ディア・マイ・ダディ 1


サプライズをするのが好きな人だから、される事も好きなのだ。
レインは、夫であるラグナをそう分析している。


新年を迎え、家族揃っての初詣も済ませ、息子娘の手伝いを貰いながら作ったお節も、そろそろ品が尽きて来る。
正月前にたっぷり買い溜めした冷蔵庫の中身も、少々心許なくなって来て、買い物に行かなくちゃ、と呟いたら、真っ先に長男が「俺が行くよ」と言った。
その瞳が意図している所を感じ取りながら、じゃあお願いね、と言うと、長男は直ぐにコートを羽織って出掛けて行った。
それから十分と経たない内に、ラグナがレインに「映画でも見に行かないか?」と言った。
珍しい申し出もあるものだと思っていると、どうやら娘からクジ引きで当てたと言う映画のチケットを貰ったらしい。
ついでに「おうちでゴロゴロしてばっかりだとだらけちゃうのよ」と言われ、母と一緒に出掛けるようにと促されたそうだ。
娘がくれたと言うチケットを見せて貰うと、クジ引きで当てたにしては妙で、指定の映画館で新春特別上映されるもので、見れる映画も座る席も決まっており、子供達が見たがるようなタイトルは含まれていなかった。
ラグナは娘の見たいものがないから、勿体ないからと言う理由で譲られたと思っているようだったが、レインは、いやこれは───と、娘が意図している所を感じ取り、何も言わずにじゃあ行きましょうか、と腰を上げた。
母にいつも抱かれている5歳の末っ子はと言うと、甘えたがるかと思いきや、姉と手を繋いで「いってらっしゃい!」と良い子で見送り。
そんな末っ子の意図する所もまた読み取って、レインは久しぶりに夫と二人きりで外出する事になった。

映画館が併設されているショッピングモールは、新春の福袋やらセールやらで大賑わいだ。
レインとラグナは、福袋目当てに並んでいる長蛇の列を素通りし、映画館へと向かう。
特別上映の映画を観ようと集まった客は多かったが、娘に貰ったチケットのお陰で、チケット売り場に並ぶ必要もなかった。
上映時間までの暇をグッズ売り場で潰して、子供達の土産にシャーペンやキーホルダーを買う。
その傍ら、ラグナはショッピングモールで擦れ違う人々の影を思い出しては、


「皆で来ても良かったなあ」


と、呟いた。

ラグナは家族揃って過ごす時間を愛している。
妻と二人きりでデートをするのも、勿論嬉しかったが、そんな時でも子供達の事は忘れない。
あいつらに見せてやりたいなあ、きっと喜ぶだろうなあ、といつも言うのだ。
その度レインは、そうね、今度は皆で来れたら良いわね、と答えている。

買ったグッズを忘れないようにと鞄に仕舞い、ロビーで五分ほど待っていると、開場時間になった。
席は指定なので慌てる必要もないと、のんびりと中に入って、指定席を見付けて年甲斐もなく赤らんだ。
カップルシートなんて、よくもまあ取ってくれたものだ。
良い年をして、と少々赤くなる顔を自覚する隣で、夫もまたカチコチと固まっている。


「これは、はは……なんか、うん。不思議って言うか、面白いって言うか」
「もう、あの子達……」
「仕方ないよな、クジ引きだもんな」


娘の狙いには相変わらず気付いていない様子の夫に、鈍いわねえ、と思いつつ、レインは緩む口元を隠す。

映画は十年以上も前に作られたタイトルで、当時の世代から絶大的な指示を得ているものだった。
レインは映画に殆ど興味がなかったのでよく知らないが、多趣味だったラグナはよく見ていたようで、この映画も知っていた。
他の世代でも有名である為、レオンとエルオーネも大まかな内容は知っている。
少々過激なアクションシーンがあるので、アクションヒーローものでも怖くて泣いてしまうスコールは、まだ見られないか。
子供達が大きくなったら一緒に見たいなあ、とラグナは言った。

カップルシートに座った事を強く意識していたのは、初めの内だけだ。
上映がスタートし、物語が大きく動き出すに連れて、ラグナとレインの距離は埋められて行った。
家のリビングでテレビを見ている時のような、子供達がいない為に一緒に暮らし始めたばかりの頃のような距離感で映画に没頭した。
お喋りなラグナが小声で「此処からが凄いんだ」「ほら、あそこ。窓に映ってる奴が」「今のシーンは前にあいつが言ってた台詞で」と解説するのを、レインは黙って聞いている。
時々「俺、煩いかな」と唐突に心配するラグナに、レインは「まあまあね」と言った後で、「それで、今のシーンはどう言う意味になるの?」と訊ねると、直ぐ嬉しそうに話し始めた。

大人向けのラブロマンスとアクションを織り交ぜた映画が終わった後は、ショッピングモール内のカフェに入った。
夫と二人きりでカフェなんて、何年振りだろう。
デザートセットを前に、見てきたばかりの映画について語る夫を眺めつつ、レインはそんな事を考えていた。


「───それで最初の台詞に繋がるんだよ。父親の言葉が、ちゃんと息子に受け継がれているって判るシーンになるんだ」
「ふぅん。思春期の時には受け入れられなかった言葉が、年を重ねて、父親の気持ちも判るようになったって言う事なのね」
「そうそう。ああ、あんな父親になりたいなーって思ったよ。父親も渋くて良い奴だし。こう、言葉で語らず、背中で語るって凄いよな!でも俺には難しいな〜」
「言葉ばっかりだもの、貴方は。でも良いじゃない。レオンもエルも、スコールも、貴方のお喋りな所が好きだから。急に黙ってる事が増えたりしたら、病気にでもなったんじゃないかって心配されるわよ、きっと」


