ホートスコピー・シェイプシフト
[スツール・エン・ダンス]の続き


殺してやる。
何度もそう繰り返すのを聞きながら、弄んだ。
忌々し気に、悔しそうに、睨んでくるのが面白かった。

その内に疲れか精神的な限界か、意識を飛ばしたのを見て、さてどうしようかと考える。

何も知らない彼は、此方の言っていた事など、惑わせる為の戯言としか思っていないだろう。
本物か偽物か、実際の所、この世界においてそれは然したる意味を持たない事だったが、まだ何も知らない彼には、大きな揺さぶりになったに違いない。
敵であるからと、その敵が言った事を、特に意味のない単語だとは片付けられない性格だから。
それを思うと、どうせなら言葉の意味を理解するまで、手元に置いて観察していたい、と言う欲が沸いた。

けれど、いつまでものんびりと観察している訳にも行かないだろう。
繰り返されるこの世界に、タイムリミット等と言うものは余り意味がなかったが、“次”が始まるまでの時間制限はあるのだ。
“次”が来れば今の記憶は恐らく彼には残っていないから、また初めからやり直しになる。
繰り返し植え付けて行けば何らかの変化も見られるかも知れないが、生憎、其処まで気が長くはない。
己の存在そのものさえ、ふとした瞬間に露と消えて、同じ形の違う入れ物に入って戻って来る事を思えば、やはり今の内にしか楽しめない。

意識のない体を担ぎ上げて、歪の入り口を開ける。
遠くから此方へ向かってくる気配があったので、銀色の刃を地面に突き立てて標にした。
これを見た彼等が何を感ずるかは知らないが、良くない予感に至るのは間違いないだろう。
それから先にどれ位に辿り着くか、それも含めて、スパイスにするのも悪くない。



散々な目に遭った。
痛いとか、苦しいとか、そう言うものは勿論だが、それ以上に吐き気がした。
それを押し付けてくるのが、自分の同じ顔をしていると言うのが、一層嫌悪に拍車をかける。
だが、スコールがそうして嫌悪している事すらも、あれにとってはきっと愉悦なのだろう。
それを証明するように、間近で見た嫌な笑顔ばかりが焼き付いて離れない。

好き勝手にされて、意識を飛ばして、目を覚ましたら、石壁で囲まれた部屋の中にいた。
両手は鎖で縛られ、首に巻かれた首輪と繋がっている所為で、碌な自由がない。
ボロボロにされた服はそのまま着せられているが、拡げられたシャツからひんやりとした冷気が入り込んで来るのが鬱陶しかった。
武器は手元にはなく───あってもこの状態では握れない───、酷く心許無いが、それは表に出してはならない。
下手な弱味を少しでも見せたら、奴は絶対に調子に乗る、とスコールは理解していた。

幸いなのは、奴が此処に現れる時間はごく限られていると言う事だろうか。
だから彼がいない内に此処を脱出する術を見付けたいのだが、それは口で言う程簡単な話ではなかった。
この空間が何処なのかはスコールには判らないが、魔力の気配が色濃い事から、恐らく魔女の手を借りて作り出した空間だろうと見当をつける。
となると、スコールの自力だけで脱出口を見付けるのは、いよいよ以て難しいと言う事になる。


(やはり、あいつが戻ってきた所を狙うしかない。だが、この状態では────)


冷たい床に鵜座って壁に寄りかかり、脱出の方法を探すスコールだが、その両手が拘束されているのが辛い。
鎖は首輪にも繋がっている為、両腕を真っ直ぐに伸ばす事も出来ず、肩から上の自由は殆ど無いようなものだった。

手首を捻り、捩じり、なんとか鎖を外せないかと試みる。
もう何度目になるか判らない挑戦は、やはり全くの徒労にしかならなかった。
悪足掻きに鎖に歯を立て、絡み付きを緩ませようともしてみるが、案の定、無駄な足掻きにしかならない。
口の中に残る鉄錆の味が、スコールの腹立たしさを増す。


