ブルーアンバー・ロマンス


モーグリショップで、琥珀の原石を見付けた。
掘り出された際の形のまま、磨きにすらかけられていない、一見すると風変りな溶岩石にしか見えない代物だ。
素人が見ると本当にただの石なので、正しく石ころ同様の値段で売られていた。
その価値がバレないようにと、口八丁でモーグリを丸め込んで、バッツは無事に原石を手に入れた。

聖域へと原石を持ち帰ったバッツは、その日からコツコツと加工と始めた。
鉱石の加工は、旅の資金を得る為には重用される技術の一つだったので、父親と旅をしている内に仕込まれた。
加工そのものを必要とせずとも、旅の最中、魔物との戦闘等でアクセサリーが破損した時、応急処置程度の修復も出来るので、神々の闘争の世界に喚ばれてからも、バッツのこの技は折々で有効活用されている。
しかし、原石からの本格的な加工は久しぶりだったので、じっくりと腰を据えて作業を続けた。

加工作業は地道で根気のいる作業だ。
暇な時間を見ては作業に手をつけていると、案の定、目の肥えたジタンに見付かった。
ショップに売られていた原石のままでも、きっとジタンならその価値に気付いただろうし、盗賊の彼が宝物を好むのも知っている。
物を渡すのは流石に拒否したが、見る分には構わなかったし、人の目から見てどれ位整ったか、加工の具合を見て貰うにも良い相手だった。
此処の角度が甘い、と中々厳しい指摘を貰いつつ、バッツは着々と石の加工を進めていく。

セシルも中々目が肥えていた。
それ程詳しい訳ではないんだけど、と本人は言うが、やはり城仕えの騎士となれば、様々な宝石類を目にする機会も多かったのだろう。
反対にこの手のものに全く知識がなかったのがティーダとクラウドだ。
宝石や鉱石は彼らの世界にもあるものだったが、彼らにとっては本物よりも偽物───イミテーション、と彼等はそれを指す言葉として使った───の方が身近なものだったと言う。
本物そっくりの偽物の宝石を作るなんて、殆どの仲間にとっては其方の方が驚く話だったが、彼等の世界は機械的な発達が大きな分野を占めていたらしいから、自然の産物は逆に量が限られるレベルだったと言えば、バランス的には判る話だった。
代わりにティーダとクラウドは、偽物を使った安価で凝ったデザインのアクセサリーを知っており、図書室からその手の雑誌を持ってきて、こう言う形で売られている石もある、と教えてくれた。
雑誌に掲載されている物の多くは、専用の道具を使って加工して作り出す物も多かったので、バッツの腕だけで加工している今は出来ないものばかりだったが、デザインの参考には多いに役立ってくれた。

いつも風の向くまま気の向くままに、ふらりと歩き出すバッツが、長く座って作業をしている時間が続いた。
何をしているのかと気にした仲間達が、物見に来たのは一度や二度ではない。
そうして見に来る度、少しずつ形を変えていく石を見て、感心した表情を浮かべていたのが、バッツは妙にくすぐったかった。

専用の道具等殆ど無い上、毎日ずっとその作業をしている訳にも行かない為、バッツの作業は遅々としている。
それでも折を見ては欠かさず続けていくと、いつしか石は輝きを持ち、美しい形へと生まれ変わって行った。
ショップで売られていた時には、直径5センチはあった筈の石は、不純物を取り除いて磨く内に、みるみる小さくなっていく。
不純物も含めて琥珀の個性の一種ではあるのだが、バッツはどうしても、不純物のない綺麗な石に仕上げたかったのだ。

そうしてバッツの地道な日々の積み重ねで、ようやく石は輝く宝石となる。
モーグリショップで購入したアクセサリーから石を外して貰い、其処に宝石を固定して、ようやく完成だ。
プロの金細工職人が見れば粗だらけだろうが、手作りの味と言う事で許して貰おう。

