それは掴み処もなく


浮遊大陸と言う場所を模した歪の中で、暗闇の雲と遭遇した。

混沌の戦士の多くは、姦計に飛んでいるか、思考が常人とは大きく離れているかのどちらかである事が多い。
ゴルベーザやジェクトはそれらともまた違うが、ともかく、そう言う者が多いのだ。
暗闇の雲はと言うと、恐らく一計を案じようと思えば出来るのだろうし、気儘に破壊を愉しむ事も出来るのだろう。
過去の戦いではケフカと共に行動し、彼の奔放振りを傍にしながらも、自身は己の目的を遂行するのみに動いていた。
しかしその目的と言うものが、他者には到底予想のつかないものであった事や、その目的すらも時にはついと後回しにしてしまうような自由振りもあり、ケフカとは別の意味で思考の読めない人物として周囲に認識されている。
その事すら本人はどうでも良いようで、その場その場で己の目的を優先し、その為ならば相手が秩序の戦士だろうと、混沌の戦士であろうと、問わずに攻撃する。
かと思えば、一時の共闘のような流れにも彼女自身は厭う理由はないらしい。

そう言う者を相手にする事を、スコールは苦手としている。
バッツのような自由奔放振りですら、スコールにとっては手を焼くのだから、思考の読めない敵の相手など、尚更厄介としか思えない。
ケフカが使う軌道の読めない魔法と同じで、いつ何処から襲い掛かって来るか判らない。
スコールが培った戦場の理論、理屈と言ったものを、根本から無視するような敵は、いつ爆発するか判らない爆弾のようなものだった。

だからスコールは、出来るだけ相手に攻撃の手を与えないよう、接近して戦った。
人間や魔物とは違う、妖魔と呼ばれる性質を持つ暗闇の雲は、強力な破壊魔法を得意とする。
アルティミシアや皇帝とは違い、複雑な構成を持った魔法ではなく、その多くが単純に膨大な量の魔力に圧力をかけて放出、と言う形で言えばシンプルなタイプの攻撃方法なのだが、これが恐ろしく厄介だ。
例えるなら、超大量の水を圧力を与えながら一気にぶつけて来る訳だから、一発でも喰らうと大ダメージを貰う羽目になる。
一応、魔力と言う性質もあってか、シェルやリフレクによる防御は可能だが、それでも相当な圧に襲われるそうだ。
魔法障壁による防御と言う手段を持たないスコールとしては、彼女と戦う際には、この攻撃を喰らわない事が大前提となる。
扱うものが多量の魔力である為、彼女が力を放つには、少なからず準備時間が必要だ。
その間に、スコールは相手を仕留めなければならないのだが────


「────っ!」


背後を取って、その背中に刃を振り下ろそうとした瞬間、スコールの顔面に向かって牙が迫る。
咄嗟に腕を盾に顔を庇うと、がぶりと牙が突き立てられたのが判った。
痛みに眉根を寄せながら、スコールはグリップを握る片手を離す。
残った腕でガンブレードを横に払い、腕に噛み付いているものから伸びている、細い管を切った。

右足で暗闇の雲の背中を蹴って、スコールは一足に距離を取った。
が、飛んだ先にあった岩に着地すると、バウンドするように空中へと飛び出す。
スコールが蹴った岩が闇色の光線に飲み込まれ、闇が消えると後は抉られた大地だけが残った。

土色が剥き出しになった地面に着地し、乱れそうになる息を押し殺して、前へと走る。
距離を取ろうとしている妖魔に肉薄すると、彼女を護衛するかのように、彼女の体から生えた蛇が噛み付いて来た。
肩に食い込む牙に構わず、スコールは暗闇の雲の首を狙ってガンブレードを振り被った。

真っ黒な闇が、スコールの体を飲み込んだ。
しまった、と歯を噛む暇もなく、細身の体は強い衝撃と共に吹き飛ばされ、─────ザブン!!と水飛沫を上げ、川の底へと沈んだ。


(くそ……っ!)


距離を詰める事を意識し過ぎて、相手が溜めた魔力の残滓を読めていなかった。
競り負けた理由をそう判じながら、スコールは水の中で苦い表情を浮かべる。

再接近の前、スコールが避けた波動砲は、暗闇の雲が最大まで貯めた魔力の一部。
あれが最大出力で放たれたのであれば、次の攻撃までに時間があったと見れるが、彼女は力を残していた。
スコールが再接近した時に放たれたものが、残していた魔力のものだろう。
お陰で間近で彼女の強力な魔法を丸ごと食らう事はなかったが、それでも体に残るダメージは軽いものではない。

スコールは水の底に這うように掴って、浮かぶタイミングを伺っていた。
酸素の碌な確保がない状態で沈んだ為、出来れば早く浮上したいが、そんな事をすれば的になるだけだ。


(少し移動しよう。浅い所は見付かるから、深さのある場所に……)