(手が自由になれば。それさえ出来れば、後は何とでもなる)


実際にはそれ程楽観的な状況ではないのだが、逆に言えば、それすら儘ならなければ突破口は見出せないと言う事だ。
両手ないし片手だけでも自由がなければ、物を掴む事も探る事も出来ない。
だから何をするにも、先ずはこの手の自由を取り戻す事からだ、とスコールは何度目か知れない鎖に牙を立てる。

ぎり、ぢゃり、と金属の擦れ合う音がする。
唯一使える口が段々と疲れてきて、鉄味ばかりを味わう舌が嫌気を訴えて来た頃、暗闇の中でカツン、カツン、と言う固い踵の音が聞こえた。


「またやっているのか。飽きないな」


呆れたように、けれど何処か楽しそうに聞こえる声は、スコールの声そのものだ。
しかし愉悦を孕むような喋り方をスコールはした事がない。
それよりも、俺はこんな声で、こんな貌で喋るのか、と思うと、嫌悪が止まらなかった。

嘗てスコールが憧れ、それに袖を通す事を目標にしていた服────SeeD服。
それを身にまとい、スコールと同じ瞳の色で、薄らと笑うスコールとよく似た貌を持った、混沌の駒。
多くは鉱石を思わせる見た目をしている人形とは異なり、服は勿論、髪や肌質までスコールをそっくり再現したイミテーション。
初めて邂逅した時から、スコールの苛立ちを助長させるばかりだったそれが、笑みを浮かべて此方を見下ろしている。

見下ろす男から体を隠すように、スコールはじり、と後ろに下がる。
しかし、背にしている壁に既に行き止まってしまう為、両者の距離は幾らも開かなかった。
それ所から、ブーツの脚が此方に近付いてきて、スコールの足元を跨ぐように立って止まる。
殆ど垂直の位置から見下すように落ちてくる視線が気に入らなくて、スコールは眦を尖らせてそれを睨み返していた。


「……お前は、何がしたいんだ」
「うん?」


スコールの言葉に、イミテーションは意味を測りかねると首を傾げる。


「…こんな所に閉じ込めて、お前達カオスの連中は何を考えている?殺すならさっさと殺せば良いだろう」
「……ああ、そうか。確かに、それが普通だな」
「……白々しい。お前達は───お前は一体何がしたいんだ」
「……“何が”、か」


睨み付けて再度問うスコールに、イミテーションは見下ろしていた視線を外し、天井を見上げる。
隙だらけのその姿に、スコールは益々腹が立った。
そんな姿を見せられる程に、相手に余裕がある、それをさせてしまう程に自分に余裕がない事が明白だからだ。

イミテーションは沈黙の末に、再びスコールを見下ろして言った。


「別に。特に何もないな」
「……っ…!!」


他のどんな返答よりも、腹立たしい答えが返ってきた。
瞬間、スコールの頭は一気に沸点へ上る。


「あんな事をしておいて……!」
「……あんな事、か」


忌々しいと言わんばかりの眼光で睨むスコールの言葉に、イミテーションが膝を追って、目線の高さを合わせる。
覗き込んでくる蒼灰色に、本当に俺はこんな顔をしているのか、とスコールは疑問に思う。
暗く淀んだ光を携えた眼も、薄く笑みを浮かべた唇も、まるで自分を模した物だとは思えない程、目の前の貌が憎い。

すい、と延びた手が、スコールの頬を撫でた。
その感触が、体に未だに残る記憶と重なって、スコールの背中に悪寒が走る。


「あんな事と言うのは、これか?」
「触るな!」


つう、と鎖骨の狭間を辿る指を、拘束された手で打ち払えば、イミテーションは払われた手を一瞥して、また伸ばす。
延びてくるその手を見るだけで、スコールの貌が引き攣った。
弱味を見せてはならないと歯を食い縛れば、イミテーションは薄ら笑いを浮かべて、スコールの鎖に縛られた手を掴む。


