家族旅行計画中


兄に手を引かれて、知らない道を歩くスコールは、きょろきょろと忙しなく辺りを見回してばかりいる。
あまり活発な子供ではないスコールは、行動範囲も限られているから、ちょっと遠出をするだけで見知らぬ風景に出逢う事になる。

今日はバスを乗り付いで、都会の真ん中にある大きなビルに入った。
其処には沢山の人が忙しなく出入りをしていて、レオンを見かけると手を振ってくる大人が沢山いて、レオンはその一人一人に頭を下げて挨拶していた。
中には近付いて声をかけて来る人もいて、スコールを見付けると「ああ、この子が例の。へえ、可愛い子だね」と言った。
人見知りが激しいスコールは、直ぐにレオンの後ろに隠れてしまっていたけれど、レオンは大人達の言葉にとても嬉しそうにしていたのが判った。

レオンは広いロビーの受付に向かうと、カウンター向こうの女性と何言か遣り取りをしてから、紐のついたカードを受け取った。


「スコール、これを首にかけるんだ。入って良いですよって証拠だから、落としたら駄目だぞ」
「うん」


柔らかな紐が首の後ろに引っ掛かった。
スコールがカードを見てみると、スコールの名前と、『身元保証人』の欄にレオンの名前が書いてあり、それらの上に大きく『入場許可』と書いてあったのだが、まだ小学一年生で難しい漢字を習っていないスコールには読めなかった。
しかし、なくしてはいけないもの、と言う事は判ったから、紐をぎゅっと握って落とさないようにしっかりと持つ。

レオンは再びスコールの手を引いて、改札口のような入口───入場ゲート───に向かった。
鞄から許可証を取り出して、警備員に翳して見せた後、ゲートに読み込ませる。


「スコール、警備員さんにさっきのカードを見せて」
「はい。どうぞ」


首にかけていた紐を取って、警備員に見せる。
取らなくてもカードはきちんと警備員の目に届くのだが、幼い子供の可愛らしいその様子に、警備員は小さく笑ってくれた。
どうぞ、と促されたスコールは、レオンの真似をして、カードをゲートの読み込みに当てる。
それも必要のない行為なのだけれど、幼い子供のする事だ、見ている者は和むしかない。

近くのエレベーターに乗り込むと、小さな空間の壁に沢山のポスターが貼られていた。
其処に知っている姿を見付けて、スコールはあっと声を上げる。


「お兄ちゃん、オーちゃんがいる。ランちゃんもいる」


それは、スコールが毎日見ている子供向け番組のキャラクター達だった。
二足歩行の犬や猫、ウサギやカバが、手を振ったり跳ねたりしている姿がポスターに散りばめられている。
そのポスターには大きく番組タイトルと一緒に『オーちゃんたちに会いに行こう!』とルビつきで書かれていた。


「そう言えば、もう直、この番組のステージがこの辺りに来るんだったな」
「オーちゃん来るの?会えるの?」


レオンの言葉に、スコールはきらきらと目を輝かせる。
いつもテレビで見ているキャラクター達に、生で、本物に逢えると思ってか、蒼の瞳は期待で一杯だ。


「そうみたいだな。逢いたいか?」
「うん。……だめ?」


お兄ちゃん、おしごと、いそがしい?
ことんと首を傾げたスコールの瞳が、先程とは正反対の寂しそうな色を宿す。
レオンはポスターに載っている日付と、頭の中のスケジュール帳を確認して、


「大丈夫、空いてるよ。オーちゃん達に会いに行こう」
「ほんと?」
「ああ。エルの風邪が治ったら、エルとエルのお母さん達も誘ってみよう。父さんは……難しいかも知れないけど、ひょっとしたら、お休み取ってくれるかも知れないな。帰って来たら教えてあげよう」
「うん!」


レオンとスコールと、父と、エルオーネと、エルオーネの両親と。
皆が揃ってお出かけ出来る日は滅多にない。
スコールの希望をまるごと叶えてあげられるかは判らないが、とにかく、一度頼んでみよう、とレオンは思った。
そして、大人達が無理でも、自分が可愛い弟と妹を楽しませてやろう、と。

エレベーターを降りると、其処は沢山の大人が右へ左へ、バタバタと忙しなく走り回っていた。
かと思うと、のんびり休憩スペースで缶コーヒーを傾けている大人もいる。

休憩していた大人の一人とレオンの目が合った。
よう、と手を上げたその人に、レオンが頭を下げて挨拶すると、大人は缶コーヒーを片手に腰を上げて、此方へと歩み寄って来る。
その人は、不精髭を生やした大柄な体躯で、まるで巨大な熊のよう。