透明な赤黄色をした、一対のピアス。
それを手に、バッツは彼────スコールの下へと赴いて、


「ほら、スコール」


そう言って差し出したピアスを、スコールはきょとんとした表情で見詰めた。
バッツはピアスを差し出した格好で、スコールはそれを見詰めて、数秒間の沈黙が流れる。


「……え?」


首を傾げるスコールに、バッツはにっこりと笑って見せる。


「これ、スコールにあげようと思ってたんだ」
「な……そ、んな。そんなもの」
「あ、ひょっとして琥珀って嫌いだったか?」
「あ────そ、そうじゃない、けど」


僅かに顔を引き攣らせるスコールに、失敗だったか、とバッツが尋ねると、スコールは慌てて首を横に振る。


「……それ、琥珀なんだろう。結構貴重な石だって、あんた言ってたじゃないか」


バッツが石を加工している様子は、スコールもよく見ていた。
専用の機械を用いず、ヤスリを使っての人の手による地道な加工作業は、スコールには非常に珍しいものだった。
始めは貴重なものを見ると言う気持ちで観察していただけだったのだが、作業中にバッツがあれこれと鉱石について話をしてくれたので、本物の琥珀と言うものがどれだけ希少な物かと言う事も知った。
特殊な環境下と、何千万年と言う長い長い歳月をかけて作り上げられる、琥珀石。
その価値すらも具体的に判らないスコールには、とても手にして良い代物ではないような気がするのだ。

しかしバッツは構わず、スコールの手を掴んで、その手に琥珀のピアスを握らせる。


「最初からこれはスコールの為に作ろうって思ってたんだ。だから受け取ってくれよ」


そう言って、バッツは握っていたスコールの手を離す。

スコールは手の中に残されたものを見て、眉根を寄せた。
空から降り注ぐ光を受けて、琥珀がきらきらと透き通った輝きを反射させている。
スコールの記憶にある、“本物に似せて作られた石”とは違う光だ。


「……こんなもの。落としたらどうするんだ」
「別に良いさ」
「良くないだろう。あんたが毎日時間をかけて作ったものなのに」


琥珀石の金額的な価値は勿論、スコールはこれをバッツが作ったと言う事が重い意味を占めていた。

加工の為の碌な工具もない世界で、バッツの手一つで作られた宝石のピアス。
きっとこの世界で失くしてしまったら、どんなに探しても、二度と見付ける事は出来ないだろう。
それでも良い、とバッツは言うが、スコールは絶対に嫌だった。

苦い表情を浮かべているスコールに、バッツはかりかりと頭を掻いて、


「じゃあ、せめて受け取ってくれよ。つけなくても良いからさ」
「………」
「な?」


僅かに高い位置にある顔を覗き込んで、にぱっと笑うバッツに、スコールはひっそりと唇を噛む。
眉間の皺が消えないスコールを見て、バッツは濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でてやった。


「それよりさ、スコール。面白いもの見せてやるよ」
「……面白い…?」
「それ、片方貸してくれ」


バッツがピアスを指さしたので、スコールは無言でピアスを差し出した。
バッツは対になっているピアスを一つ取り、天上の太陽に翳して見せる。


「お、」
「……」
「スコール、ほら。こっちから見てみろよ」
「……?」


嬉しそうな表情で誘うバッツに、スコールは首を傾げつつ近付く。
見てみろ、と言うのは恐らくピアスの事だろうと、スコールはバッツの視線に出来るだけ合わせるようにと、翳されたピアスを下から覗き込んでみた。
すると其処には、深い深い蒼色の輝きを宿した石の姿があった。

え、と目を丸くして、スコールは自分の手の中にある石を見る。
其処にあるのはオレンジがかった黄色の石のピアスがあり、え、と益々スコールを混乱させる。

自分とバッツの手元を交互に見るスコールに、バッツはくすくすと笑いながら、


「凄いだろ。太陽の光で、色が変わって見えるんだ」
「…そう、なのか。琥珀って、そういう宝石なのか?」
「いや、全部が全部じゃないよ。琥珀の中でも凄く珍しい奴なんだ。生命力を引き出してくれる、なんて言い伝えもあったりするんだぜ」


