埋もれた世界と紬糸


魔女戦争の後、世間的にはふつりと姿を消したサイファー・アルマシーは、現在、ドールに己の拠点を構えている。

しばらく長居したF.Hは悪くなく、世間から身を隠すには最適だったが、色々と考えた末に出て行った。
良くも悪くも争いを根本から嫌う土地と言うのは、投げ出した形とは言え傭兵育成の環境下にいたサイファーには、肌に合わない所も少なくなかった。
それに加え、ガルバディア軍が魔女戦争の責任者として、サイファーに全てを押し付けようとしていると言う情報が入った。
F.Hが嘗てガルバディア軍の襲撃を受け、スコール達の介入によって無事に事が済んだと言う話は(他人の顔をして)聞いていたので知っていたし、その際、街に幾らかの被害を出したことも聞いた。
頭がすげ変わっても相変わらず躾の悪い軍隊であるから、サイファーを捕らえようと良からぬ根回しが始まる前に、サイファーは其処を出て行く事を決めたのだ。
その後、ガルバディアには自分の顔が知られ過ぎているし、エスタもルナティック・パンドラや“月の涙”の件があると近付かず、セントラは誰の目を気にする必要もないが、其処は不毛の地だから、生活するには不便だ。
そうして唯一残ったのがドールの街であった。

幸か不幸か、件の魔女戦争に置いて、ドールは若干蚊帳の外になっている。
ガルバディア軍による電波塔占拠の事件は、全ての始まりでもあったのだが、バラムガーデンとガルバディアガーデンの衝突等はセントラ大陸で起こったし、D地区収容所から発射されたミサイルはバラムとトラビアに着弾し、地理的にも全く違う場所にあるドールは、魔女戦争の一連の被害に被るものはなかったのである。
そうした環境の所為か、魔女戦争後に起こった国際裁判の類にも、ドールは我関せずと言う具合だった。

そんな場所でもサイファーの顔は知られているのだが、此処で役に立つのが“金”だ。
合法的なカジノから、非合法のギャンブルまで、ドールではあらゆる場面で金が動く事に重きが置かれる傾向がある。
その金の動きに己を上手く乗せる事が出来れば、ドールでのある程度の安寧は手に入れる事が出来るのだ。

最初に其処に流れ着いた時、サイファーは一文無しだった。
ガーデンに帰れと言ったのに、ついて行くと聞かなかった雷神も同じだ。
堅実な風神は幾らか貯金が残っていたが、三人で生活するには雀の涙である。
幸い、ドールには日雇いの仕事と言うものが幾らでも募集されているから、それでどうにか食い繋ぎ、地道に資金を貯めて行った。
なんとも自分らしくない地道な生活だと思ったが、金がなければドールであろうと何処であろうと宿無生活は脱出できないので、これは踏ん張り所と割り切った。
……そんな事で多少の諦めが着く位には、子供ではいられなくなった自分を自覚しつつ、日々は続く。

少し金が溜まった所で、サイファーはアパートを借りた。
雷神と風神も其処に住んで良いと言うと、二人は泣きながら喜んだ。
そんなに宿無し生活が辛かったのかと思ったら、ガーデンに帰れと言わず、一緒に住む事をサイファーの方から提案してくれた事が嬉しかったのだと言う。
無性にこそばゆい感情に背中を掻きながら、三人の共同生活は改めてスタートした。

その後も日雇いの仕事は続けつつ、サイファーは偽名を使って傭兵稼業を始めた。
新たな人生として、何処かの会社に就職する、と言う頭もない訳ではなかったが、やはりサイファーは根っからの傭兵だ。
地道なデスクワークなんて性に合わないし、ぺこぺこと人に頭を下げるのも好きではない。
何より、自分が最も誇れるものは何かと聞かれたら、バトルの腕だと答える。
そんな人間が好んで出来る仕事なんてものは、結局そう言う道以外にはなかったのだ。

