君の為の願い星


流れ星に願い事をすると、願い事が叶うのだと聞いた。
だから流れ星が見たい、と言ったスコールに、見せてやりたい、と思った。
彼の願い事が叶えば、彼がもう一度笑ってくれると思ったから。

一人、また一人と一緒に過ごした仲間達がいなくなっていく中で、自分達だけが取り残された。
二人きりになると、どうしても相手の事が気になって、意識するしないに関わらず、目で追う事が増えた。
そうして、ただでさえ泣き顔ばかりだった彼の顔が、本当にそれ一色しか残らなくなって行くのが嫌だった。
だって、スコールは確かに泣き虫だったけれど、笑う事もあったし、怒る事もあったのだ。
それなのに、姉がいなくなったその日から、スコールは姉を呼んで泣いているか、見付からないと言って泣いているか、まだ帰ってこないと泣いているばかり。
そんなスコールの泣き顔以外が見たくて、彼の願いを叶えてやりたくて、サイファーはスコールを夜の浜辺へと連れ出した。

夜の海は危ないから、子供達だけで行ってはいけないと言われていたけれど、その日はママ先生もシド先生もいなかった。
サイファーにとっては幸いだ、そうでなければ流れ星を見る前に家に連れ戻されてしまうに違いない。
良い子で寝ているのよ、と言ったママ先生の言いつけを破る事には少し抵抗があったけれど、それよりも、彼の笑った顔が見たかった。

その日は満点の星空で、とても綺麗な夜だった。
こんなに星が沢山あるなら、流れ星もきっと見れる筈だと思って、意気揚々とスコールを連れ出した。


けれど、流れ星は見付からなくて、幼い願いも叶わなかった。
そうして、そんな記憶も、いつの間にか海の底へと沈んで行った。



明日一日の休みが確保できた所で、スコールは仕事を切り上げた。
時刻は夜11時であったが、普段寝ないで仕事をするのが当たり前になりつつあるスコールにしては、早い終業だろう。
キスティスに言わせると、これでも遅い方らしいが。

丸一日が休みと言うのは久しぶりの事だったので、何をしようかと少し浮ついた気持ちで寮へと向かっていたのだが、その途中でサイファーに逢った。
逢ったと言うより、寮への渡り廊下で、サイファーがスコールを待ち伏せしていたのだ。
約束をしていた訳でもないのに「遅ぇ」と言ったサイファーに、スコールが知った事かと素通りしようとして、腕を掴まれた。
そのまま目的とは真逆の方向へとずるずると引き摺られ、抵抗している間に、スコールはガーデンの門を潜っていた。


(なんなんだ……)


カードリーダーを強制的に通された辺りから、スコールは抵抗を止めた。
ずんずんと進んでいくサイファーに腕を引かれるまま、校外に出てしまっている。
仕事から解放されたと言う気の緩みもあって、妙な体の重みを自覚しながら、だらだらとした足取りでサイファーについて行く。

問答無用に引き摺られてから、何処に行くんだ、何を考えているんだとは言ったのだが、サイファーは「良いからついて来い」の一点張りであった。
せめて説明責任は果たして欲しい、と思うのだが、時によりサイファーはそれを完全に放棄する事がある。
それはどう言う時なのか、スコールは何となく理解していた。


(また何かサプライズか?)


言うべき事を言わず、秘密にして驚かせようと言う時、サイファーの口は固い。
手を退く男の背中は、急くように忙しなくはあるけれど、足取りは何処か浮かれているようにも感じられる。
と言う事は、やっぱり何かサプライズなんだな、とスコールは結論付けた。

バラムガーデンを出てから、サイファーは真南へと向かって進んでいる。
舗装された道を外れて進んでいるので、外灯の類はなく、星明りだけが二人の道標となっていた。

足元の草土が途切れて、細かな砂の感触に変わる。
夜の浜辺に寄せては返す波の音が聞こえて、風に乗って潮の香りが届いた。
夜とあってか、この辺りに生息しているフォカロルの鳴き声もなく、波音だけが静かな夜の浜辺に響く。


