本日自習につき


闘争の世界に置いて、物資の調達は決して難しいとは言えない。
食料品諸々と言った日々の生活に必要なものは、多くがモーグリショップで仕入れる事が出来るし、エリアは限定されるが、飲食可能な自然物も数多く確認されている。
イミテーションは食えないが、魔物や獣は捌けば食べられるし、水も濾過すれば飲める。
畑のような世話が必要なものを見ている余裕はないので、折々に不足する事はあるものの、代替品は探せば一応見付かった。
薬や包帯は、これも殆どモーグリショップを頼っているが、幸いにもバッツを始めとした調合に心得のある者がいるので、薬草の調達さえ出来れば用立てする事も可能である。

その為、闘争の世界に置いても、あまり物資の不足と言うものを感じる機会は少ない。
秩序の戦士は比較的自立性の高い者や、サバイバル生活をある程度想定した訓練を受けている者もいる事もあって、急場を凌ぐ事も出来ると言う事もある。
元の世界の環境と言うものに差異があるので、その知識や経験にも差はあるのだが、幸い、秩序の戦士はその擦り合わせにも苦のない者が多い。
理論建てた技術知識と、その身で体験している者の知識を合わせれば、十分に日々の生活を賄う事も可能であった。

とは言え、儘ならない事が起きない訳ではない。
特に、日々の生活用品と言いつつも、趣向品の類は調達が難しい事がある。
例えば成人男性陣が囲む事を好むアルコール品は、モーグリショップでも扱っているタイミングや数が限られており、一度売り切れてしまうとしばらく入荷は見込めない。
皆が調達して来た果実を使って発酵酒を作る事も出来るが、これには長い時間と管理が必要になる為、手間である。
運が良ければ猿酒でも手に入るのだが、完全に運の話だ。
煙草も吸う者は少ないが、あれば息抜きに欲しいと言う者がいない訳でもなく、しかしこれも調達が限られているので、手に入っても使い渋ってしまう位には貴重品であった。

シャントットが好んでいる趣向品は、紅茶だ。
紅茶は酒に比べればモーグリショップで扱われている事が多いが、仕入れの数は限られているらしく、直ぐに売り切れる。
どうやら混沌側にも紅茶を好んで飲む者がいるらしく、其方と競合状態にあるようだ。
この為、切らせたから買いに行こうと赴いても、当てが外れて在庫切れと言う事は儘あった。
売っているのを見付けたら、その時のストックに限らず、幾らかはまとめ買いしておくのが賢い方法である。

────が、折に触れずにストックがなくなる、と言う事もない訳ではない。
偶々ショップの在庫切れが続いている時や、研究の進捗が進まない事から紅茶の消費量が増えた場合等、茶葉の中身が空になると言うのは起きる事であった。
正しく本日、一心地着こうと茶葉缶の蓋を開けた時のように。


(まあ、確かに最近、消費量が多かった気もしますわね)


この一週間ほど、シャントットは一切外界に出る事なく、研究に没頭している。
そのつもりで始めた研究ではなかった為、事前に消費物のチェックと購入を忘れていた。
愛用の茶葉を切らせてしまったのも、その所為だ。

シャントットが研究室代わりに使っている洞窟は、他者の余計な干渉を避ける為、少々外れた場所にある。
モーグリショップは世界のあちこちで店を開いているが、流石に人の気配から遠すぎる所には構えていなかった。


(面倒ですわね)


シャントットが此処に研究所を構えたのは自身の都合であるが、モーグリショップのある場所まで移動するのは、些か手間である。
しかし、切らしてしまっていると気付くと、放って置く訳にも行かない。
一心地入れる為にも趣向品は必要であり、慌てて買いに行く必要はないと言っても、結局は次の休息で欲しくなるのは判っていた。

仕方ない、とシャントットは睨んでいた空の茶葉缶に蓋をして、台座代わりの高椅子を飛び降りた。
どうせ、買いに行くのが今か後かと言う違いなのだ。
結局用立てに行くのであれば、無いと判った時に行くのが良いに決まっている。

と、洞窟の出口へと向かう通路を歩いていた時だった。
足の長い細身のシルエットが一つ、出口の光を背景にして近付いて来る。


「あら。もうそんな日だったかしら?」
「……ああ」


シルエットの正体は、スコール・レオンハートであった。
此処暫く、シャントットから魔法制御に関する手習いを受けている為、此処に来る足は慣れたもので、緊張の様子もない。

