ファースト・コンタクト


誰かをこんなに好きになった事なんて、初めての事だったと思う。
元の世界の記憶と言うものが未だに朧気だから、その事まで引き合いに出されたら、やはり判らない事ではあるのだけれど、それでも経験則として、こんな感情を抱いた事はないのは確かだった。

近くにいると、真っ直ぐに前を見詰める瞳が強くて眩しくて、堪らなかった。
抱いていた苦手意識はそう言う所から芽生えたものだったから、言ってしまえばあれは劣等感から目を逸らしていたに過ぎなかったのだろう。
後から思い返すと、本当に子供の反抗のようだった。
けれどその時は、そうしなければ向かい合う事すら出来なかったから、仕方のない事だったのだろう───多分。

それから繰り返す逢瀬の中で、あの光に惹かれていく自分に気付いた。
ちっぽけな自分と彼では、見える世界の色も、生きている世界の形も違い過ぎて、不釣り合いだと思った事もある。
いつか別れてしまう出逢いだったのだから、悪戯に近付くよりも、見ているだけで十分だとも思った。
触れ合えばきっと忘れられなくて、別れるのが嫌になるから、姿形と生き様以外の事は、知らなくて良かった。

……けれど、触れられるとやはり嬉しくて、もっと欲しいと思ってしまう。
頬を撫でる手は、慣れていないと判るぎこちなさが感じられて、その事に少し安堵した。
いつも真っ直ぐに歩き続ける彼でも、知らない事や慣れない事、戸惑う事もあるのだと、人間臭さを知れた気がしたのだ。
雲の向こうで光り輝く星のような、遠い存在のように感じていたけれど、彼は両足を地面について此処にいる。
手を伸ばせば触れる事が出来る場所にいるのだと知った時、胸の奥が熱くなったのを覚えている。

そうして存在を感じる度に、もっと感じたい、もっと知りたい、と願う。
欲張りな感情は望む事を止めないから、まだ足りない、もっと欲しい、といつも飢えている。
それを少しずつ埋めてくれる熱を、今よりももっと深い場所に打ち込んで欲しいと思った。



スコールにそう言った経験はないが、ウォーリアもないと言う。
彼もまた、スコール以上に記憶の回復が芳しくなく、本当の名前と言うものも思い出せないようだから、過去については定かではない。
しかし、少なくとも、今この記憶を持つ現在に置いて、経験がないのは確かだった。

それを聞いたスコールは、ほんの少しだけ安堵した。
自分ばかりが何も知らない子供である事は、背伸びをしたい彼にとって、どうしても受け入れ難い事だったからだ。
そんな事に頓着するのが子供なのだと言われるとぐうの音も出ないのだが、幸い、それを指摘する者はいない。
彼も知らない事があるのだと、これから彼の“初めて”を自分もまた貰えるのだと思うと、嬉しかった。

同時に、少なくない緊張がスコールを襲う。
ウォーリアは誰かに恋愛感情を持った事もなければ、口付けやそれ以上の事をした事もなく、もっと言えばそう言った知識そのものが欠落しているようだった。
だから自分がスコールに対し、他の仲間達とは違う特殊な感情を持っている事も、その感情が何と呼ぶものなのかも、彼は判らなかったのだ。
スコールの気持ちと、ウォーリアの様子を見た仲間達が、あれやこれやと気を回してくれなければ、きっと今でもウォーリアは自分の感情の正体を知らなかったに違いない。
……そんなウォーリアと、これから恋人としての触れ合いをするのだ。
経験はなくとも、知識だけはある自分の方が、流れを作って行くべきではないのかと、スコールはそう考えていた。


(でも……流れって、どうやって作るんだ?)


ウォーリアの寝室に入って、ベッドの端に座ってから、スコールはずっとそれを考えていた。
主のいない部屋で過ごすのは今日が初めてではなかったが、思考をぐるぐると巡らせている所為で、酷く落ち着かない。
だがウォーリアが部屋に戻って来るまでには答えを見付けなければならないと、思考を止める訳にもいかなかった。

この場にいないウォーリアは、日課になっている聖域周辺の見回りを終えて、風呂に入っている。
長湯をするタイプではないから、あと五分もすれば上がって来るだろう。
その待ち時間が長いようで、短いようで、スコールは緊張した面持ちでそわそわとしていた。


(……ウォルと…これから……、…………)


もう直ぐ訪れるであろう瞬間を想像するだけで、スコールの顔は赤くなる。
イメージはどうにも希薄で、上手く形作る事が出来ないのだが、それでも“何を”するのかは浮かぶ。

だが、スコールの緊張を煽るのは、二人が未だキスすらした事がないと言う事だ。


(……それなのに、それ以上の事まで一気にするとか、無理だろ!)