ラグナのお喋り好きは、生来からのものだ。
彼がいるから、一家はいつも賑やかで笑い声が絶えない。
時にレオンが呆れたり、エルオーネが怒ってイタズラしたり、スコールがテンションについて行けずに泣いたりする事もあるが、皆父の明るい性格を愛している。
確かに、不言の背中は男として憧れるのかも知れないが、お喋りな背中であっても良いだろう。
それだからこそ、子供達は父を好いているのだから。

デザートセットのプリンはとろりとした甘さで、コーヒーとよく合った。
デザートのラインナップは、プリンやヨーグルトの他にケーキもあり、基本のショートケーキやチョコレートケーキの他にも、フルーツタルト等種類が豊富で、コーヒー類も多様。
子供の用のチェアもあったので、今度は皆で来るもの良いかも知れない。


「エルはケーキ好きだよなあ。スコールも」
「そうね」
「此処に来たら喜ぶだろうな。レオンは最近、あんまり甘いもの食べないよな?」
「昔よりはね。でも、食べてない訳でもないわよ」
「ケーキを買う時、レオンは何が良いかなあっていつも迷うんだよ」
「見た目が可愛いものとかは、エルやスコールに譲っちゃうしね」
「うんうん。良いお兄ちゃんしてるよな〜。でも、もうちょっと甘えてくれても良いのにな」
「あら、意外と甘えて来る事も多いのよ。私には、だけどね」
「えっ、そうなのか。ずるいぞ、レイン。エルもスコールもレインが一番だし、俺寂しいよ」


よよよ、と泣いて見せるラグナ。
レインはそれに対し、そう言う所の所為じゃないかしら、と揶揄った。


「───それは冗談だけど。仕方がないわよ、もう13歳だもの。思春期よ」
「うっ。そうかあ…そうだよなあ……俺、レオンに嫌われたりしないかな」
「大丈夫、大丈夫。きちんと節度を持って接すれば───多分。ね」


不安そうな夫に断言出来ないのは、レインとて同様の不安や戸惑いもあるからだ。
何せレオンは二人が初めて授かった子で、何をするにも、彼から始まる所がある。
それはレオンの成長に欠かせない事であると同時に、両親にとっても一つの試練であった。

ニュースで報道される事件や、ドラマで度々描かれる家族間の衝突に、ラグナは非常に敏感だ。
特に最近は、中学生になって良くも悪くも繊細な時期になる長男と照らし合わせる事が多いようで、見えない不安が尽きない。
しかし、焦り不安になるばかりでは、どうにもならない事も事実。


「ちゃんと向き合って、ちゃんと話し合えば、きっと大丈夫よ。レオンも貴方の事が好きだから」
「そうかなあ。そうだと良いな。うん、そうなるように頑張ろう」
「そうそう。それに、レオンの後にはエルがいて、それからスコールもいるのよ?しっかり心構えしていかなくちゃ」
「心構えか。よし、頑張ろう。………でも嫌われる心構えなんて出来ねえよ〜」
「何も嫌われる前提で考えなくても良いんじゃない?」


子供達の事になると、妙にセンチネルになる夫に、レインは眉尻を下げながら言った。


「大丈夫よ。ケンカになる事だってあったりもするかも知れないけど……あの子達が貴方を嫌いになる事なんて、きっとないから」
「……そっか?」


確かめるように問うラグナに、レインはしっかりと頷いた。
そうでなければ、今日と言う日は────とは口にせずに。

ラグナが少し安心した表情を浮かべた所で、二人はカフェを後にした。
ショッピングモール内は、新年で子供を連れて里帰りしている家族の姿も増え、一層賑わっている。
折角なので少し二人でぶらついて、子供達の土産にイベントフロアで売られていた菓子を買った。
クリスマスにも何か買っていたような、とレインは思ったが、気にするまい。
きっと今頃、頑張っているであろう子供達へ、労いにでもなれば良い。

午後をたっぷりとショッピングモールで過ごし、そろそろ夕飯の準備の時間が気になる所で、二人は帰る事にした。


「途中でどっか寄って帰るか?」
「そうね……」


レインは携帯電話を取り出して、時間を確認しつつ、メールを開く。
其処には、息子から一通のメールが届いており、それを流し見ながら、


「少しスーパーに寄ってくれる?」
「晩飯か?レオンが買いに行ったんじゃなかったっけ」
「そうなんだけど、買い忘れてたものがあったみたい」
「珍しいな。いつものスーパーのあたり、ちょっと混みそうだけど、大丈夫か?」
「ええ。ゆっくりで良いわ」


寧ろ、ゆっくりでお願い、とレインはこっそりと思う。
その方が、子供達も焦らずに準備を済ませる事が出来るだろう。



ドアを開けた時、子供達はどんな顔で迎えてくれるだろう。
その時、ラグナはどんな顔をするだろう。

楽しみだなあ、と思いつつ、レインは鈍感な夫に隠れてくすりと笑った。




[ディア・マイ・ダディ 2]
2018/01/03

ラグナ誕生日おめでとう!
妻とのデートの傍ら、子供達が何をしていたのかは、続きにて。