アンフリー・フォトグラフィ 3


カメラのシャッターを切る音と、同時に光る眩しいフラッシュ。
それらを沢山浴びながら、セットの前でリクエストに応じながらポーズを変える兄を、スコールはスタジオの隅からじっと見ていた。

不慣れな環境と、沢山の知らない人に囲まれて泣いていたスコールだったが、兄に慰められ宥められ、若いスタッフ達から飴やクッキー、ジュースなどのお菓子を貰って、なんとか落ち着いた。
泣き止んでしまえば、後は基本的に大人しいスコールである。
スタジオ済のテーブルを囲む椅子にちょこんと座り、ただただ、仕事に没頭する兄の姿を眺めている。

レオンのしている仕事がどういうものなのか、どんな影響力があるのか、スコールは知らない。
けれど、レオンの姿が雑誌に載せられる事は判っていた。
時々帰ってくる父が、兄の姿を掲載した雑誌を持って帰って、スコールやエルオーネに見せているからだ。

雑誌に載っている兄の姿は、見慣れた兄の姿とは少し違っていた。
レオンはファッションに疎くもないが、流行に敏感な程にアンテナを立ててはおらず、外出するのにみすぼらしくない程度の服装で過ごす事が多い。
要するにTシャツにブルージーンズ等のデニムパンツと、ジャケットと言う服装で、殊更にファッションセンスをアピールするようなものは着ていない───と言うか、そもそも持っていない。
そんな兄が、雑誌に載る時は、色々なブランドの色々な服を着て、鞄やアクセサリー等も様々な形のものを身に付けている。
スコールは、いつもの兄も優しくて大好きだけれど、雑誌に載っている格好良い兄の姿も好きだと思った。

その格好良い兄が、今正に、目の前に。


「かっこいい」


ぽろりと零れた言葉は、無意識のもの。
けれど、間違いなく、スコールの素直な心の言葉。

それを聞いた女性スタッフが、テーブルの端に寄り掛かってスコールに笑いかける。


「そうだよねぇ。格好良いよね、お兄ちゃん」
「うん」
「スコールちゃん、格好良いお兄ちゃんは好き?」
「うん。好き!」


嬉しそうに、ほんのりと頬を赤らめて頷くスコールに、女性スタッフは思わずスコールを抱き締める。


「もう、可愛い〜!連れて帰りたいっ」
「あ、ちょっとずるい。私も連れて帰りたい!」
「ふぇ、あぅ、あ、」


ぎゅうぎゅうと知らない人に抱き締められて、あちこちから手が伸びて来る。
それは決して悪意を持つ手ではないのだけれど、知らない人の手はやはりスコールには怖かった。

じわぁ、と蒼い瞳に一杯の涙が浮かぶのを見て、スタッフ達が慌てて手を引っ込める。


「あっ、ごめんごめん!怖がらせちゃった」
「びっくりさせたね、ごめんね〜」
「はい、クッキーあげる。お詫び、ね?」
「………うゅ……」


差し出されたクッキーを受け取って、スコールはこくんと頷いた。
可愛いひよこの形をしたクッキーを、お尻から食べて行く。
さくさくとクッキーを齧って行く子供の頬が、リスのように丸く膨らむのが、また女性スタッフ達の心をくすぐっていた。


「レオン君たら、こんな可愛い子がいるなら、もっと早く連れて来てくれれば良かったのに」
「うちはキッズ雑誌もあるから、良いモデルになりそうよね」
「二人でコラボとかも良いんじゃない」
「いいね、それ。今度、企画会議に出してみようか」
「でも、年が離れてるのがねえ。高校生向けの雑誌にはあんまり企画的に合わなそうだし、キッズ雑誌にレオン君はちょっと年齢が上過ぎるし。育児って言うのもちょっと違うしなぁ」
「女性一般系とかどう?レオン君と並んで撮影とか、女性受けすると思うのよ」


あれやこれやと飛び交う空想企画の主役は、盛り上がる女性達を見てきょとんと首を傾げるだけ。
取り敢えずテーブルに置いていたジュースのストローに口を付けて、また仕事を続けている兄を見る。

