経営している所で、今時珍しいガンブレード使いであるスコールとサイファーの事を痛く気に入り、ガンブレードの調整料金も安く割り引いてくれている。
傭兵として武器の修理調整は欠かせないので、頻繁に修繕に出さなければならないスコール達にとっては、有難い事である。

サイファーがジャンクショップに愛剣を預けたのは、昨日、仕事から帰って直ぐの事である。
時間にしてあれから12時間と経っていないのだが、傭兵と言う職業への理解も強い店なので、獲物がなくちゃ心許ないだろうと、優先して整えてくれた。
だから指定された時間に回収しなければならなかったのだが、修理の腕や値段を考えれば、その程度の手間は気にならない。
サイファーはケースに入ったガンブレードを受け取ると、一旦家へと帰り、愛剣を自室へと置いて、改めて二人は散策へと出掛けた。


「本屋か。何か気になるものでもあったのか?」
「“魔女の騎士”の復刊版の発売が今日なんだよ」
「……復刊版なんて。あんた、確か原本持ってるだろう。古本屋で見付けてバカみたいにはしゃいでたじゃないか」
「バカみたいは余計だ。それはそれ、これはこれだよ」


新しい本には新しい注釈がついていたり、解説がついていたりするから、確認しないと。
そう言うサイファーの隣を歩きながら、スコールはいまいち判らない、と思う。

紆余曲折の中で、それぞれ本物の“魔女の騎士”になったスコールとサイファー。
“魔女の騎士”と言うものが、単純に聞こえの良い称号だけの、格好良いものではないと言う事は、その身で実感した。
にも拘わらず、サイファーは相変わらず“魔女の騎士”に憧れている。
彼が憧れているのは、物語の中で描かれた“悲壮な宿命を辿った魔女を護る騎士”であって、現実のそれとは別物────と言う事らしいが、それでもスコールには、彼が“魔女の騎士”に憧れる事に共感は出来ない。

スコールがそう思うのは、魔女戦争の英雄として祭り上げられてしまっている事もあるが、それ以上に、


(……これの所為だと思うんだよな)


本屋でサイファーが見付けた復刻版の“魔女の騎士”の本を見て、スコールは眉根を寄せる。

本の表紙に載っているのは、映画版“魔女の騎士”の主演を務めた男────ラグナ・レウァールだ。
当時のフィルム映像の一部分を切り取り、コラージュして作られたのであろう表紙に載ったラグナは、最近スコールが逢った時に見たものに比べ、随分と若い。
きりりと引き締めた表情を浮かべ、隣の男と同じ───意図して真似ているのはサイファーの方だが───形でガンブレードを構えている男に、本人の平時を知っている所為か、無理をしているな、と思う。

スコールのそんな胸中は知らず、サイファーは見付けた本を早速レジへと持って行く。
レジが終わるまでの間、スコールはふらふらと本屋の中を歩いてみたが、気になる物は特に見付からなかった。
今月の月刊武器は既に買っているし、カードゲーマー向けの雑誌も、購入済み。
サイファーがレジを済ませて戻って来ると、そのまま店を後にした。

時計を見ると、昼前と言う時間。
朝食が少し遅かった事を思うと、食事にするには早いような気がしたが、あまりのんびりとしていると、いざ食べようと思った時には満席で何処にも入れない、と言う事にも成りかねない。
軽く食べられる所を探そうと言うと、サイファーが良い店があると言って案内し始めた。

サイファーに連れて来られたのは、小ぢんまりとしレストランだ。
個人で経営されているのだろう、席数は勿論、メニューの数も多くはない。
正午になって人が増えるとしても、大通りの店にあるような混雑はなさそうだ。
その静けさがスコールは気に入った。


「こんな店、あったんだな」
「ヘタレが見付けて来た」
「アーヴァインが?」
「セルフィとのデートコースでも探してたんだろ」
「……誘ってから探せよ」
「全くだ」


サイファーがメニュー表を開き、スコールへと見せる。
受け取って眺めてみると、ランチメニューはサンドウィッチが主だった。
これも物によっては多いんだよな、写真をチェックしながら、量が少なそうなホットドックとサラダを選ぶ。
サイファーはプレートセットを一つ頼み、食後のコーヒーは二人分注文した。

昼を迎えて、外の気温は一層上がりつつある。
窓から見える景色が、薄らと陽炎を滲ませているのを見て、早目に店に入って良かったとスコールは思う。


「───で、この後はどうする?」
「どうって……」
「用事って用事は済ませたからな。後は考えてなかった」


サイファーの言葉に、そう言えば適当にブラつく、としか言っていなかった、とスコールは思い出す。


「お前、何処か行きたい所あるか?」
「……俺は別に」


元々、外出する事に積極性もないスコールである。
特別気になるもの───カードであるとか、シルバーアクセサリーであるとか───がなければ、特に行きたい場所もない。
サイファーの用事について来たのも、単なる気紛れであった。

しかし、出不精のスコールが折角一緒に来たのだから、サイファーはもう少しデートを楽しみたかった。


「映画館でも行くか?」
「…何か見たいものでもあったのか?」
「いや、別に。なんか気になるものがあったら見てみようぜ」
「……」


映画館なんて、スコールは滅多に行かない。
それこそ、テレビCMで見たものをサイファーが気にして、引き摺られて行く位のものだ。

けれど、この暑い中を無作為に歩き回る事を考えると、映画館に行くのは悪くない。
映画館なら空調も聞いているし、座って流れるムービーを見ていれば良い。
肌に合わない映像なら、最悪、眠ってしまえば良いのだ、ともスコールは思っていた。


「……じゃあ、行く」
「決まりだな」


スコールの反応に、サイファーは満足そうに笑う。

運ばれて来たホットドッグを食べながら、スコールは此処数日で見た覚えのある映画のCMを思い出していた。
しかし、普段からその手の物に全く興味がないから、記憶も虚ろで、大したものは思い出せそうにない。
それを口にすると、行ってからのお楽しみで良いじゃねえか、とサイファーは言った。



────結局、スコールは映画館でスクリーンを眺めている内に眠ってしまうのだが、寄り掛かって眠る恋人の姿に、サイファーは存外と満足した休日を送るのであった。




2017/08/08

『サイスコで何気ない日常の一コマ』のリクエストを頂きました。
張り合う事もなくのんびりと過ごしてる二人を。

スコールはちょっとお疲れです。昨日がアレだったので。それも含めてサイファーは満足してる。