素直になれない


キィ、と扉の開く音で、目が覚めた。
一瞬身構えたのは、この世界で生きている者の反射反応だ。
が、直ぐに気配が見知ったものだと悟り、クラウドは力を抜いた。

足音を殺すように、ゆっくりと近付いて来る気配が誰の物なのか、クラウドは振り返らずとも判っていた。
あちらはクラウドが目を覚ましていると気付いていないのか、部屋主を起こすまいとして、呼吸すらも堪えている。

やがて気配がベッドの直ぐ傍まで来ると、それはしばらく固まった。
どうしよう、と思っているのが判り、振り返ってやろうかと助け船を出す事も考えたが、止めてみる。
クラウドが起きていないと思っているなら、この人物がどんな行動に出るのか、気になった。
普段は決して積極的とは言えない性格である事を知っている反面、妙な所で大胆さを見せるから、こんな時にはどちらが勝つだろうと興味があったのだ。

時計の音もしない部屋の中で、そのまま長くはない時間が流れた。
こくり、と唾を飲んだ男が聞こえる。
意を決したようだ、とクラウドが思った後、きしり、とベッドのスプリングが小さく音を上げた。
スプリングの音に一瞬恐れをなしたか、ギクッとしたように気配が強張ったが、引き返す事はなく、そのままそろそろと身を寄せて来た。

壁に体を向けて横になっているクラウドの背中に、そっと寄り添う体温。
寒さを嫌って暖を求めて来た猫のようだ。
背中にすり、と額を寄せられたのを感じると、益々猫だ、と思った。

このまま眠る事は容易かった。
滅多に甘えて来ないこの人物が、此方が眠っていると思っているからとは言え、こうして甘えて来てくれるのは嬉しい。
此処数日、離れ離れで過ごしており、今日はようやくクラウドが遠征から帰って来た所だったのだが、疲労していたクラウドは食事もそこそこに部屋に引っ込んで寝落ちてしまった。
報告も兼ねた食事をしている時、物言いたげな瞳が此方を見ていた事には気付いていたのだが、疲労した状態では彼に応える事は難しいと、寂しがらせる事は判っていたが、己が余裕を持って彼と接する為にと、睡眠を優先した。
その結果が背中の体温を連れて来たと思うと、強ち悪い選択肢ではなかったようだ、と思う。

しかし、寂しい想いをさせるだろうと思った事も、間違いではなかった。
それを考えると、このまま二度寝をするのは、背後の存在が可哀想だな、とも思う。

背中にくっついた温もりは、時々身動ぎをして、落ち着く態勢を探しているようだ。
しゅる、しゅるる、とリネンのシーツが滑る音が、夜毎の甘い時間を連想させる。
そう言えば、前に熱を重ねたのはいつだっただろうか。
存外とあれから時間が経っていたと悟った瞬間、クラウドはぐるん、と躯の向きを変えた。


「!」


眠っているとばかり思っていたクラウドが振り返ったので、其処にいた人物は大層驚いた顔をした。
暗闇の中でも透き通って見える蒼灰色の瞳が、零れんばかりに見開かれ、クラウドの顔を至近距離から映している。


「夜這いとは、大胆だな」
「な……!」


笑みを浮かべるクラウドの言葉に、侵入者───スコールは顔を真っ赤にして絶句した。

沸騰した顔で逃げるように体を起こそうとするスコールを、クラウドは一瞬早く捕まえて、ベッドへと縫い止めた。
細い腰に腕を回し、体を密着させると、細い体は簡単にクラウドの檻の中に閉じ込められる。
が、それで抵抗を止めるような素直さを持つ恋人ではないので、案の定、スコールはじたばたと暴れてもがき始めた。


「そう嫌がるってくれるなよ。お前から来たんだろ?」
「……っ!!」


クラウドが揶揄うように耳元で囁いてやれば、一層抵抗は激しくなる。
スコールはクラウドの肩を掴み、叩き、足を蹴って逃げようとしていたが、クラウドは全く微動だにしなかった。

クラウドはもがくスコールの肩口に顔を寄せて、広い襟元から覗く肌に唇を寄せた。
柔らかく押し当てた唇の感触に、ぴくっとスコールの体が震える。
肩を掴むスコールの手が爪を立てたが、悪戯にキスをした肌に舌を押し当てると、


「…クラウド!」


咎める声で名を呼ばれて、クラウドは観念した。
寄せていた顔をすっと放して、横になったままで抱き締めた恋人の顔を見れば、沸騰しそうな程に赤い。
目尻に涙が浮かんでいるように見えるのは、羞恥心がピークに達した所為なのだろう。
こういう顔をされると、虐めたみたいだな、とクラウドは思うのだが、スコールにしてみれば強ち違わないのかも知れない。
クラウドとしては、恋人同士のささやかな戯れのつもりだったのだが。

