蒼の世界と鎮魂歌


寂びれた路地裏に好んで屯するものには、碌なものがない。
本当にそうだと、黒の鈍光の向こうで、がちがちと歯を鳴らしている男を見て、レオンは人知れず納得していた。


「すまなかった!もう、もうしない、あんたに許可なく屋敷に入ったりは」
「するしないの問題じゃないと言っただろう」


黒の手袋に包まれたレオンの指が、トリガーにかかる。
ひぃ、と引き攣った音が男の喉から漏れ、レオンの足下から鼻を突くアンモニア臭が立ち上った。
男の顔は汗と涙と涎と、レオンが殴った事で鼻と口端から血が流れており、酷く哀れな代物になっていた。
それを見下ろす青灰色の瞳は、酷く冴え冴えとして、まるで絶対零度の氷のように見える。

男は、氷の真ん中に埋め込まれたように、がちがちと歯を震わせ、蛇に睨まれた蛙のように凍り付く。
ごり、と額に鉄塊が押し付けられると、男は最早引き攣った悲鳴を上げる事すら出来なくなっていた。


「お前が屋敷の中で見たものに問題があると言っている」


レオンは男の額に鉄塊を押し付けたまま、長身の体を屈め、男の顔を覗き込む。


「何を見た」
「ひ…!」
「何を見た、と聞いている」


男の距離数センチもない所で、青灰色が冷たく閃いている。
その狭間には深い深い傷が奔っていると言うのに、青年の面立ちはまるで神が丹精込めて吟味に吟味を重ねて生み出したかのように、整っていた。
長いダークブラウンの髪が、さらりと滑り落ちて、男の汗塗れの頬を撫でる。

撃鉄を上げる音が鳴って、男は目を見開いた。
このまま沈黙していれば殺される、そう知った男は、引き攣る喉を無理やり震わせ、


「お、んな」
「女を見たのか」
「ち、ちがう。女じゃ、なかった。あれは、男」
「あれとは?」
「あ、あんた。と。よく、にた、」


あんたと、よく似た。
それだけ聞けば、レオンには十分だ。


「─────そうか」
「い、言わない!絶対に言わない!だから、」


引き金にかかる指が力を籠めるのを見て、男は必死で手足を暴れさせて喚いた。
しかし、その言葉が最後まで終わるのを待たず、火薬の弾ける音が響く。

夜の帳に響く銃音に、街の者が一々反応する事はない。
この街を治めている者が鳴らす引き金について、文句の一つでも言えば、己の身が危うくなる事を知っているからだ。
その代わり、支配者に逆らう事或いは機嫌を損ねる事さえしなければ、安泰の日々を送る事が出来る。
何せこの街の支配者は、其処に住む人々に対し、平等に優しく、平等に冷酷なのだから。

硝煙を揺らす銃口を下げて、レオンは踵を返した。
夜の街を明々に照らす人工灯の海の中、ダークカラーのシルエットから伸びた、長いマフラーが尾のように踊り翻る。
真紅の色をしたそのマフラーの先端に、じんわりと滲む黒い色があった。

路地を抜けて通りへと出れば、黒塗りのリムジンがレオンが戻って来るのを待っていた。
ドアを開けた黒服托鉢の男に見向きもせず、レオンはリムジンへと乗り込む。
質の良い革性のシートに身を沈めて、レオンはミラーから此方を伺っている運転主に言った。


「戻る。出せ」


了解しました、と短い返事の後、エンジン音が鳴る。

レオンはジャケットの内ポケットから煙草を取出し、火をつける。
ふ、と吐き出した煙がゆらりと社内を曇らせた。
手元で立ち上る細い煙は、数分前に見たものとよく似ているが、火薬特有の匂いはしない。

一本目を程なく短くして、灰皿に押し付けると、二本目を取り出そうとして────レオンの眉間に皺が刻まれる。
箱の中の煙草が残り二本、一本をこれから吸えば残りは一本となってしまう。


(……今日は吸い過ぎたか)


普段、好んで喫煙する訳ではないので、持ち歩く煙草は一箱二箱程度だった。
しかし、今日は縄張りにちょっかいを出す輩が増えた事に加え、自邸に侵入者が入ったと言う情報の所為で、レオンの苛立ちは常の二倍増しとなっていた。
この所為で常以上に煙草の消費が激しくなったのである。