出来るだけ水面に波が浮かばないように、スコールはゆっくりと、川底を這うように進んだ。
波動砲を食らった体の前面と、触手に噛み付かれた肩が痛む。
ちらりと肩を見ると、ジャケットの穴から細く赤い筋が浮き、水の中に溶けて行くのが見えた。
僅かな量ではあったが、匂いでも悟られれば厄介だと、スコールは血を流す肩を片手で押さえる。

切り立った崖の下になる場所で、スコールはじっと時間の経過を待つ。
崖は上に行くに従って外へと飛び出すように伸びているので、崖の上から直接川面を覗き込むと、足元を見る事が出来ない。
此処なら、いきなり頭上から魔法を落とされる事もない───筈だ。


(でも……いつまでこうしてる?ティーダじゃないんだ。そんなに長くは持たない……っ)


水の中で、十分も二十分も息を止めていられるティーダなら、幾らでも待っていられるだろう。
しかしスコールにそんな芸当は出来ないし、酸素の確保も不十分なので、今から一分と保てるかも怪しかった。
出来れば直ぐに顔を出して呼吸がしたい位に、肺は限界を訴えている。

途端にスコールは、ぞくん、としたものを背筋に感じた。
反射反応で水中を蹴って、揚力だけで水の向こうにある壁へと辿り着き、水面に顔を出す。


「───っはぁ!はっ、はっ…!げほっ……!」


最後の行動が、スコールの体の限界だった。
水の中から顔を出したスコールは、目の前の川岸に縋るように掴って、咳込みながら新鮮な空気を取り込もうとする。
その背後に、すぅー……と音もなく近付く影があった。


「なんだ、生きているではないか。殺してしまったかと思ったぞ」
「…っは……く……!」


呼吸の乱れも納まらないまま、スコールが背後を睨めば、暗闇の雲が川面の上に浮いていた。
見下ろす赤い瞳は、きっとスコールが最後の移動をする直前から、追って来ていたに違いない。

直ぐに体勢を整えなければ、とスコールはガンブレードを握るが、川に沈んだ体は岸上まで持ち上がらない。
少しでも力を入れようとすると、喉の奥から要らない空気が押し出されて、噎せ返ってしまう。
水も冷たく、体が冷えて行く一方で、こんな状態で攻撃されたら避ける事も出来ない、と思っていると、しゅるりと何かがスコールの肩に絡み付き、ぐいっと体を持ち上げた。


「なっ……」
「ほれ。これで良いか」
「……!?」


突然の浮遊感に目を瞠っている間に、スコールの体は水から引き揚げられた。

両の足を立てて岸に下ろされたスコールだったが、先の戦闘のダメージも残っている為、碌に力は入らなかった。
ふらりと膝が崩れると、肩に絡み付いたままの触手が体の重みを持ち支えつつ、ゆっくりとその場に座らせる。

けほ、けほ、と咳を零しつつ、これはどう言う事だ、とスコールは頭を混乱させていた。
戦っていた敵に助けられて、その敵が横から此方を見下ろしている。
油断させて攻撃するつもりか───とも思ったが、暗闇の雲は、ただただそこに佇んでいるだけだった。


(なんだよ、これ……)


ジェクトのように、単純に見兼ねて助けた、と言う訳ではないだろう。
ゴルベーザであれば、これもまた身内を持つ敵として、捨て置く事を厭ったとも考えられる。
後は卑怯な戦法を嫌う───と言っても、命を懸けた戦いであればそれも厭わないが───ガーランドも、こうした行動は考えられなくもない。

しかし、暗闇の雲である。
他の混沌の戦士のように、何某かの狙いを持って行動しているとも、いないとも、判断の付かない相手。
呼吸を整える事に集中するスコールを見詰める暗闇の雲は、じいと様子を眺めているだけで、さっきまでスコールに何度も噛み付いて来た触手すら、退屈そうにふわふわと浮かんでいるのみ。
きっとスコールが攻撃の意思を見せれば、直ぐに噛み付いて来るのだろうが、そうでなければ大人しいものであった。

胸の奥の息苦しさがなくなって、スコールはふう、と一つ息を吐く。
それからスコールは、傍らに佇んでいる妖魔を見上げ、


「あんた……戦闘はもう良いのか」


律儀に此方の戦闘態勢を整うのを待つタイプとも思えなかったが、一応、確認の為に訊ねてみる。
すると暗闇の雲は、「ふむ……」と顎に白い指を当てて思案するように沈黙し、


「そうじゃな。もう十分じゃろう」
(……何が十分なんだ?十分遊んだって事か?)


