アイスクリーム行進曲


夏休み中の特別夏期講習なんて申し込むものじゃない。
暑い教室の中で、自分で申し込んだ夏期講習授業を終えて、スコールはそう思った。

校庭で鳴いている蝉の声の煩さに辟易しながら、外と大して温度の変わらない校舎内を歩く。
水筒の中身の水は、登校中と授業の合間の休憩時間だけで、もう残り少なくなってしまった。
荷物を重くするのが嫌で小さな水筒を愛用していたのだが、こうも減りが早いと、もう少し大きなものにすれば良かった、と後悔する。

学年で上位の成績を持つスコールが、どうして夏期講習が必要なんだとよく言われる。
理数系なら確かにスコールは得意だし、今から慌てて勉強しなければとは思っていないのだが、苦手な文系がどうしても怖い。
それも補習常連の友人に比べればマシなレベルは保っているが、やはり成績が振るわないと言うのは、スコールにとっては気になるのだ。
予習する所はするし、復習も重ねたいし、より深く緻密に勉強する機会が設けられるなら、それは使いたい。
勉強は決して好きでする訳ではないけれど、無視できない性格である以上、スコールはそれらをしない訳にはいかなかった。


(でもこんな環境で勉強する位なら、家で自習していた方がマシだ……)


思いながら、去年も同じ事を考えていたような気がする、とスコールは溜息を吐く。
人間は学習する生き物だと言うが、同じ愚を犯す生き物でもある。
矛盾している、と肩を落としながら、スコールの重い足は、ようやく昇降口へと到着した。

────と、其処で耳に馴染んだ声が二つ。


「あ、スコールだ」
「スコールも終わったトコっスか」


名を呼ぶ声に顔を上げれば、蜜色と褪せた銀色の髪が並んでいる。
同じクラスの友人で、先程赤点組と称した、ティーダとヴァンであった。


「……あんた達も帰りか」
「うん。途中でコンビニ寄ろうって話してた」
「…俺も行く」
「行こう行こう!アイス買わなきゃやってられないっスよ」


ティーダの言葉に、アイスか、良いな、とスコールは小さく呟く。
コンビニと聞いた時には、冷たいジュースでも買って帰ろうと思っただけだったのだが、アイスも欲しくなって来た。
うだる暑さの中、帰る道中のお供には最適だろう。

上履きから靴に履き替えて、軒の外へと出ると、カンカンと照る太陽に肌を焼かれる。
じりじりと皮膚が焦がされるのを感じて、スコールは腕を摩った。
それを見たティーダが、うわ、と声を上げる。


「スコール、腕真っ赤じゃん」
「……触るな。あんたの手、熱い」
「真っ赤だけど焼けてないな。スコールって焼けない奴なのか?」
「そういやスコールって白いっスね。インドアっぽいしなー」


スコールの赤らんだ腕をしげしげと観察するティーダとヴァン。
その視線すらも熱を感じるようで、スコールは手首を掴んでいるティーダの手を振り払って逃げた。

土で整備されているグラウンドを抜けると、アスファルトからの輻射熱が少年たちを襲う。
道の向こうが陽炎で揺らいでいるのが見えた。
卵を落としたら目玉焼きになりそうだな、と思いつつ、スコールは足早に歩き、ティーダとヴァンがそれを追う形でついて来る。


「スコール、夏期講習ってどんな事してるんだ?」
「勉強してる」
「補習授業とやってる事って違うんスか?」
「…違うんじゃないのか。補習授業は受けた事がないから知らないけど」
「っかー!イヤミっスか!」
「別に。ただの事実だ」


スコールは特別授業の類を率先して受けているので、夏期冬期講習の常連であるが、補習授業は一度も受けた事がない。
受けないのが一番良いとも思っているので、今後も受ける予定はなかった。
対してティーダとヴァンは補習授業の常連と化しており、教師達の頭痛の種となっている。


「…夏期講習の内容が知りたかったら、あんた達も申し込めば良いだろう。良い勉強時間になるんじゃないのか」
「補習だけでも面倒なのに、夏期講習なんてやりたくないっス!部活の時間もまたなくなるし」


唇を尖らせるティーダに、やれやれ、とスコールは肩を竦める。
そんなティーダの隣で、ヴァンも「俺も部活は早く出たいなー」と言っている。
それなら補習も受けないように、ちゃんと勉強すれば良いだろうに、とスコールは何度思ったか知れない。

スコール達の学校では、テストの赤点や単位不足で補習が組まれると、その間は部活動に参加する事が出来ない。
運動系の部は、地区でも有名な強豪校と言われているが、学業が疎かになるのなら部活はさせない、と言うの決まりがある。
しっかりと線を引いた上で、どちらも両立させるように、と言う方針が定められているのだ。
お陰で成績が常に低空飛行のティーダは、部活一時休止の瀬戸際に常に立っている。
ヴァンはテストの方は平均点はカバー出来るが、普段の授業態度───忘れ物だとか、居眠りだとか───が多くて減点を食らっていた。
これにより、長期休暇期間になると、二人は一定の補習授業を受けて単位を取り戻すまで、部活に参加する事が出来ないのがパターンと化している。

早く部活がやりたい、ボールが触りたい、と言うティーダと、作りかけの航空模型を完成させたい、と言うヴァン。
そんな二人の声を聴きながら、毎日灼熱地獄なのに、よく部活なんてやっていられるな、とスコールは思っていた。
どんなに夢中になる事でも、好きな事でも、この暑さの中でやれと言われたら、スコールは諦めて涼しい家の中に引き籠る。
それを思うと、暑さよりも夢中になれる事がある友人二人が、少し羨ましいような気もした。

