平日、とあるアンティークカフェにて


駅に近いと言う好立地にあるにも関わらず、その喫茶店の客足は余り多くはない。
しかし駅前が今のように発展する以前からあると言うその店は、昔からの常連客が多く、マスター兼オーナーが二代目へと変わった今でも、変わらぬ味を守って続いている。
セフィロスは店の味が歴史が云々と言う話は然したる興味はなかったが、アンティーク調の趣のある内装と、賑々しい客がいない所が好印象だった。
ほんの偶然で見つけた店だが、週に一度は此処でコーヒーを飲む時間を作る位には、お気に入りの店になっている。

今日も店の片隅で、セフィロスはコーヒーを傾けていた。
読みかけの本をゆっくりと捲りながら、年季の入ったレコードプレーヤーから流れる音楽を聞き流すのが、セフィロスの過ごし方だ。
コーヒー一杯につきもう一杯が半額になるので、大抵、二杯飲み終わった所で店を出る。
時々ランチを頼む事もあるが、来店した回数で考えると、少ない方だろう。

今日はランチを食べる予定があったが、まだテーブルの上にはコーヒーのみで、まだそれ以外の注文もしていない。
時折腕時計を見遣りながら、また本のページを捲る。
予定した昼食のタイミングからは少々遅れているが、ランチタイムはまだ余裕がある。
気にせずとも良いだろう────とコーヒーに手を伸ばした所で、カランカラン、と扉の鳴る音が聞こえた。


「いらっしゃいませ。お一人で?」
「いえ、その……連れが先に来ていると思うんですが」
「でしたら、此方です」


微かに聞こえた会話の後、近付いて来る気配を感じて、セフィロスは顔を上げる。
他の客との目隠しの役目もあるパーテーションの向こうから、濃茶色の髪の青年が現れた。
服装は見慣れたビジネススーツではなく、薄手の黒カーディガンを羽織り、シンプルな装いにまとまっている。
暑い中を急いで来たのだろう、日焼けした頬が赤くなり、汗が滲んでいるのを見て、セフィロスはゆるく口角を上げた。


「来たか」
「すまない、遅くなった」
「構わんさ。別に仕事の話をする訳でもないのだし」


青年───レオンがセフィロスとテーブルを挟んで向かい合って座る。
店員や冷水を持ってきて、ご注文は、と尋ねたが、この店が初めてのレオンには何のメニューがあるのかすらも判らない。
ええと、と迷うレオンを見て、お決まりになりましたらお呼び下さい、と言って下がって行った。

連日の高温注意報に当てられた体を、レオンは水で冷やしていく。
グラスの中身を半分程飲んで、ふう、と安堵の息が漏れた。


「…本当に、すまない。店の場所は聞いていたのに、見落としていて…」
「いや、仕方がない。入口は小さいし、看板も大きなものは出していないからな。此処は目立たないんだ」


この店は狭いビルの二階にあり、一階は貸事務所になっている。
貸事務所の方はそこそこの看板が掲げられる門構えになっているのだが、二階へ上る階段は非常に狭く、見栄えのする看板を出すにも広さが足りない。
置き看板は、この地区の条例で道に食みだす事を禁止されている為、置く事が出来なかった。
そんな訳で、店の看板は名前だけを記したシンプルなものしかなく、知らなければ見落としてしまうか、喫茶店の看板とは思わないのではないだろうか。

正直な話、そんな店を待ち合わせに指定するのは適していない、とは思う。
相手がこの店を知っているならともかく、この近辺にそう言う店がある、とすら知らないのなら、駅の改札口を待ち合わせ場所にした方が堅実だ。
セフィロスも初めはそのつもりで考えていたのだが、レオンが「住所があれば判る」と言うので、連日の高温注意報や、レオンもセフィロスも人混みが得意ではない事もあって、待ち合わせ場所にと指したのだ。
そうしてレオンは待ち合わせ時刻に遅刻してしまったのだが、到着して直ぐに休める場所で腰を落ち着けられたと思えば結果オーライだろう。

