君が許してくれるなら


スコールが常識とする範囲では、未成年は基本的に飲酒は禁止されている代物だ。
酩酊状態になって起こり得る様々なトラブルを回避する意味でもあるし、まだ体が未発達な段階にあってアルコールを摂取する事によって考えられる弊害云々と言うのも理由にあった気がする。
それを真面目に守る者もいれば、知った事かと堂々とルール違反をする者もいるし、こっそり飲んでいる連中もいたので、四角四面にする程厳密に守られているルールでもなかったが。

しかし異世界から来た仲間達を見ていると、そう言ったルールが設けられているのは、此処に限って言えば少数だった。
スコールと同じ感覚を持っているのはティーダとクラウド位のもので、他のメンバーはまちまちだ。
フリオニールやティナは自分が飲酒する事にも特に疑問はないようで、フリオニールに至ってはスコール達に「飲まないのか?」と奨めて来た事がある程だ。
彼にとって酒は水よりも保存の効く補給剤でもあり、幼子でもなければ案外と普通に口にする機会は多かったらしい。
ルーネスは記憶の回復が芳しくない為、自身に飲酒の経験があるかは判らないが、奨められても口にする事はなく、酒独特の味や匂いそのものが余り好ましくないようだ。
そしてジタンはと言うと、育った環境が環境であった為、早い内から酒を飲んでいたと言う。
お陰で酒の失敗も一通り熟してきたそうで、自身の許容量はとうに把握しており、闘争の世界での息抜きに酒を飲む機会に恵まれても、彼はあまり寝落ちるまで飲むような事はしない。

────のだが、それも時と場合とテンションに因るのだろう、とスコールは思った。

珍しく酒が多く手に入ったからと、秩序の聖域の屋敷内では酒盛りが催された。
其処にバッツが気を利かせて酒にあう摘まみを大量に作ったので、酒は要らないメンバーも同伴に預かり、そのままそれが夕飯となった。
飯の席から延長される酒盛りに、スコールは参加していない。
酒は最初から飲む気がないし、飲まずとも同席していると酔った賑やかし組に絡まれて、大抵碌な事にはならないからだ。
ウォーリアも珍しく飲んでいたので、偶には休めと体の良い事を言って、日課としている聖域近辺の見回りを代わりに買って出た。
それからスコールは見回りと称した暇潰しを済ませ、そろそろ宴のピークは過ぎただろうかと言う頃合いで、聖域へと帰還する。

そしてスコールが見たのは、片付けをしているフリオニールとバッツと、酔い潰れたクラウドとジタンであった。
他のメンバーはどうしたのかと尋ねると、ウォーリアとセシルは潰れる前に自室に向かい、ティナは寝入る前にルーネスが部屋へと誘導したそうだ。
フリオニールとバッツは、摘まみを作りながらの酒盛りだったので、他のメンバーよりも飲んではいないらしい。
そのお陰で酔っ払う事もなく、片付けまで引き受ける事になったのだろう。


「は〜。なんつーか、貧乏クジっスね。お疲れ様」
「はは、構わないさ。作るのも飲むのも楽しいしな」
「おれもだよ。皆も美味い美味いって食ってくれるしな。今日は良い夢見れそうだ」


感心した風に言うティーダに、フリオニールとバッツは笑いながらそう言った。
彼等も酒を飲んでいる所為もあるのだろうが、口調は朗らかで、片付けも全く苦に思っていないのが判る。
そんな殊勝さは自分にはないな、と思いつつ、スコールはテーブルの上に散らばっている食器を片付けていたが、


「ああ、其処はおれ達がやるよ」
「だが数がある」
「平気平気。それより、ジタンとクラウド、部屋に運んでやってくれないか?」
「……ん」


スコールの手から食器を攫いつつ、バッツは床で転がっている二人を指差した。
確かにあちらも放って置く訳には行かない。
スコールはティーダにも声をかけて、二人の下へ向かった。

床に寝転がっているジタンとクラウドは、良い塩梅に酒が回って、良い夢を見ているらしい。
むにゃむにゃと意味不明な寝言を言っているジタンの頬を、スコールはぺちぺちと叩いてやった。
その横ではクラウドがティーダに体を揺さぶられている。