結局、レオンは自邸に着くまでの車内で、最後の一本まで火を点けた。
車内が煙で覆われる頃になると、運転手は失礼します、と一言断りを入れ、僅かに窓を開けた。
隙間から冷たい外気が滑り込んでくる代わりに、煙が一気に逃げて行く。
ついでに硝煙の匂いも流れてしまえば言う事はないのだが、此方は非常にしつこくまとわりついており、そもそも、流れ落ちる程可愛い量を浴びている訳でもないので、諦める。

最後の煙草を灰皿に押し付けた所で、丁度良く車が自邸の門を潜った。
リムジンは自邸の玄関前に横付けされ、玄関扉の前に待機していた男が一礼し、ドアを開ける。


「お帰りなさいませ、レオン様」
「ああ。下らん事に付き合って疲れた。人払いを」
「は、直ぐに」


レオンの命令に男は短く応じ、一歩後ろへ。
レオンが玄関を潜り、扉を閉めると、エンジン音が再び鳴って遠退いて行った。

広い屋敷の中には、必要最低限の人間以外は存在していない。
それらも必要以上の行動は慎むように教育されている為、屋敷内はいつでも静閑としていた。
時間が夜ともなれば、日中の仕事を終えた者達は自室に篭り、次の仕事の時間まで待機している。

屋敷の最奥には、大きく、重々しい扉がある。
其処は屋敷主であるレオンが不在で在る時、必ず鍵がかけられており、平時でもレオンの許可なく他人が立ち入る事は赦されない。
レオンはその扉の施錠を外し、ゆっくりと押し開けた。
重厚な扉は、主を抵抗する事なく迎え入れると、それ以外の入室者を拒むように、直ぐに閉じてしまう。

扉の向こうの部屋は、レオンの完全なプライベート空間だった。
其処には組織内の側近や重役、幹部でさえも立ち入ることは赦されない。
─────莫迦な事に、此処に侵入をして逃げ果せようとしたのが、数十分前にレオンが沈黙させた哀れな男である。
此処にさえ入る事をしなければ、レオンは自邸へ侵入された事も含めて、見逃してやろうとしていたものを。
愚かにも好奇心に急かされるがまま、開けてはならない扉を開けてしまうから、こうなるのだ。


「……ん……」


もぞり、と人の動く気配がした。
扉に背を向けたソファの影から、布の滑る音がしたのを聞いて、レオンは小さく笑みを浮かべる。

この部屋に、レオンの許可なく人が立ち入ることは出来ない。
しかし、此処にはレオン以外にただ一人、立ち入る────否、存在する事を赦された者がいる。
それはレオンにとって、何よりも、自分自身よりも大切な、この世界の全てを差し出されても引き換えに出来ない、唯一無二のもの。

レオンはソファに腰を下ろすと、四人掛けのソファを一人で占領していたものに、手を伸ばし、


「ただいま、スコール」


柔らかなダークブラウンの髪を撫で、その手をそのまま陶磁器のように白い肌の頬へと伸ばし、レオンは身を屈めて其処に横たわる少年の耳元で小さく小さく囁いた。
それだけで、ぴくん、と少年の細い肩が揺れ、長い睫を頂いた瞼がゆっくりと持ち上がる。


「……れお、ん…?」
「ああ。ただいま」
「うん…おかえり……」


白い腕が伸びて、レオンの首に絡められる。
レオンが少年の顎に手を添えて上向かせれば、彼は素直にそれに従い、落ちて来る唇を甘んじて迎えた。
そうして、するりと白い布地が少年の体から滑り落ち、細く未発達な体が露わになる。


「ん、…ん…」
「ふ……」
「んぁ…レオン、さむい…」


唇を放した途端、暖を求める猫のように擦り寄って来る裸身の少年────スコールに、レオンは苦笑する。


「ほら、ちゃんと羽織っていろ」
「…やだ。レオンがいい」


布に包まっているよりも、レオンにくっついている方が温かい。
そう言って甘えてくるスコールに、レオンは咎めるように彼の眦にキスをした。
それを受けて、スコールは渋々と言う表情でレオンの首から腕を放し、ソファ下に落ちていた毛布をレオンの手から受け取る。