「────よし。間に合ったな」
「……?」


サイファーの呟きに、何かを急いでいたのか、とスコールは察する。
しかし、何の為に急いでいたのかは判らない。


「……おい、サイファー」
「あん?」
「なんでこんな所に連れて来た?何かあるのか?」
「まあな。直に始まる筈だから、ちょっと待ってろ」


そう言って、サイファーは掴んでいたスコールの手を離し、その場に腰を下ろす。
砂浜の上で、お気に入りのコートの裾が砂だらけになるのも構わず、サイファーはその場に落ち着いてしまった。

結局大した説明はしないんだな、と半ば判っていた事と諦めつつ、スコールは辺りを見回す。
浜辺は勿論、海はいつも通りだし、他の幼馴染のメンバーがいると言う訳でもなさそうだ。
やれやれ、と溜息を吐いて、スコールもサイファーの隣に腰を下ろして、波音の響く海を眺める事にした。

今日の海は随分と暗く見える。
と言うのも、月が全くなく、星の光だけでは海を照らすほどの明かりにならないからだろう。
そのお陰か、星明りがちりばめられている天上の方が、今日はほんのりと明るく見える程だ。


(……こう言う景色を、前にも見たような気がするな)


スコールの脳裏に、霞がかった情景が浮かぶ。
何処までも延びる暗い海と、遠く遠くまで続く満天の星空と、寄せては返す波の音。
誰かが隣にいたけれど、それが誰だったのかは判らなくて、多分子供の頃の記憶なのだろうと思う。
恐らくは石の家にいた頃のもの、と言う事までは判ったが、それがその頃のいつの物なのかは判然としなかった。

ぼんやりと海を眺めながら、そう言えばあの時はどうして海を見ていたのだろう、とふと疑問に思う。
夜の海は危ないから、子供だけでは近付いてはいけないと口酸っぱく言われていた筈だ。
それなのに、朧な記憶の中には大人の姿はなくて、子供だけで夜の海辺で星を見ていたのだと言う事が判る。
スコール自身は、大人の言いつけを余り破る行動力がなかったと思うので、誰かに誘われて行ったのだと思うのだが、それは果たして誰だったのか。


(言いつけを破って、夜の海に行くような奴は────)


メンバーは限られている。
そう、例えば、今自分の隣にいる奴とか。

そう思った時に、サイファーが「お」と声を上げた。


「始まったぜ、スコール」
「は?一体何が────」


何が始まったんだ、と問う声は、空でちかりと光ったものに遮られる。
光の軌跡を追って蒼灰色の瞳が夜の空を見ると、其処には次々に降り注ぐ星の雨があった。

始めは一瞬の一本から。
その後を追うように、また一筋、また一筋と、星の海を流れて行く光がある。
消えたと思ったら違う場所から、同じ方向に向かって並行に流れ落ちて行く光の名を、スコールも知っている。


「……流星群?」
「ああ。丁度今夜が見頃だってニュースでやっててよ」
「………」
「知らなかっただろ。お前、テレビなんて見ないからな」


全く知らない情報に、スコールが目を丸くしている間に、サイファーがくつくつと笑って言った。

確かにサイファーの言う通り、普段のスコールは、情報収集の目的がなければテレビを見ない。
だからローカルニュースや、ニュースの体を借りた情報バラエティなんてチャンネルを点ける事もしないので、其処で発信される情報は全く入って来なかった。

また一閃、ひらり、ひらり、と星が流れて行く。
空に散りばめられた星よりも、一際明るい光の線は、星の命の最期の色だ。
それは刹那に燃え尽きるものだったが、何万光年と言う遠い地まで届く鮮明な光は、地に立つ生き物の心を引き付けて已まない。
勿論、ロマンティックを自負する男の心も、捉えて離さなかった。


「滅多に見れるもんじゃねえからな。良いもんだろう」
「……まあ、な」


確かに珍しいものだ。
いずれはまた起きる事だと言っても、それが己の目が確かな内に再来するとも限らない。
見ようと思えば見えるが、見ようと思わなければ見ずに終わり、そのまま機会も失われるものなのだ。