レオンはきょろきょろと辺りを見回して、初めて訪れた店を観察している。
セフィロスはそんなレオンの幼げな表情に、子供のようだな、と思いつつメニュー表を取る。


「一先ず、食事にするか。サンドイッチが美味いんだ」
「じゃあ頼んでみよう。コーヒー、は……流石に種類が多いな…」
「好みのものがあるか?」
「…好み、と言うか、よく判らない。飲む事は飲むけど、拘りがある訳でもないし……あんたと同じのにする」


レオンの言葉に、判った、と頷いて、セフィロスは店員を呼んだ。
種類の違うサンドイッチを一つとパスタを一つ、レオンのコーヒーを注文し、セフィロス自身は二杯目を頼む。
愛想の良い若い店員が注文を繰り返して確認した後、少々お待ちください、と言って店の奥へと消えた。

とす、とレオンが椅子の背もたれに寄り掛かった。
蒼の瞳が窓の向こうに見える都会の景色へと向けられている。
悩んでいるようにも見える瞳に、セフィロスは敢えて声をかける。


「行きたい場所は決まったか」
「……いや……」


セフィロスの問に、レオンの反応は鈍かった。
心なしか言い辛そうに口元を手で隠して、もごもごとしどろもどろになっている。


「……昨日の内に色々考えてはみたんだが、その、何も思い付かなくて」
「お前が気になる所で良いと言っただろう」
「だからそれが浮かばないんだ。気になると言ったら、仕事の関係になるような事ばかりだし、それじゃ意味がない気がするし」
「確かに、そう言う場所とは違う所に行った方が、面白味はあるだろうな」


その言葉に、やっぱりそうだよな、とレオンは呟く。
喉の奥で唸る音を漏らし、眉根を寄せるレオンを見て、本当に趣味の少ない男だな、とセフィロスは思った。

セフィロスとレオンは、同じ会社で働く同期であり、少し前から恋人と言う関係を始めていた。
何かと真面目過ぎるきらいのあるレオンに、適度に肩の力を抜けとセフィロスが教えている内に、付き合いが徐々に深くなり、今に至っている。
その為、決して長い付き合いではないのだが、レオンが極端に仕事人間であると言う事を、セフィロスはよく知っていた。
それは仕事に置いては決して悪い事ばかりではないが、レオンの悪い所は、仕事とプライベートが上手く切り離せないと言う事だ。
お陰でレオンの有給は溜まっているし、休日でも家で仕事をしてしまう(それも急ぎではない物を)ので、見兼ねたセフィロスが強引に外に連れ出す事にした。
そして出掛けるついでに、レオンが行きたい所でも行こうと言って、その場所をピックアップするように言っていたのだが、


「観光地になっているような所は、人が多そうだし」
「世間一般は夏休みらしいからな。あちこちでイベントもしているようだから、観光目当てでない一般客も多いだろう」
「買い物なんかは、別に……欲しい物もないし」
「見れば気になるものがあるかも知れんぞ」
「…そもそも、何の店が何処にあるのかもよく知らないんだ。普段、そう言うものを探す事も少ないし」


レオンは社会人になって、今の会社に就職してから、この街に引っ越してきた。
移り住んでからまだ五年と経っていないらしいので、知らない事が多いのも無理はないだろう。
朝出社して、日中は会社で仕事をし、帰宅するのも遅いとあっては、外を散策する機会も少ない。
機会があっても、率先して外に出る性質ではないようなので、散策範囲はそれ程広くもなるまい。

だが、同じ環境下にいても、後輩のクラウドは中々にアクティブだ。
彼もどちらかと言えばインドア気質のようだが、友人に誘われれば飲みに行くし、自分の趣味に使うものを探して何処までも足を運ぶ。
セフィロスは時々、あれの積極性がレオンにもあった方が良い、と言っている。

昨日一日を悩み倒したのだろうレオンに、そう言う所で力を抜けば良いものを、とセフィロスは思う。
考えて置けと言ったのは確かだが、決まらないなら決まらないと、きっぱり言えば良いのだ。
決まらなかった事を悪い事のように思うから、真面目が過ぎると言われるのだから。


