据え膳食わねど


高校入学の際、地元から遠く離れた場所にある学校を選んだのは、一人暮らしの為だった。
実家は小さな村にあり、周囲は山に囲まれ、冬になると雪で閉ざされる、そんな場所だったのだが、そう言う環境から一刻も早く抜け出したいと言う気持ちもあった。
何かと不便を強いられる場所よりも、何もかもが便利な場所の方が良い。
別に、故郷の事を嫌う程ではないけれど、そう言った“都会”と言う場所への強い憧れが、見た目ばかりの自立を促したのは強ち間違っていない。

クラウドの家は母子家庭であったから、母に余計な負担はさせたくないと───それなら、そもそも地元の学校に入学すれば良かったのだが───、自分の生活費は自分で賄うように努めた。
新聞配達、コンビニ店員、一日限りのイベントスタッフや、工事現場等、色々な所で仕事をしたと思う。
学生の稼ぎなど知れているから、学費だけは母が出すと言って譲らなかったのは、後々に思う事だったが、本当に助けられた。
それでも毎日の生活で必要なものを得るには足りなくなる事も少なくなく、そんな時には、母が実家の畑で採れた物を仕送りしてくれた。
勉強は無理をしなくて良い、服も清潔感を保てているなら無理にお洒落なんてしなくて良い、けれど食べ物だけはきちんと食べなさい、と同送された手紙に書かれていたのを覚えている。

母からの仕送りは、どんなものであれ、非常に有り難かった。
畑で採れた作物、ご近所さんから貰った乾物、町内会の旅行で買った土産の漬物、等々。
それらが届けられた時は、カップラーメンやコンビニ弁当の生活は少し止めて、出来ない料理を頑張ったりもした。
頑張った結果、黒焦げのダークマターを生産するばかりと悟ってからは、料理の得意な友人に頼むようになって、月に一度はその友人を交えて夕飯を食べるようになった。
お陰で母の仕送りは無駄なく消費され、クラウドの高校生活を支え続ける事となる。

大学に入ってから、アルバイトの時間が更に長く取れるようになり、母も若くはないのに仕送りを続けるのは大変だろうと断りの電話を入れたのだが、「良いからやらせて」と押し切られた。
母にとっては、仕送りをすると言う事が、遠く離れた息子と繋がる証のように思えるらしい。
そんな事を言われると、クラウドはどうにもむず痒くて、じゃあ出来る間は宜しく、としか言えなかった。
そうして、大学を卒業し、社会人になった今でも母からの仕送りは続いており、クラウドの食生活が今以上に崩壊しないように、密かな支えとなっている。


(……とは言え、キャベツ一玉を丸ごと送って来るのはどうかと思うんだが)


実家から届けられた段ボールを受け取って、蓋を開けたクラウドは、見事な大玉のキャベツの入ったそれを見て思う。
スーパーで売っているキャベツに比べると、倍はあろうかと言う大きさのキャベツは、母が丹精込めて育てたのだろう。
それは立派なキャベツなのだが、20代の男とは言え、一人暮らしの人間が消費するには中々大変だ。
他にもトマトやキュウリ、ナス等、夏野菜が沢山入っている。

冷蔵庫に全部入るだろうか、と首を傾げつつ、クラウドは段ボールを持ち上げた。
玄関から部屋へと戻ると、其処には一人の少年が寛いでいた。
封を開けて時間が経ち、少し湿気り始めたポテトチップを摘まみながら、少年───スコールが顔を上げる。


「何か届いたのか?」
「実家からの仕送りだ。……これ、冷蔵庫に全部入るか?」


クラウドが段ボールを下ろすと、スコールが覗きに来る。
キャベツ一玉を筆頭に、種類豊富な夏野菜を見て、眉根を寄せる。


「……大きいな」
「ああ」
「キャベツも、トマトもナスも……こんなに大きいのは初めて見た」


スコールはナスを取り出して、しげしげと眺める。
くるくると上下左右に回しながら実の具合を確認して、元の位置へと戻す。


「全部は入らないと思う。特にキャベツ」
「半分位、貰ってくれると有り難いんだが」
「じゃあ、貰う。あんたの所の野菜、美味いし」
「伝えておこう」


今のスコールの言葉は、母にとって嬉しい事だろう。
伝えたら、また張り切って大きな野菜が届けられるような気がしたが、それは止めまい。
スコールの他にも、クラウドと同じように独り暮らしをしている友人に配れば、喜んでくれるに違いない。


「キャベツを半分と、トマトも一個。トウモロコシ、一本貰って良いか?」
「ああ」
「それ位か。後は、今のうちに幾つか調理してしまおう」


そう言って席を立ち、スコールは自分の鞄からエプロンを取り出した。
クラウドと恋人関係になり、クラウドのアパートに長居する事が増えてから、いつの間にか用意されるようになったものだ。

手早くエプロンの背中を結んだスコールは、ダンボールを抱えてキッチンに移動した。
すっかりスコール専用に整え直されたキッチンで、先ずはキャベツを半分に切り、それぞれをビニール袋に包んで、一つは冷蔵庫へと納められた。
案の定、一角を占拠するキャベツに、後で四分の一にして刻んでしまおう、と決める。
その前にスコールはナスとキュウリを刻み、それぞれ塩揉みを始めた。