問いに対する答えに、スコールは勘繰るようにそう考えて、眉根を寄せる。
遊びだと思って相手をされていたのなら腹が立つ───が、これ以上戦闘が長引かないのはスコールにとって幸いだった。
波動砲を食らったダメージ然り、水の中で冷えてしまった体然り、これ以上の戦闘はスコールにとって悪手でしかない。

暗闇の雲は好んで姦計を計る事は少ないが、その可能性は皆無ではない。
だからスコールは警戒は解かなかったが、もう戦わないのなら、と気持ちだけは切り替える事にした。

ぐっしょりと濡れたジャケットを脱いで、ぎゅうっと絞る。
ぼたぼたと溢れ出した水が地面を濡らすのを見て、スコールは舌打ちした。
額に張り付く前髪を掻き揚げながら、スコールは立ち上がり、僅かにふらつく足で日当たりの良い場所を探す。
幸い、浮遊大陸は、文字通り雲の上に存在する場所であるらしく、余り天気の移り変わりと言うものはない。
適当に見付けた岩の上にジャケットを放って、スコールは白いシャツを脱いで強く絞る。


「難儀だな」


聞こえた声に振り返ると、ふわふわと浮かびながらついて来ていた暗闇の雲がいる。
こいつは何処までついて来る気なんだろう、と思いつつ、スコールは溜息を吐き、


「誰の所為だと思ってるんだ」
「儂か?」
「他にいないだろう。あんたに吹っ飛ばされたんだ」
「そうだったな」


睨むスコールの言葉に、暗闇の雲はあっさりと頷いた。
それで反省でもあるのかと見れば、彼女の表情はいつものものと全く変わらない。
無駄な期待だった、と何度目になるか判らない溜息を吐いて、スコールは水気を絞ったシャツを着直す。

正直に言うと、ズボンも下着も脱いで干したいが、この状況で流石にそれは出来ない。
戦場で無防備な格好になる事への危惧は勿論、他人がいる状況で、スコールが裸になれる訳がないのだ。
せめて少しでも早く乾いてくれれば、と日当たりの良い位置を確保して、傍らの岩に寄り掛かる。

掻き上げていたスコールの髪が、滑り落ちるように流れて、また額に頬に張り付く。
鬱陶しい、とスコールが何度もそれを手櫛で持ち上げていると、ふっと視界に影が落ちた。
日向を確保していたいのに、と影を作る人物を睨むように見上げると、思っていた以上に近い距離に、妖魔の整った顔があった。


「……!」
「ふむ……」


赤い唇が目の前にあるのを見て、スコールは息を飲んだ。
じい、と見詰める眼は、スコールの顔をじっくりと眺め、観察している。

其処にいるのが“敵”であると、ようやくスコールは思い出す。
離れなければ、と足元に力を入れて飛ぼうとして、細長いものがしゅるりと其処に絡み付いて来た。
しまった、と足元を見ると、暗闇の雲が常にまとわりつかせている触手の一匹が、スコールの太腿に巻き付いている。
切り捨てなければ、と咄嗟に手がガンブレードを求めようとするが、


「待て。見ているだけだ」
「は……!?」
「ふむ……」
「!おい、ちょっと、こいつ……!」


まじまじと顔を覗き込んでくる暗闇の雲。
それに釣られるように、もう一匹の触手がスコールの肩に絡み付き、丸い頭をスコールの顔に寄せて来る。
触手はスコールの喉さえ一噛み出来る距離にいて、スコールは迂闊に攻撃体勢に入れなくなっていた。

身動きできないスコールを、暗闇の雲はじっくりと具に観察している。
触手の頭は、犬のようにふんふんと鼻───あるのか微妙だが───を鳴らし、スコールの肌を嗅ぎ回っていた。


(なんだよ、これ……)


混乱が許容値を越えて、スコールの体はいつの間にかぐったりと力を失っていた。
寄り掛かっていた岩に、乗るように背中を預けて、這い回る触手の好きにさせている。
この状況から波動砲を食らったら、間抜け以外の何物でもない。
かと言って、振り払うには目の前の敵の様子が余りにも奇妙で、スコールは戦う為の気力をごっそりと削がれた気分だった。

暗闇の雲の顔が離れると、触手も満足したように、スコールの体から管を解いて離れた。
やっと終わった、とスコールが体を起こすと、暗闇の雲はふわりと浮いて、


「以前、お前とよく似た顔を見た気がするな」
「……俺と……似た?」
「ふむ……興味深い。また次にじっくり見せて貰うとしよう」
「またって────」


暗闇の雲の言葉に、どういう意味だ、次ってまたこんな事するのか、とスコールが問う前に、彼女の姿は既に消えていた。

一人取り残されたスコールは、白雲に包まれた世界を見詰めた後、ぱたりと岩の上に横たわる。
もう勝手にしてくれ、と体を投げ出したスコールに、燦々と暖かな陽光が降り注いでいた。




2018/03/08

3月8日と言う事で、思い付いたので書いてみた暗闇の雲×スコールと言う代物。

DdFFで雲さんはラグナとちょっと絡んでいたので、薄ぼんやりとでも覚えていたら面白いなって。
あと自由に行動する雲さんに振り回されているスコールが見たかった。
暗闇の雲の触手に懐かれているスコールとかも見てみたかった。