ただいまチュートリアル中につき


いつから好きだったのかと言われると、正確には判らない。
けれど、自覚するよりも前からだったのだろう、とは思う。

そんな恋が実ったのだから、嬉しくない筈がない。
同時に、望みが薄いとも思っていた反動から、触れたい気持ちを長らく抑制していた事も確かだった。
となれば、実った瞬間から、その抑制は箍が外れて、これから沢山触れる事が出来る、と言う希望も湧いた。

────が、現実は中々冷たい。

好きだ、と言われて、好きだ、と言って、涙が溢れそうな程に嬉しかった。
まさか彼の方から告白して貰えるなんて思っていなかったし、彼が自分にそんな気持ちを抱いてくれているとも思っていなかったから、喜ぶと同時に、怖がりな彼に踏み越える切っ掛けを作らせてしまった事に、少しだけ申し訳なく思った。
だからこそ、これからは此方が目一杯彼を愛してやらなければ、とも思った。

想いが実った瞬間、喜びのままに、彼を強く抱き締めた。
触れ合う事を苦手としている彼が、それを受け入れ、背中に腕を回してくれたのも嬉しかった。
回された腕が少しぎこちなく震えていたが、彼が一所懸命に応えようとしてくれているのだと判ったから、そんな所も愛おしい。

そして、そのままもっと触れたいと言う衝動のままに、唇を重ねようとして、


「……ちょ、っと…待て……っ!」


両手のガードに遮られたのが、今から一ヵ月前の事。



スコールは元々、接触嫌悪に近い程、他者と触れ合う事を苦手としている。
幼い頃から傍でそれを見ている限り、原因らしい原因と言うのは主立って見当たらないので、恐らく生まれついての性格なのだろう。
ごく限られた安心できる人物を除いて、スコールは手を繋ぐのも嫌がる位に、人との触れ合いが苦手だった。
しかし幼い頃は、それでも誰かの温もりを求めている事は他の子供と同じで、家族にはとかくスキンシップ───と言うよりも抱っこをねだる事は多かったそうだ。
隣の家で暮らしていた頃から、近所付き合いで距離が近かったクラウドにも、彼はよく手を繋ぎたがっていた。
だから、全くの赤の他人と比べれば、近い距離である事を許される立場にはいた筈だ、とクラウドは思っている。

しかし、“幼馴染”や“隣に住んでるお兄ちゃん”としての距離には慣れていても、それ以上に近くなるのは、やはり慣れが必要だったらしい。
スコールと恋人関係になって以来、その微妙な距離感と言うものに、クラウドは少し寂しさを覚えていた。


(いや、別に不満な訳じゃないんだ。恋人同士になって、スコールの意識がそう言う風に変化したから、とも思えるし……)


スーパーで今日の夕飯の材料を買い終わったのが、つい先程の事。
その家路で、クラウドはスコールとほんの少し手を繋いでみようとしたのだが、どうにも上手く出来なかった。
と言うのも、クラウドの指先が手に触れただけで、スコールが手を引っ込めてしまうのだ。
判り易く逃げてしまうので、無理に追って掴む訳にも行かず、クラウドの手は何度目か知れず力なく垂れるしかなかった。

子供の頃は何度も手を繋いだ二人だが、今やクラウドは21歳、スコールは17歳だ。
男二人が当たり前に手を繋ぐような年齢ではないし、人目を気にするスコールが繋ぐのを嫌がるのも判る。
しかし、恋人となって以来、触れたいのに中々触れられない日々を送るクラウドとしては、少しでも早くスコールに“恋人として”のスキンシップに慣れて欲しいと言う願望がある。

スコールの逃げていた手が元の位置に戻ったのを見て、クラウドはもう一度チャレンジした。
隣を歩くスコールの手に、手の甲を当てると、スコールの肩がビクッと跳ねる。
赤い顔で蒼い瞳が右往左往するのを横目に見ながら、小指に人差し指を絡めると、スコールの手は判り易く強張るが、今度は逃げなかった。
その事に少し安堵して、辿るようにゆっくりとした動きで、クラウドはスコールの手を握る。


「……おい……っ」
「少しだけだ」
「……っ」


クラウドの言葉に、スコールははくはくと唇を震わせた後、俯いた。
繋いだ手に緩く握り返される感触があって、クラウドの胸がぽかぽかと温かくなる。

堂々と手を繋げない間柄である事は、悲しいが今は致し方のない事だ。
それなのに繋ぐことを許されること、人一倍他人の目を気にするスコールが振り払わない事に、クラウドは感謝する。
だからスコールには余り無理をさせないように、クラウドは10秒きっかりを数えて、そっと繋いでいた手を離した。
離した瞬間にスコールの唇から漏れた息が、安堵の溜息なのか、寂しさなのかは、まだ判らない。