傭兵と言うとやはりバラムガーデンのSeeDが有名だが、世の中にいる傭兵の全てがSeeDと言う訳ではない。
単に『バラムガーデンのSeeD』と言うネームバリューが商品として売れているだけで、フリーランスも少なくはなかった。
この世界での傭兵は、戦争事の駒として駆り出される事は勿論、魔物の盗伐も依頼される事がある。
言い換えてしまえば、荒事専門の何でも屋だ。
先の“月の涙”の影響により、エスタ大陸を中心にした各地で魔物の生態系の変化が起きている事もあって、魔物討伐の依頼は急増している。
バラムガーデン擁するSeeDだけでは手が足りず、各国の軍隊も自国の主要な施設を防備する事を優先している節もあって、一般人は個人で魔物討伐の手立てを得なければならなかった。
其処でSeeD以外のフリーランスの傭兵や、セキュリティ会社等に魔物討伐の依頼が寄越されるようになっている。

────が、サイファーの構える傭兵事務所には、中々大きな依頼が回ってこない。
ドールにはサイファー以外にも事務所を構えている個人の傭兵がいて、其方には依頼が来ているようだが、立ち上げたばかりで知名度が低いサイファーの下まで話が降りて来ないのだ。
取り敢えず自主的に探して引き受けたドール近辺の魔物退治をして日銭を稼いでいるが、日雇いのアルバイトに行っている雷神の方がトータルして稼ぎが良いのが少し悔しい。
別に競争している訳ではないのだが、一応、社長と言う肩書で事務所を持っているのはサイファーなので、従業員扱いの雷神と風神に養われている状態は早く脱したいと思う。

そんなサイファーの傭兵事務所だが、大きな仕事が全く来ない、と言う程寂れてはいない。
月に一度か二度、ほぼ必ず、大口の依頼が舞い込んでくるからである。

今月もそろそろ来る頃か、と思っている所へ、「依頼がある」と言うごく短いメールは寄越された。



昼から予定していた郊外の治安維持を目的とした魔物退治を終えて、帰路を歩く。
途中の自動販売機で買った缶ビールを傾けながら、口煩い奴が近くにいないのは良いな、と思った。
これがバラムガーデンだったら、先生辺りに見付かって、禁酒ルールの罰則としてトイレ掃除でも押し付けられる所だ。
とは言え、風神に見付かると棘を貰う羽目になるので、家に着く前に飲み切って、道端のゴミ箱に捨てておく。

少し古びた建物がひしめき合っている地区に、サイファーの拠点であるアパートがある。
あまり治安の良い場所ではないが、今の収入ではこれ以上は求められない。
それもあって余り依頼が来ないのかも知れない、と早く引っ越したい気持ちはあるのだが、その為にもまずは貯金を蓄えなければいけない。
大手はそう言う心配がないから良いよな、とこれから会う顔を思い浮かべて独り言ちた。

軋んだ音を立てるアパートの階段を上って、三階にあるのがサイファーの事務所兼家だ。
半日振りに帰ったその扉の前に、見慣れた黒のジャケットとガンブレードケースを見付けて、サイファーの口角があがる。


「ようこそ、指揮官様。今日はお早いお着きで」


ドアに寄り掛かり、狭い夕空を見上げているのは、バラムガーデンの指揮官こと、スコール・レオンハートである。
スコールは戻ってきた家主を見付けると、眉間に深い皺を刻んでサイファーを睨み付けた。


「あんた、出掛けているなら先に連絡しろ。あんたを待ってニ十分も時間を無駄にした」
「いつもそれだけ遅れて来てんのは誰だよ」
「あんたと違って忙しいんだ、仕方がないだろ。暇なあんたが都合を合わせろ」


なんとも横暴な物言いに、腹が立たない訳ではなかったが、言い返せば仕事を取り上げられるのが判っているので、へいへい、と適当に返事だけを投げる。

スコールが部屋の外で待っていたと言う事は、同居人は揃って不在と言う事だ。
まあそれが正解だな、と思いつつ、サイファーはドアの鍵を開ける。
ドーゾ、とだけ促してサイファーが中に入ると、続いてスコールも玄関の敷居を跨いだ。

