AからBへの長さについて


「スコールって、案外サイファーの事が好きだよね」
「……は?」


提出された報告書をチェックしている所に、そんな言葉が振ってきて、スコールは頗る不愉快な顔をして見せた。
それを見たアーヴァインは、酷い顔だなぁ、と苦笑する。


「いや、ね。二人って、随分距離が近いなぁと思ってさ」


アーヴァインが指摘したのは、スコールとサイファーの日々の過ごし方の事だ。

スコールは何かとパーソナルスペースが広い為、必要以上に他者と距離を縮める事を嫌う。
その際の物理的な距離は、大体にして彼と相手との精神的距離を映し出しているものだった。
だから幼馴染のメンバーとは比較的距離が近く、ゼルやセルフィが話しかけてきた時に前のめりになってきても気にしないし、リノアが抱き着いて来る事は全く構わない。
イデアが肩に触れたり、手を握ったりする事も、あまり得意ではないが、記憶を取り戻した今は幼い頃の名残もあって、強く嫌がる事もなかった。
しかし他人に対しては、今でも判り易く距離が開き、見えない壁を一枚挟んでいるように見える。
スコール自身は恐らく意識していないのだろうが、彼が心を乱さず相対できる状態、と言うのは、他人に対してはどうしてもそこそこの距離が必要であった。

そして先の話題に上った人物───サイファーであるが、彼も彼で案外縄張りが広い。
スコール程顕著に他者の接近を嫌う事はしないが、己のテリトリーに近付く事を許す相手は選んでいた。
取り巻きの風神と雷神は勿論近いが、それ以上に近い者と言ったら、彼に対して遠慮をしないリノアやセルフィ位ではないだろうか。
最も、リノアは元から割と誰に対しても壁を作らないし、セルフィも同様な上に幼馴染なので、彼女達は一般枠から外しておいた方が良い。
ついでに、サイファーはバラムガーデンで“風紀委員長”として有名なので、周りが怖がって遠巻きにしているので、結果的にサイファーのテリトリーは広く取られてしまうのだ。
危険なものがいると判っているのに、うっかり近付いて蛇に絡まれるのは誰でも嫌なので、サイファーに近付く人間は限られているのである。

こうして考えると、スコールにしろサイファーにしろ、お互いにパーソナルスペースは広いのだ。
それなのに、二人が話をしている時、その距離はいつも必要以上に近い。
そう、必要以上に。


「さっきサイファーが此処にいた時、何か話をしていたけど」
「来週の任務の打ち合わせだ」
「お疲れ様。その時にも凄く近かったじゃない。スコールの肩にサイファーが腕を乗せててさ。顔近付けあってて」
「あいつが俺の持ってる書類を見てただけだ」
「何か確認してたのかな。だけど、それってスコールから書類を借りれば良いだけじゃない。その方が見易いと思うんだよね」
「面倒だったんだろ。横着者だから」


歯に衣着せないスコールの言葉に、アーヴァインはどうかなぁと笑う。
確かにサイファーは細かい事を面倒臭がる所があるが、任務や作戦の事となると、スコールとは違う視点で細かい所を気にする。
任務に関して大事な事だと思っていれば、自分で動くのはそれ程嫌わない。
書類一枚をスコールの手から借りる位、一々厭うような事でもないだろう。


「それでさ。スコールもそれを好きにさせてるじゃない」
「……邪魔だぞ。あいつはデカいから」
「まあね。背も高いし、体も大きいし。幅利かせて立つ癖もあるし」


サイファーは昔から、仁王立ちで立つ癖がある。
両足を肩幅に開いてどっしりと構えた風の立ち姿は、アーヴァインの記憶に残る幼い彼とそっくり重なる。
其処に愛用の白コートの裾が拡がるので、アーヴァインは時々、動物が体を大きく見せる為に飛膜を拡げる光景を思い出していた。
何かと横に立つ事が多いスコールにとっては、己のテリトリーを侵食されるようで、聊か気分は良くないのだろう。
並び立つと彼の体格の所為で、自分が細く見えてしまう───対照的な色による印象の違いもあるが───のも、スコールには少し引っ掛かっているかも知れない。

しかし、だ。


「でも、邪魔とは言うけど、振り払わないだろ?」


仕事の邪魔なら押し退けるが、其処までの場面でもなければ、スコールはサイファーを好きにさせている。
サイファーが何処で何をしていようと、自分のデスクを勝手に占拠しようと、ささくれ立つ事は少なかった。

と、アーヴァインは思うのだが、本人の視点ではまた違う。


「振り払ったとして、あいつが反省すると思うか?」
「思わないなぁ」
「邪魔なものは邪魔なんだ。でも追い払っても、五分後にはまた来るし、俺の部屋にも勝手に入るし。あのデカい図体が同じ部屋にいるって鬱陶しいぞ。あんたも一度味わってみるか」
「それは勘弁かな〜。僕もそこそこ大きいし、部屋が小さくなっちゃうよ。おまけにサイファーと二人きりなんて、繊細な僕にはとても耐えられない」
「どうだかな」


あんたは繊細な割に図太いから、と言うスコールの言葉は、誉め言葉として受け取っておこう。
眉尻を下げて困ったように笑いながら、アーヴァインはそう思った。


「と言うか、僕と二人きりなんて、サイファーが絶対嫌がるだろ」
「だろうな。ヘタレが伝染る、とか言って」
「酷いよな〜、でも言いそう。すぐ想像できる。ついでに聞くけど、スコールは僕と同室ってどう思う?」
「別に、どうでも」
「僕もサイファーと同じ位には身長あるよ。邪魔にならない?」
「あんたはあいつみたいに煩くないし、ベタベタしないだろ」
「そりゃあね」