物事には順序と言うものがある。
それは大抵、簡単な事から始め、課題を一つ一つクリアしながら、難易度を上げていくものだろう。

しかし二人の仲間達は、此処に至るまでの両者の進み具合から、「これじゃいつまで経っても進まない!」「見ていてじれったい!」と言う結論に至ったらしい。
大きなお世話だとスコールはつくづく思うのだが、そのお陰で、強引にこうした時間が作られたのも確か。
その証拠に、誰かがいたら二人とも人目を気にしてしまうだろう、と言う事で、全員が某かの理由をつけて出払っている。
お陰で今夜、秩序の聖域にいるのは、スコールとウォーリアの二人だけだった。

気の使い方が露骨過ぎて思う事がない訳ではないが、ぶつける相手は誰も明日まで帰ってこない。
ついで、お節介だと言ってはいても、彼らの気遣いが有り難くない訳ではない。
彼をもっと触れたい、もっと感じたい、と思うスコールにとって、先に進む為に、これ以上のお膳立てはなかった。

……だから仲間達の気遣いは受け取るつもりでいるのだが、如何せん、どうすればスムーズに進められるのかが判らない。


(やっぱり俺の方からが良い、よな。あいつは…あまり自分からは、して来ない、し……)


経験がないからか、指標がないからか、恋愛に関する事はウォーリアは余り積極的ではない。
知識もないので、何をどうすれば良いのか判らない、と言うのが彼の正直な言葉だった。
となると、やはりスコールの方から流れを進めるのが良いのだが────と、思考は堂々巡りを続けている。

とにかく切っ掛けを作るようにしないと、思った所で、部屋のドアが開く音がした。
キイイ、と蝶番の鳴る音を聞いただけで、スコールの心臓が早鐘を打つ。
今からこんな調子では────と思っている内に、隣にほんのりと熱を持った気配が腰を下ろす。


「すまない。待たせてしまっただろうか」
「あ───い、や……別に……」


詫びるウォーリアの声に、スコールは顔を上げる事が出来なかった。
ドキドキと煩い心臓の音が、隣の男に聞こえているような気がする。
黙れ、静まれ、と自分に言い聞かせてみるけれど、鼓動は感情に正直で、一行に収まる様子がない。

ちらり、と隣を見遣れば、まだ水分を孕んでいる銀色がきらきらと閃いて、スコールの心を奪う。
銀色の前髪の隙間から覗くアイスブルーの澄んだ瞳が、つ、と此方に向いて、少年の顔を映した。
その瞬間にスコールの意識は目の前の恋人に全て囚われて、身動きが出来なくなる。


「…ウォ、ル……」


震える唇で名を呼ぶと、ウォーリアの手がスコールの頬に触れた。
する、と撫でる指先がくすぐったくて、スコールは目を細める。

ウォーリアの触れ方をなぞるように、スコールもウォーリアの頬に手を伸ばした。
ひた、と触れた頬は、まだほんのりと上気していて温かい。
此処も温かいんだろうか────と蒼の瞳が形の良い唇へと向けられて、スコールは誘われるように其処に顔を近付けていた。


「ん……」



唇を押し当てるキスを、ウォーリアは拒まなかった。
目を閉じて唇を重ねているスコールに、ウォーリアも習って目を閉じる。

長いような短いような時間を過ごして、スコールはそっと唇を離した。
はぁ……っ、と緊張と熱の混じった吐息が零れて、ウォーリアの口元をくすぐる。


「は…ふ……ウォル……」
「……スコール」


名前を呼べば、呼び返してくれるのが嬉しかった。
その声に促されたような気がして、スコールはもう一度、ウォーリアの唇に己のそれを重ねる。


「ん…んぅ……」


触れているだけなのに、重ねているだけなのに、心地良い。
キスとはたったこれだけの事で、こんなにも気持ち良くなれるものなのか。
生まれて初めての経験に、スコールの意識は緩やかに溶けつつあった。