見た目も古く、中身も相応のアパートだから、本当なら一人暮らしが精々の広さしかない。
それを三人───うち二人は図体のでかい男───で共有している訳だから、各個人のスペースなど猫の額もありはしない。
が、私物は自分で管理し、他人の物は許可なく触らないと言うルールの下、共同生活はなんとか無事に回っている。
掃除洗濯と言った家事も一通り出来るし、悪戯に散らかすばかりの人間も、やたらと神経質に清潔を意識する人間もいないので、今の所は息苦しくなるような事もない。
ただ、個人の部屋と言うのはないので、滅多にない来客が来た時等は、他の二人はカプセルホテル等に一時避難するようになった。

リビング兼寝室にスコールを通せば、勝手知ったる他人の家と、スコールは遠慮せずに三人掛けのソファに腰を下ろす。
サイファーは小さなキッチンでインスタントコーヒーを入れて、形ばかりの持成しをする。


「ほらよ、コーヒーで良いだろ」
「……砂糖は」
「入れた。一杯だろ」
「ん」


好み通りなら十分と、スコールはコーヒーに口を付けた。
程好い温度で入れられたコーヒーに、ふう、と一つ呼吸が漏れる。
その様子を眺めながら、クマが増えたな、とサイファーは思った。


「…で、今日はなんの御用で?依頼だったら嬉しいんだが」
「希望の通り、依頼だ。詳細はこれ」


スコールはガンブレードケースを開けて、懐紙入れから書類を取り出した。
差し出されたそれを受けって、紙面を見たサイファーの眉間に皺が寄る。


「グランディディエリの森でモルボルとメルトドラゴン、エスタ近郊でキマイラブレイン、トラビアでルブルムドラゴン……お前、面倒なのばっかりじゃねえか」
「だからあんたに任せるんだ。出来ないなら別に構わないが」
「この野郎……」


スコールの事だ、サイファーの経済事情など判り切っているに違いない。
生活を回すだけなら今のままでもなんとかやって行けない事もないが、それではこの先の傭兵稼業が続く訳がないのだ。
況してやサイファーは、今は捨て置かれる形になっているとは言え、“戦犯”と言う肩書がついて回る。
偽名で仕事を続けていられる内に、稼ぎと実績を作っておかなければ、何処から余計な茶々が入るか判らない。
その為にも、一気に稼げるスコール=バラムガーデンからの下請け依頼は、断る訳には行かないのだ。

はあ、と溜息を吐きつつ、サイファーは依頼書に一通り目を通す。
バラムガーデンからの下請け依頼なので、報酬は折り紙付きだ。
元々ガーデンに寄越された依頼料の何割か、と言うレベルではあるが、ドール近郊でちまちまと魔物退治をしている時の額に比べれば、雲泥の差がある。
況してや、今回は面倒な魔物ばかりを指定されている為、その分だけ金額も大きい。


「移動費は?」
「出してやる。後で領収書を回せ」
「ついでに指揮官様お抱えの足も貸してくれると嬉しいんだがな」
「悪いが、当分運行予定は埋まっている」


悪いと欠片も思っていないだろうに、いけしゃあしゃあと言うスコールに、可愛くねえ、と呟く。
独り言だったそれはしっかり聞き取られ、悪かったな、とこれもまた心にもない返し口であった。

カチャリ、とコーヒーカップが小さく音を立てる。
このカップが使われるのが、自分が此処に来ている時だけだと、スコールは知らない。
知る必要もない事だ、と思いつつ、サイファーは依頼書に自分のサインを綴った。
これで依頼は引き受けた事になる。

任務地はドールからでは何処も遠いので、これからしばらくは色々とスケジュールの調整が必要だ。
風神と雷神が帰ってきたら伝えなければ、と思ったが、二人が今夜帰って来る事はないだろう。
メールや電話で連絡しても良いのだが、どうせ揃って詳細を伝えなければならないのなら、明日にした方が二度手間にならない。

────さて、と。
やるべき事はやったし、とサイファーが顔を上げると、スコールはコーヒーを片手に眉間に皺を刻んでいた。
その目が時折此方を見ては逸らされるのを見付け、サイファーも負けず劣らずの皺を刻む。


「なんだよ」
「……」
「言いたい事があるならさっさと言え」


沈黙してはいるが、物憂げな蒼が此方に向けられるのを見て、サイファーはさっさと吐き出せと言った。
スコールはコーヒーカップの残りを飲み干すと、カップを皿を戻しながら口を開く。