校門を出てから五分の所に、学生達が行きつけのコンビニがある。
平時は放課後の寄り道で菓子を買った学生が屯しているポイントだが、流石にこの暑い日中に炎天下で過ごす猛者はいなかった。
店に入ると、いらっしゃいませー、と気のない店員の声が届けられる。
三人はいそいそとアイスボックスへと向かい、ガラス越しに並ぶ商品を眺め、


「俺これにする」
「あ、新商品ある。俺はコレ!」
(……これにするか)


ティーダはソーダの棒アイス、ヴァンはチョココーティングされたクリーム系棒アイスを選び、スコールはカップのアイスを取る。
レジカウンターで順番に会計を済ませて店を出ると、早速アイスの封を切った。

冷凍庫から出されたばかりのアイスは、キンキンに凍っていて固い。
ティーダは躊躇なくそれに齧り付いて、ガリッ、と噛み割った。
口の中で氷の塊をしゃくしゃくと砕き、ごくっと飲み込めば、食道から胃までひんやりとした感覚が通って行く。


「く〜っ、これこれ!やっぱり夏のアイスは最高っスね」
「そうだなー。夏って感じがする」
「………」


涼を喜ぶティーダと、頷きながらチョコとクリームの味を堪能するヴァン。
スコールは無言のまま歩きながら、凍っているアイスの表面をプラスチックの小さなスプーンでザクザクと耕している。


「ヴァンのそれ、新しい奴だよな。どんな感じ?」
「うまいぞ。クリームがミルクって感じがする」
「一口貰って良い?」
「ん」


ねだるティーダに、ヴァンがアイスを差し出した。
食べかけのそれにティーダがぱくっと齧り付く。


「んー……確かに濃いっスね。最近こう言うアイス増えてる?」
「そうだっけ?スコールも食べてみるか?」
「……一口」
「ん」


ひょい、と差し出されたヴァンのアイスに、スコールも口を開けて首を伸ばす。
はく、と大きくはない一口分だけを貰えば、チョコレートとクリームは直ぐに口の中で溶けて行った。


「……牛乳っぽい」
「だろ?なあ、スコールのそれもちょっと食べたい。良いか?」
「……ほら」


先に一口貰ったのだし、とスコールはヴァンの希望に応じた。
アイスをスプーンで一口分掬い、差し出してやると、ヴァンは雛のように口を開けた。
そのままスプーンを口元まで持っていけば、ぱくり、と食いつく。


「レモン味」
「ああ」
「スコール、俺も欲しいっス!」
「……判った判った」


きらきらとした目でねだってくるティーダに、スコールは溜息を吐きながら寛容した。
アイスをざくざくと耕して、柔らかくなった氷の塊を掬って差し出す。
ティーダは直ぐにぱくっと食いついた。


「ソーダとはちょっと違ったさっぱり感。良いっスね〜、今度これ買おうかな」
「なー、ティーダのアイスもちょっとくれよ」
「ん、良いっスよ。スコールも食べて良い────」


我儘を聞いてくれた友人たちへのお返しにと、ティーダが自分のアイスを差し出そうとした時だった。
ぺちゃ、と言う音がティーダの足元で鳴る。

見下ろせば、其処には無残な姿のソーダアイスの塊。
次いでティーダが自分の手元を見ると、其処には棒きれが一本のみ。


「……あ」
「……」
「ああああああああ!!」


響くティーダの声に、煩い、とスコールは釘を刺した。
しかし当のティーダはそんな事に構っている余裕はなく、


「お、俺のアイスが〜っ」
「暑いからなあ。溶けるのも早いんだな───って、あ」


嘆くティーダを眺めるヴァンの足元からも、べちゃ、と言う音が鳴った。
見ればクリームアイスがすっかり溶け、割れたチョコレートコーティングごと、地面に落ちている。
鉄板のような熱さの上に落ちた二つのアイスは、みるみる内に溶けて液体になってしまった。


「あー」
「アイスぅぅぅううう」
(……カップにしておいて良かった)


残念そうに眉尻を下げるヴァンと、悲痛な叫びをあげるティーダを見て、更に自分の手元を見てスコールは思った。
カップの中身はかなり溶けてしまっているが、カップからは水漏れもなく、手を滑らせなければ落とす事もない。
元々は手が汚れるのを嫌って選んだカップアイスだったが、こんな副次効果もあったとは。
なんとなくでアイスを選んだ十分前の自分に感謝する。

そんな事を考えていると、何か熱いものを感じて顔を上げると、二対の瞳がじっと此方を見ている。


「……なんだよ」
「それ」
「良いなあと思って」


二人揃って指差すのは、スコールの手の中にあるカップアイス。

暑さに負けた彼らのアイスは、大変残念な事と思う。
思うが、それを選んだのはあんた達だろう、とスコールは二人を睨み付けた。
しかし、付き合いの長い彼らがそれに慄く訳もなく、子犬と子猫を思わせる瞳がじっとスコールを見詰め、


「……あと一口だけだぞ」


こんな事で根負けしてしまうのは、これで何度目になるだろう。
まだ溶け残りのあるカップアイスを差し出すスコールに、ティーダとヴァンの表情がぱぁっと明るくなる。


「スコール!大好き!」
「抱き着くな、暑苦しい!」
「俺も好きー」
「判ったから離れろ!」


抱き着いて来た二つの熱の塊から、スコールは逃げ遅れた。

ぎゅうぎゅうと抱き締めて離さない二人に、この暑いのに、とスコールの眉間の皺が益々深くなっていく。
それでも、自分から彼等を突き放す事はしないのだった。




2018/08/08

『現パロで夏休みな17歳×スコール』のリクエストを頂きました。

17歳のどちらとも書かれていなかったので、二人ともセットでスコールにはぐはぐ。
スコールもツンツンしつつも本気で拒否はしないので、なんだかんだ言っても二人の事が好きなんです。