創痕


若輩と言えば若輩だが、それでも大人の振りが出来る程度には年齢を重ねたつもりだった。
けれど、目の前に見た赤色に、駄々を捏ねるように腹立たしさを覚えずにはいられない。

戦闘の最中、スコールにその背を庇われた。
預け合うような形で庇われたのではない、明らかに隙をついて来た攻撃からクラウドを守る為に、スコールはその間に割り込んだのだ。

それが最短の方法である事は、判っているつもりだ。
避けるべきは避けるとしても、その為に反って更に不利な状況を作る可能性があるのならば、優先順位は入れ替わらざるを得ない。
また、1か0かの判断を迷っている暇もなく、本能が弾き出した最も効率的な方法として、間違いない事も少なくはないのだ。
更に言えば、立場が逆であるならば、恐らく自分も同じ手段を取ったであろう事も、想像に難くない。

そう考えて行くと、誰が悪い訳でもなく、無論、彼に責任がある訳でもない。
言うのであれば、それを招いてしまう隙を作った自分が最も責を負うべきであると、クラウドも判っている。
判っていても、どんな顔をして良いか判らなかった。


(……やっぱり俺もまだ子供なのか)


以前の闘争で恋中になる以前から、折に見てはスコールを子供扱いしているクラウドだが、こんな時、自分自身が思う程に自分が大人ではない事を思い知る。

スコールが負った傷は、魔女の放った矢に因るもので、太腿に大きな穴が開いた。
致命傷になる程はなかったが、陣営に戻って治療が終わるまで、足を引き摺らなければならない程のものだ。
共に戦闘に出ていたのはバッツで、彼の魔法で応急処置は済ませたが、深い部分に達した損傷を完全に修復する事は出来なかった。
きちんとした治療が出来たのは秩序の陣営の本拠地である塔に戻ってからで、ティナによってスコールの傷は綺麗に消えたが、念の為、明日一日は様子を見る事となった。
待機を好まないスコールだが、足の違和感は確かに残っているようで、珍しく待機指示を大人しく受け入れた。
それからは自分の部屋へと戻り、養生に専念するようだ。

クラウドはそれらの経緯を隣で見ていたのだが、戦闘が終わってから後、スコールとは一言も口を聞いていない。
歩けないスコールを背負って塔まで戻りはしたものの、それだけだ。


(……大丈夫か、とか。痛みはないか、とか。聞けば良かったか……)


高い塔の上から、遠くに延びる名もない山脈を見詰めながら、クラウドは苦い感情を噛み締めていた。

戦場から塔まで戻る間は、バッツがずっとスコールに話しかけていた。
痛くないか、熱を持っていないか、他に気になる所はないか。
スコールは痛みはある、熱はない、他は別に、と答えていて、後はバッツがいつものように雑談を振っていた。
スコールもクラウドも自分から進んで話題を振る方ではないし、放っておけば口は噤まれているので、こうした光景は珍しくない。
いつも通りと言えば、いつも通りの事だった。

だが、歩けないスコールをクラウドが背負っていたと言うのは、いつもとは違う光景だ。
そうなってしまうような事態に陥らせてしまったのだと言う事が、クラウドの心に影を落とす。


(……だからと言って、あの態度は、ない)


俯くクラウドの脳裏に浮かぶのは、ティナがスコールの治療を終えた後の事。
ウォーリアとセシルから、念の為に休むように言われたスコールは、休む為に自分の部屋に行くと言った。
一人で歩くには支えが必要な彼の為に、いの一番に手を上げたのはバッツである。
面倒見の良いバッツの事だ、部屋に戻ってからもスコールの気が紛れるように、話し相手をするつもりだったのだろう。

その時、少しだけ、スコールの視線がクラウドへと向けられた。
何を言おうとしていたのか、何を求めようとしていたのか、クラウドには判らない。
目が合った数瞬の後、クラウドが先に目を逸らしてしまったからだ。
逸らしてから、自分が何をしたのかを理解して、クラウドは余計に居た堪れなくなった。


(……あれじゃ避けてるみたいだ。いや、避けてしまったんだ)


みたい、等と言う逃げ道はない。
あの時クラウドは、スコールから向けられる視線を、明らかに拒否してしまったのだ。
そうしてしまったのは他でもない、自分の所為で彼を負傷させたと言う罪悪感だった。

以前のような血で血を洗う闘争とは違うとは言え、勝負は勝負であり、其処に手加減は存在しない。
だから隙を見せれば死角からやられるし、仲間の負傷は自陣の不利にも繋がるから、致命傷をかわす為に身を盾にして食らう事もある。
今回はクラウドの隙をアルティミシアが突き、いち早くそれに気付いたスコールがその思惑を阻んだ。
その代償に、スコールは傷を負った。