ただでさえ貴重と言われている石の、更に貴重な代物と聞いて、スコールが絶句する。


「そんなもの。俺なんかに」
「そう言うなって。それに、おれ、これを見付けた時、真っ先にスコールの顔が浮かんだんだ」


言いながらバッツは、スコールの手にピアスを戻し、また握らせる。
スコールは握られた手を落ち着かない様子で見下ろしている。
バッツはその瞳を覗き込んで、蒼灰色の宝石をじっと見つめた。


「……へへ」
「……?」


スコールの顔を覗き込んだ体勢のまま、頬を緩めて笑うバッツに、スコールは首を傾げる。
なんだよ、と唇を尖らせるスコールに、バッツは双眸を細めて顔を近付け、スコールの眦にキスをする。


「……?!」
「へへ。な、これ、持っててくれよ。別につけなくても良いからさ」
「あ…、な、……!」


バッツの言動に理解が追い付いていないのだろう、スコールは言葉を失っている。
ピアスを握らせた手を柔らかな力で包まれて、振り払う事も出来ず、スコールははくはくと唇を開閉させるだけだった。
その間、言葉以上にお喋りな蒼の瞳が、何を言って、ふざけるな、石はどうすれば、と矢継ぎ早に問いかけていたが、バッツは何も答えない。

バッツの手の中で、スコールの手が震える。
何かを考えるように、スコールの唇が噤まれて沈黙した後、はあ、と言う溜息が漏れた。


「……もう、判った。判ったから」
「貰ってくれるか?」
「…受け取らないと離さないだろう、あんた」
「あはは」


否定しないバッツに、スコールはもう一度溜息を吐く。

両手を包むように握っていたバッツの手が離れて、スコールは自由になった手を開く。
黒のグローブの手の中で、赤黄色に光る石を見詰めていると、角度を変えた時にひらりと蒼く光る瞬間が見えた。
確かに綺麗ではあるけれど、この価値が具体的にどれ程のものなのかは、相変わらず判らない。
こう言う代物は、まだまだ学生であるスコールには、縁遠い物なのだから仕方がないだろう。
やっぱり何処かに締まっておこう、とスコールは思いつつ、手の中のピアスを落とさないように気を付けながら、耳へと手を持っていく。


「……スコール?」


名を呼ぶ声に返事をせずに、スコールは右耳のピアスを外した。
続いて左耳のピアスも外し、「ちょっと持っててくれ」と蒼石のピアスをバッツに差し出す。
バッツがそれを受け取ると、スコールは手元に残った琥珀のピアスを耳に宛がう。

いつもと違うピアスをつけるなんて、随分と久しぶりの事のような気がする。
なんだか妙な気分だ、と思いつつ、スコールは真新しい感触のする耳を触りつつ、


「あんたが折角作ったんだから。……今、だけだ」


失くしたくないから、直ぐに仕舞うつもりだけれど、その前に一度だけ。
微かに顔を赤らめながら、スコールは琥珀のピアスを嵌めた耳をバッツに見せた。

この為にと作られて、陽の光を受けながら、赤黄に蒼にとひらひらと光を揺らす小さな石。
滅多に見る事もないであろう、貴重な石が抱く輝きに、きれいだなあ、とバッツは思う。
けれどそれ以上に、赤らんだ頬の傍らで恥ずかしそうに逸らされる蒼が、一番きれいだと思った。





2018/08/08

『バツスコかジタスコで、お互いがお互い大好き同士のほのぼの』のリクエストを頂きました。
どっちも書きたくて迷った末に、バツスコが浮かびましたのでバツスコで!

なんでも出来そうなジョブマスター&旅人と言う便利なスキル。
貰った物は失くすのが怖くて使えなくて仕舞い込んでるスコールが可愛いなって思った。