「スコール?」


スコールは、こそこそと兄の背中に隠れた。
ぎゅっとスラックスの端を握って体を寄せて来るスコールに、レオンは宥めるように柔らかい髪を梳いてやる。

兄の目の前まで来た大人は、やはり、大きかった。
筋肉が盛り上がり、腕はまるで丸太のように太く、着ているタンクトップが悲鳴を上げているかのようにパンパンに伸びている。


「おはようございます、ジェクトさん」
「おはよーさん。その呼び方な、止めろっつったろ?ジェクトで良いって」
「そういう訳にも……」
「なぁんか違和感あるんだよな、さん付けってよ」
「努力はしてみますけど……急には、無理ですよ」
「頼むわ。なーんか首のあたりが痒くってよぉ。……で、そっちのチビが例の?」


大人はぐっと体を縮めて、スコールに顔を近付けた。
間近で見た無精髭と赤い瞳が怖くて、スコールはびくっと竦み上がる。
ぎゅう、と兄の腰に顔を押し付けた。


「こら、スコール。ちゃんと挨拶しろ」
「……!」


兄の言葉に、ぶんぶんとスコールは首を横に振って、レオンにしがみ付く。
すっかり怯えていると判る弟の仕草に、レオンは眉尻を下げて大人に詫びた。


「すみません。人見知りが激しくて……」
「ああ、いいって事よ。うちのガキもそんなもんだ。大体、俺のツラはガキ向けじゃねえらしいしな」


大人の言葉に、レオンは苦笑いを浮かべる。
目の前の男の顔付は、確かに彼の言う通り、幼い子供には強面に見えてしまうものだったからだ。
鍛え抜かれた大きな体も、レオンから見ても迫力があるから、小さな子供からすればもっと大きく感じてしまうものだろう。

レオンは、助けを求めるようにしがみ付いて来るスコールの頭を撫でて宥めながら、


「ジェクト…さん…は、これから撮影ですか?」
「ああ。ボディビルダー系の雑誌でプロ選手の特集やるってんでな、俺にお声がかかった訳よ。インタビューもあるってんで、ブリッツの事もしっかり宣伝させて貰うつもりだ」
「確か、一昨日も同じような撮影があったんじゃ…」
「あった、あった。ファッション雑誌の方な。お陰でこちとら休む暇がねぇや」
「大変ですね、オフシーズンなのに。家族サービスとか、あまり出来ていないんじゃないですか?」
「そうなんだよ。お陰でうちのガキ、拗ねっ放しでよ」
「テレビや雑誌の出演も良いですけど、たまにはゆっくり休みを取ったら良いんじゃないですか。今度、子供向け番組の舞台がありますから、連れて行ってやるとか」
「あー……ま、その内な」


曖昧な返事をして、じゃあな、と大人は背を向けた。
廊下の向こうで彼を呼ぶ声があったのだ。
恐らく、収録が始まるのか、或いは打ち合わせの時間になったのだろう。

スコールがそっとレオンの陰から顔を出すと、大人はもう遠くになっていた。
ほっと安心した吐息を吐くと、じっと視線を感じて頭を上げる。
見詰める蒼が、しようがないな、と苦笑しているのが見えた。


「今の人、見覚えなかったか?」
「……?」
「そうか。じゃあ、仕方がないな」


スコールは、今の大人を見たことがあった。
彼は最近流行っているブリッツボールと言うスポーツのプロプレイヤーで、所属チームを何度となく優勝に導いている“キング”だった。
そんな彼は、夕方放送の教育番組で、先日、子供達に解説していた。
簡単なパス練習や泳ぎの練習、シュートの蹴り方等を教えていて、スコールもその番組を見ていたのだ。
豪快で気風が良く、手本として見せる泳ぎやシュートを決める姿は、あまりスポーツに興味がないスコールにも格好良く見えた。

しかし、その時見たテレビの向こうの人物と、目の前にいた男が同一人物であるとは、まだ幼いスコールにはピンと来なかったようだ。
ことん、と不思議そう首を傾げる弟に、レオンはくすくすと笑ったのだった。



2012/10/30

頑張ってお兄ちゃんの真似をする子スコが書きたかった。

ジェクトもこっそり家族計画を考えてはいるのです。でも踏ん切りつかないし、あまり遠出も出来そうにないしで悩んでた所。
後日、レオン一家とエルオーネ一家と、イベント会場でばったり会うんだと思います。