「おーい、クラウドー。起きるっスよ〜」
「ん……もう朝か……?」
「ふあ……あー、んー…スコール…?」
「起きたな。立て、寝るなら自分の部屋で寝ろ」


それぞれ目を開けた二人に声をかけて、スコールはジタンに、ティーダはクラウドに肩を貸しながら立ち上がらせる。
背が低いジタンはスコールに半分吊り上げられているような状態で、細身の体に寄り掛かって体重を支えられていた。
足はどちらも大した力が入っておらず、スコール達は仕方なく、彼等を引き摺りながらリビングを後にした。

人を抱えて階段を上るのに一苦労し、それぞれジタンとクラウドの部屋へ向かう。
じゃあお休み、とティーダと就寝の挨拶をして、スコールはジタンの部屋へと入った。


「着いたぞ、ジタン」
「んんんー……」
「……」


寄り掛かったまま離れようとしないジタンに、スコールは溜息を吐いて、ベッドへ向かう。
腕を肩に回させていたので、半ば釣りあげていたジタンの体を、改めて持ち上げてベッドに寝かせてやった。

妙に重労働したような気分になって、スコールはベッドの端に腰を下ろす。
と、ごろりとジタンが寝返りを打って、スコールの背中にドンッとぶつかった。
胡乱な目で肩越しに睨んでみると、ジタンはうにゅうにゅとまた意味不明な寝言を呟きながら、スコールの腰に腕を回してくる。
その腕がもぞもぞと動いて、スコールの薄い腹を触っていた。


「おい」
「んんー……」
「………」


さわさわと撫でるように腹をくすぐられる感覚に、スコールの眉間の皺が深くなる。
が、所詮は酔っ払いのやる事か、と溜息を漏らすのみであった。

ジタンを部屋に運び終えたら、直ぐにでも自室に引っ込んで、明日に備えて眠るつもりだった。
しかし一度腰を下ろして落ち着いてしまうと、もう一度立ち上がるのが面倒臭い。
もっと言えば、抱き着いているジタンの腕の力が存外と強く、振り解くのに労が必要になりそうなのも、面倒臭かった。

そんな気持ちでジタンのしたいがままにさせていると、


「スコール〜」
「……なんだ」
「部屋、戻んねぇの?」
「……戻る」
「じゃあその前に、膝枕してくれ」
「……はあ?」
「良いだろ?恋人なんだしさ」


突然のジタンの言葉に、スコールは思わず間の抜けた声を出していた。
何を言っているんだ、酒が脳まで回ったか、とスコールが呆然としている間に、ジタンはもぞもぞと起き上がって、ベッド端に身を寄せて来る。
四つ這いで近付いて来たと思ったら、ジタンは勢いよくスコールの太腿に頭を落とした。
どすっ、と決して軽くはない人間の頭が躊躇もなく落ちて来たので、じんじんとした痛みが肉に響くのを感じ、スコールの眉間の皺がまた深くなった。

んーんーと言う唸っているのか寝惚けているのか判らない声が、自分の太腿から聞こえてくる。
ぐりぐりと頬やら額やら腿に押し付けられるのは、なんとも妙な気分になるので止めて欲しい。
と、声に出して言えば良いのだが、思いもよらぬジタンの行動に混乱気味に陥っていたスコールは、されるがままになっているのだった。


「んん〜……」
「………」
「………かてぇ………」
「……なら離れろ」


スコールの太腿の上で、たっぷりと時間を取ってから呟かれた言葉に、やっとスコールもフリーズ状態から解除された。
ジタンの事だから、きっとティナのように柔らかい膝枕を所望していただろうに、頼む相手が間違っている。
希望したものと違うと判ったのなら、もう十分だろうとスコールは離れるように促したが、予想に反してジタンは動かなかった。


「いやぁ。これはこれで……割と」
「硬いんだろ」
「硬いけど。悪くはねえなぁって。お前、怒ってないみたいだし」


俯せにしていた頭がひっくり返って、仰向けになってスコールを見上げる。
空色の瞳に自分の顔が鏡のように映り込むのを見て、スコールはすいっと視線を逸らした。

するり、とスコールの首に何かが滑る。
ジタンの手だ、と直ぐに気付いた。
普段の遊びでじゃれついて来る時とは違う触れ方に、スコールは胸の奥で鼓動が勝手に早くなるのが判った。