重ねていた唇を離して、また呼吸をする。
は、ふ、と少し逸る呼気を繰り返した後、スコールはウォーリアがどんな顔をしているのか気になって、顔を上げた。


「……ウォル…どう、だ……?」


嫌じゃないか、変じゃないか、と問うスコールに、ウォーリアは薄く笑みを浮かべて頷く。


「ああ。とても、幸せだ」
「……そう、か……」


ウォーリアの言葉に、なら良い、とスコールは呟く。
彼が嫌な気持ちにならないなら、自分と同じように幸せを感じてくれているなら、十分だ。

スコールの頬に触れている手がするりと滑って、スコールの顎を捉える。
くん、と上向くように促されて、スコールは素直に従った。
そうして微かに開いたスコールの唇へと、ウォーリアのそれが重ねられる。


「ん、あ……っ」


ウォーリアの方から────そう気付いた時、スコールは自分の体が熱くなるのを感じた。
口付けを重ねる内に徐々に落ち着きつつあった心音が、また跳ねて煩くなる。

開いたままの唇に、温かいものが触れた。
なんだろう、と思っている間に、それはスコールの口の中に入ってきて、歯列をなぞる。
背中にぞくぞくとしたものが走ったが、それは嫌悪とはもっと別の感覚だった。


「ふ…ん……っ!」


ひくっ、ひくんっ、と震えるスコールの体。
その腰にウォーリアの腕が回されて、抱き寄せられ、二人の体が密着する。

無防備な舌が熱の塊に絡め取られて、撫でられる。
ぞくぞくっ、と言う感覚がスコールの首筋を辿って、頭の芯まで響いたような気がした。
これは、何、とスコールが誰にも問えずにいる間にも、口付けは深くなっていく。


「ん…あ……あふ……っ」
「…ん……ふ……」


ふるふると震える舌を、何度も何度も撫でられている。
舌の根がびりびりと甘い痺れを感じて、スコールは体の力が抜けるのが判った。
いつの間にか自分で自分の体を支えられないまでになり、くったりとウォーリアに体重を預けてしまう。

寄りかかるスコールの重みを感じながら、ウォーリアはゆっくりと唇を離す。
二人の唇の間を、細い銀色の糸が繋いだ。


「ふ…あ……ウォ、ル……?」


ぼんやりとした蒼灰色の瞳が、不思議そうにウォーリアを見上げる。

これは、何。
ふわふわと気持ち良いのは、何。

自分からキスをした時には、受け入れて貰えた喜びがあった。
それは確かに幸せな事だったけれど、こんなにも溢れそうな多幸感はなかった筈だ。
まるで特別な何かを施されたかのように、スコールはウォーリアから貰ったキスが忘れられない。

熱に浮かされたように揺れるスコールの瞳を、ウォーリアは真っ直ぐに見詰めていた。
顎にかけられた指に微かに力が籠るのを感じて、スコールは無意識に唇を薄く開く。
作法のように従うスコールに、またウォーリアは口付けた。


「は…ん、ふぁ……っ」


するり、と滑り込んだ舌が、スコールの舌を絡め取って愛撫する。
唾液が絡み合ってスコールの耳の奥で音を立てていた。
それが恥ずかしくて溜まらないけれど、与えられる心地良さが恋しくて、離れる事が出来ない。

スコールの腕がウォーリアの首に絡み付き、上気した瞳が、もっと、と音なくウォーリアに訴える。
ウォーリアはそんなスコールの後頭部に手を回し、柔らかな力で抱き締めて、より深くに口付けを与えて行く。
そうすればもっとスコールが幸福になれると知っているかのように。


「あ…は……っ…」


ようやく唇が解放されて、スコールはウォーリアにしな垂れかかる。
足りなくなった酸素を求めて、はふ、はふ、と吐息を零す唇は、桜色になっていた。


「……スコール。大丈夫か」
「…ん……た、ぶん……」


気遣う声に、スコールは小さく頷いて、顔を上げる。


「……ウォル」
「なんだ?」
「……あんた…初めて、なんだよ、な……?」
「ああ」


確かめる気持ちで訊ねるスコールに、ウォーリアははっきりと頷いた。
それを聞いて、嘘だろう、とスコールは胸中で呟く。


(初めてしたのに…キスだけ、なのに……こんなに、気持ち良い、とか……)


これはまだ、始まりに過ぎない筈だ。
此処から先、もっとキスをして、触れて、混じり合う事になる。

それを想像するだけで、体が持たない気がする、とスコールは思った。




2018/08/08

『ウォルスコで、WoLのキスに翻弄されてとろとろになるスコール』のリクエストを頂きました。

知識も経験もないけど、本能でスコールが喜ぶ事を知ってるWoLって良いですね。
キスだけでこんなにされたので、今夜のスコールは初めてなのに大変な事になると思います。