珍しい話ではない。
過去の闘争は勿論、この世界で召喚されてからも、初めて起きた事でもなんでもない。
しかし、“スコールがクラウドを庇った”事で傷を負ったのは、クラウドが覚えている限り、初めての事だった。


(……こんなにショックなものなのか。あいつの顔が見れない位に)


自分を庇ったスコールに対し、苛立ちを感じている訳ではない。
傷を負った彼の顔を見る事で、彼を傷付けたのが自分であると思い知る度、自分自身に腹が立つ。
ぐらぐらと腸を煮やすその感情は、何処にぶつけられる訳でもなく、クラウドの内側に溜まって行くばかりだった。

そうして、彼から目を逸らしてしまったのだ。
彼が何かを求めているから此方を見たのだと判っているのに、それを受け止める勇気がなくて、逃げた。


(……最悪だ)


はあ、と深い溜息が漏れる。
透明なガラス板に手を突いて、項垂れるように俯いた。

────其処に、ひょっこりとスカイブルーが覗き込んできた。


「よっ」
「……ジタン」


ゆらゆらと金色の尻尾を揺らす仲間の名を呼ぶと、ジタンはひらりと手を上げた。
クラウドが顔を上げるのに合わせて、ジタンも曲げていた膝を伸ばして立ち上がる。


「大分参ってるみたいだな」
「そう見えるか」
「他にどう見えると思ってんだ?帰ってきた時からそんな調子だっただろ」


隠してたつもりだったのか、と言うジタンに、クラウドはさて───と首を捻る。
自分の胸中を隠す程の余裕がなかったのも確かで、そう思えば何もかもダダ漏れだったと言う事だ。
今回の事で、自分が相当なダメージを受けている事を、クラウドは認識せざるを得なかった。

ふう、と何度目かの溜息を吐くクラウドを、感情豊かな空色が見上げる。


「スコールがやった事、怒ってんのか?」


バッツからかスコールからかは判らないが、恐らく彼等から聞いて来たのだろうジタン直球な質問に、クラウドは緩く首を横に振った。


「庇ってくれた事は、助けて貰って良かったと思っている。そうでなければ、今回の闘いでこっちが負けていたかも知れないしな」
「じゃあなんでさっき無視したんだよ」
「……無視、か」


仲間達からしてもそう見えたと言う事は、間違いなく、スコールもそう受け取っているだろう。
益々罪悪感が沸いて、クラウドは自分が以下に浅慮だったかを実感する。


「無視と言うか───顔を合わせられなかった。スコールのあの怪我は、俺のミスを庇ってのものだったからな。俺のミスでスコールを傷付けたと思うと、腹が立って」
「成程な。自分で自分が許せなかった、と」
「ああ。……だから、スコールには悪い事をしたと思っている」


戦闘を終えてから、塔に帰って来るまで、クラウドは何も言わなかった。
いつもの事だと言えばそれまでだが、スコールは敏感で繊細だから、何かを感じ取っていたかも知れない。

せめて、早く謝らなければ。
そう考えていると、ジタンがゆらりと尻尾を揺らし、


「判ってるんなら、早く行けよ。バッツが行ってたぜ、結構落ち込んでるって」
「……そうか。……そうだな」


呟くクラウドに、そうそう、とジタンが頷いた。

スコールは何に置いても後を引いてしまう性格なのだから、何かを解決するのなら、早い内が良い。
遅くなればなる程、彼の頭の中はぐるぐると絡まってしまい、妙な方向へと進み始めてしまう。
そうなってしまうと厄介な事に、事実とは一番遠い所に着地してしまい、本当の事が見えなくなる。
此処まで行くといよいよ周りの声が届かなくなってしまう為、最悪の場合、関係の修復も殆ど望みが薄くなってしまう。

踵を返したクラウドを、ジタンは「行ってらっしゃーい」と見送った。
頭が冷えれば謝らなければ、と初めから思ってはいたが、やはり背を押してくれる仲間がいると言う事は有り難い。
一人で考え続けていれば、出口のない迷路を延々と回るだけだった思考を、切り替える切っ掛けになった。

スコールへと割り当てられた部屋の前に来ると、ドアノブを握る前に、内側から扉が開いた。
出てきたのはバッツで、褐色の瞳がクラウドを映して丸くなる。
来るとは思っていなかった、と言うような表情に、バッツから見ても自分は酷い態度に見えたのだな、とクラウドは眉尻を下げた。