君が許してはくれないだろうから、とアーヴァインは胸中で呟いた。

例えば、アーヴァインがサイファーやリノア、セルフィのようにスコールに近付いたとして。
最初の一回目は何かの気まぐれか、セルフィに感化されたかと流すかも知れないが、二回目はきっと許されないだろう。
普段から其処まで距離を近付けて会話をしている訳ではないし、スコールもアーヴァインも、お互いが適度に緊張を持たず過ごせる距離感と言うものを保っている。
それを踏み越えて相手のエリアに侵入した場合、スコールが何事かと身構えるのは間違いないだろう。
アーヴァインとて、スコールが突然ゼロ距離まで近付いてきたら、何があったのかとパニックになるに違いない。

それを思うと、やはりサイファーに対してだけ、スコールは許容範囲が広いのだと判る。
場に応じた適切な距離もありながら、その必要がない場面では、妙に距離感が近い。
それは其処まで近付く必要のある事?と傍目に見て不思議に思う事は少なくないのだ。

そしてサイファーもまた、スコールに対してだけ、距離感が可笑しい。
スコールに対して行っている事を、サイファーは他人には絶対にやらない。
噛みついて来るゼルや、懐いて来るセルフィを適当にあしらう事はあっても、自分からあの二人に積極的に近付く事はないだろう。
サイファーから二人に行く時は、腕一本を伸ばしても余る程度の距離感が保たれている。
風神や雷神はもう少し近かったように思うが、それでも基本的に距離を近付けてきているのは二人の方で、サイファーから密着しに行く事は殆どなかったように思う。
恐らく、あれがサイファーにとっての他者に対する適切な距離なのだろうが、スコールだけはこれがないのだ。
当たり前に隣にいて、遠慮も配慮もせずに寄りかかったり────アーヴァインは、サイファーがスコール以外にそんな事をしている場面は見た事がない。


(うーん。これは……)


少しばかり認識の改定が必要か。
そんな事を考えているアーヴァインの前に、ぴらり、と書類が差し出される。


「え。何、これ」
「暇そうだから」
「え〜っ、もう次の任務?ちょっと休ませてよ」
「休む時間ならある。それの出発は明後日だ」
「そう言う事じゃないんだけどなぁ」
「人手不足なんだ」
「だろうね」


人手不足でなければ、ガルバディアガーデンから転入したばかりの人間を、試験抜きでSeeD採用なんてしないだろう。
半ば押し付けられたものとは言え、指揮官職の人間が度々出掛けなければならない位、SeeDは人が足りていない。
過労で倒れたら労災って出るのかなあ、とボヤきつつ、出るとすれば真っ先に使う事になるのは目の前の人物だろうな、と思った。

新たな任務の内容をざっと見て、任務地がティンバーと呼んでホッとした。
ティンバーなら当日の出発でも十分なので、明日一日はのんびり休めるだろう。

折った書類をコートのポケットに入れて、アーヴァインは退室する事にした。
それじゃあ、と言って踵を返したアーヴァインに、スコールからの返事はない。
聞こえているだろうから良いよね、と思いつつ歩き出そうとして、ふと無人のデスク───サイファーのデスクが目に留まった。


「……ねえ、スコール」
「……なんだ」
「今日、仕事が終わるのは遅い?」
「多分な。書類が溜まってる」
「そっか。サイファー、今日は君の部屋にいるかな?」
「…何か用事でもあるのか」
「ううん。ちょっと聞いてみただけ」
「………」


背中に突き刺さる胡乱な視線に、アーヴァインはこっそりと笑う。
自分の部屋にサイファーがいるかどうかについて、いないと否定はしないんだな、と。


「やっぱりスコールってサイファーの事が好きだね」
「なんでそうなる」
「色々考えたら、やっぱりそうなんだろうと思ってさ」


アーヴァインの言葉に、スコールが深い溜息を吐く。

コツ、コツ、とペン先が机を小突く音を聞いて、アーヴァインはなんとなく振り返った。
ペン先の音は幼馴染を振り向かせる意図ではなかったのだが、振り返ったのなら、と蒼がアーヴァインを映す。


「俺がサイファーを好きなんじゃない。あいつが俺を好きなんだ」
「へえ。そうなの」
「ああ。本人がそう言っていた」


スコールの言葉に、それはそれは、とアーヴァインは肩を竦める。
二人の会話は其処までで、アーヴァインは指揮官室を後にした。

……サイファーがスコールの事を好きとするなら、確かにそうなのだろう。
サイファーは明らかにスコールの存在を強く意識しているし、何に置いても無視はしない────出来ない。
しかし、それを言うなら、とアーヴァインは再三思う。


(僕には、どっちもどっちに見えるよ)


あいつが俺を好きなんだ、とスコールは言った。
アーヴァインは頭の中で、その台詞を話題の片割れに置き換えてみた。
そっくりそのまま同じ台詞を同じトーンで返すのが想像できて、堪らず噴き出す。



要するに彼らは、互いが互いを好きなのだ。
羨ましいなあ、と思いつつ、いやそうでもないかな、とアーヴァインは思い直した。




2018/08/08

『サイスコで、サイファーがスコールを好きでしょうがない話』のリクエストを頂きました。

肝心のサイファーが不在です、すみません!
傍から見れば見る程、お互いが好きな二人にしてみました。アーヴァインは無自覚の惚気に当てられています。