「……シュウ先輩が言ってたんだが」
「ああ」
「……俺が此処に行くのが、単身赴任の旦那の所に逐一通っているようだと」
「……へえ」


なんとも下らない事を。
相槌を打ったサイファーの表情からは、そんな言葉が漏れ出ていた。

キスティスと同期のシュウと言えば、サイファーも知らない筈がない。
今年行われていたSeeD試験然り、去年も彼女も顔を見たし、万年候補生と呼ばれたサイファーにもしっかり釘を差すシュウは、サイファーの記憶にもしっかりと残っている。
何事にも芯がしっかりとしてブレない彼女は、後輩達からもよく慕われている。
バラムガーデンが要塞として起動した以後は、指揮官と言う座に就かされたスコールのサポートを主な仕事として、バラムガーデンの要の一人として忙しなくしているそうだ。

そんな彼女は、相手が指揮官たるスコールであっても、中々遠慮なく物を言ってくる。
オンオフの切り替えはしっかりしているので、公の場では余計な口は使わないが、日常の中ではスコールを揶揄う事も多いのだそうだ。
今の単身赴任云々と言う言葉も、恐らくそう言う流れで出て来た言葉なのだろう。

サイファーが旦那なら、月一、二で通うスコールは妻か。
そう思うと俄かに口元がにやけそうになるサイファーだったが、そんな事をすればスコールの雷が落ちかねない。
ぐっと堪えて、恐らくこの反応が妥当、と思う言葉を口にする────が、


「……誰が単身赴任の旦那だ」
「全くだ。稼ぎのない旦那なんて俺は御免だ」
「其処かよ!っとに可愛くねーな!」


旦那か妻かと言う、一番スコールが反発しそうな所を無視して、要点は稼ぎの額と来た。
嫌に現実的な指摘は、今最もサイファーがジレンマを感じているポイントを容赦なく突き刺す。
ほんの少し前なら、誰が妻だと其処から怒って見せただろうに、今のスコールは難無く聞き流せる余裕があるらしい。
これだから指揮官とか言う高給取りは、と忌々しさに歯を噛むサイファーに、スコールは溜息を吐いて、


「単身赴任でもなんでも良いから、あんたは早く仕事をまともな軌道に乗せろ。偽名でもあんたの名前がちゃんと売れれば、こっちも仕事の依頼がし易くなるんだ。今はあんたが信用の置ける委託先だって事を説明しなくちゃいけなくて面倒なんだぞ」
「あーあー、判ってる判ってる」
「判ってるなら、仕事の選り好みをしていないで、さっさと────」


スコールの言葉は、最後まで続かなかった。
サイファーはソファにすっかり落ち着いているスコールの腕を掴んで、強引に寝床にしているベッドへと連れて行く。

放るように離してやると、スコールはベッドに倒れ込んで、溜息を吐きながらごろりと寝返りを打った。
直ぐにサイファーがその上に覆い被さって、文句を言おうとしている唇を塞ぐ。
近い距離で蒼がじろりと抗議に睨んだが、構わずに舌を絡め取ると、ひくん、と薄い肩が震えたのが判った。

前にこの唇を味わったのは、もう三週間も前になるだろうか。
その時も流れは今と同じで、仕事の話をして、どうでも良い応酬をして、ベッドに雪崩れ込んだ。
偶には外で良い飯を食ってロマンティックな景色でも見て、と思わないでもないけれど、現実は小さなアパートの片隅で即物的な交わりをしている。
今の所はそれしかないのだから、これでしっかり繋ぎ止めてやるしかあるまい。



深く深く口付けている内に、腕が首に絡み付く。

離れていた時間を取り戻すように、溶け合って混じり合って、同じ泥の海へと沈んで行く。
明日にはまた別々の世界に分かたれると知っているから、今だけは。




2018/08/08

『サイスコで、ガーデンでどちらかがどちらか部屋に行く or 何処かの街で通い妻か同棲してる感じ』のリクエストを頂きました。
あまり二人が別々に生活してるのって書いてないなーと思ったので、スコールに通い妻して貰いました。

通い妻って、なんか響きがエロい。好き。
サイファーも後でそんな感じの事を考えて、まあ悪くはねえなとか思ったりする。