「入っても良いか」
「あ。えーと……、うん。おれはもう出るけど」
「ああ、すまない」


クラウドはドアの前から退いて、通り道を譲った。
バッツは部屋の中に向かって「じゃあ明日な」と言って、部屋を出る。

ちら、とバッツの目が此方を見た。
その目が責めているように感じたのは、恐らく、自分の中にある罪悪感の所為なのだと思う。
けれどもバッツは何も言わず、クラウドの肩をぽんと叩いただけで、いつものようにひらひらと片手を振ってその場を後にした。

閉じかけていたドアを開けて、「邪魔するぞ」と言って部屋に入る。
カーテンを閉め切り、小さな豆電球だけを灯した部屋の中は暗かったが、中にあるものが見えない程ではない。
部屋の主がベッドの上に丸く蹲っているのも、はっきりと確認できた。


「スコール」
「……!」


名前を呼ぶと、ぴくっ、と肩が跳ねる。
が、振り向く事はしなかった。
無言の背中からじわじわと滲む緊張感に、やはり先のクラウドの行動から、悪い事を考えているのだと判る。

ベッドに横たわる少年の体を見詰めて、クラウドの視線がその脚へと向かう。
傷は既に綺麗に消えたが、筋肉など内部を痛めないように念の為にと、彼の太腿には包帯が巻かれている。
当然ながらそれは服とシーツに包まれて見えないのだが、“其処にそれがある”と思うだけで、クラウドの表情には苦いものが滲んだ。


(……駄目だ。この貌は、見せてはいけない)


これは、つい先程、ジタンに「参ってるな」と言われた時の顔だ。
恐らく自分はこれと同じ表情を浮かべて、スコールから目を逸らしている。
同じ轍を踏まない為に、クラウドは意識して、ゆっくりと息を吐いた。

ベッドの端に腰を下ろすと、ぎしり、とスプリングの軋む音が鳴る。
ビクッ、とスコールがまた震えるのが見えた。


(……何を。どう、言えば良いのか。……判らないな)


伝えるべきは、先ずは謝る事だと思う。
目を逸らしたことや、意識していなかったが、固い態度を取っていた事は、きっとスコールを不安にさせただろう。
それを先ず謝って、目を逸らしたのは決してスコールに非がある訳ではないと伝えなければ。
それから、今日の戦闘で隙を作ってしまった事、その所為でスコールに怪我を負わせた事を謝らなければならない。

────と、言うべき事は判っているのに、それをどう形にすれば良いのかが判らない。
いや、単純なもので良い筈だ、とも思っている。
言葉をあれこれと連ねた所で、伝えるべき事を遠巻きにするだけなら、真っ直ぐに伝えるのが一番だ。
スコールのように、良くも悪くも言葉の裏側を勘繰ってしまうのなら、尚更。

すまない、と、そう言おう────とした時だった。
もぞ、とスコールが身動ぎをして、ころんと寝返りを打つ。


「スコー……」


此方を向いたスコールに、その名前を呼ぼうとして、声が途切れた。
薄暗い部屋の中で、豆電球の仄かな明かりに照らされた蒼色が、じっとクラウドを見詰めている。
音のない世界で、その瞳が言葉以上に語るのを、クラウドは確かに聞いた。

そっと伸ばした手で、微かに涙の痕の残る頬を撫でる。
途端、じわり、とその眦に粒が浮かび、


「……クラウド……」


自分の名前を呼ぶ声に、やはり随分と傷付けてしまったのだと悟る。
それに返すべき言葉は幾つも頭の中に浮かんだが、それよりも先ず、伝えなければならない事がある。

ベッドに横になって、蹲る体を抱き締めた。
脚が彼の傷に当たらないように気を付けて、出来るだけ体温が感じられるように密着する。
溶け合う体温を得る中で、スコールの強張っていた体が、少しずつ緩んでいくのが判った。



謝る言葉も、庇ってくれた事への感謝も後にして、愛している、と囁いた。
嫌われる事に敏感な恋人に、抱く気持ちは何も変わってはいないのだと伝えると、背中に腕が回された。

重ねた胸の奥で、鼓動の音が聞こえる。
脳裏に刻まれた罪悪感はまだ僅かに残るけれど、瞼の裏の赤色は薄れていく。
そうしてようやく、愛して已まない蒼と、真っ直ぐに向き合えた。





2018/08/08

『クラスコで、自分を庇って怪我をしたスコールに対して優しくしたいけど、自己嫌悪で優しく出来ないクラウド』のリクエストを頂きました。
自分の失態云々もあるけど、それによって愛しい人に傷を負わせた事が許せなかったクラウドと、ひょっとして庇った事でクラウドを怒らせたんじゃないかと不安になってたスコールです。

NTの設定にしたのは私の趣味です。23歳クラウド×17歳スコールが美味しい。