スコールの上体を支える腕に、金色の尻尾がしゅるりと巻き付く。
器用な尻尾だ、と思いつつ、首筋をくすぐる指を好きにさせていると、ぽつぽつとジタンの呟く声が聞こえる。


「スコール、触られるのって好きじゃないだろ。そんなお前が、こうやっても怒らないってだけで、オレは結構嬉しいんだよ」
「………」
「こういう事するの許してくれてるってだけで、凄く特別な事なんだろうから」


ジタンの言葉は、的を射ている。

スコールは特別親しい間柄のものであっても、過度なスキンシップは好まないし、況してや膝枕なんて以ての外だ。
ジタンもそれは理解しているので、スコールが顔を顰めるような事を敢えて仕掛けて来る事はない。
今ばかりは酒に酔っていると言う免罪符もあり、ちょっとした冗談のつもりでやってみたら拒否されなかったので、此処ぞと甘えているようなものだった。
だが、それも二人の関係が恋人同士と呼ばれる程に近付いているからこそだ。
そうでなければ、スコールは馬鹿な事を言うなとさっさと振り落としているだろうし、そもそもジタンも冗談とは言えこんな事は頼みもしないだろう。
特別な関係であるからこそ、スコールはこの距離を赦し、赦しているからこそ、ジタンも自分がスコールにとって特別なのだと実感するのだ。


「だから、結構良い感じだぜ?この膝枕。もうこれで十分って位」
「……」


笑顔のジタンの言葉に嘘はない。
それが判っているから、スコールは胸の奥がむずむずと酷くこそばゆい気分になった。


「……十分なのか」
「うん。ま、割とな」


確かめるように問うたスコールに、ジタンは笑って答えた。
好きな人が自分を甘やかしてくれる、ほんの少しでも特別扱いをしてくれる。
その事を感じる度に、ジタンは言葉では表せない程の幸福感を感じるのだ。

────そんなジタンの額に、ふ、と落ちる柔らかな感触。
記憶にはまだ新しく、しかし何度も感じた訳ではないが、忘れる事の出来ない感触に、ジタンが目を丸くしていると、薄らと熱を持った蒼灰色が目の前で閃く。


「……十分なら、あんたはもう、いらないのか」


これ以上のものは、もういらないのか、と。
白い頬を微かに赤く染めて言った後、スコールは口を噤んだ。
らしくもない事を言った、俺も酔っているのか、酒を飲んだ訳でもないのに───と口の中で幾つも言葉が飲み込まれて行く。
自ら触れた唇を手で隠し、明後日の方向を向いた所で、告げた言葉が消える訳でもないのだが、膝下に寝転がったまま見上げて来る恋人から逃げるには、そうする以外になかったのだ。

真っ赤になったスコールを見上げるジタンもまた、恋人と同じように赤くなっていた。
不意打ちも不意打ちだったスコールの行動と言葉に、いつも雀のように賑やかな口が、告げる言葉を失っている。


(お前、それは、ズルいだろ)


これで十分、と確かに自分は言ったけれど、欲しいものがない訳ではない。
時には彼から触れて欲しいし、求めて欲しいし、示して欲しい事だってある。
それと同じように、幾ら今の関係や状態に満足しているつもりでも、いらないものなど有りはしない。

心地良かった酒の酔いは、綺麗に吹き飛んでいる。
精一杯の言葉をくれた恋人に、歌でも贈れたら良かったのに、お喋りな筈の口はこんな時に限って仕事放棄だ。
結局、いります、の一言を絞り出すのが精一杯だったとは、情けないので知られるまいとジタンは思った。




2018/09/08

9月8日と言う事で、ジタスコ!
大体&な雰囲気になり勝ちなうちのジタスコですが、今回はいちゃいちゃしてるのが書いてみたかった。

スコールが嫌がらないように適度な距離を取りつつ、時々恋人らしい事もしてみたいジタンと、ジタンの距離の取り方には安心してるけど近くなるのも嫌ではない寧ろ嬉しいスコールでした。