シャントットによる魔法の特別講義は、週に一度の頻度で行われていた。
しかし、シャントットは自分の研究に没頭する事も多い為、よく講義の予定を忘れる。
特に研究室である洞窟に籠り切りになると、外の時間の経過も気にしなくなるので、スコールの方から訪れなければ忘れ去られてしまう事になる。
別段、授業料を払っている訳ではないし、出席日数が必要とされる訳ではないのだが、真面目なスコールは予定は予定通りに行われなければ気が済まなかった。
魔法の仕組みについて、他の世界の事も知る事が出来る良い機会と言う気持ちもあって、出来ればすっぽかされないようにして欲しい、と言うのがスコールの気持ちである。
そんな訳で、最近のスコールは、シャントットの研究室を訪れる事が増えていた。

スコールは外出用の外套を身に着けているシャントットを見下ろし、


「出掛けるのか」
「ええ。茶葉を切らしてしまったんですの」


失敗でしたわ、と言うシャントット。
スコールはそれを聞いて、片手に抱えていた物を差し出した。


「茶葉なら買って来た」
「あら」
「あんたの好みのものが判らなかったから、売ってたものを一通り浚って来ただけだが…」
「十分ですわ。実に良いタイミングですこと。気が利きますわね」


封のされた紙袋を受け取ると、中に何の茶葉が入っているのかメモが書かれていた。
小分けにされた袋が複数詰められているようで、シャントットが好んで買うものと、他に三種類の茶葉が入っているらしい。
偶には違う物を楽しむのも良い、とシャントットは袋を手にくるりと踵を返した。


「それにしても、もう一週間が経っていたなんて。次の授業の内容を決めていませんでしたわ」
「…じゃあ、何か本を貸してくれ。あんたも忙しそうだし、今日は自習でもしてる」
「本当に真面目な生徒ですこと。宜しいですわ。どんな本が良いかしら」
「あんたの世界にある本を。初級は先々週に読んだから、次のレベルのものが良い」
「でしたら、右から四番目の棚、上から三段目あたりですわね」


先程潜ったばかりの扉を逆に押し開けて、研究室兼書庫へと戻る。
スコールもその後に続き、シャントットが指した本棚へと向かった。


「貴方の世界の“疑似魔法”の本は、相変わらず見付かりませんわね。余り出回っていないものなんですの?」
「そうでもない…と思う。少なくとも、俺がいたガーデンには教科書があったし、図書室にも置いてあった。ただ研究者が使うような専門書の類が殆どで、本屋の一般的な本とは別扱いだった気がする」
「流通量が限られるのかしら。その手の本は中々見ませんわね。やはり、元の世界で入手し難いものは、此処でも入手する機会が少ないようね。屋敷の方にも見つかりませんの?」
「今の所は────いや。三日前にルーネスが見覚えのある本を持っていた。俺の見間違いで泣ければ、多分、年少クラスが座学に使う本だったと思う」
「タマネギ君が読み終わったら、取って置いて頂戴な。一度目を通してみますわ」
「了解した」


スコールに魔法に関する講義をつける事は、シャントットにとって、研究の一環でもあった。
現在、“疑似魔法”と言う概念は、スコールの存在した世界にしか確認されていないものだ。
それを知る事が出来たのも、この闘争の世界と言う場所に召喚されたお陰だ。

今まで資料と出来る物が少なかった為、シャントットの“疑似魔法”の研究は進みが遅々とせざるを得なかった。
スコールが言うには、元々魔法に対する研究が進められる中で発見された代物であるので、下地となる研究はあったのだと思われるが、この世界にはその情報がなかった。
その情報の下となる文献が確認されたのであれば、どんなにそれが子供騙しの内容であるとしても、研究者として無視する訳には行かない。
全ての研究結果は須らく確認し、その情報の正否と確かめて行かなければ、次の発展は見込めないのだから。

本を吟味するスコールを横目に、シャントットはキッチンへと向かった。
沸かした湯でカップを温めつつ、スコールが買って来た紙袋の封を切る
馴染みのものと合わせ、四種類の小袋を各一つ取り出して、ふぅむ、と眺めた後、折角だと初めて見る名の茶葉を使う事にし、ティーポットの蓋を開けた。

適温まで温度を下げた湯をポットに注いでいると、


「此処、借りて良いか」


声のした方向を見れば、本を持ったスコールがソファの端に立っていた。


「ええ」
「ん」


触れても良いか、使っても良いかと確認を取るスコールの態度は、シャントットには好感触であった。
やや神経質に感じる事もあるが、可惜に部屋を散らかすような人間より、少々真面目の過ぎる生徒と思えば、悪くない。