良い子だ、とレオンがスコールから体を離そうとすると、くん、と何かに引っ張られて妨げられた。
スコールの白く細い手が、レオンの長いマフラーを掴んでいる。


「こら、スコール」
「……」


咎めるレオンの声に、スコールは答えない。
スコールはマフラーに顔を近付けると、くん、と鼻を鳴らし、


「仕事…してた?」
「ああ」
「煙草の匂い……」
「嫌いか」
「ううん…でも……」
「うん?」
「……お疲れ様」


屈んだレオンを待っていたかのように、スコールの柔らかな唇がレオンの頬へ押し当てられる。


「なんだ、今日は随分甘えん坊だな」
「……別に……」


くすくすと笑いながら言うレオンに、スコールの頬に微かに朱が昇る。

ソファに横になったままだったスコールを、レオンは抱き起して、自分の膝へと乗せてやった。
スコールは決して小柄ではなかったが、体つきは全体的に細く、華奢で、危うげな色香を醸し出している。
レオンと同じ青灰色の瞳は、何処か寂しげな光を湛えており、不安げに揺れているようにも見えた。
それを宥めようとするかのように、レオンの手がスコールの背筋を下から上にゆっくりと辿る。


「んっ、…ん…っ」


ぴくっ、ぴくっ、とスコールの体が小さく跳ねる。
レオンのスーツを握るスコールの手に力が込められて、皺を深くしたが、レオンはそれを咎めない。

レオンはスコールの顎を持ち上げると、顔を近付け、ゆっくりとスコールの下唇を啄んだ。
ちゅ、ちゅぷ、と鳴る音に、スコールはうっとりと目を細め、誘うように唇を開く。
レオンは角度を変えてスコールに口付けると、誘われるままに舌を侵入させ、スコールのそれをゆったりと舐めた。

レオンのキスに、スコールが応える様は、いつも夢中で、必死になっているようだった。
今日も咥内で遊ぶレオンの舌に、一所懸命について行こうと、舌を絡み付かせて来る。
そんなスコールに、レオンはひっそりと笑みを浮かべつつ、首下のネクタイを解き、


「んっ…んぅっ……っ」


レオンのネクタイが、スコールの手首に絡み付いて、ぎゅっと絞られる。
異変に気付いたスコールが目を見開いたが、既に遅い。


「は…あっ…!」


とさ、とスコールの体がソファへと落ちた。
その上に覆い被さる男に、スコールは怯えたように身を縮めたが、幼さを残した嫋やかな体は仄かに赤らんでいる。

腕の自由を奪われた少年は、支配者である男をじっと見つめていた。


「レオ、ン……」
「人前に出たら駄目だって言っただろう?」
「……ん…でも、あれは……」


あっちが勝手に近付いて来て────と言うスコールの唇を、レオンは塞いだ。
ちゅく…と静かな部屋に小さな淫音が鳴って、スコールがふるりと肩を震わせる。


「ふっ…んぁ……」
「触られたんだったな……消毒しないと」


レオンの手がスコールの細い体のラインを撫でて、下肢へと落ちていく。

戒められた手でそれを制そうとするスコールだったが、拙い抵抗など、大して実を結ぶ訳もない。
それどころか、やんわりと手を取られて持ち上げられると、括られたネクタイの下にある手首を、愛おしげに口付けられて、


「─────他の男に触れさせた、お仕置きだ」


氷のように冷えていた筈の青灰色に、野獣のような熱が篭り、それは同じ色をした宝玉へと感染する。




すり、と甘える猫のように擦り寄って来る少年を、強く強く、抱き締める。

スコールを知る者も、スコールが知る者も、自分以外には必要ない。
だからレオンは、殺すのだ。
少年の世界の全てが、自分と言う存在だけで埋め尽くされるように。


二人だけで、深い深い闇の底へ、何処までも堕ちて行けるように。





2012/12/09

マフィアレオンと、レオンに飼われてるスコールでレオスコ。
リーマンとは別に、ダークスーツなレオンさんに萌えた。

これなら攻め攻めしいレオンが書けるかも知れない…!?