レオンは、髪型を変えている所だった。
肩より少し下まで伸ばされた髪を、項の高さでゴムでまとめている。


「もうちょっと上に括れる?」
「多分。でもやった事がないので、あまり綺麗には」
「それじゃあこっちでやるよ。所で、この間渡した化粧水、どうだった?あれのレポをそろそろ載せようかと思ってるんだけど」
「あの化粧水ですか……どうにも、俺には合わないみたいで。何度か使ってはみたんですが、発疹が出来るんです」
「そうかぁ…そりゃ悪かったなあ。君が推してくれれば良い宣伝になると思ったんだが」
「髪型、こんな感じでどうですか?」
「おー、いいじゃない。これならイヤリングもちゃんと見えるな」
「本当はピアスにしたい所だけどねぇ」
「すみません…」
「いやいや。校則じゃしょうがないしね。学校側から訴えられたら、うちも色々痛いし。────よし、じゃこれで行こうか」


黒縁眼鏡の男性に促されて、レオンはカメラの前へ。
無精髭のカメラマンが角度や距離を測りながら、カシャカシャとカメラのシャッターを切る。
撮影スタッフは他にも沢山いて、照明の位置を直したり、大きな板(レフ版なのだがスコールにはその名前も、板の役目も判らない)を微妙に傾けさせている人がいたり。

そんな沢山の大人に囲まれて、レオンは黙々と仕事をこなしている。
物怖じせずに、堂々とした態度で仕事に臨む兄の姿は、スコールの胸を高鳴らせて止まない。

────ふ、とレオンの視線が動いた。
二対の蒼が重なり合って、スコールは一瞬ドキッとする。


(もうちょっと、な。良い子にしてろよ)


柔らかく微笑んだ兄の、そんな声が聞こえた気がした。
その時の兄は、凛として堂々として格好良くて、けれどやはり、スコールがよく知る優しい兄の顔をしていた。

スコールは、なんだか無性に嬉しくなった。
仕事をしていても、兄がきちんと自分のことを覚えていてくれたから、だろうか。
スコールは、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめて、今直ぐレオンに抱き着きに行きたい衝動を一所懸命に堪えた。

幼い子供のそんな様子の、なんといじらしい事か。
撮影開始からそれなりに長い時間が経って、きっと退屈しているのだろうに、きっと甘えたくて仕方がないのだろうに。


「でも、本当に今日の撮影は長いわね」


年配の女性の言葉に、スタッフ達は揃って時計を見た。
いつもならそろそろ休憩時間を挟む頃合いだが、セット前ではまだ次の撮影準備が行われている。
レオンも着ていたジャケットを替え、照明合わせに応えていた。


「もうちょっと終わりそうにないわね〜」
「スコールちゃん、退屈だねえ」
「……んーん」


気遣うように言ったスタッフに、スコールはジュースのストローに口を付けたまま、ふるふると首を横に振った。

しかし少しだけ、本当に少しだけ、退屈を感じているのは確かだ。
格好良い兄の姿を見るのもドキドキして楽しいけれど、何をするでもなく、じっと待っていると言うのが大変だ。
特に活発な性格ではないから、大人しくしている事自体は、それ程苦ではないのだけれど、


(お兄ちゃん、とおいなぁ)


レオンは、同じ空間にいる時は、必ずスコールの傍にいてくれる。
手を繋いだり、頭を撫でたり、抱っこしてくれたり。
その腕がないのが、少しだけ寂しい。


(でも、おしごと)


“お仕事”が大事だと言う事は、スコールも判っている。
父が“お仕事”をしているから、レオンもスコールも毎日温かいご飯が食べられるし、綺麗な服も着れる。
“お仕事”で家に帰れない父の代わりに、レオンが一所懸命、家事や買い物を頑張っている事も。

だから“お仕事”をしている人の邪魔をしていはいけない。
スコールはそう思っていた。

………でもやっぱり、ちょっとだけ退屈で、ちょっとだけ、寂しい。

ストローを食んだまま、小さく唇を尖らせるスコール。
兄との約束通り、良い子で待っていようと頑張る子供の本音が垣間見えて、女性スタッフ達は顔を見合わせて苦笑した。


「スコールちゃん、ちょっとお出かけしよっか」
「……お出かけ?」
「うん。このビルの中、色々なスタジオが入ってるから、見て回ったらきっと面白いよ」
「お兄ちゃん、もうちょっと忙しそうだけど、待ってばっかりで飽きちゃったでしょ」
「…んーん。だいじょうぶです」


ふるふるともう一度首を横に振るスコールに、スタッフの表情が緩む。


「良い子ね〜。でも、流石にねえ……おもちゃでもあれば良いんだけど」
「何か暇潰しになるようなものってあったっけ?」


うーん、と考え込むスタッフ達に、スコールは自分が何か悩ませているのだろうか、と眉をハの字にする。
そんなスコールの傍らで、一人の女性スタッフが、スタジオの隅に置かれていた“ある物”を見付け、目を輝かせた。



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2012/10/30