「決まらなかったのなら仕方ない。適当に何処か行くか」
「何処かって、何処に行くんだ?」
「それはこれから考える」


予定の不透明さを大して気にする事もなく、セフィロスは言い切った。
レオンはぱちりと目を丸くした後、くすり、と口元を緩める。


「……あんたって時々急にいい加減になるよな」
「ああ」


悪びれた様子もなく肯定するセフィロスに、ふふ、とレオンが笑った。

サンドイッチとコーヒーがテーブルへと届けられ、遅めの昼食にありつく。
余り肉を食べないレオンのサンドイッチは、野菜と卵とハムが挟んである。
具を零さないように気を付けながら齧り付いて、口端についたパンくずを指で拭きつつ、舌鼓を打った。
美味い、と呟くレオンに満足しつつ、セフィロスもパスタをフォークに巻いていく。


「───今日の予定だが。決まっていないなら、一先ず駅ビルにでも行くか」
「……ん。すまない」
「別に謝る必要はないだろう。俺も特に何も決めていなかった訳だしな」


レオンが行先を決められない、思い付かない事は、十分予想できた事だった。
それを考慮して、セフィロスが行先を決めていても良かったのだろうが、セフィロスはそれをしなかった。
仕事でもないのに、先の予定を細かく決める必要もないと思ったし、ふらふらと気の向くままに歩くのも嫌いではない。
ただ、今日も今日とて暑いので、余り外を出歩きたくないと言うのは二人の共通の気持ちだろう。


「駅ビルか……そう言えば、行った事がないような。何があるんだ?」
「さあ」
「…知らないのか?」


提案してきたからてっきり、と言うレオンに、セフィロスは首を横に振る。


「ザックス達がよく行っているとは聞くんだがな。何があるのかは知らん」
「……行った事があるんじゃないのか」
「一度もない。いや、仕事で行った事はあるか。顧客の接待のようなものだったから、食事をした程度で、後はない」


レオンをワーカーホリックと言うが、セフィロスも休日の使い方がある訳ではない。
レオンのように仕事を持ち帰る事はしないものの、休みの日だからと、特別な事をする気はないし、街を散策すると言う程歩き回る事もない。
情報を集めるのなら今時はインターネットがあれば十分で、必要な物は通信販売で取り寄せられる。
一日一時間は陽に当たるのが健康な人間だ、と宣う文句もあるが、セフィロスにはどうでも良かった。
日がな一日、自宅で誰に逢う事も、話をする事もなく、本を読んで過ごすだけで、セフィロスは十分充実している。
そんなセフィロスなので、レオンに出不精の件で小言を刺せる程、外の世界に興味を持っている訳ではないのだ。

それを思うと、わざわざ二人で外に出掛ける必要もなかったな、と今更になって思う。
レオンを仕事から引き離し、休みらしい休みを過ごさせる、と言う目的はあるにはあったが、それを果たすなら自分の家にでも呼べば良い。
が、それをすると、きっと別の意味でレオンを休ませてやる事は出来なくなるだろう。


(……まあ。偶には、こう言うのも良いか)


一人頭の中で考えて、セフィロスはそんな結論に行き付いた。
折角滅多に休みを取らない恋人と偶の休日が重なったのだから、いつもと違う一日を過ごすのも悪くはあるまい。
後は、、レオンにとって、今日と言う日が少し特別なものに出来れば良い。


「取り敢えず、駅ビルに行くぞ」
「判った」
「後の事はそれからだ。仕事でもないんだから、詰めて考える必要もないだろう」
「そう言われると、そうだな。休みなんだし、のんびり出来た方がきっと良い」


そう言って、レオンは食後のコーヒーに口をつける。
美味い、と小さく呟くのが聞こえて、気に入って貰えて何よりだとセフィロスは満足げに笑みを浮かべた。




2018/08/08

『セフィレオで現パロでほのぼの』のリクエストを頂きました。

うちのレオンは、デートとなると大体行先が決められない、浮かばないようで。
セフィロスは色々セッティングして大人なデートが出来ると思いますが、敢えて決めずにふらふらしてみるのも良いかなーと。
世間一般と微妙に感覚がズレてる二人なので、皆が行ってる所に行ってなかったりして、世間的には当たり前だけど二人にとっては初めての体験があったりしたら可愛いなと思いました。