手際良く作業していくスコールを、クラウドは後ろから覗き込む。
ちらりと蒼の目がクラウドを見たが、作業の邪魔にはならないと踏んでか、スコールは何も言わなかった。


「どうするんだ、それは」
「半分は漬物にする。後は、今日の晩飯のカレー」
「良いな。いつも助かる」
「……ん」


恋人同士になってから、クラウドの食生活の管理は、スコールが握るようになった。
週に二回は放課後にアパートに来て、数日分の料理を作り置きしていく。
それが定着した頃には、友人のザックスは「俺は空気を呼んだ方が良いな」と言って、余り家に来なくなったと言うのは、スコールには秘密にしている。

作業を始めたついでにと、スコールはそのまま夕飯のカレーを作り始めた。
料理が好きな訳ではないが、何かを始めると没頭する癖のあるスコールは、後ろにクラウドが立っている事も気にせず、黙々と野菜を刻んで行く。
着々と進む調理の準備は、見ているだけでも面白いと言えば面白いのだが、


「……スコール」
「なんだ」
「何かやる事はあるか?」
「あんた、料理できないだろ」
「まあ、そうなんだが。放っておかれるのは寂しいんだ」
「良い年した大人が何言ってるんだ」


呆れた口調で返しながら、スコールはフライパンに野菜を移し、火を点けた。
じゅうじゅうと野菜を炒める音を聞きながら、スコールは背中に張り付いて離れないクラウドを見遣り、


「段ボールの中、まだ何か入ってただろ。それ片付けて置いたらどうだ」
「ああ、そうだったな。そうするか」


母からの仕送りは、野菜ばかりではないのだ。
乾物やらレトルトパックやらと、色々なものが詰め込まれている。
要冷蔵のものはないが、段ボールの中に置いたままと言うのも味気ないし、使わずに忘れてしまいそうで勿体ない。
クラウドは、段ボールの中身を再確認すると、それぞれスコールが指定した置き場所へと移動させた。

諸々の片付けが終わると、スコールはルーのパックを開ける所だった。
ルーの入ったフライパンを弱火にかけて煮込んでいるのを見て、クラウドはその背中に手を伸ばす。


「!クラウドっ!」
「ん?」


後ろから伸びて来た腕が腹に回され、抱き締められて、スコールが声を上げた。
何してるんだ、と肩越しに睨む顔が赤くなっているのを見て、クラウドの口角が上がる。


「あんた、凄く邪魔だぞ」
「だろうな。気が済んだら離れるから、それまで我慢してくれ」
「……いつ気が済むんだ」
「さて。いつだろうな」


そう言って、クラウドはスコールの項に唇を寄せた。
ちゅ、と首の後ろに触れられた感触に、ピクッとスコールの肩が跳ねる。
スコールの体を片腕で抱き締めながら、空いている手で細い腰を撫でれば、じろりと睨まれた。


「ちょ……っ、変な事するな!」
「変な事とは酷いな。触っているだけだろう?」
「触り方が……んっ…!」


口付けた項に柔らかく歯を立てると、甘い音が漏れる。
敏感な反応にクラウドがこっそりと笑みを浮かべていると、ふるふるとスコールの肩が震え、


「……っいい加減にしろ!セクハラみたいな真似ばかりして!」
「悪かった。怒るな」


声を荒げるスコールに、クラウドは素早く離れて両手を上げる。
お玉を手に睨むスコールに、クラウドは落ち着け、とホールドアップの姿勢で言った。

スコールはしばらくの間、興奮した猫のように鼻息を荒げていたが、ぽこぽことカレーが沸騰する音を聞いてキッチンに向き直る。
怒っていると隠さない背中に、ちょっと調子に乗り過ぎたな、とクラウドが遅蒔きに反省していると、


「あんた、あっちで大人しくしてろ。夕飯が出来るまでこっちに来るな」
「ああ。悪かったな」
「………」


重ねて詫びるクラウドに、スコールは返事をしなかった。
これは自業自得と反省しつつ、しかし余り落ち込む事もなく、クラウドはリビングテーブルへと向かう。

時計を見ると、夕方の六時まであと少しと言う所だった。
米は朝炊いたものが保温のまま残っているので、カレーが完成すれば夕飯になるだろう。
それまでは大人しくしていないと、スコールの怒りが再燃して、下手をすれば飯抜きだ。
テレビでも見て、時間を潰すか────と思っていると、


「……クラウド」
「ん?」


名前を呼ばれて、一瞬聞き間違いかと思いつつ、顔を上げる。
スコールはキッチンに立ち、此方に背を向けたまま、


「……今日は泊まりだから」
「ああ。そうだな」
「……だから」
「うん」
「………あと少しだけ、待ってくれ」


それからなら良いから、と言うスコールが、何を指して“良い”と言っているのか、直ぐに読み取れた。
クラウドの理解が間違っていないのは、赤くなったスコールの耳を見れば判る。

正直な気持ちを言えば、夕飯の後だなんて言わずに、今すぐ食べてしまいたい。
だが、スコールから待てと言われたのだから、クラウドはぐっと堪えて待つ事にした。
待っていればその時は来るのだと、スコールの方から約束してくれたようなものだから、此処で暴走してしまうのは勿体ない。

カレーのスパイシーな香りが漂い、胃袋が鳴る。
色々楽しみだな、と思いつつ、クラウドは先ずは目の前の夕飯の完成を待つのだった。





2018/08/08

『クラスコ』で私の好きなシチュエーションでとリクエストを頂きました。
ので、最近は当たり前に彼氏の家でご飯作ってるスコールと言う設定が好きだなぁと(日替わり定食感覚)。

このクラスコはいつかそれぞれの家にお互いを紹介しに行けば良いと思います。