降り頻る星の雨をじっと見つめるスコールを、サイファーはちらりと見遣って、口元を緩める。


「……やっと見せてやれたな」
「……え?」


呟きにスコールが顔を向けると、碧眼とぶつかった。
何かを遣り遂げたような顔をしているサイファーに、こいつはこんな顔をする奴だったか、とスコールは首を傾げる。

サイファーは砂浜の上に倒れ込み、大の字になった。
見上げた満点の星空にも、海の向こう程の数ではないが、流星が通り過ぎて行くのが見える。
その光景を見詰めながら、サイファーは遠い記憶の出来事を語る。


「ガキの頃、お前を連れて海に行った事がある」
「……」
「流れ星に願い事をすると叶うって言うだろ。だから、お前の願い事、叶えてやろうと思ってよ」
「……」
「まあ、結局見せてやれなかったんだけどな。結構待ったけど、流れ星は一回も見付けられなかったし、結局途中で寝落ちちまってて、後でママ先生に二人揃ってこっぴどく叱られて」
「……そう、だったのか」


サイファーの言葉に、思い出したばかりの記憶が再び揺り起こされる。
相変わらず記憶はぼんやりと霞がかかっているが、サイファーの言葉を受けてか、記憶の一部が溶けたように続きが浮かんで来た。

眠っている所を起こされて、サイファーに手を引かれて、夜の浜辺に降りた。
流れ星って知ってるか、と言われ、流れ星に願い事をすると叶うんだ、とも言われた。
それを聞いて、あの頃ずっと願っていた事────お姉ちゃんが帰って来る事をお願いしたいと言ったら、サイファーは願い事が出来るまで一緒に流れ星を探すと言ってくれた。
その後の事は思い出せないが、多分サイファーの言った通りなのだろうな、と思う。
小さな子供が夜にいつまでも起きていられる訳もなく、言いつけを破った事がバレて、大人に叱られるまでも様式美か。

随分と古い事を、よくもまあ覚えているものだ。
存外と記憶力の良い幼馴染に呆れつていると、


「っつー訳だ、スコール。今度こそちゃんと願い事しときな」
「……はあ?」
「これだけ流れ星が見れたんだ。願い事の一つや二つ、今度はちゃんと叶えてくれるだろ」
「…そんな事……」


今更、願い事なんて。
そんな気持ちで、スコールは星の雨に目を向ける。

幼い頃に願っていたのは、大好きな姉が帰って来る事だけだった。
それ以上にスコールが欲しい物などなかったし、他の何かを求められる程、スコールの世界は広くなかった。
そう思うと、世界中の地を踏んだ今なら、幾らでも願い事が思い浮かぶような気がしたが、特にこれと言って浮かぶものはない。
記憶の彼方に置き去りにしていた姉とも再会し、埋もれていた記憶も取り戻し、守りたかった人も守る事が出来た。
流れ星に頼まなければ叶えられないような願い事は、今のスコールには思い付かない。

流れては消える光を見詰めながら、スコールは抱えた膝に顎を乗せた。


(願い事……)


星を見詰める蒼の瞳が、つい、と隣に寝転ぶ男へと向かう。
サイファーはしばらく星を見上げていたが、視線に気付くと「なんだよ?」と此方を見た。
別に言いたい事は特にないので、スコールはじっとサイファーを見詰めたまま、沈黙する。

今以上の何かを、スコールは求める気にはならない。
それは恐らく、今自分が欲しいと思うものが、当たり前に隣に存在しているからだろう。

じっと見つめるスコールに、サイファーが起き上がって問う。


「で?願い事は決まったのか?」
「……いや」
「さっさと決めろよ、終わっちまうぞ」
「別に、構わない。願い事も特にないし」
「勿体ねえな。折角見れた流れ星だぜ。連れてきてやったんだから、何でもいいから願っとけよ」
「……じゃあ、あんたが次の任務で余計なトラブルを起こしませんように、と」


しれっと告げられた願い事に、色気がねえ、可愛くねえ、と怒る声。
それを何処吹く風と聞き流しながら、スコールは最後の星が海の向こうに吸い込まれて行くのを見ていた。




2018/08/08

『浜辺で星を見上げるサイスコ』のリクエストを頂きました。

子供の頃に二人並んで星を見上げて、成長してから同じ事をしてる二人って好きです。
変わらない所もありつつ、確かに何か変わっている二人とか。好き。