クラウドが一人暮らしをしているアパートに着くと、スコールは早速夕飯の準備を始めた。
いつの間にか持ち込んで置いていくようになったエプロンを身に着けて、手際よく肉野菜炒めを作る。
その間クラウドは特にする事もなく、キッチンに立つスコールの後ろを姿をじっと眺めていた。

程なく出来上がった二人分の食事を、小さな卓上テーブルに乗せて、テレビを眺めながら食べて行く。
スコールが家に来るようになるまでは、カップラーメンばかりで毎日を凌いでいたのが嘘のような、健康的且つボリューミーな夕食に舌鼓を打った。
食べ終わると片付けもスコールが行い、その間にクラウドは風呂に入る。
毎日の習慣で言えば早すぎる入浴時間だが、今日はスコールが泊まる日で、彼は明日は学校があるからと早めに就寝しなければならないので、何事も前倒しになっている。
本当は土日にスコールを泊まらせてやりたかったのだが、色々な都合が重なって平日の今日になったのだ。

クラウドと入れ替わりにスコールが風呂に入っている間に、クラウドは押し入れから予備の布団を出した。
スコールが泊まりに来た時にだけ使われる予備の布団を、自分のベッドの横に並べて敷く。


(さて……)


敷き終わった布団の上に腰を下ろして、クラウドはスコールが戻って来るのを待った。

五分を過ぎ、そろそろ十分になるかと言う所で、風呂のドアが開く音がする。
ぺたぺた、と裸足の足音がして、スコールが寝室に入り、布団の上に座っているクラウドを見てぴたっと固まった。
もう初めての事ではないのに、と思いつつ、クラウドはスコールに手を伸ばし、


「スコール」


おいで、と言うように名を呼べば、スコールは赤い顔を俯けた後、のろのろと歩き出した。
湯に温まって火照った手が、ゆっくりとクラウドの下へと伸ばされる。
指先が触れ合っただけで固まってしまう手を捕まえて、クラウドはスコールの体を自分の方へと引っ張った。


「わ……!」
「おっと」


倒れ込んできた体を受け止めて、クラウドはスコールを自分の膝の上に乗せた。
余りに近い距離に気付いたスコールが顔を真っ赤にして、反射反応のように逃げようとするのを、腰を抱いて捕まえる。


「クラウド……!」
「うん」
「……っ……!」


咎めるように名を呼ぶスコール。
それに短い返事だけを返して、クラウドはスコールの頬に手を当てた。
途端にスコールは耳まで真っ赤になって、耐え切れないと言うように目を閉じる。

膝の上で縮こまって固くなっているスコールに、可愛いな、とクラウドの唇が緩む。
しっとりと水分を含んで額に張り付いている前髪を撫で上げて、露わになった額にキスをした。
すると、スコールはその感触を恥ずかしがって、ぶんぶんと頭を振ってしまう。


(本当に、初心だな)


何をするにも一度は強張ってしまうスコールを見る度、クラウドはそう思わずにはいられない。
時折、可哀想な程に赤くなってしまう事もあり、早く慣れてくれると良いんだが、とクラウドは独り言ちる。

恋人同士となってから、クラウドがほんの少しでも触れる度に、スコールは真っ赤になって恥ずかしがる。
しかしクラウドとしては、やはり好きだからこそ触れたい。
手を繋ぐのは勿論、肩を抱いたり、キスをしたり、もっと先の事もしたかった。
だがスコールを傷つけるのは本意ではないから、こうやって少しずつ少しずつ触れて、スコールに恋人としてのスキンシップに慣れて貰おうとしているのだ。

一ヵ月のクラウドの努力を経て、未だに恥ずかしがってばかりのスコールだが、これでも初めに比べれば随分とマシになった。
手を繋いでも振り払われないし、肩を抱いても逃げないし、キスをするのも拒まない。
触れるだけの柔らかいキスを頬に貰うのなら、段々と気持ち良くなってきたようで、繰り返し口づけている内に、ぼんやりとした瞳を浮かべるようにもなった────丁度、今のように。


「……スコール」
「……ん……っ」


腰を抱いて、手を握って、耳元に触れるだけのキスをする。
かかる吐息がくすぐったいのか、ピクッ、とスコールの体が小さく震えたのが判った。

いつかもっと触れ合いたいからと、慣れて欲しいと言ったのはクラウドだ。
スコールも望んでいない訳ではなかったから、少しずつなら、と頷いた。
それ以来、こうしてささやか過ぎる恋人同士の触れ合いを繰り返している。

腰を抱いていた手を少し滑らせて、背中を撫でた。
と、スコールの体が判り易く強張って、ふるふると頭を振る。
やだ、と言葉なく訴えるスコールに、やはりまだ早いか、と寂しく思いつつもクラウドは手の位置を元に戻した。
詫びの代わりに、スコールが嫌がらないと判っている額、瞼、頬にキスを重ねて行く。