抗議のようにぎりぎりと肩に立てられた爪が痛い。
痕になるかも知れないな、と考えていると、ふっとその力が緩んで、どんっ、とクラウドの胸に重いものがぶつけられた。
不意打ち気味だったので、うっと声が漏れたが、胸に埋められているものを見ると、直ぐに唇が緩む。
柔らかい濃茶色の髪を撫でると、もぞ、と腕の中の猫が身動ぎをした。


「久しぶりだな、一緒に過ごすのは。最近はずっと別行動だったから」
「……ああ」
「お前の顔を見たのも久しぶりだった気がする」
「それは、あんたが中々帰って来ないからだろう」


俺は毎日帰っていたのに、あんたがいないから。
小さく呟くスコールに、悪かった、と詫びて、クラウドはスコールの旋毛にキスをする。


「…それなのに。あんた、やっと帰って来たのに、さっさと引っ込むし」
「悪かった。ちょっと疲れてたからな……」
「……」


クラウドの言葉に、スコールは唇を噤んだ。
遠征から帰って来たのだから、クラウドが疲労している事は判っている、と言いたいが、納得して終わらせるには彼はまだまだ青かった。
詮無い事情とは言え、長らく離れ離れになって、ようやくそれが終わったと思ったら、恋人に放って置かれてしまったのである。
普段はクラウドの方からサインを送り、それを感じ取ったスコールがクラウドの下に行くのが常なので、それがなかった事が余程寂しかったようだ。
こうして、恋人の眠る寝所へこっそりと侵入してくると言う大胆さを見せる位に。

胸に顔を埋めたまま動かないスコールを、クラウドはじっと見ていた。
風呂に入ってから此処に来たのだろう、ほんのりと石鹸とシャンプーの香りがする。
微かに水分が残る後ろ髪の毛先が、項に張り付いているのが見えた。
それを見ていると、なんとも言えない───ただしそれが求めるものは明白な───欲求が疼いて来る。

スコールの頭を撫でていた手が、するりと滑って、スコールの項に触れる。
髪の毛の筋を辿るように指を辿らせた。


「……っ…」


微かに息を飲む音が聞こえる。
じり、と離れようとする体を、クラウドは腰を抱く腕に力を入れて留めた。

スコールはしばらく距離を取ろうと、体を離そうとしていたが、その抵抗も拙いこと。
本気で逃げようとはしていない事が見え見えで、この抵抗は恥ずかしいからだと言う事がよく判る。
そんなスコールを見詰めながら、後ろ襟の下へと手を入れると、ビクッと細い肩が跳ねる。


「…スコール」
「……う…」


嫌と言うなら今の内だと、匂わせるように名を呼んでやると、スコールは小さく唸った。
変に意思を確かめるような事をしないで欲しい───そんな声なき声が、クラウドの耳に聞こえた気がした。
だが、そんなスコールだからこそ、クラウドは敢えて聞きたいのだ。

腰を抱いていた腕の力を緩めて、シャツの裾から手を入れる。
びくっとまたスコールの体が震えたが、スコールからの抵抗はなかった。
肩に置かれていた手が、少しの間彷徨って、クラウドの背中へと回される。


「脱ぐか?」
「……良い」


このままで良い。
そう言って、スコールはクラウドの首筋に顔を近付けて、鎖骨にキスをする。
眠る恋人の部屋に来て、ベッドに潜り込んで来ただけでも、相当の勇気と葛藤を要しただろうに、此処までしてくれるとは本当に今夜のスコールは大胆だ。
出来るのは其処までで、スコールは耳まで真っ赤になって、動けなくなったが。

共に横向きのままでは色々と難しかったので、クラウドは起き上がって、スコールを仰向けにして覆い被さった。
シャツをたくし上げて、薄い胸に手を当てれば、スコールの鼓動が早鐘を打っているのが判る。


「明日は大丈夫か?」
「……今更だろ、そんな事」


肌を撫でながら、念の為にと訊ねるクラウドに、スコールはそう答えた。
そうか、とクラウドは唇に笑みを浮かべて、スコールのそれに圧し重ねる。



久しぶりの感触をゆっくりと味わって、そっと離す。
とろんと熱に蕩けた蒼灰色が見上げているのを見て、無理をさせるかも知れないな、とクラウドは思った。




2017/10/12

久しぶりに逢えたから甘えたかったし色々したかったけど言えなかったスコールと、判っていたけどどうしても疲れていたクラウドのいちゃいちゃ。
明日は昼まで寝倒して、色々察した59と4がそっとしとこうねってさり気無く皆に釘を差してるんだと思う。