「思い出した。少し面白い話をしてやろうと思ったんだ」
「……興味ない」
「ついさっき、秩序の聖域に行ってきた」
「!?」


反応を無視して告げられた言葉に、スコールは目を瞠る。

混沌の駒であるイミテーションが、秩序の聖域に。
襲撃したのか、とスコールが睨むと、イミテーションは歪んだ表情を変えずに続ける。


「お前の仲間が、必死にお前を探していた。お前のガンブレードはあそこに置いて来たから、それを見て、お前に何かあったと探し回っていたんだろう。……其処に、今のお前と同じ格好をした俺が現れたら、どうなると思う?」
「……な……」


今スコールの目の前にいるのは、SeeD服を着ている事以外は、全く自分と変わらない見た目をした人間だ。
イミテーションだと言われても、鉱石地味た見た目の他の者とは違い、一見するとスコール本人との差異も見付けられない程にそっくりだった。
声も仕草も、何もかもがスコールと鏡映しにしたような井出達に、仲間達が混乱していたのは、まだ遠くない話だ。
口を開けば雰囲気が違う事や、何よりも服装が違うからまだ判るけど、と言うレベルだった。
もしもスコールがSeeD服を着て相対したら、どちらがどちらなのか、仲間達にも見分けが着かないかも知れない。

スコールがこのイミテーションに拉致されてから、どれ程時間が経ったのかは判らないが、スコールが獲物を置き去りに消える事などある筈がないから、“何か”が起きた事は皆判るだろう。
そう言う時の“何か”と言うのは、混沌の戦士の姦計が絡んでいる場合が多い。
だから慎重に、且つ早期に、スコールを見付け助けなければならない、と彼らは思っている筈だ。

そんな彼等の下に、何食わぬ顔をした“スコール”が現れたらどうなるか。
SeeD服ではなく、黒のジャケットを着た、いつもの姿の“スコール”が戻ってきたら。
秩序の戦士達は、それが“スコール”なのか“スコールとよく似た別物”なのか、判るのか。

その答えを、イミテーションは滔々と語る。


「ジタンもバッツも、何処に行っていたんだと言ってきた。囚われたから脱出して来たと言ったら、安心したように飛び付いて来た。ウォーリアから説教を食らったな。面倒なので黙っていたら、クラウドとセシルが入ってきて、ウォーリアを宥めた。傷はないかと聞かれたから、魔法で治したと言ったら、それで終わりだ。皆俺が“お前”だと思って疑わない」


スコールとそっくりのイミテーションがいると知っていて、誰一人として、目の前の“スコール”を疑わない。
相対している時、必ずイミテーションがSeeD服を着ている事もあり、それを着ていればイミテーション、そうでなければ“スコール”だと言う先入観もあるだろう。
後はイミテーションが努めて“スコール”と同じ言動をなぞってしまえば、彼等にはもう見抜けない。

イミテーションの言葉を、スコールは愕然とした表情で聞いていた。
仲間達が偽物を見抜けなかった事も、裏切られたようで腹立たしいが、それ以上に、目の前の人形がそっくりそのまま“自分”として摩り替われている事がショックだった。

そんなスコールの頬を、イミテーションの両手が包み込む。
覗き込んでくる蒼の瞳が、薄暗い笑みを浮かべて、自分と同じ顔をした少年を見詰めていた。


「俺がお前に成り代わるのは簡単だ。お前が考えているように行動して、お前がしそうな顔をすれば、俺は直ぐにお前になれる」
「……こ…の……っ」
「偽物と本物なんてそんなものだ。お前は俺を偽物だと言うが、お前がその場にいなければ、誰も俺がお前の偽物だなんて思わない。俺とお前の違いなんて、その程度のものしかない」
「違う。お前なんかと一緒にするな」
「同じだ。お前は俺で、俺はお前だ。だからお前の仲間達も、俺をお前だと思ったんだろう」
「お前が俺の振りをしているだけだろう。どうせその内ボロが出る」
「さて、どうだろうな」