「あ…んん……っ」
(…声が少し…辛いんだが。自覚はないよな)


キスをされる心地良さで、スコールの唇から漏れる声。
クラウドには中々に刺激的な声なのだが、言えばきっと慣れてしまったキスの事までリセットされてしまうので、クラウドは努めて知らない振りをする。

一頻りキスをして、クラウドは───物足りなさには蓋をして───満足した。
ぼんやりとしているスコールの頭を撫でて、抱き上げてベッドへと運んでやる。


「今日は此処までだな」
「……ん……」
「ありがとう、スコール」
「……別に……」


感謝の言葉を告げるクラウドに、スコールは目を逸らしつつ、赤い顔で俯いた。

スコールが泊まる時、ベッドはいつもスコールに譲っている。
明日はスコールの学校の為に早めに起きないといけないな、と思いつつ、クラウドは布団へと戻ろうとしたが、くん、と服を引っ張られる感覚に引き留められた。


「スコール?」
「………」


振り返ると、スコールがクラウドの服の端を掴んでいる。
視線は俯いたままベッドシーツを見詰めていたが、唇が何度か開閉を繰り返した後、蒼灰色がクラウドへと向けられた。


「クラウ、ド」
「なんだ?」
「……あ、……」


意を決した表情をしていたスコールだったが、また直ぐに俯いた。
掴んだ手は離れていないので、何かを言おうとしているのは確かだろう。
クラウドは急かす事なく、スコールの次の反応を待った。

ぎゅ、と服端を握る手に力が込められて、再度スコールが顔を上げる。


「俺も……キス、して…良いか……?」
「……!」


スコールの言葉に、クラウドは目を瞠る。
蒼の瞳が、緊張と不安の混ざった瞳で、それを見返していた。

────クラウドがしてくれるキスは、最初こそスコールを緊張させるばかりだったが、繰り返される内に段々とそれは解けていった。
それから最初に感じたのは、こんな事をしてクラウドは楽しいんだろうか、と言う疑問。
口に出さない疑問に答えは出ないまま、クラウドとのスキンシップは繰り返され、次第に彼に触れられると仄かな安心を感じるようになった。
キスをされるのもそれと同じで、クラウドの唇が触れた所が、ほんのりと温かい。
何度も与えられている内に、次第にその温もりが愛しくなって、心地良くなって、好きになった。
同じものを、クラウドにも与えられたら良いのに、と思う位に。

だからスコールは思い切って、キスをしてみようと思ったのだ。
いつも与えられているばかりのものを、ほんの少しでも良いから、クラウドに返したい。
触れ合う事が苦手な自分に根気強く付き合ってくれる事へ、感謝も込めて。

スコールのそんな気持ちをクラウドが全て読み取る事はなかったが、それでも、思わぬタイミングでの恋人からの言葉に、嬉しくない訳もなく。


「……良いぞ」


それだけ答えて、クラウドはベッド端に腰を下ろした。
少しの間をおいて、ぎし、とベッドの軋む音が鳴り、スコールがクラウドへと近付いていく。

緊張を誤魔化したいのだろう、縋るものを求めるように、スコールの手がクラウドの肩に乗せられる。
僅かに震えているのが判ったが、クラウドは敢えて何もせずにスコールのタイミングを待った。
スコールは小さく息を飲んで、深呼吸をなぞって細く長く息を吐いてから、ゆっくりとクラウドの横顔に自分の顔を近付ける。

─────ふ、と。

本当にほんの一瞬、触れるだけのキスが、クラウドの頬を掠めた。
今したのだろうか、と尋ねたくなるようなバードキスが、今のスコールの精一杯だ。


「……ク、ラ…ウド……」
「……ああ」


反応が気になって、名を呼ぶスコールの声が震えていた。
それを安心させてやる為に、クラウドはスコールの肩を抱き寄せて、耳朶にキスをする。


「ありがとう、スコール」
「……っ……!!」


クラウドの囁く声を聴いて、スコールは完全に沸騰した。
勢いよくクラウドの体を押し退けて、シーツを引っ掴んで包まって、布団の中に逃げ込む。

ミノムシのように真っ白なシーツに包まった恋人に、クラウドはくすりと笑みを漏らした。




2018/08/08

『クラスコで恋仲になったばかりでまだキスやら何やら慣れないスコール』でリクエストを頂きました。

鋼の理性でスコールが慣れるまで無理はするまいと頑張ってるクラウド。
でも時々スコールの方から自覚なく理性崩壊させようとして来る。
頑張れクラウド。きっといつか報われる。その時は一杯触れば良いと思います。