カップをトレイに置き、シャントットは棚の引き出しを開けた。
クリップで封を綴じた袋を開け、中から3センチ程度の大きさの丸クッキーを取り出し、皿に乗せる。
それらを持ってシャントットはソファへと移動し、スコールとはテーブルを挟んで対角線の位置に座った。
カチャリ、と小さく食器の鳴る音がして、シャントットはソファの背凭れに寄り掛かり、カップを口元へと運ぶ。

スコールはそれをちらりと視界の隅で確認した後、テーブルに置かれたトレイの上にあるものを見付け、


「……」
「どうぞ。遠慮しなくて良いんですのよ」


スコールの視線が其処に向けられている事を、シャントットは見ずとも感じ取っていた。
訝しむようにその眉間に皺が寄せられている事も見ないまま、シャントットはスコールに促す。

スコールは思案するように唇を噤んでいたが、数秒の空白の後、「……頂きます」と言って手を伸ばした。
トレイに残されていた紅茶入りのティーカップと、添えられたシュガースティック一本、そして小さなチョコチップクッキー。
それを手許に寄せて、スコールはカップを口元へと運んだ。


「中々良い香りですわ」
「……ん」
「貴方の世界ではポピュラーなものかしら」
「…紅茶には詳しくない。でも、多分何処かで飲んだ事はある、と思う」
「そう」


興味がなくとも覚えがあるのなら、それなりに浸透しているのかも知れない。
スコールの生活環境と言うのも、本人が語らないので判らないが。

すっきりとした香りと味わいの紅茶に、ほんのりと甘いチョコチップのクッキー。
組み合わせとしては悪くなく、この茶葉もストックに加えても良いか、と思えた。


「───所で、今日の講義の埋め合わせは、いつが良いかしら?」
「…あんた、忙しいんじゃないのか?俺の予定に合わせて良いのか」
「暇ではありませんけど、貴方の授業に付き合うのも、私にとっては研究の一環。協力して差し上げるのは吝かではありませんのよ。とは言え、今回忘れていたのは此方ですし、良いお茶も頂いた事だし。次回は特別に其方の都合に合わせて差し上げますわ」
「……それなら三日後が良い。明日と明後日は先約がある」
「了解しましたわ。ああ、来る時にこの茶葉があったら、追加を頼んで宜しいかしら」
「判った。あれば買って来る」
「ええ。宜しく」


あれば、ときちんと注釈が点くと言う事は、ショップでは余り扱われていない物なのか。
良い茶葉は人気のあるものだから、やはり見付けた時にストックを買っておく方が良さそうだ。

シャントットがカップを空にすると、程無くスコールもカップをトレイへと戻した。
いつもは講義後、授業料の代わりに、スコールが淹れた紅茶を飲み、その片付けもスコールが行っている。
その習慣からだろう、スコールがトレイを持って席を立とうとしたが、シャントットが制した。
トレイを浚ってキッチンへと向かうシャントットを、スコールは見送る形で見詰めた後、大人しくソファに座り直して本を開く。
今日は自習に集中する事が自分のするべき事、と認識したようだ。

台座に登って食器を洗い片付けて、シャントットはいつも書き物をしている座卓へ移動する。
卓の上には、休憩に入るまでまとめていた研究分が出しっ放しになっていた。
これもまた後で手を付けるので、片付けずに脇に寄せて置くに留め、新しく取り出した紙に羽根ペンを乗せる。
考えるのは、三日後の埋め合わせ講義の内容だ。


(魔力の放出量の底上げは概ね安定しましたわね。次はどうしようかしら)


ちらりとソファに座る少年を見遣れば、長い睫毛の眦を伏目勝ちにして、じっと文面を追っている。
一度集中すれば、気が散る事も無ければその世界に没頭するスコールは、授業態度は実に優秀であった。
成績の方も───元々彼は魔法使いではないので、そう言う意味で採点は甘めであるが───非常に良く、シャントットとしては中々に教え甲斐がある。

かと言って、授業内容まで甘くはしない。
寧ろ優秀であるからこそ、少々難度の高い課題も課してやりたくなる事もある。



視線を感じてか、スコールが顔を上げる。
小さな体で凶悪な笑みを浮かべた悪魔の笑みを見付けて、蒼灰色が判り易く歪められたが、やはり悪魔はそんな事は微塵も気に留めてはいなかった。




2017/11/08

11月8日と言う事で、シャントット×スコール。
相変わらず教授と生徒のような組み合わせ。こんな距離感が好き。