スコールの反論すら、イミテーションは意に介さない口調を崩さない。
肌の上をゆっくりと滑る手が悍ましい。
その手はスコールの腹を辿り、刻まれた感覚を呼び起こそうとするように、緩やかに皮膚を撫でる。


「俺はお前として、秩序の聖域に踏み込んだ。どう言う事か判るか?」
「……」
「もう秩序の聖域に、お前の為に用意された席はないと言う事だ」
「………っ!!」


目の前の偽物が、本物のスコールの振りをして、秩序の戦士の中にいる。
戦闘ともなればどうせボロが出るだろうと言うのは、スコールの希望的観測だ。
そして、本当にそれによって偽物と本物の差が出るのか言えば、判らない。

何故なら、目の前の偽物は、まるで本物そっくりのように思考回路も行動理論も持っているからだ。
スコールならばどう行動するのか、何を言うのか、本物のスコールと肉薄した戦闘中さえも、まるでシミュレーターを具現化したかのように、そっくりスコールの行動に沿って来る。
そんなイミテーションを一度でも信じた彼らが、“スコール”と信じている偽物を、疑う事が出来るだろうか。


「スコール。逃げたいなら逃げれば良い。戻りたいなら戻れば良い。だが、もうお前の居場所は其処にはない」
「……ふざけるな……!お前なんかに、そんな事────」
「奴らにとって、もう“俺”は“お前”だ。“お前”が今更自分を“お前”だと主張した所で、“俺”が“俺”を“お前”だと言えば、偽物はどちらになるか、判るだろう」


今まで当たり前にスコールが存在していた、秩序の戦士達の輪の中に、侵入する異物。
異物は、不在となっている椅子の持ち主と同じ顔をして、何食わぬ顔で其処に座り、誰もそれを疑わない。
本来の主が戻ってきても、席は既に奪われて、スコールが座る場所はなくなっている。
それ所か、“偽物”が“本物”になって、”本物”が“偽物”になって、“仲間”は“敵”になる。
スコールが元の居場所を取り戻すには、“本物になった偽物”と入れ替わらなければならなかった。

だが、スコールは囚われたまま、目の前にいる“偽物”に噛みつく事も出来ない。
暗い笑みを浮かべた蒼灰色は、その事を判っている。
視線で殺せるのなら殺してやりたい、と言わんばかりの眼光を向けるスコールに、イミテーションは薄い胸板を撫でながら囁いた。


「殺しはしない、スコール。“俺”が“俺”でいる為に、“お前”の存在は必要だ」
「意味の…分からない事を……っ!」
「でも、そうだな。このまま何もないのは、お前も詰まらないだろうな」


スコールの肌を撫でる手が、するり、と胸へと滑る。
ぞわ、と悪寒が背中を走るのを感じて、スコールはその手から逃れようと身を捩った。
しかし、イミテーションはスコールの頭を掴んで引き摺り倒すと、その上に跨って体重をかけて押さえ付ける。


「ぐ……っ!」
「もう少し楽しませて貰おうか、“スコール”」
「……っ…!」
「“俺”と“お前”が違うと言うなら、“お前”がそれを証明しろ。“俺”とは違う、その体で」


刻まれたばかりの痕を抉るように、イミテーションが嗤う。



別の固体として存在しているのだから、確かにその存在は別物だ。
それが“本物”と“偽物”の区別と言えば、そうなのかも知れない。
けれど、何が“本物”で、何が“偽物”なのか、その証となる物は何処にもないのだ。

それでも自分は“本物”だと、だから“偽物”に飲み込まれる訳にはいかない。
揺らぐ心を煽るように、体の奥がじくじくとした痛みを発している気がして、スコールは歯を食い縛った。




2018/08/08

『アナスコorスコールのイミテーション×スコールで[スツール・エン・ダンス]の続き』のリクエストを頂きました。
糖度も何もない、ギスギスしたアナスコ×スコと言う仕上がりに。

拘束したノーマルスコールを可愛がる(意味深)アナザースコールと言う構図が好きなようです。
SeeD服なアナザースコールは、色々と知恵が回って立ち回りが上手いと良いなぁと言う妄想。